加藤浩子の La bella vita(美しき人生)

加藤浩子の La bella vita(美しき人生)

May 10, 2005
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カテゴリ: 世界と日本
 おととい5月8日は、ヨーロッパ(ドイツ)の終戦記念日。


 ロシアでの盛大な祝典の様子を、ドイツのテレビが延々と報道したのも驚いたが、もっと驚いたのは、その祝典にドイツのシュレーダー首相が列席していたこと。戦後初めてのことだというが・・
 同列に比較はできないが、小泉首相が中国の同種の式典に参列するようなものだろう。とうてい考えられないことだ。
 改めて、日独の戦後処理の違いを考えさせられた。

 事情は色々違うので、単純に比較ができないことは言うまでもない。
 けれどドイツは、相当苦労して戦後処理に取り組んできたと思うし、それを内外にアピールしてきた。
 ミュンヘンの郊外にあったダッハウのユダヤ人収容所をそのまま残して博物館にしたり、ベルリンの真ん中にユダヤ人博物館を建てたりしたことは、反省の意を対外的に示す意味があったのだろう。これも日本ではとうてい考えられそうにもない。国内にその種の建物を作ろうなどという計画が持ち上がりでもしたら、袋叩きにされそうだ。
 敵対した各国と国境を接しているドイツは、具体的な反省の意思表示をしなければ、ヨーロッパで信頼を獲得できなかったのだろう。


 それに対して、長く「鎖国」していた日本を含む東アジアでは、そのような経験が浅いせいか、感情が介在してしまって、なかなか「外交」までたどりつけないような気がする。
 今回の反日デモにしても、中国側の事情も相当あるのだろうけれど、日本側があちら側を刺激している面も、やはり否定はできないのではないだろうか。
 数週間前の「サンデープロジェクト」に、民主党の野田議員(野田聖子ではありません。念のため)が出演して、日本の戦後処理に対する中国側の反応について、興味深いことを言っていた。
 たとえば、日本側の謝罪が足りないと中国側が感じていることについては、
 「村山談話のように、日本はもちろん謝罪しているのだが、その一方でそれを否定するような発言を一部の政治家が繰り返すので、中国側が不信感を持ってしまう」。
 また、靖国問題については、
 「中国は、終戦後、日本から賠償金を取ることもなく、寛大な面もあった(その代わりODAがあるじゃないか、という意見もあるだろうが)。そして今度の戦争では責任はA級戦犯にあり、日本国民は被害者である、という立場をとり、実情はともかく、A級戦犯の「せい」にすることで合意していた。それが、彼らを祀った靖国に参拝されたのでは、面子がつぶれてしまう」
 というような主旨のことを言っていた。
 これはどちらも、それなりに説得力のある発言だと、私は思った。
 とくに前者の、「せっかく謝罪しても、打ち消すような発言が多いので不信感を持たれてしまう」という発言には、うなずけるものがあった。
 そのあたりの感覚は、「外交」に通じるものがあるのではないだろうか。



 今回の「バッハへの旅」の途中で、60年前の空襲で破壊され、今まさに再建中のドレスデンの聖母教会を訪れたとき、屋根に輝く十字架が、イギリスからのプレゼントだときいて衝撃を受けた。攻撃したイギリスから攻撃されたドイツへの贈り物、つまりアメリカが原爆ドームに何かを寄付するようなものだからだ。
 東アジア、太平洋地域が、たとえ表面的なものにせよヨーロッパ並みになるには、まだまだ気の遠くなるような時間と経験が必要なのだろうか。





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最終更新日  May 20, 2005 10:31:50 AM
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