Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2012年03月07日
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カテゴリ: 夢有無有
「歴史を変えた女(ヒト)」天璋院篤子
 幕政を幕閣が行うと云うのは実は表向き。幕閣がいかに良い政策を将軍に進言しても、幕府最高権力者の将軍が一旦男子禁制ハーレムの大奥に入り込んでしまうと、妖花の甘い囁きが政策を変容させるのは日常茶飯事であった。その伝統的弊害の改革を松平定信が寛政改革で実行しようとしたが、大奥の力により失脚。紀伊の将軍吉宗公でさえ改革実行を断念せざるを得ませんでした。
 此処、外事多難な幕末に島津斉彬が支族島津安芸の娘敬子を養女とし、再度京都の近衛忠煕の養女として名を篤子と改めさせ十三大将軍家定に輿入れさせることに成功します。ところが、篤姫が御台所となると斉彬の思惑を超え、篤姫は大奥慣習を打破、才能と気性の激しさを発揮します。
 家定没後は、御台所篤子は落飾、天璋院と号します。時に天璋院二十三歳、余りにも若い院です。家郷の薩摩藩に江戸城明を明け渡し、明治の世になり、隠居謹慎の慶喜に代わり徳川宗家幼主家達を教育傳補し、後の徳川公爵家を再興したのは天璋院篤子の力が大です。「一旦、徳川に嫁したからは盛衰をともにする覚悟である」と実家・養家の援助を拒み、手道具を払い下げてまで家計を賄い、やがて徳川家達の貴族院議長の就任を見届け安心したものか四十八歳で没し、徳川代々で初めて亡夫と並んで埋葬されます。
 篤姫は江戸城明け渡しの前夜、大奥の寝所で、何処からともなく不思議な女の笑い声を聞いたと言われます。恐らくは徳川に滅ぼされた淀殿の怨念の笑い声でしょう。

天璋院
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最終更新日  2012年03月07日 07時00分34秒
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