文の文

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sarisari2060

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2011.04.28
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カテゴリ: エッセイ


久しぶりに会った千鶴子さんは
ますます小さくなっていた。

ロッキングチェアが行ったり来たりするように
前へ後ろへ揺れながら、杖をたよりに
小さな歩幅で千鶴子さんが歩く。

その数歩をでくの坊のように大きな私が
一歩で歩いてしまって、立ち止まる。
苦笑しながら千鶴子さんが並ぶ。

脊柱管狭窄症の自分もいずれそうなる。
順番だ。

横浜関内のセルテビルのレストランへ行く。

懐かしいビルの名前。
ずっと前に行った三煕という中華やさんがまだあった。
創作ダイニングという店でレディスコースをいただく。

「あなたビール飲みなさい」
「じゃ、千鶴子さんも」

乾杯をして一息つくと
テーブルから顔だけしか見えない千鶴子さんが
「補聴器をわすれた」という。

「今日はずっとわたしがしゃべるから、
あなたは聞いてて」


......わたし、このところ、毎日、
もみやさん(マッサージのことらしい)へ行ってるのよ。

ほかはどっこもいってないから
片道10分かかるんだけど
往復20分の運動だと思ってるの。

もみやさんで、電気もかけてもらうんだけど
ときどき、外すのわすれるのよ。
帰ってこないからって
うちのじいさんが電話してきて
ああ、いけない、わすれてたあ
って大慌てしたこともあったの

もみやさん、独身なんだけど
このごろ彼女ができたらしいの。
もとは通ってくる患者さんだったらしいんだけどね。
なかよくなったらしいわ。

もみやさんは背中をもんでくれるんだけど
彼女には背中だけじゃだめよ
まえのほうもね、って言ってやったの。
そしたら、わらってた。

ほんとにこのごろはよく転ぶの。
転ぶとひとりで起きられないから
町で転ぶと誰かに助けてもらわなきゃならないの。
人通りの少ないところだと困るの。

この前はあるマンションの前で転んで
その管理人さんに起こしてもらったの
それから仲良しになって
管理人さんの育ててる花とかもらって
うちで植えてる。
むろん、植えてるのはじいさんよ。

この前商店街で転んでたら
そのそばを男の子が自転車で走っていって
何の拍子かで転んじゃったのね。
若いひとだって転ぶんだからね、
って言ってやらなくちゃって思ってたの。

じいさんに「ころころころぶ」って言われて
腹がたったんだけど
それをエッセイのタイトルに使っちゃったわ。

もうだいぶエッセイたまって来たから
今年も藻乃露於具がだせそうよ。

転ぶからだめだってじいさんのお許しがでなくて
どこにもいけないんだけど
わたし、京都の伊根の
船の入る民宿に泊まりたいの。
それが今の夢よ。

もみやさんにそう言ったら
僕は実家が川西市なんで
バイクで連れてってあげますと
なんて言うのよ。
彼女に怒られるからいいわって断ったの。



そんな話をしながら
普段は食欲がないという千鶴子さんが
前菜、サラダ、スープ、魚料理、肉料理、デザートを
全部平らげ、
大きめのグラスにはいったビールも飲み干した。


わたしもしっかりいただいて
へーへー、と驚きながら
もみやさんのバイク後ろに
ちょこんと座っている千鶴子さんを想像していた。

想像の中の千鶴子さんは
ちょっとおすまし顔だった。








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Last updated  2011.04.29 01:53:43 コメントを書く


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