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23日は、大台への第1歩。○○回めのバースデーでした。思いがけず、ブログのプロフィールを見てくださった方から、オメデト~メールやお花を頂戴しました。ありがとうございます。はっきりいって、うちの家族がみんな忘れてた分・・・すごく嬉しかった。しかも、23日は、風邪ひいて寝ていたので、余計に、皆様の温かいメッセージが心に染みました。本当は、23日はつま恋ライブ(拓郎&こうせつ)に猛烈に行きたかったのです。。。ですが、息子のサッカーの試合が入るかもしれないと思い、諦めたのでした。しかしながら、結局は、息子は塾でサッカーの練習試合はお休みしたので、無理してでもチケット買っておけば、なんとかなったかもしれないのです。おまけに、前日に友人から、マッスルミュージカルのチケットあまっちゃったから行かない?とお誘いを受け、承諾していたのです・・・・が、それも結局は体調不良のため、娘の友人に譲り・・・・BSのつま恋ライブも見れず・・・・ホント、楽しみにしていた、23日は、自分の不注意とは言え、最悪でございました。こんな情況でしたので、なおさら、皆様のおめでと~コールは嬉しかった。 ありがとうございました。身体はしんどかったけれど、心は満たされたバースデーになりました。感謝!
Sep 25, 2006
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ネーミングを大募集するお茶はこんなお茶です。お茶の色はほうじ茶や麦茶と同じ色。味はあっさりしていて、喉元すっきり。時間が経っても色が変わらず美味しく頂けます。ご年配・お子様にも大丈夫。とてもヘルシーなお茶です。葉は煮出すまたは蒸気で蒸し、天日干しした上から、茶の煮汁をかけ、さらに干す。天気の良い真夏に乾燥させます。一番茶の新芽を夏まで、生育させ、ここまで伸ばします。一年一作の傑作番茶。この上に生の葉をのせ下から蒸気で蒸します。昔ながらのかまど・・・歴史を感じます。蒸気を送ったり、煮汁を煮たりするときに活躍。かまどにくべる薪。薪割りも重労働。茶葉を袋に入れて煮出します。この煮出した煮汁をかけ、天日干しします。80才近いおふたり。お元気で、お茶を作っています。こちらは、さらに高齢の生産家のおじいちゃま。年々後継者がなく、生産家が激減!しています。昔ながらの、美作のお番茶も、いつまで作られることか!こんなお茶です。是非、すてきな ネーミングお待ちしております!!!^^)
Sep 15, 2006
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約ひと月前、ぎっくり腰の後遺症???らしき筋肉痛と戦いながら、岡山県の美作(みまさか)に行ってきました。関東の小売店さんで、どうしても「地方の特色のあるお茶を売りた~い。」とおっしゃる方がいて、まずその第1弾として、地方の現存するお番茶の中でも、もっとも飲みやすい馴染みやすい・・・と、勝手に私が決めている、「美作番茶=作州番茶」の製造風景を訪ねたのでした。お邪魔したお宅は、まだおじいちゃまおばあちゃまが大変お元気で、70歳を越えていらっしゃるとは思えない程はつらつと頑張ってお茶づくりをしていらっしゃいました。けれども、お聞きした話では、ほとんどのお宅で後継者は育っていないらしく、「いつまで作れるかわからない・・・。私の代で終わりだょ。」という情況でした。案内して頂いた、地元の問屋さんの小林さんは、その社歴も大変古く、店構えも風情があり、地元の名士でもあり、かつ美作のお茶を守っていらっしゃるステキなおじ様でした・・・。(私から見ておじ様ですから・・・お年はご想像にお任せ^^)お番茶に使うお茶は、俗に言う「やぶ北」などの品種茶ではなく、昔ながらの在来種で、茶畑も茶園(生産ラインベースとして作られたもの)と言うよりは、ケイハン(畑を囲むようにしてある小さな茶園)で、昔から自分達の飲み茶として作られていたものを、少し多めに作って、京都や山陰地方に出荷していた経緯があります。こうしたお番茶は以前は地方それぞれ特色があり、作り方も独特で、たくさん作られていたのですが、戦後、機械化が進み、緑茶の大量生産が始まると、販路拡大によって、その座を奪われ、また採算ベースの合わないお番茶は急激に陰を潜めてしまったのです・・・・・。(お番茶からすると、緑茶生産王国、我静岡が、諸悪の根源なのかしら・・・???)今は、本当に自分達の飲み茶用に、作られる傍ら、少し余分に作り分けて下さる程度の量しか確保できなくなりました・・・。町おこしなどで、市政が保護しているケースもありますが、ほとんどが、なくなりつつあります。(中には、ネットで販売されているケースもありますが、極まれです・・・。高齢者の方が生産されているので、特に。)という訳で、「私たちが代わりに、皆様に知って頂く努力をしてみようではないか!」・・・・・なんて、ちょっと 力入りすぎ??? なのですが、思ってしまいました!!!そこで、【店長と私との話。】私「楽天に出してみる?」店長「オークションに出してみましょうか?」私「関西方面や山陰、北陸の方は、お番茶飲むしね~。静岡はあまり飲まないけど・・・。」店長「では、近々・・・。」更に、という訳で、楽天市場オークションに提出決定!量はないので、お試しくらいですが、お楽しみに!!!と、また更にその前にネーミング大募集!とっても、希少価値。とっても、飲みやすい!美作(みまさか)のお番茶です。明日、写真をUPします。皆様から「ネーミング大募集!」しちゃってよろしいでしょうか?とは、言っても私の狭い交友関係では、大募集とは行かないのですが・・・汗;)それでも、採用させて頂いた方には、心ばかりですが、当工場のお茶をプレゼントさせて頂きます。どうぞよろしくお願い致します。気長に待ってま~す。
Sep 14, 2006
