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「万理一空」は4年ぶりに日本人大関になった琴奨菊が大関になるに当たって覚悟を述べた口上の言葉です。宮本武蔵の兵法書「五輪書」にある一節で、今の世の中を過ごす心得としても活かせる言葉です。「道」を究めるには、すべての筋道「理」を通り尽くして無我「空」の境地に至れという意味でしょう。武蔵はその中で「万理一空のこころ、書き表しがたく候へば、おのずから工夫すべきものなり」とも云っております。一つのことを成し遂げようと思えば、全てのことをやってみて理想とする境地にたどり着ける。その道は自ら工夫して捜し求めなさいと云うことでしょうか。なんとも厳しい言葉ですが、一つのことを求めるためにはそれが必要なことなのでしょう。現在はともすれば、生きる上での厳しさが必要のない時代になっております。しかし、就職活動や企業活動などで競争社会を生き抜くためには宮本武蔵の時代と同じような厳しさが必要になります。心に留め置くべき言葉だと思います。(キャリオ)幸せを求めてたどる秋の道クリックでご支援お願いします!
2011年09月29日
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「ノーサイド」は野田総理大臣が民主党新代表に選出された時に両院議員総会で就任の挨拶で使われた言葉で、民主党が一丸となって日本の国難を乗り切ろうという「決意」を述べた言葉です。その言葉が時折、誤解されてマスコミで取り上げられて批判の対象となっています。もともと、「ノーサイド」とはラグビーにおける試合終了のことで、 試合後は敵・味方に別れて戦った選手が「サイドをなくして」、一緒になろうということです。「サイドをなくす」と言うことは主張をなくすことになるので、政治家としてもリーダーシップがなくなると誤解されてしまうのです。もちろん政治を司る者として、どの方向に日本を導いていくのかは重要なことです。自分の意見「マイサイド」を主張することは大切なことです。それなくして、政治家は勤まりません。調整役に徹していたのではだめだということは先刻承知の上での言葉だと思います。民主党の政権になって2年間は党内に色々な意見が出て、まとまりがつかなくて政治が進まなかったというのも事実です。まず民主党内の意見を集約して野党と論戦を進め、一刻も早く日本の国難に立ち向かって欲しいものです。また、就職活動に当たる学生をはじめ国民一人ひとりにとっては、自分の人生の目標を「ノーサイド」でなく「マイサイド」として決めるのは自分の責任です。自信を持ってそれが出来るように、自分を見つめ、社会を見つめなくてはなりません。(キャリオ)憂きし世をじっと見つめて秋の空クリックでご支援お願いします!
2011年09月25日
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アメリカの心理学者スーパーは人生の役割には8つがあると唱えました。人は生まれて死ぬまでこれらの役割を演じて過ごすことになります。それは子供・学生・職業人・配偶者・家庭人・親・趣味人・市民です。これらの役割のウェイトは人によって、また年とともに異なります。バランスよくこれらの役割をこなすことが充実した人生を過ごすコツとなるのです。子供時代は子供としての役割と勉強が中心ですが、大人になり職業を持って結婚すると仕事中心の生活をするようになります。そして、定年になってからは趣味を中心とした人生を送ることが出来れば、色々な経験を踏まえた虹色の人生を送れたことになります。各々の時代での役割を一生懸命に果たすことが大切なのです。(キャリオ)泡沫(うたかた)の人生写す秋の虹 クリックでご支援お願いします!
2011年09月22日
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厚生労働省が9月16日に発表した2008年の日本人の平均寿命は、女性は86.05歳、男性は79.29歳で、男女とも過去最高を更新しました。この長寿大国の日本において、今誰にも訪れる死に対して積極的に向きあう人が増えており、人生の最期の準備をするのがひそかなブームとなっています。 就職活動をするのは「就活」、結婚のための活動をするのは「婚活」、そして人生の最後の準備をするのが「終活」です。この「終活」という言葉は流行語大賞にもノミネートされているということです。先日、NHKで「終活」の為の墓造りのことが取り上げられておりました。最近は墓の様相が多様化しているようです。昔ながらの和墓に加えて、洋墓が増えたり、墓石に刻まれる文字も「愛」や「絆」など自分の信条を表す色々な文字が入れられるようになっているとのことです。「○○家の墓」と云う伝統的な墓石は明治時代に出来た民法の家制度に基づくもので、それ以前は個人一人ひとりの墓であったそうです。家制度の概念が薄れてきた現在、墓のあり方も変わってきたと云うことでしょうか。死んだ後の墓を共にする「墓友」なる結びつきを持つ人々も出てきているということです。海外に眼を移すと、海外でも色々な特色のある墓があるようです。来る人に安らぎを与える椅子の形をしたダニーケイの墓や兄弟愛を表したゴッホの墓など様々な特色がある墓があります。間違いなくやってくる“終活率”100%のその時のための墓作りに力を入れるのは、残りの人生を楽しく過ごすための工夫でしょう。「備えあれば憂いなし」ということでしょうか。就職活動のための「就活」にも「備えあれば憂いなし」の気持で少しでも早くから準備を整えたいものです。(キャリオ)寄り添いて野原を渡る秋の蝶 クリックでご支援お願いします!
