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迷路のように入りくんだ、ヴェネツィアの街を地図を片手に歩くとき、きちんと読み取りたいのが現在地を示す標識です。この表示板は「nizioletto」(ニショエット=小さなシーツという意)と呼ばれるもので、白地に黒文字で道の角、広場、橋の付近などの建物の壁に直接、ヴェネツィア方言で記入されています。 イタリアのみならずヨーロッパの街ではたいてい、通りの名前と番地に広場の名称を把握しておけば目指す場所に着くことができます。が、ヴェネツィアでは住所表示も例えば「Dorsoduro3136」のように地区名のあとに番地があるだけのもので、そこがどの通りにあるのか、どの広場や橋の近くなのかということが分からなければ、住民でも簡単ではありません。例えば写真にあるCAMPO(カンポ)は広場と言う意味で、「ドルソドゥーロ地区のサンパンタロン広場」ということです。また、SOTTOPORTEGO(ソットポルテゴ)はトンネル、CALLE(カッレ)は建物に挟まれた通りのこと、RAMO(ラーモ)は通りから枝分かれした細い道のこと。RIO(リオ)は小運河、RIO TERRA(リオテッラ)はかつて運河だったのが埋め立てられた所、FONDAMENTA(フォンダメンタ)は運河沿いの通り、またSALIZADA(サイザーダ)は舗装された道と言う意味です。昔は主要な通りだけが石畳が敷かれていて、他は雨が降るとぬかるみになる土や、よくてもレンガの道だったからです。 sestiere(セスティエレ)というヴェネツィアの六つの地区が制定されたのが、西暦1200年前後で、六人のそれぞれの地区代表であるconsigliere(コンシリエーレ=評議員)が選出され始めたということです。nizioletto(標識)の中の呼び名もこの頃にはすでに使われていたといいます。 800年前から、そしてナポレオンの侵攻によりヴェネツィア共和国が終わりを告げた18世紀も、かつてはヴェネツィア共和国の公用語として、また現在は方言として地元の人に親しまれ使い続けられている言葉。その独特の音を持つこれらの言葉を発音するとき、超現実主義の芸術家たちであった、いにしえのヴェネツィア人たちの心意気やたましいがふっと宿るような気がするときがあります。
2007/01/30
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ヴェネツィアにも寒気がやってきて、朝の気温が0度前後と冷え込んできました。暖冬で、農作物や冬のリゾート施設が影響をうける経済面とはまた別に、寒さのなかに人々の、ようやく冬が来たという、ある種の安心感のようなものが感じられます。 今朝八時過ぎにリアルトにある「Pescheria」(ペスケリア=魚市場)を訪ねてみると、土曜日ということもあり、もう市場独特の活気にあふれていました。Pescheriaのあるリアルト市場は、ヴェネツィアの中心部、S.Polo地区のリアルト橋のそばに広がる市民の台所です。アドリア海の海の幸はもちろん、地元サンテラズモの野菜、豊富なヴェネト州の果物や香草類からシチリアの柑橘類まで、あらゆるものがここには集まってきます。朝の七時半頃から「banco」(バンコ=陳列台)に品物が並べられ始め、昼前には引き上げられます。客は、なじみのbancoに直行するか、札に手書きされた値段(1kgあたりのプライス)と品物を見比べてbancoを選ぶなり、買い方はそれぞれです。 市場の歴史は古く、700年近くも前からこの場所で魚や青果類の商いが営まれ、またかつては屠殺場も近くにあったとのことです。さすがに現代の私たちは、屠殺場の横では食欲を失ってしまうでしょうが、それでも魚市場には、「人間が食べること」の原風景のかけらが残ってるような気がします。日本のスーパーには、豊富な種類の新鮮な魚がきれいに切り身にされパックで売っていて、それはとても便利で快適なことなのですが、「食べること」の本来の姿や現実感覚を遠ざけてしまっている、という部分もあるでしょう。こちらでは、日本にいるときよりも魚をさばく機会が多いので、開いた魚のお腹に飲み込まれた小さな魚を見つけたり、一部分が喰いちぎられたイカやタコを見かけることもよくあります。彼等も、本当に少し前まで生きていたんだなあ、ということをそんなときに実感します。
