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・10、3、水
僕の父親は空手に青春のほとんどを注いだ体育会系の人で、余り細かいことに頭を傾けることのできない人であった。
彼は子供をどう育てればいいかにも困惑していたと思う。
彼の行き着いた考えは「スパルタ教育こそが最も正しい教育である」という結論であった。
しかしのところ本を読まない父にとって、スパルタ教育が何であるかも知識にはなかったであろうと思われる。
そこで彼が僕に要求したことは、食事の際の姿勢と、朝のランニングと、時間に決して遅れないということだった。
食事の際には正座をして、箸と茶碗を持つ手が机に触れてはならない。
うっかり足を崩して食べたりすると力任せに太股を捻り上げられ、その度僕は声を上げて泣いた。
父もそのような姿勢で食べているのなら文句はなかったが、そうではない。

朝のランニングにしても父も同行するのなら分かるが、僕は毎朝5時半にそっと一人家を出て、松ヶ崎浄水場の前を過ぎて、高野川を北に上がり、馬橋の袂を左に折れ、畑に出てあぜ道を北山通りの方に走る。
そのころになってようやく辺りは明るくなる。
そこから工芸繊維大学の脇に出て、ぐるっと回って帰って来る。
子供にはちょっとした距離だ。
父が怖いという理由だけでこれを僕はしばらく続けた。
今から考えればこのようなしつけはほとんど意味はない。
ひとりぼっちの朝の畑の匂いが今でも懐かしいだけだ。
しかし何の哲学もおびない父のしつけの中で「時間に遅れることは人として最も恥ずかしいことの一つである」という教えは大きな意味を持つと今も感謝している。
そして待ち合わせに遅れるという罪悪の意識は、子供の時のまま今も僕の中にあり続けている。
だが父その人は、いつも待ち合わせに遅れることを何とも思わない人であった。
自分が実行できないことを、これほどさも大事な教訓のように吹聴できる人も少ない。


人生講座(10) 遅れず
「okurezutdyno.249-(8:47).mp3」をダウンロード
あれは私が30才を少し過ぎた頃ではなかったかと思う。その頃、私は研究所にいて小
さな研究グループを持つようになっていた。人数は14人ほどだった。
あるときに、そのうちの数人と東京の品川に朝の9時に待ち合わせて、どこかに行く

着いた。
それから程なくしてボツボツとみんながやってきて、9時までに大学卒を除いて集合
した。さらに5分遅れで大学卒、15分遅れで東大卒が来た。そして5分遅れた人は5分
分の、15分遅れた人は15分分のいいわけをした。
その時、私はそのいいわけを聞きながら「ああそうか、人間というのはいいわけがで
きる時間だけ遅れるのだな」ということが分かったのである。つらつら考えてみると
、30分前に最初に来た人から最後の15分遅れまで、驚くべき事にほぼ「研究能力に反
比例していた」のであった。
つまり、研究能力がほどほどの人が最初に来て、だんだん優秀になり、最後にもっと
も優れた研究者が来たのだ。
人間は生物の一種だから、自己を防衛しようとその力を発揮するのは当然である。そ
して動物なら腕力や牙が勝負を決めるが、人間は頭脳で優劣が決まる。ということは
頭脳を武器にして自己防衛に走るのは動物としてまともかも知れない。
研究能力がもっとも上だった東大卒の私の部下は「遅れても言い訳ぐらいできる」と
考えて、一番先に来た人より45分も後に下宿を出たのだろう。
・・・・・・・・・
このことがあってしばらくして、私は「遅れず」という言葉をモットーにし始めた。
ながいおつきあいをしていただいている私の先輩は「武田先生より先に来るのは至難
の業だ」と言われ、講演会ではご担当の人に“あまり早く講演会場に来すぎてご迷惑
をおかけしている”。
人と待ち合わせるときに、日常的なこと、たとえば講義や待ち合わせ、会議なら1時
間前、講演会、披露宴やスポーツなら2時間前に到着するようにしている。
どんなことがあっても「絶対にいいわけをしない」と決意すると、これが案外、難し
い。時によっては新幹線が遅れることがあるし、意外な事故渋滞に巻き込まれること
もある。それでも「遅れず」を守るのは大変だ。「新幹線が遅れましたから」という
いいわけはしない。
・・・・・・・・・
人生は小さな損得を考えて大きなものを失う。自分の頭脳を保身に使って大切な人生
を失う。
でも、小さな損得より誠意、頭脳を保身に使うよりデディケーションと思っても、実
はやれることはそれほど変わらない。人の信頼を得ることができるが、それより自分
の気持ちが楽だし、時の流れに透明感を感じる。
このような生活を続けるためのテクニックもある。
たとえば3時に待ち合わせがあって、そこまで30分とする。普通には電車の時間など
を見て、35分ぐらい前(2時25分)にでて、電車に乗り、歩く。でも、電車が少し遅
れたら汗だくになって走り、いいわけをしなければならない。
私は1時間30分前に出る。そして、もし大学や家にいたら1時30分から2時25分まで家
で時計を見ながら仕事をするのではなく、とにかく1時30分にでて、先方についたら
喫茶店やどこかのベンチで「大学や家にいるとしてやる仕事」をそこでする。つまり
、早く家をでても、時計を気にしながら家で何かをやっても、あるいは大学を出る時
間をはかっても、結局の所、自分の人生でやることはほとんど変わらない。
でも、少しは工夫している。たとえば「読みたい本」や「携帯電話の整理」、「パソ
コンに入れた音楽や解説」など、「どこでもできる」ことを少し「貯金」しておく。
これも慣れるとほとんど自動的にできるので、意識は特にしていない。出かけるとき
にいつでもできることの道具をカバンに入れておけば良いだけである。
いわば「遅れず」を実行するために必要な蓄えとも言える。人生は「原理原則」や「
大義名分」もあるけれど、それだけに余り偏ると「実施」が難しい。単なる大言壮語
になってしまうので、細かい細工や準備も必要だ。それを小道具に使う。
・・・・・・・・・
今日も福島県から、「いかにして健康診断結果を隠すか」というのに腐心していたニ
ュースが流れていたが、人生というのは何をしてもあまり変わりがないような気がす
る。それなら気持ちよく透明感をもって過ごしたものだ。
(平成24年10月3日)
武田邦彦





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最終更新日  2012.10.12 21:59:12
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