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・10、7、金
人間の寿命はどんどん伸び、今や日本でも100歳を超える人は全国で47,756人にもなる
という。
その理由としては、もちろんめざましい医学の発達、栄養不足がなくなった、それに今
100歳を迎えた人は、幼少期に添加物も放射能物質もない良いものを食べていた。
よって我々が老いたときに、今の100歳の方々と同じ条件であるとは言えない。
だが、明治時代と比べたときには、確実に寿命は三倍以上になっている。
にも関わらず「昔はよかった」と今を卑下する。
おそらく、寿命の長さイコール幸せではないのだ。

しれない。
例えば本の中に出てくる明治、大正時代の大阪の町の夜は、街角にガス灯がともり、
男性は羽織袴、女性は着物と下駄で日本橋の通りを散策し、牛鍋屋に入ったり、銭湯
の帰りに氷屋でミルクセーキを注文したりする。
商人は自信と誠実さを持った商売を心がけ、地方では畑から抜いたばかりの大根で鍋
を囲む。
もちろんその時代に生きてみれば、今からでは考えもつかない問題があるのだろうが
、今我々が憧れる美しい日本がそこにあったように感じてしまう。
そこには大気汚染も、添加物も、放射能も、温暖化もない。

「この正体を暴かないと『見方であるべき科学技術』は容易に敵に変身してしまいま
す」


ろう。

ーーーーーーー
科学の進歩と人間シリーズ(2)
平均年齢は2倍、3倍となり、夜も自由な時間になり、さらに効率もあがりました。
100年前と比べて人生は何倍かになったのです。

なんかやらなくても良い」、「昔の方が良かった」と考える人がおおいのはなぜでし
ょうか? 人生が8倍になり生活が楽になったのに、なぜ、昔の方が良いのでしょう
か?
 もちろん、多くの人が考えることは、情報が正しければ理由があります。
第一に何事も「長所と欠点」があり、科学の欠点をおろそかにしたこと、第二に「人
間は慣れてしまえばありがたみを忘れる」ので科学が提供してくれることを忘れがち
になること、そして最後に「本当はどんな生活でも幸福感にはあまり差がない」とい
うことでしょう。そのそれぞれを考えながら、現代というものを科学の目から見てみ
ましょう。
 どんなものにも長所と欠点があるように科学にも良い点と悪い点があります。良い
点としてはたとえば「麻酔をかけて手術をする」ということです。かつて麻酔のない
時にはどんなに痛くても手術しなければなりませんでした。それは気を失うような痛
さだったでしょう。
 でも、科学が発達すると麻酔が発達して痛みを感じることなく手術や処置を受ける
ことができるようになりました。
でも、同時に原爆のようなものができて、何の罪もない子供を大量に殺戮したりしま
した。科学にも長所と欠点があることぐらいは中学生なら理解できるでしょう。そし
て人間にはしてはいけないことがあるということも「法律」や「倫理」というのがあ
るのですから、これも当たり前のことです。
だれが考えても、「戦争をして人殺しをしてはいけない」とか、「原爆を作って一度
に10万人を殺してはいけない」というのは当たり前のことです。でも、人間の頭は
「屁理屈」を考えることができる名人でもあるのです。
 たとえば、今、世界には人類を500回ぐらい皆殺しにすることができるだけの核
兵器があります。なにしろ世界の人を全部、500回も殺すことは考えられないこと
です。しかし、それが現在の世界の現実であることを考えると、このことは理科系の
「科学」の問題ではなく、文化系の「政治、倫理、人生観」の課題であることが判り
ます。
 人類を500回も殺すことができる核兵器をもつのが「もっとも良いことだ」とい
う理屈があります。まったく考えられない理屈です。人類を1億人殺害するのでもあ
ってはいけないことなのに、500回殺す兵器を持つことが「最善のことだ」という
ことになるのですから・・・
その理屈とは「ものすごく核兵器を持っていると、相手がびびって戦争を仕掛けてこ
ない」という論理で、これを「抑止力」と言う難しい言葉を使います。実に変な理屈
ですが、何しろ原爆を作って軍隊をもつのはとても「儲かること」ですから、なんと
しても屁理屈を作って核兵器を大量に持とうとするのが人間というものです。
「抑止力」という考えを創り出したのはアメリカやヨーロッパの人たちです。彼らは
「自分たちを正当化する論理を組み立てる名手」で、どんなことでも正当化すること
ができます。そしてその理屈は精密で隙がないので、なかなか論理的に攻めることが
できないのです。日本でもいわゆる「外国かぶれ」の人に多いのは彼らの論理に陶酔
してしまうからです。でも、普通に考えれば「人類を皆殺しにする兵器など要らない
」というのは明らかなのです。
なぜ、「抑止力」という変な論理で納得するのか、それこそが2011年の福島原発
事故の原因でもあり、薬害などで苦しむ人の憎っくき敵でもあるのです。この正体を
暴かないと「見方であるべき科学技術」は容易に敵に変身してしまいます。
(平成23年10月5日)
武田邦彦





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最終更新日  2011.10.08 02:09:12
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