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・5、5、
先日、以前放射能研究所の所長を務めていた方と話す機会があった。
僕は「例えば今関東に住んでいるものは、本当に西日本などに移り住まなくてもいいのでしょうか?」と尋ねてみた。
もちろん僕にも関東に住む多くの友人があるからだ。
「考え過ぎですよ。
福島からの放射線が怖いと言って、自然放射線の多い関西などに移り住むなどは愚の骨頂ですよ。
まず放射線と放射能物質は違うものです。
放射線がそんな遠くまで行きはしません」と笑った。
僕は彼の話を聞いて「この人は放射能の専門家でありながら、どうしてこんなピント

それとも、僕の知識が根本的に間違っているのだろうか?
まず放射能物質は死の灰として全国にばら撒かれている。
風、車のタイヤ、瓦礫、その他食材がそれを全国に運ぶ。
その灰一粒一粒から放射線は出ていて、体内に入ってもそこで放射線を出し続けると
僕は理解している。
なのに関東に止まることが事実上正しいと言い切れるのだろうか?
この死の灰と、自然放射線を同等なものとして、本当に考えていいのだろうか?
もう一つは、彼もやはり足し算をしない。
内部、外部、そして自然放射線を一年単位で足し算して考えず、その場限り、その時
限りの被爆を考え「怖がることは愚の骨頂だ」という。
僕はこの「愚の骨頂」という言葉を使う者を信用しないようにしている。

た。
周りを見ると、皆やはり怖いこと、目の前の怖ろしいこと、邪魔臭いことにはできる
だけ美しいベールを掛けて、毎日を安心と笑いと希望と運の良さと楽しいことに囲ま
れて生きていたいようである。
現実は、それに捕らわれてしまうまではできるだけそこに目をやらずに過ごしたい。

時の幻想に身を置いているに過ぎないのだ。
自分の船がどんな池に浮いているか、出来る事なら死を迎えるまで知りたくないと皆
思っている。
でもそれで我々は前に進めるのだろうか?
もちろん我々の日々の活動や企画に置いても、厳しい現実を堂々と予測せしめたとこ
ろにこそ、前に進む力は生まれるのではないだろうか?
その場で放射能の専門家に向かって反論したところで、僕の言うことなどに耳を傾け
ることは期待できないので、黙って彼の言うことをただ聞いていた。
ただ最後に「被曝は一年の足し算だと習ったのですが」と言ってみた。

ーーーーーー
日本にも科学者がいるのか?・・・頭脳活動と行動
連休に入って時間の余裕ができると、いろいろなことが頭を巡ります。「事実と幻想
」、「科学の役割」が今の一つの課題でもあります。
ポアンカレという数学者は次のように言っています。
「私たちは、事実がどんなに残酷なものかを知っている。だから、幻想の方が事実よ
り心の安まるもの、力づけてくれるものなのだ。私たちに信頼感を与えてくれるのは
実は幻想にほかならない。でも、幻想は消え去る。その時に人は希望を失わず、その
まま行動する元気をもち続けることはできない」
幻想は甘い汁ですが、やがて消えていきます。そのときに冷酷な事実に力強く立ち向
かうことができるのは事実そのものでしょう。人間は辛いことを正面から見るのは大
変で、ダーウィンも「勇気を持てば事実が見える」といっています。まさに被曝と健
康、福島の人の避難などに当てはまるでしょう。
また東大総長の浜田純一先生は訓示で次のように言っておられます。
「人間が陥りがちな弱さに自らも陥らず、そして人をも陥らせない役割が科学に携わ
る者には求められています。科学は精神安定剤ではないのです。人々の期待に力の限
り応えながら、同時に期待の圧力に屈しない知的廉直が科学には求められます。科学
の世界に生きる者に求められているのは、今の科学で出来ることと出来ないこととの
区分を明確に示すとともに、その限界を乗り越えるために苦闘している姿を率直に見
せることです。」
東大総長からこのような言葉がでるところに、今の日本の科学の脆弱さがあります。
つまり東大の御用学者も頭ではこのこと、つまり科学は人間が陥りがちな弱さに陥ら
ず、精神安定剤ではなく、期待の圧力に屈しない知的廉直さなのです。でも頭でわか
っていることが実行できない悲しさを東大教授は持っています。それが国民を苦しめ
ているのです。
地震予知が始まった1970年代。東大の地震の先生はお金が欲しいので「東海地震が先
に来る」と言い、阪神淡路と東北で犠牲者26000人の原因を作りました。まさに「出
来ることと出来ないこと」の区別が明確に出来なかったのです。
福島原発事故による被曝が始まると東大教授は「大丈夫」と言いました。被曝と健康
の問題は法律で1年1ミリと決まっており、それをさらに明らかにしようと「苦闘して
いる姿」だったのです、それは政府のいいなりになって科学を捨てました。
「わかっているのにやらない、わかっているのに違うことを言う」という自らの利益
だけを考えた精神的疾患は、東大教授に著しく、日本のインテリに共通した病状です
。これは日本人のある意味での限界を示したもので、特に宗教的基盤の薄い日本に顕
著です。人間は頭でっかちですから、宗教やヨガという精神的基盤や鍛錬なしに厳し
い現実に向かうことが出来ないのでしょう。
(平成24年4月30日)
「tdyno.71-(6:31).mp3」をダウンロード
武田邦彦





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最終更新日  2012.05.23 00:06:40
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