CAPTAINの航海日記

CAPTAINの航海日記

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Calendar

Profile

CAPTAIN

CAPTAIN

Comments

CAPTAIN @ Re[1]:鎌倉パスタ、創業地は岡山県(09/01) >オウルさんへ サンマルクは今年京都に…
オウル@ Re:鎌倉パスタ、創業地は岡山県(09/01) サンマルクは数ヶ月前に京都市に本社機能…
CAPTAIN @ Re[1]:一旦書いたエントリを消す(07/21) >七詩さんへ 七詩さんも、そういうこと…
七詩 @ Re:一旦書いたエントリを消す(07/21) 同じようなことをいつも考えて書いていま…
CAPTAIN @ Re[1]:続・静岡市と船橋市(05/30) >佐々木さんへ その可能性はあるかもし…
2017.08.16
XML
テーマ: たわごと(27819)
​明治時代の福島県に関わる俗説として「郡山への県庁移転運動とのバーターで、県庁の代わりに当時県に一つだけあった(旧制)中学校が福島から郡山に移転した」という話があります。真偽のほどはわかりませんが、時期的には県庁を移転する福島県議会の決議が内務省で却下されたのと福島中学校安積郡移転案が福島県議会で可決されたのが同じ1886年であり、俗説と退けるには符牒が妙に合っている点がバーターの信憑性を高めています。

で、ここで一つのIFが頭をもたげたのですが「もし郡山が中学校ではなくて師範学校を誘致していたら今どうなっていたか?」。中学校と違い師範学校は一つの府県で大抵一つ、多くても三つ程度しか設置されないまま第二次世界大戦後の新制大学への転換を迎えます。
となると、郡山に師範学校が設置されていたならば、新制福島大学設立時には福島高等商業学校を前身とする福島市の経済学部と郡山市の教育学部の二本立てだった可能性があるということか。他県に実例はあるんですよ。滋賀大学。彦根高等商業学校を前身とする経済学部と大津市に設置された滋賀師範学校を前身とする教育学部という、タコ足2キャンパスで発足し、データサイエンス学部が発足した現在になってもこのキャンパス構成が維持されています。だもんで、新制大学発足当時は滋賀大学とまったく同じ学部構成だった福島大学も、タコ足キャンパスになっていただろうな~と夢想しています。
加えて言えば、郡山市に教育学部があったならば、附属小中学校も郡山市に設置されていたでしょうね。滋賀大学でも大津市に設置されていますし。現在の郡山市は「受験して入学する中学校」がザベリオ学園しかないという中学受験不毛の地(失礼!)ですが、そんな事態も解消していた可能性がありますね。


【新品】【本】読みがたり福島のむかし話 福島県国語教育研究会/編 ​





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2017.08.16 21:58:45
コメント(2) | コメントを書く
[福島・宮城の地元ネタ] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: