加藤浩子の La bella vita(美しき人生)

加藤浩子の La bella vita(美しき人生)

December 24, 2016
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 今年は、コンサート形式のオペラ上演に満足度の高い公演が多かった1年でした。

 外来では、サントリーホールが30周年記念に招聘した、ティーレマン&ドレスデン・シュターツカペレの「ラインの黄金」が、(おそらくバイロイトでもよく共演しているメンバーが多いこともあり)すばらしく息のあった演奏を繰り広げましたし、オケや合唱は日本側(N響)とはいいながら、指揮者(ヤノフスキ)やソリスト(タイトルロールを歌ったシャーガーの、明るいイタリア的な声のヘルデンテノールぶりは新鮮でした)に海外の一流を招聘し、これも充実した演奏をした、東京・春・音楽祭の「ジークフリート」も聴きものでした。前者はセミステージ、後者は純粋に「演奏会形式」でしたが、後者など、これだけのワーグナーが聴けるなら、バイロイトに行かなくてもいいのではないかと思ってしまったほど。(20年以上行っていませんが。。。。すみません)

  一方で、より「健闘」したと思えたのは、オーケストラやホールの主催公演の枠内での「演奏会形式」、あるいはそれに準じるオペラ上演でした。

  セミステージとはいえ、演出家を起用して、アイデアにあふれた上演となった北とぴあの「ドン・ジョヴァンニ」については以前にもご紹介しましたが、在京のオーケストラも、競うように中身の濃い公演を行ってくれました。(デュトワが指揮したN響の「カルメン」は、残念ながら日程があわずに聴き逃しましたが)

 東京フィルは、チョンミョンフン指揮の「蝶々夫人」と、バッティストーニ指揮の「イリス」という、ふたつの「ジャポニスム」イタリアオペラ。演出上は、「蝶々夫人」は衣装にちょっと工夫があったくらいですが、その分音楽に集中できましたし、「イリス」は、バッティストーニのアイデアで、背景に北斎をはじめ浮世絵を投影したり、客席から踊り子が現れるなど、作品の幻想的な雰囲気を醸し出す工夫がされていました。後者はなかなか上演の機会に恵まれないオペラですが、バッティストーニお得意の「美しい壮大さ」がふんだんな作品で、細やかな叙情性から、強烈でありながらこれまたどこまでも美しいフォルテまで、バッティの長所がいかんなく披露された公演となりました。

 もうひとつ、素晴らしい公演をプレゼントしてくれたオーケストラは、東京交響楽団です。とくに東響の場合は、キャストがすごかった。メトやウィーンやザルツブルクに出ていてもおかしくない、という主役陣でしたから。それは、満足度はまた一段高かった。

 9月には、これまた上演の機会が少ない(でもすごい音楽!)ベルリオーズ「ファウストの劫罰」。スリルと大胆さにみちたベルリオーズの音楽を、スパイアーズ、ペトレンコ、そしてソフィー・コッシュ!という超一流キャストで堪能できました(指揮はスダーン)。とくに感心したのはコッシュで、一声で自分の空気を作ってしまえるカリスマ性に加え、やわらかで自在な表現で、音楽だけで心に染みる恋する女、そして聖女マルグリートを表現していたと思います。

 けれどきわめつけは、今月聴いた「コジ・ファン・トウッテ」です(主催は東京芸術劇場とミューザ川崎)。

 この「コジ」、前からとても楽しみにしていました。東響と息のあったところを見せている音楽監督、ジョナサン・ノットの指揮で、彼がハンマーフリューゲルも担当。そして歌手ときたら、大ベテランで、伝説の?ドン・ジョヴァンニでもあるトーマス・アレンに、マルクス・ウェルバ、ミア・パーション(ただし直前に急病でキャンセル)など、この手のモーツァルト・オペラでは理想ともいえるキャストが並んでいたのですから。

 東響と「コジ」をやりたい(というかダ=ポンテ三部作をやりたい)と提案したのはノットのようでした。ノットはフランクフルト歌劇場などドイツの歌劇場でカペルマイスターとして活躍し、通奏低音の経験もふんだんというのも魅力でした。事前にインタビューもさせてもらえたのですが、「とにかく楽しい」と「コジ」の魅力を強調していました。リハーサルも大変順調で、予定時間より大幅に早く終わってしまったというのをきいて、これはいい公演になるに違いない、と確信したのですが。

 ほんとうに素晴らしい公演でした。公演の水準も高かったし、加えていろいろな発見があったのです。 

 今回の上演は、オーケストラはもちろん舞台上にいるのですが、編成が小さいこともあり、舞台の前後左右にかなり空間があります。歌手たちは、そこをふんだんに使って、のびのびと歌い、走り回って「演技」していました。それも、ごく自然に。

 「演出家」のとくにいない上演だったので(ドン・アルフォンソを歌ったアレンが「監修」という役割を引き受けたようですが、出はけのタイミングを調整するくらいで、「演出」した、というわけではなかったよう)、おそらくその分、歌手たちが、自由にのびやかに演じていたのです。同時に、それだけのことができる歌手たちが揃っていたといえます。とくにウェルバとかアレンという、それこそザルツブルクやウィーンでこの役をたくさん経験したような超一流どころは、ひとりでも歌と演技の両面でこのオペラができてしまえるくらい、この作品の「中身」が染み込んでいるのだなと感じられました。この2人を筆頭として、みな、自分のパートを十分に消化して、役柄になりきっていました。だから演出などなくても、いえ、ない分余計に自由に、オペラを「作って」しまえるのです。だからなのでしょう、歌手たちもほんとうに楽しそうでした。

  ノットの指揮も、歌手たちをよく見て、聴き、そしてあくまで作品を「立て」て 、作品の美しさを存分に味わってもらいたい、というものだったので、歌手の実力と相まって、「コジ」の演劇性が浮かび上がってきたように思います。そう、「コジ」がこんなに演劇的なオペラだったなんて!失礼ながら、このような上演が可能になったのは、余計な「解釈」を押し付ける演出家が不在だったからでしょう。「自発性」からくる歓び。

 レチタティーヴォもカットなし、よく省略される、第2幕のフェッランドの、フィオルディリージとデートした後でのアリアも聴けて、まったくもって「コジ」の音楽の素晴らしさを丸ごと味わえた公演となりました。 

  いつも演出上問題となる幕切れも、各人がとまどいの表情を見せながら、それでも丸く収まるふうで、これはこれで納得できたのでした。

演奏会形式のオペラの場合、指揮者が主導権を握るのが一般的ですが、この「コジ」の場合は、指揮者と歌手が対等だった、ということがきわめて大きかったと感じました。演奏会形式といえ、指揮者と歌手、両方が揃うと別の次元が開けるのだ、と思い知らされた公演でした。

 これで最高席12000円!歌手も指揮者も、高額な引っ越し公演と同等のレベルなのですから、演奏会形式のオペラ、これからも注目です。

 追記:ノット&東響の「ダ・ポンテ三部作」、来年は12月に「ドン・ジョヴァンニ」だそうです!必聴です。 






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最終更新日  December 24, 2016 11:31:20 AM


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