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一昨日から、次男が「僕、今日から生まれ変わるから・・・。」を連発している。「どうして?」と聞くと、「先生に怒られたり、お母さんに怒られたりするの嫌だから、これから、頑張る!」というのです。きっと何か、学校であったのでしょう?詳しいことは、聞いてはいないのですが、「僕、先生の話もしっかり聞く。お母さんにも朝の支度の事を言われる前にするから・・・。」と、とても次男らしからぬ言葉を言うので、私も、ついつい調子に乗って「そう、すごいね。生まれ変わるんだね~。」と、調子を合わせてみた。次男が学校へ出かけた、今は、本当は、そう思う理由をきちんと聞いてあげるべきだったのかもしれないと思う。 学校で先生にどんな風に叱られて、なぜ叱られたのかを聞いてあげた方が良かったのかもしれない・・・。でも、まあ、いいか!!!今日、帰ってきたら聞いてみよう!「生まれ変わる・・・・・。」子供って無邪気だよね。
Sep 13, 2006
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ブログでお世話になっている、皆様より、ご購入頂き、本当にありがとうございました!このお茶は、実は、一般価格では結構なお値段のお茶なのですが、OPENという事で、楽天さんにご相談したところ・・・このあたりでどうでしょう???ということで、本当に頑張って、お値段付けました。お買い上げ頂いてお分かり頂けるかと思うのですが、この価格このお値段では決して手に入らないもの!!!と、堂々と宣言させて頂きます。自信を持ってお送りいたしておりますが、また何かございましたら、なんなりとお申し付けくださいませね。取り急ぎ、この場をお借りして、御礼申し上げま~すww。 お気付きの点、ご感想などございましたら、なんなりと・・・・。レヴューにお書き頂けると幸いです・・・!!!
Sep 11, 2006
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明日、娘が市内のスピーチコンテストに参加します。今必死で暗記していますが、明日頭真っ白で内容がぶっ飛んでも、母は知りません!どうにもできません。大体、「英語の暗記はそんなに甘くない。」と散々言ったのにも拘わらず、タイムリミット二日前から始めたんですもの。完璧甘すぎる!!!ミュージカル公演が27日にあったのでそれまでは仕方がないにしてもその後呆けて、30日に夏休み宿題を片付け、31日1日のたったの二日で以下を暗記はいくらなんでも無理でしょ!!!ホント母は呆れて物が言えませんデス。まあ、明日は良い経験をすることでしょう。冷や汗たらたら、シドロモドロ・・・想像するだけで試練だわ~。以下・・・スピーチ内容です。(やってみて分かったのですが、はっきり言って日本語の内容が全て!!!英語力より国語力だと実感しました。)Telling the warNo more Wars...Stop the War!! ! These words are one of the lines of a chief character MINA in a musical 「Living, MINA SASAKI Story」. I performed this musical three times from last autumn to this summer. And I played one woman MINA who survived in the wartime.She devoted all her life to weak people. She worked as a maternity nurse and made nursery school for working mother.Also she built a care house for old people.She is 92 years old now. This musical taught a lot of things to me. There was the scene which I could never express well while I played this story at first.Not only I but also my partner said 「it is very difficult to play the scene of the war). Our teacher didn't say OK about this scene. There were a lot of parts that I couldn't perform with my skill. There were a lot of scenes that I couldn't imagine at all. For example, a flying combat plane and bomb, the people running around desperately, and die...「A dance of war」 that expressed these things. In addition, in an air-raid shelter, air attack alert, fear and a birth ... 「A scene of the delivery in an air-raid shelter」. And 「A scene of a girl who was shot in the field of mulberry」. She didn't imagine her death at all. Why? Why couldn't I express it well?Because I don't know it.I have been raised in peaceful period so I haven't thought it at all.However, I tried to perform hard her true story as much as possible. Therefore I studied to read books and watched photos. I could hear a story from a person who experienced it. The story was far 「terror」 more than my