加藤浩子の La bella vita(美しき人生)

加藤浩子の La bella vita(美しき人生)

October 10, 2005
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カテゴリ: 音楽
 久しぶりに、宝塚に行ってきた(東京宝塚劇場)。


 2回とも、行ったのにはわけがあり、2回ともオペラの演目を下地にしたものだったから。前回は「トウーランドット」を下敷きにした「鳳凰伝」、今回は「トロヴァトーレ」を下敷きにした「炎にくちづけを」である。
 両方とも、原作のオペラについて、プログラムに書かせていただいたので、ご案内をいただいた、というわけ。
 宝塚はこれ以外にも、「アイーダ」を下敷きにした「王家に捧ぐ歌」など、オペラの翻案を時々やっている。作者の方が、NY滞在中にメトに通いつけたというオペラ好きなようだ。

 実をいうと、今回の演目、ちょっと気がかり?ではあった。
 「アイーダ」や「トゥーランドット」なら、宝塚版に焼きなおしても面白そうだけれど、ドロドロごたごたの「トロヴァトーレ」のお話を、どう宝塚乙女に気に入られるように作るのか、心配でもあったのだ。

 ところがどっこい、これが面白かった。個人的には「鳳凰伝」より面白かったといってもいい。


 ところがこの宝塚版では、そのテーマ性が、強烈に打ち出されていた。
 オペラでは、ジプシー仲間で活躍するのは主人公母子くらいなのだが、宝塚では、準主役級の役も想像されており、ジプシーの一団が重要な役を果たす。
 というのも、これはオペラと共通だが、この作品のテーマは「身分違いの恋」にある。恋の当事者は、宮廷女官とジプシーの吟遊詩人。これはたぶん、設定された15世紀当時だと、とうてい乗り越えられない溝だった。だってジプシーは「人間以下」とみなされていたから。
 で、原作のオペラでは、その「人間以下」のジプシーに、人間性を認めているわけなのだが、宝塚版ではそこが強烈に打ち出され、ジプシーと対立する宮廷の貴族、武士たちの残酷さ、ジプシーへの偏見、非道な仕打ち、などがもりこまれていたのだ。
 「ジプシーなど人間ではない」「けものと同じ」など・・・
 加えて、これもオペラには出てこない役として、「修道院長」なる役が創造され、「キリスト教徒でない者は人間ではない」という見方を代表していた。

 対して、ジプシーの一団は、「ジプシーだって人間」「宗教が違っても人間」と主張し、「僕らはキリスト教徒ではないけれど、ジーザス(キリスト)は尊敬する」と、感動的な言葉を吐く。
 そのジプシーたちを、宮廷側はむざんに処刑してしまう。「人間ではないから何をしてもいい」とか理由をつけて。修道院長も大賛成するのだ。
 いやはやまるで、イラクで捕虜を虐待しているアメリカ兵のようではないか。


 「文明の衝突」、「宗教戦争」、「キリスト教とイスラム教徒の戦い」・・・表現はいろいろあるけれど、異質なものを排斥することへの告発、そして戦争への告発、である。

 「人間は2000年昔から、おろかにも同じことを繰り返し続けている」と合唱が歌い、夫や息子を奪われたジプシー女たちは、「子供を沢山産んでやる」と叫ぶ。
 いやはや、なかなかジーンとさせるのであります。

 宝塚ファンにはちとハードかも、でもある意味、大人の鑑賞にも耐える出し物。ぜひごらんあれ。11月13日まで、東京宝塚劇場です。Hpは
 http://kageki.hankyu.co.jp/





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最終更新日  October 11, 2005 11:28:02 AM


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