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2013年春の花A(平塚三嶋神社・真土大塚山公園)で平塚七福神について触れました。七福神にちなんだ寺院を巡る「七福神めぐり」は徳川家康の政治指南役天海僧正による七福神信仰の奨励だといわれています。暑からず寒からずのこの時節、平塚八幡宮のHPにある「湘南ひらつか七福神めぐり」案内に従い自転車で訪ねてみました。家を出て暫く走ると県立平塚工科高校前にさしかかりました。正門横のフェンスには高校生ものづくりコンテスト・ソーラーカーレース・スターリングテクノラリーへの全国大会出場と連覇を祝う幕が掲げられていました。ものづくり等に情熱をかけている若者がいることを知り嬉しく思いました。9:18 七福神1番目の訪問地、春日神社に到着しました。この神社は1191年に源頼朝が馬入川(相模川)の橋供養の祈願所と定め翌年に御台所(政子)の安産祈祷したといわれています。神社に祀られている毘沙門尊天は勝負事の神様です。甲冑を着て、右手に槍(宝棒)、左手に宝珠をささげる厳しい顔をしています。多聞天とも呼ばれる知恵の神様です。上杉謙信の守護神であるように勝軍神としても世に知られお参りすると勇気と実行力が与えられるそうです。神社を出るとすぐ近くに平塚の塚緑地がありました。857年桓武天皇の孫 高見王の子、政子が東国に向かう途中に病死その塚が長い間に平らになったことから「平塚」の地名がついたとのことです。緑地には写真の左側にもありましたが、名残の枝垂れサクラが咲いていました。さらに東進すると要法寺が目に留まりました。鎌倉幕府の執権北条泰時の次男泰知が日蓮に帰依し開基したお寺で境内に大きな桜が咲いていて本殿に通ずる道の両脇には多数の瓶が置かれその中で咲く睡蓮が植え替えられていました。七夕前後に花が咲くそうで、その頃にまた見に来たいと思いました。 9:31 福生山宝善院が目に留まり入ってみました。このお寺は1192年に京都・東寺の学問僧によって開山されました。江戸時代には徳川家康により東海道五十三次平塚本陣の菩提寺に指定され栄えました。9:34 七福神2番目の訪問地、妙安寺に到着しました。このお寺は、妙安(1648没)という比丘尼が開いた寺院で出産、育児など子供の守護神として信仰されています。祀られている大黒尊天は福禄延寿の神様です。大黒天がかぶっている大きな頭巾は、それ以上に上を見ないためで謙虚であるべきことを教え、乗っている二俵の俵は二俵で我慢せよという「知足(足るを知る)」の教えであるといいます。境内を歩いていると住職の奥様に会い、本殿内の大黒尊天に案内され、参拝しました。9:55 七福神3番目の訪問地、大きな赤い鳥居のある平塚八幡宮に到着しました。広い境内には池があり、橋の袂では亀が日向ぼっこをし鳩が水浴びをしていました。名残の枝垂れサクラが咲いていて建造物も他の寺社に比べ立派で格の違いが感ぜられました。その昔は鶴峯八幡宮といわれ、仁徳天皇の時代に大地震があり人民が非常に苦しんでいることを聞かれた天皇が詔を出され国土安穏を祈願して創られました。しかし推古天皇の時代にも大地震があり天皇は「鎮地大神」の筆と新宮殿を造営して国土安穏を願われました。源頼朝、徳川家康からの崇敬も篤かったといわれています。池の畔に祀られた弁財天(弁才天)は七福神の中では紅一点。琵琶を持った容姿端麗な女神で、金運・芸能・美容の神との立て札がありました。10:31 七福神4番目の訪問地、連光寺に到着しました。石碑に高野山真言宗とあり、宗祖は弘法大師(空海)です。山門を潜るとビル化された寺院があり入り口石段横に巨大なサボテンが植えられていました。そして横奥に赤い鳥居があり、布袋尊が祀られていました。布袋尊は大きな腹と福福しい顔をしており、開運・良縁・子宝の神様とのことでした。10:52 七福神5番目の訪問地、三嶋神社に到着しました。三嶋神社については今年の春の花Aの他、浜降祭でも数度投稿しました。狩衣姿で、右手に釣り竿を持ち、左脇に鯛を抱える姿の「えびす様」(恵比寿神)は古くは「大漁追福」の漁業の神で、時代と共に福の神として「商売繁盛」や「五穀豊穣」をもたらす、商業や農業の神となりました。手洗い場横には厄年の表が掲げられていました。そこへ水筒を肩に掛け、首焼け防止の垂れを付けたブルーのキャップを被った幼児の一団が3人の先生に引率されて登場。本殿前に一列に整列するとペコンと頭を下げ神様にご挨拶。とても良い光景でした。10:57 三嶋神社前の道路を隔ててすぐ隣にある七福神6番目の訪問地、善性寺に到着しました。梵行山と称される日蓮宗のお寺で1661年日榮上人により創建されました。七福神として祀られる福禄寿は頭が長いという独特の風貌で道教で強く希求される3種の願い、幸福(血のつながった実の子に恵まれること)封禄(財産)、長寿(健康を伴う長寿)の三徳を具現化したものだそうです。11:09 七福神7番目の訪問地、長楽寺に到着しました。こちらは高野山金剛峯寺の末寺で弘法大師空海上人が天長(782~833)の頃しばらくこの地に庵住して、造船・航海・医療などを伝授したとされています。七福神として祀られる寿老尊は白ひげをたらし、杖と長寿のシンボルの桃を持ち鹿を伴い、不死の霊薬を含んでいる瓢箪を運んでいます。延命長寿と福徳を授かる神だそうです。戦災で復興された社殿には各所に巨大な風鈴がぶら下げられこれから風が吹く度に荘重な音が発せられていたのが印象的でした。自転車を利用したため午前中に「湘南ひらつか七福神めぐり」を終了することができました。2番めの妙安寺に行く途中で他のお寺にも立ち寄りましたが日本には寺社が多いことを再認識しました。東京の皇居や明治神宮を筆頭に各地にある城や寺社に鎮守の森があることは都会の中でも緑を保持でき、大変ありがたいことだと思いました。