imagination.I knew that it was the very terrible because it destroys everything unexpectedly. And it leaves a deep scar in a heart of people. In our generation we don't know 「the true war」. However, now wars happen somewhere on the earth. Many people are dying now. But it is just only news to hear from TV or newspaper.These kinds of news aren't real for me and I think it is over in other people's affairs.Therefore I suppose that people knowing 「the fear of the true war」 should convey 「it」. I think that we must not forget the sorrow and the hurt. Because if we forget it, I think that we Japan might cause the war again.I agree we never make a mistake.And I think that it is necessary to tell the deep wound to the unknown people now.Also we must make opportunity to study it more.Playing this musical was very helpful for me to study the war. And I was able to think about it for myself. Also I felt it is so hard to understand it correctly.I am very glad that I could realize importance of 「telling the war」.「戦争を伝える」ということ「戦争は......もう嫌!!」この言葉は、ミュージカル『生きる=佐々木みな物語=』の主人公みなのセリフの一つです。私は、昨年の秋からこの夏にかけて、3回のミュージカル公演に参加しました。そして、戦時中を生き抜き、弱き人々の為に一生を捧げたの一人の女性を演じました。彼女は現在92歳です。このミュージカルは、彼女の助産婦として生涯や、働くお母さんの為の保育園設立、高齢者介護施設設立など、を物語にした作品で、私に多くの事を教えてくれました。当初、物語を演じる中で、どうしても上手く表現出来ない場面がありました。それは、私だけでなく、一緒に演じる仲間も同じでしたが、「戦争」の場面はとても難しく、なかなか先生からOKサインが出ませんでした。私の演技力では伝えられない部分がたくさんありました。それに、全く想像出来ない事もたくさんありました。例えば、飛び交う戦闘機や爆弾、必死で逃げ回り死んでゆく人々...、これを表現した、「戦争のダンス」や、空襲警報の中、不安と恐怖そして、命の誕生・・・「防空壕での出産の場面」、想像もしていなかった自分の死に直面した瞬間を演じた「桑畑で銃撃にあった少女の場面」などです。なぜ?なぜ、上手く表現出来無かったのでしょうか?それは、私が平和な時代に生まれ育って、「戦争」を知らないし、戦争について考えた事も無かったからです。けれども、私はこの女性の真実の姿をできるだけ、頑張って伝えたいと思いました。そこで、私は、戦争について、本を読んだり、写真を見て、勉強しました。戦争体験者からも話を聞くことができました。その話は、私の想像をはるかに超えるものでした。「戦争」は、全てを一瞬で消してしまうとても恐ろしいものだと改めて知りました。そして必ず人々の心に深い傷跡を残します。私達の世代は、「本当の戦争」を知りません。けれども、今、この時も地球上のどこかで戦争が起こっています。多くの人々が死んでいます。でもそれは、テレビや新聞のニュースを見聞きするだけで、他人事で終わってしまい、実感する事ができないと思います。だから、「本当の戦争の怖さ」を知っている人達が、「戦争」を伝えていかなくては、いけないと思います。戦争で負った悲しみ、心の傷を忘れてはいけないと思います。なぜなら、もし、それを忘れてしまったら、私達「日本」は、また戦争をおこしてしまうと思うからです。二度と同じ過ちを犯さないために、その傷を「戦争を知らない人々」に伝える努力をしなくてはいけないと心から思います。そして、その機会をもっともっとつくらなければいけません。私は、このミュージカルを演じる事で、「戦争」について少しですが、勉強することが出来ました。そして、自分なりに「戦争」について考える事ができました。精一杯演じる中で、「戦争を伝える」、この事の大変さと大切さを実感でき、とても嬉しく思います。追伸学校の先生は、全くチェックしてくれなかったので英語も合っているのかどうか分かりません。自分で書いた原稿見せて、「頑張ってね」と言われただけなんですって。他の学校はもう少し力入れてくれると思うのだけど・・・。今回の学校の対応は結構不満でした。
Sep 1, 2006
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ようやく子供達の夏休みも終わり、ホッとしている私です。ブログさぼってしまって・・・アハハ・・・。本日、和茶倶楽部の楽天市場店のOPENに漕ぎつけました。ひと月前、9/1にOPENと決め、猛ダッシュで作業してきました。たくさんの方に、自慢の日本茶をお試し頂けたら 嬉しいのですが・・・。なにせ、ド素人の私たちが考え考え作りましたので、まだまだお恥ずかしかぎりですが、お立ち寄り頂けたら幸いです。
Sep 1, 2006
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