2011年09月19日
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「ありがとう」と「ごめんなさい」は日本では昔から人と人とのコミュニケーションをとる上でもっとも大切な言葉として使われてきました。そこで、この言葉の成り立ちを調べてみました。「ありがとう」はよく知られているように形容詞「有り難し(ありがたし)」から来ていて、「有ること」が「難い(かたい)」、すなわち「滅多にない」や「珍しくて貴重だ」という意味です。枕草子でも「ありがたきもの」として、姑に褒められる嫁や少しの非難すべきことのない人を揚げております。それが中世になって仏の慈悲など貴重で得難いものを自分は得ているというところから、宗教的な感謝の気持ちを云うようになり、近世以降では感謝の意味として一般にも広がったとのことです。また、「ごめんなさい」は世界的に広く使用される言葉として広がりつつあるようですが、元は「御免無二斎」と書き、唯一無二の高名な免状を授与された人物を指したということです。それが高名な兵法者宮本武蔵の呼称ともなり、「御免無二斎!」と一言声をかけるとどんな暴れ者でも態度を格段に軟化させて信じられないほどに説得しやすくなるという効果がある言葉となりました。粗暴な十手持ちが多かった江戸時代に、この便利な衝突回避の言葉はたちまち江戸中に広まり、より言い易いように「御免なさい!」というややくだけた表現になって全国に広まっていったと言うことです。「ありがとう」と「ごめんなさい」は家庭や職場でコミュニケーションを円滑に行う上で是非とも使って欲しい言葉です。この言葉を使うだけで会話がスムースに進み人間関係がうまくいくという魔法の言葉です。ぜひ、普段の会話で使いましょう。(キャリオ)里山はいつ来て見ても水澄めり クリックでご支援お願いします!
2011年09月16日
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「健康」という言葉は中国春秋時代の書「易経」にある「健体康心」から来ているということです。健やかな身体と安らかな心の状態を指すのです。偏った食習慣と運動不足、精神的なストレスはこの「健体康心」を害することになります。身体の健康を保つためにはバランスの取れた食習慣と適度な運動に加えて、定期的な身体の健康状態のチェック、即ち健康診断が必要です。それと同様に心の健康を保つためには過度な精神的な緊張状態の継続を避けると共に、定期的な心の健康状態のチェック「心の健康診断」が必要なのです。「心の健康診断」は自分でチェックすることが出来ます。夜眠れなかったり、疲れやすかったり、日々いらいらしているのは心の健康状態を害している表れです。チェック項目はホームページなどで探すことが出来ます。自分で診断して、心配な時は精神科医の診断を受けてみることです。心の病気の処方箋は、軽度の場合はまずは休息をとることです。そして、出来るだけ同じ時間に起きて、同じ時間に食事をし、同じ時間に休むなど生活のリズムを整えることで疲労しにくい心の状態を作ることが大切です。また、運動や娯楽、創作など自分で楽しめることでストレスを発散させたり、好きな音楽を聴いたり、ゆっくりとお風呂に入ったりしてストレスを解消することが必要です。そして、同じような悩みを持つ人と話し合える機会を持つこともストレスを和らげる上で効果があります。就活で悩んでいる人や日々の仕事で苦しんでいる人にとっても、心の健康診断と処方箋は大切なことです。ぜひ試してみてください。(キャリオ)憂きし世をしばし忘れて月見かな クリックでご支援お願いします!
2011年09月13日
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新商品開発のサクセスストーリーは色々ありますが、最近の身近な商品開発として注目できる事例を紹介させていただきます。「おから」は豆腐の副産物として出ますが、いろいろな調理法がある豆腐に比べてその使用方法があまりなく、廃棄されている量が膨大だと云うことです。年間で65万トンもの「おから」が捨てられているとのことです。そのことに着目して、姫路にある食品会社の女性の開発者が「おから」をおいしい食品に生まれ変わらせることに成功したのです。大学の講義室で学生に対して行われた、その女性の講演を聞く機会がありました。彼女は普通の主婦のようですが、農学博士と栄養士の肩書を持つ立派なキャリアウーマンです。将来、技術者や研究者を目指す女子学生にとってはもちろんですが、男子学生にとっても新商品開発の手本になるようなお話でした。彼女は「おから」の有効利用を日夜考えていましたが、なかなか良いアイデアがわきませんでした。そんな時、ふと蟹蒲鉾のことを思いつきました。蟹蒲鉾は蟹と比べて非常に安価で、味も若干は蟹に似ていて、料理も簡単で食べやすいので、市場の評価を得て沢山の人に食されております。彼女はこれと同じように「じゃがいもコロッケ」と似た「おからコロッケ」ができないかと考えたのです。早速、彼女は大学の研究室の助けを借りて「じゃがいも」と「おから」の組織の解析をして、その違いを明らかにしたのです。「じゃがいも」の小さくて、なめらかな組織に対して、「おから」は大きくてガサガサとした組織であったのです。それから、彼女はこれを改善するための工夫を色々として、「おからコロッケ」の開発に結び付けるのです。彼女は新商品を開発するに当たっては、生活の中であらゆることに興味を持つこと、信念・強い想いと願い・辛い生活経験、意欲・熱意、あきらめない強い意志が必要だと言っておられます。この言葉は人生の色々な場面で共通して必要なことだと思います。キャリア開発に取り組む皆さんも心すべきことではないでしょうか。(キャリオ)生き方はシンプルでいい秋日和・・・怜衣子 クリックでご支援お願いします!
