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続いて、我々人間のエゴと常識の関係について考えたい。
恐れるべきことは、群集の中で根を張る「常識」という観念である。
我々自身も気が付かぬ間に、いろんな筋の通らないことが常識として根を張っている。
例えば身近なことで言えば、タバコだ。
僕が生まれた時からタバコの常識はそこにあった訳だが、男たちはもちろん当然のごとくあらゆる場所でタバコを吸い、吸殻を道路の上にばら撒いた。
吸わない者は横で煙をじっと我慢し、灰皿を片付け続け、ほうきで道路を掃き続けた。
何故なら、タバコを吸うことは世間の常識だったから。

召集令状を突きつけられた若者たちは、文句も言わずに戦地に送られた。
親も一言も国に対して意見することもできず、我が子を死に送り出した。

誰も常識に歯向かうことはできない。
何時かテレビのフィルムで見た、二度と戻ることのないゼロ戦に乗り込む前に杯を飲み干す若者は、顔面蒼白だった。

子供のころ友達の家に遊びに行くと、応接間に大きな鳥の剥製が幾つも飾ってあった
。
その家のお父さんが狩が趣味で、日曜日になると愛犬を連れて森に入り、銃で鳥をしとめて帰って来るということだ。
剥製の鳥たちは、大きく羽を広げ、目を大きく開いて前方を睨んでいた。
青く広い空を誇らしく飛んでいる時に、瞬きする暇もなく突如としてその自由を奪われた、言い表せない悲しみのようなものがその応接間には漂っているように僕には感じられた。

それは人数を増すと、大きな力となってしまうのだ。
そして、どんな身勝手なエゴも正当化されてしまう。
「自由」と「エゴ」を取り間違えているものもいた。
「何を訳の分らん細かいことに拘っているんだ」と言われようとも「そんなことに拘って何の役に立つのだ」と言われようとも、不条理な常識の影で苦しんでいる人や、悲しい思いをしている者がいる限り「待てよ!」と考えてみることを忘れたくない。



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最終更新日  2010.07.21 00:04:56
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