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・9、2、月
旅順では、児玉源太郎の戦略が功を奏してほぼ日本側優先となったころ、日本からの申し出で数日休戦が実施された。
不思議なことにこのころの戦争は休戦というものが存在したのだ。
その間は、たいがい戦場の死体を片付ける作業に当てられる。
日本軍が日本兵の死体を処理している横で、ロシア軍もロシア兵の死体を片付けている。
一人の日本兵が微笑んで近くのロシア兵に敬礼を送ると、向こうも微笑んで敬礼を返して来た。
その時そのロシア兵は茶菓を手渡して来たという。
その話を乃木が喜んで、茶菓を幾つか記念に欲しいと部屋に持ち帰ったという。

その後日本軍は要塞もほぼ歓楽させ、203高地からの攻撃で旅順港停泊のロシア旅順艦隊を滅亡し、ほとんど勝ち目はないと見たロシアのステッセル将軍は降伏を申し出る。

そこでまた不思議なことは、最初に要塞からロシア兵が飛び出して来て、その辺りで皆踊り始めた。
それに日本兵も混じって日露抱き合って踊り、戦いが終わったことを狂気のように喜んだという。
またある日本兵は一升瓶を下げて要塞内に登り、ロシア兵と酒盛りを始め、皆酔った勢いで、旅順市内の酒場に日露兵肩を組んで飲みに出掛けたという。
これは軍法からいうと違反になるそうな。
しかし互いの間でいざこざは一度も起こらなかった。
このころ、ロシアには騎士道、日本には武士道がかろうじて残っていて、国を挙げて相手国と戦うという宿命と、個人の友情は別の者と考えられていた。
戦争にも礼儀と秩序と敬意が重んじられ、こちらの攻撃で相手の指揮官などが死ねば慰問さえ送られた。
日露戦争は、騎士道と武士道の最後の秩序ある戦いだったと言われている。
司馬氏はこの項の最後に「これを見ると、本来我々人間は殺し合うことに向いていないのだ」と書き加えている。





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最終更新日  2013.09.02 23:25:48
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