2011年09月11日
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大学生にとって長かった夏休みもあと残り少なくなってきました。来年3月に卒業を控えて就職の内定がもらえていない4年生にとっては、就職活動が第4コーナーを回ってラストスパートをかけなければなりません。また、これから就職活動に向かおうとしている3年生にとっては、就職活動の準備をしなければなりません。両者にとって、大学の先輩であるOBやOGを訪問して、就職先の紹介を受けたり仕事についての話を聞くことが大切です。OBやOGに限らず両親や知人やいろいろな場面で知り合える社会人から、仕事のやりがいや苦労、入社後に感じたギャップ、就職活動や学生時代にやるべきことを聞くことは企業や業界研究に有効なだけでなく、職業観の醸成に大きな影響を与えます。残りの夏休み期間を利用してぜひ経験豊かな社会人から話を聞いてみましょう。(キャリオ)人に慣れたキタキツネはドライブウェーまでやってきて旅人に餌をおねだりします。しかし、冬になると餌を自らとることが出来なくなり悲しい運命をたどることになります。自らで稼ぐ生活力をつけなければならないのはどこの世界も同じことなのですね。人恋し夏の終わりの北キツネ クリックでご支援お願いします!
2011年09月07日
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野田新総理大臣による新政権が発足しました。民主党が自民党から政権交代したのが2009年の9月16日ですから2年になります。2年で3代目の総理大臣ということになります。自民党の政権の終盤から数えて6代続く短期政権に対して、海外からも冷ややかな非難の声があります。魚の目のようにころころ変わる政権では海外からも信頼を得ることが出来ないでしょう。また、東日本大震災の復興と福島原発事故対応を始めとした課題山積の国内政治もこれでは課題の解決が進まないでしょう。安定した政権の実現が期待されます。野田新総理大臣はマスコミで報道される情報を見ている限り、地道に課題に取り組む信頼感のある政治家のようです。「どじょう」のように泥臭い環境の中で、粘り強く地道に政治に取り組んで欲しいものです。まずは民主党の中が一つにまとまって、党内が結束して政治に取り組むことが必要でしょう。そして、国民や野党の声にも耳を傾けながら、スピード感のある政治を執り行うことが期待されております。山積する課題はいずれも時間的余裕のない喫緊の課題ばかりです。民主党内の役員人事は野田新総理が言う「ノーサイド」を実現する内容の挙党体制が出来る布陣のようです。新しく任命された閣僚には若くて、能力が未知数の政治家が沢山いるようですが、新政権の泥臭さと若さに期待したいと思います。(キャリオ)夏の果て岬回れば新天地 クリックでご支援お願いします!
2011年09月04日
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日本の最東端である根室半島の納沙布岬を訪れました。ここからは北方領土・歯舞諸島のひとつ貝殻島まで3.7キロメートルです。根室半島からは本当に目の前にある島です。漁業で生計を立てる人々にとって、この島が他国であることは大きな支障になっております。今から66年前の1945年8月28日から9月5日の間に、日ソ中立条約に違反して対日参戦していたソ連が北方四島をすべて占領しました。当時、北方四島に住んでいた1万7千人の日本人は強制退去させられました。北方四島は択捉島、国後島、色丹島および歯舞群島からなりますが、日本はロシアより早く、北方四島の存在を知り、多くの日本人がこの地域に渡航するとともに、徐々にこれらの島々の統治を確立しました。それ以前も、ロシアの勢力がウルップ島より南にまで及んだことは一度もありませんでした。1855年、日本とロシアとの間で全く平和的、友好的な形で調印された日魯通好条約(下田条約)は、当時自然に成立していた択捉島とウルップ島の間の国境をそのまま確認するものでした。それ以降も、北方四島が外国の領土となったことはありません。そのような中で、ロシアが今も不法占拠の状態を続けていると考えると腹立たしさを感じずにおれません。日本にはロシアとの間の北方領土の他にも、中国との間の尖閣列島や韓国との間の竹島問題など領土問題を抱えております。今後も外交問題に関心を持って政治を見ていきたいと思います。発足する新しい政権に期待いたします。(キャリオ)北の地で祈り捧げる晩夏かな クリックでご支援お願いします!
2011年09月02日
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