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・9、22、土
デディケーションとして「頼まれたら無償でする」、「自分が辛いときに頼まれても、二つ返事でする」、「自分と関係ないことでも気持ちよくする」これは耳が痛い。
僕の場合は「頼まれたらまずギャラを尋ねる」「自分が辛い時には頼まれても期限や日程を無理やりにでも先送りしてもらう」「自分と関係のないことを頼まれても、相手に打算や思惑が見えたら即座に御免こうむる」という風で、他人とのいざこざや摩擦が絶えない。
「こちらはこちらの都合で生きているのだから、また他人に良い顔を見せることを目的に生きている訳でもないので、僕は僕でいいや」と済まして毎日を過ごしているが、なるほど考えてみれば、仏教の教えの通り他人に生かしてもらっている。
駅でも公民館でもレストランでも、トイレに入ってそこがいつも綺麗であるのが当たり前だと思っている。
家から仕事場まで毎日移動できるのは、自分の足で歩いて乗り物に乗っているからだと勘違いしている。
店に入って注文したら目の前に食事が出て来るのは、お金を払っているから当然だと思っている。
他人との関わりを、お金の払ったり貰ったりなしに考えられなくなってしまっているのが資本主義社会の子だ。
決してテイクを望まず、ギブできることができなくなってしまっている。

喜寿を迎えるころまでには、何とか自分をそんな境地までに導きたいものである。
「喜寿を迎えるころまでには」というような未来に頼った考えでいる限り、若輩者の弱さはこの世への興味を完全に失眼する時まで手放すことは出来ないであろう。

ーーーーーーー
人生講座(8) デディケーション
「dedicationtdyno.247-(8:23).mp3」をダウンロード
また学生のころの話をしますが、若いので何かが起こるとすぐ激高したり、ガックリ
したり、まだ心が落ち着かないのです。時々、学生が「みんなと一緒にやるのはイヤ
だ!」とだだをこねることがあります。特に工学系の学生は口が重く、人とうまくや
っていくことができません。
そんなとき、私は学生に次のように言うことがあります。
私 「そうだな。人とのつきあいってややこしいから、人のいない山の奥でも行った

学生「それはそうですけれど・・・」
私 「でも、ずっと一人じゃ、少し寂しいだろうね」
学生「ええ、友達も家族もいないのでは、ちょっと・・・」
私 「それに病気をしても救急車は来ないし、歳を取ってもそのままのたれ死にだか
ら、結構辛いものがあるね」

「正しければ3年」の時も同じですが、学生はこんな経験をしながら、対人関係でも
我慢が出来るようになり、少しずつ成長していくものです。
・・・・・・・・・
私の研究生(工学部では大学4年生と大学院生)は「耳たこ」になるぐらい「デディ
ケーション」という単語を聞かされます。日本語に訳すと「献身」と訳されますが、
すこしニュアンスが違うので今のところ、英語のまま使っています。
人間は何かをするときに「お金をもらう」とか「報酬がある」ということが前提にな
っていることがあります。でも私は「お金をもらう」とか「報酬がある」と言うこと
をあまり問題にせずに、行動します。その理由は、学生との対話の中にあるように、
「自分が生きているということはすでに報酬をいただいている」からです。
●一人でいると寂しい・・・ということは周囲に人がいるから自分は楽しく生きてい
るわけで、その恩を返さなければなりません。
●病気になったら救急車が来る・・・ということは、周囲に人がいるから自分が病気
になっても助かるし、老いてものたれ死にしなくてよいのです。
●食堂にいったらご飯を食べることができる・・・自分ではない誰かが作物を育て漁
をし、料理までしてくれるから。
●トイレが綺麗だった・・・夏休みでしばらく掃除をしないトイレは汚くて入ること
もできません。トイレを使う人が一人一人、乱暴な使い方をしなくてもトイレを掃除
してくれる人がいないと自分は快適にトイレを使うこともできないのです。
ということは、「自分はなにもしないのに、すでに多くの人からいろいろなことをし
てもらっている」ということですから、まずはその分を返さなければなりません。た
とえば、1日1時間は「寂しさを救ってもらっている分」働く、1日1時間は「病気
になったり老後になったりしたら助けてもらう分」働く、1日1時間は「ご飯を食べ
させてくれるから」、1日1時間は「トイレを綺麗に使えるから」、1日1時間は「
道路を歩けるから」
・・・とすると、1日4時間ぐらいは「無償で働く」ということをしないと、回りの
多くの人が自分にしてくれていることの恩を返すことができません。
そこで、「頼まれたら無償でする」、「自分が辛いときに頼まれても、二つ返事です
る」、「自分と関係ないことでも気持ちよくする」ということが第一と考えるように
なりました。それからしばらくして私は「いざというときの武田」と呼ばれるように
なったのです。
たとえば一週間ぐらい前に大きなイベントの委員長などを頼んでくることがありまし
た。「ああ、誰かに断られたか、都合が悪くなったのだな」と思うのですが、すぐ「
はい」と引きうけます。
・・・・・・・・・
もう一つ、デディケーションにはなりませんが、”give and take”(ギブ・アンド
・テイク)というのもあります。英語の順序がgiveから始まっている理由をハッキリ
は知らないのですが、私は「まずギブ(与える)」、そして「テイク(もらう)」と
いう順序が良いとも学生に言います。普段から協力して上げていれば、いつの日かそ
れが帰ってくるものだというおとです。
でも主力はデディケーションなので、テイクを期待せずにギブするということです。
夕刻、私がある学生を呼んで、これを明日までにやってくれないか?と言います。学
生は自分に余り関係がないので、最初はブスッとした顔をしますが、そのうち、「は
い」と言うようになります。そうなれば私は学問的な指導だけをすれば学生は自分で
伸びるようになります。
自分が成長し、人が幸せになるというのにもっとも良いのが「無償の行為(デディケ
ーション)」、次に「ギブ・アンド・テイク」であることがわかります。「情けは人
のためならず」という諺は、「情けがそれを受ける人のためにならない」という意味
ではなく、人に情けをかけることはやがて自分に返ってくるという意味ですから、こ
れもデディケーションでしょう。
・・・・・・・・・
さてデディケーションというのを何とか日本語でと思うのですが、「人に対する献身
」、「ものに忠実に専念する」というニュアンスの単語が見つからず、今もってデデ
ィケーションという英語を使っています。私は英語が専門ではないのですが、「バス
ケットボールにデディケーションする」という文章は成立するように思うのです(ded
icate to)。この場合はやや「夢中になる」、「入れ込む」、「こだわる」というよ
うな意味を含んでいるように思うからです。
人生はデディケーションである。デディケーションをしていて飢え死ぬことはないし
、万が一、飢え死んでも後悔はしないと思ってきた毎日でした。
(平成24年9月11日)
武田邦彦





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最終更新日  2012.09.23 02:13:32
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