2007/01/27
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さて、ヴェネツィアでは一切の自動車、バイク等の車両(自転車も含む。ただ広場等で遊ぶ幼児用の自転車は黙認されている)が存在しないため、移動や物の運搬はもちろん、救急車やパトカー、消防車にゴミ収集車、霊柩車にいたるまですべて船です。 車でなくて船というだけなので、Canal Grande(カナルグランデ=大運河)で、警察がスピード違反の船をピピッーとホイッスルで止めていたり、また、サイレンを鳴らして猛スピードでやってくる救急船を周りの大小の船が端に寄って通す、というような状景はここでも同じです。 船体がグリーンで中央部に小型のクレーンがついているゴミ収集船は、平日の朝八時頃から十時頃のあいだに街を歩けば、いたるところで目にするでしょう。環境局の職員が、貨車を押して細い路地を出たり入ったりして集めたゴミは運河に待機している収集船に横付けされ、クレーンで貨車ごとつり上げると、貨車の底が左右に開いてゴミが船に収納されるというしくみです。 収集されるまでのゴミ、時間外に出されて収集されないゴミを、ここでは猫やカラスではなくカモメが狙っています。カモメはハトを威嚇しつつ、ハトはそれでも隙をねらい、ゴミの袋をつついて食べ物をさがします。パンのかけら程度では騒がないカモメも、魚の食べ残しや、生ハムやサラミなどを見つけると興奮してキーキー鳴いて独占しようと必死です。翼を広げて他を排除するのに必死になるあまり、獲得したお宝がおろそかになっていてちゃっかりハトがつついてたりして、急旋回して戻ってきたりと、彼らの生存競争もそれなりに大変そうです。それでも彼等にとってヴェネツィアは、島全体がラグーナに浮かぶバイキング形式のレストランでしょう。 カモメたちのブランチが済んだ後、石畳に散乱したオレンジの皮やペットボトルなどが風に飛ばされて運河を流れていく様は、なんともいえない虚しさと哀しさを感じさせます。
2007/01/25
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ヴェネツィアは朝から曇りで、さきほど予報通り雨が降り出しました。今日は、この街についての地理的な概要を書いてみたいと思います。ヴェネツィアは、ブーツの形をしたイタリア半島の北東部に位置しています。ヨーロッパの中では南にあるイタリアですが、緯度でいうとローマで北海道の函館あたり、ヴェネツィアになると稚内くらいの高さに相当します。それでもアルプスの南側ということで、北海道ほど寒くはありませんし、年間を通して他のイタリアの都市よりも比較的に湿気が高いところです。といっても今頃の時期からカーニバルの頃まで毎年かなり寒いのですが、今年は暖冬が続いています。 普通の地図でヴェネツィアを探しても、ヴェネツィアの島は本当に小さくてよくわかりません。ヴェネツィア湾のラグーナ「潟」一体をズームしてみると、魚の形をした街の姿が見えてきます。写真左上の細長いのが本土とヴェネツィアの島を結ぶ橋「Ponte della Liberta'」で、線路と道路が平行に走っており、ヴェネツィアを訪れるほとんどの方がこの橋を通ってこられます。車やバスでヴェネツィア入りされた方はローマ広場「Piazzale Roma」で、鉄道経由の方は「Venezia Santa Lucia」駅で下車し、そこからはすべての人が歩きもしくは船(水上バス、水上タクシーなど)での移動となります。 島の中央に見えるS字型をしたのが大運河「Canal Grande」で、最終地点のサンマルコ広場に至るまで、時代や様式を微妙に変えながら、様々な美しい館たちが競うようにして両側に並んでいて、見るものを圧倒させてくれます。 興味のある方は、Google Earthなどでヴェネツィアを上空からご覧になってみてくださいね。
2007/01/22
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