2013.04.29
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近隣の春の花情報3回目は平塚市総合公園です。以前にぶらり旅(平塚総合公園)でとりあげたことがあります。この公園は旧農林省果樹試験場本場が筑波研究学園都市へ移転することになりその跡地に平塚市制施行50周年を記念して1982年に着工し1991年に完成しました。広さは30.3ha、競技場、球場、体育館、温水プール、テニスコート、野外ステージふれあい動物園、アスレチックや滑り台のあるわんぱく広場、水と親しむ広場日本庭園… があり、約230種10万本の木々の中に258本の桜が植えられています。気温が高くなり例年よりも早く桜が咲き始めたという情報がありました。そこで息子や娘家族と平塚総合公園で落ち合いお花見かたがた孫たちと一緒に遊ぼうということになり私とサクラさんも息子の車で同行しました。3/24(日) 9:20 平塚市総合公園駐車場に到着、娘家族息子の家族が親交している家族とも合流しました。桜広場の大きな桜の下に休憩場所を定めると子供達はパパ達と平塚のはらっぱと名付けられた広場でボール遊びを開始しました。桜広場には公園にある桜の内の8種160本が植えられています。桜は5・6分咲きで花見の時期としてはやや早かったため人出があまり多くなかったのは幸いでした。はらっぱの向こうにはカラフルなアスレチック、長大な滑り台怪獣の骨のようなものが置かれていました。休憩場所から別方向に目を転ずると石のアーチがあり、孫がその中に立ちました。そして桜の木の下に野外ステージが垣間見えました。しばらく桜を眺めた後、私は散策を開始しました。「Shonan BMW スタジアム平塚(平塚競技場)」と「平塚球場」の間には流れの広場があり、一番奥に足長像と手長像が置かれています。噴水を流れ出た水は全長約110mの小川となり、大池に流れ込みます。この池の畔にレストハウスと日本庭園がありました。球形のモニュメントの周りの桜は日当たりが良いせいか開花が進んでいるようでした。桜の広場に戻る道では若い女性が桜をバックに愛犬の写真を撮っていました。のどかな雰囲気です。戻ってみると、孫達は相変わらず元気よくボール遊びをしていました。縄跳びをしたり、乳児のお昼寝につきそいながら、おしゃべりを楽しんでいました。私は久しぶりに息子とバトミントンをしたりしました。11:50 ふれあい動物園を通り退園、帰途につきました。
2013.04.11
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近隣の春の花情報2回目は桜ヶ丘公園(平塚市)と金目川土手桜並木です。金目川土手桜並木は神奈川県の桜名所としてインターネットでも紹介されています。3/23 住宅地にあった見事なしだれ桜や沿道で見かけた花を撮影しながら自転車で花水川の海側から2番目の下花水橋東側の側道を北進しました。1号線が通る花水橋東交差点を渡ると川に沿って桜が植えられ川向こうには高麗山が迫っていました。花水(金目)川は昔は暴れ川で高麗山東側のこの辺りは洪水の度に流れが変化していたようです。現在もその影響なのか、東海道線鉄橋から海側の川の西側地区(唐ヶ原)は平塚市で花水川の東側地区でも花水橋近くの相模貨物駅付近は大磯町になっています。10:02 元県立の工業高校跡地にできた桜ヶ丘公園に到着しました。この公園の西側グランドでは少年達が桜に囲まれた中で野球をしていました。桜は3~5分咲きで土曜日の午前中でしたがまだ人出は少なく午後や翌日の日曜日は多くなることが予想されました。公園を出てすぐ側にある2003年に完成した高麗大橋を渡りながら上流方向を見ると河内川の西岸に桜並木が続き、その川の東岸の白いコンクリートの堤防はここで終わり、金目川と合流していました。川の上流方向には大山が遠望されました。高麗大橋から上流のサイクリングロードに沿った桜は幹も太く枝が大きく張り出し樹齢を感じる見事な木が並んでいました。そして所々にピンクや紅の濃い種類のものを見かけました。サイクリングロードに覆い被さるような桜の下を北進するとやがて河内川を渡る小橋があり、白いコンクリートの堤防の上は下流方向にも先端まで行けるよう舗装されされていました。東側の川はこの付近で秦野方面から流れてきた金目川と厚木方面から流れてきた渋田川が合流し、下流を花水川と呼んでいます。堤防上の道路から見ると白いフェンスで守られたサイクリングロードと桜並木が高麗山をバックに続いていました。サイクリングロードは金目川西岸に沿って続きこの辺りには白い花ニラが群生していました。平塚大橋まで来たところでもう一度桜の下を通り引き返すことにしました。折角来た記念にと三脚にハンディカムを取り付け自転車を置いて私を動画撮影したところ、若い女性が犬を連れて散歩している後ろ姿や杖をつきながらもしっかりとした足取りで散歩する男性の後ろ姿が写っていました。沿道にはレンギョウ、濃いピンクの八重桜、ミツマタの花が目に止まりました。来た道を通り和菓子屋さん杵若で「不老」と「ほっくり」を買い無事にサイクリングを終えて帰宅しました。
2013.04.03
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