1

加茂県主同族会の理事長を長く務められた 岩佐氏煕家は、千年を超える歴史がある。上賀茂神社に仕える神官社家の家系だ。 神社に仕える傍ら 禁裏へも出仕していた。社家の当主は位階を持つ殿上人たちだ。明治36年生れの氏煕氏の祖父が、蛤御門の変に伝来の刀を抜刀して馳せ参じ帝を守ったと言う記録がある。 同じ刀を氏煕氏の弟さんが 太平洋戦争に軍刀にしつらえ佩刀(はいとう)して軍務に立った。 その刀は戦後アメリカへ渡り保存されていたが、持ち主がロサンゼルスの領事館へ返却を申し出た。軍刀に添えられていた由緒書きに、氏の字が沢山出てきて鴨一族岩佐家のものと判り直接本人から送り返されてきたと言う 江戸時代中期以前は、県主全姓が 加茂だったがその後 松下・岩佐・岡本・梅辻・藤木・北大路など社家36家を名乗るようになる。名の一字 氏・清・久・能・平等16流が系図に記載され連綿と今に伝わる。異国の地にあった刀が戻ってきた事 氏煕氏は、先祖の霊が刀に宿っていたと喜び大切に保管されている。加茂一族の事は、社家藤木正直氏の労作『賀茂神主補任史』が第一級の調査資料となる。帰ってきた刀に付いては、長く京都市消防局に籍のあった升田幸男氏のインタビュー記録集(京都の伝統技術と文化を守る人)冊子『訪問記』(非買)が典拠柳居子 上賀茂に接するといつも歴史は連なりであるという思いを強くする。
2006.07.30
閲覧総数 170
2

先日お越しの客人との会話は 面白かった。 柳居子と同年代 ブログのプリント版を ご来店毎 何枚か纏めて差上げている。「この前 頂いた新聞に 歌手の 岸洋子の歌を唄ったと載せて有りましたが 懐かしく読ませて戴きました」から始まって 若くして亡くなった岸洋子の闘病の話し オペラ歌手を目指したが病(膠原病)で挫折 ピアフのレコードを聞いて 自分の目的の変更 と仰るから 大ファンだったと思われる。 岸洋子の話しに留まらず シャンソン話題が続く 東京にスタ時は 銀巴里にも通いましたよ 円山明宏がおさえていたいた頃も有りましたよ゜ 芦野宏 高英夫 深緑夏代 越路吹雪 ・・・・ シャンソンは 今の若い人は唄わないから カラオケでは 老人向けジャンルに入りますね 一度唄いに行きましょうかと誘うと 私は聞く一方で 自分は全く唄いませんから 一方的ファンですと 仰った。岸洋子の 『希望』という曲の 唄い出しを覚えておられますか?と問われ 他に客人も居なかったので 希望の歌詞一番を店で唄った。 店内で客人相手に 唄って聞かせたのは始めての事 記憶にない。希望の歌詞は 決して 希望溢れる様な歌では無く どちらかと言うと 失望の繰り返しの様な歌ですよ と話しておいた。Bing 動画
2025.03.12
閲覧総数 95

