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今日は、先日放送されたトーク番組での中井貴一さんのチョットいい話をご紹介しましょう。中井貴一さんは今回「ヘブン・アンド・アース」という作品で、日本人俳優として、単身中国作品に参加しました。これは、紀元700年のシルクロードを舞台にした歴史時代物の作品です。彼はこの作品に出演するために、単身4ヶ月もの間,中国の新疆ウィグル地区(ほとんどイスラム圏)に乗り込んみました。しかし、言葉の壁,アジアカップでも味わった反日感情,そして製作現場での理不尽な扱いに終始不満を募らせていました。そして、契約終了期間が間近に迫るにもかかわらず、台本の半分も消化できていないスケジュールに苛立ちを隠せずにいたある日の朝、遂に彼は付き人に宣言しました。「悪いけど、今日オレはキレるから。もう日本に帰るから。君、荷物まとめといてくれる?」そんな彼の指示に従い、付き人がしぶしぶながらも荷造りを始めた時に、めったに鳴らないホテルの部屋のTELが鳴ったのです。丁重に応対していた付き人が言ったのは「貴一さん、高倉(健)さんからお電話です。」と。高倉健は、中井貴一が今回の仕事を引き受ける前に、最初に相談した相手でした。まわりから反対される中、どうしたら良いかと相談したところ、健さんが言ったのは「何も躊躇しないでやりなさい。そうすれば、人間として,俳優として変わっていけるよ。」というものでした。その言葉を聞いて彼は今回の作品に出演するコトを決めたそうです。普段なら自分の方から話しかける彼ではありませんでしたが、その時はよほどフラストレーションが溜まっていたのでしょう。今まで積もり積もった思いを高倉健にぶつけたのでした。その話を一通り聞いた後の高倉健の答えは意外なものでした。「君の気持ちはよく理解るよ。でも、君はそこに何をしに行ったんだ?もし、君がそこにケンカをしに行ったんなら、全員とケンカして帰って来い。ボクはよくやったと言うよ。でも君はそこに映画を撮りに行ったんだろう?映画を撮りに行ったのに、映画を完成しないで帰ってくるコトほどみっともないコトはない。それは君が負けたコトになる。オレはそんなコトで怒らないほうがいいし、キレる必要もないと思うよ。そこに居残って映画を完成させなさい。」その言葉を聞いた瞬間、中井貴一は目が覚めたというか、自分で今まで何を考えていたんだろうと思い直したそうです。そして、荷造りしていた荷物を解きほぐし、今までと同じように文句も言わず、大地の上で撮影待ちをしたそうです。今回、中井貴一さんはこの時の体験を一冊の本にまとめ、「日記」というタイトルで出版されました。この高倉健さんとのエピソードの他にも、日中の微妙な関係についても自分の体験を基にしたコトバで書き綴られています。映画とともに、この本も是非とも目を通してみたくなる、そんなお宝のお話でした。
Aug 25, 2004
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今日は特別なテーマはありません。「自分の日記なんだから、好きなコト書いときゃいいかなぁ」なぁんて思うときもあるんですがこうやって世間に公開しているワケですし、四十過ぎたオヤジの独り言なんて綴っても仕方ないとも思うしね。でも、そうやって先送りにしていると、いつまで経っても更新せずにいるとせっかく立ち寄ったゲストの方々にも申し訳ないので、せめて神戸の夜景でも楽しんでもらおうと画像を貼り付けました。これは、先日彼女とプチ花火大会をした際に撮ったものです。自宅から歩いて五分ほどのトコロにある、海沿い公園から撮ったものです。意外にも結構涼んでいて、今年の夏ももう終わりかなぁと感じました。今、次の仕事のためにAdobeを独学で勉強中です。いろんな機能が充実している反面、ひとつのコトをするために様々な手順が掛かるので、一苦労です。いつかマスターしたあかつきには、ココで披露したいんですけどね。おっと、女子ソフトボールがイタリアに勝ったようです。オリンピックからも目が離せませんね。それでは、今日はこの辺で…
Aug 19, 2004
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少し遅めに目が覚めた休日の今日、TOPの画像のハイビスカスを眺めながら「なんてキレイに咲いているんだろう…」と思いながら日付を確認すると、今日は8月15日「そうかぁ、終戦記念日なんだ」そう呟きつつTVのスィッチを入れると画面にはオリンピックの映像が映し出される。そんな連想からこの歌を思い出し、我が家のヴィデオ・アーカイブスから録画していたBSのドキュメンタリーを見直してみる。世紀を刻んだ歌「花はどこに行った」今日はこの内容から、自分なりにまとめた日記にしてみました。この曲は、今もなお世界中の人々に歌い継がれている代表的な反戦歌です。米国フォークソングの父と言われるピート・シーガーの作品で(他にも公民権運動で歌われた,We Shall Overcomeも彼の作品)、キングストン・トリオが最初にヒットさせました。その後PP&M(ピーター・ポール・アンド・マリー),ブラザース・フォー,ジョニー・リバース,その他にもEW&Fや、なんと坂本龍一が在籍していたY.M.Oなどもカバーしています。歌詞の内容は、花はどこに行った…少女たちがみんな摘んで行った。少女たちはみな何処に行った…男たちのもとへ嫁いでいった。男たちはみんな何処に行った…兵士となって戦場に行った。そして戦場で命を落とした男たちは墓石となりその墓石の周りに花が咲きはじめる。人はいつになったら悟るのか?こんなコトをいつまで続けて行くのだろうか?というものです。彼はこの歌を移動中の飛行機の中、ある小説の一節をモチーフに、わずか20分ほどで書き上げたそうです。その小説はロシアのノーベル賞作家,ミハイル・ショーロホフの作品「静かなドン」であり、そこで引用されたコサックの子守唄からこの歌が生まれました。この歌を愛した人の中には、ドイツの大女優,マレーネ・デートリッヒもいました。ハリウッドにその才能を認められた彼女は、第二次世界大戦前に米国へ渡り、永住権も獲得していました。しかし、ヒットラーにナチスの広告塔として帰国を促されても拒否し続け、戦時には連合軍の慰問にも参加していたため、母国の人々からは「祖国を捨てた裏切り者」として、戦後帰国してからも迫害を受けていました。そんな彼女があえてドイツ語に訳詩して歌ったのがこの歌です(編曲はなんと、あのバート・バカラック)そしてもうひとりのドイツ人女性もこの歌を愛しています。それがドイツ代表のオリンピック選手,カタリーナ・ビットです。彼女は1994年、リレハンメル冬季オリンピックのフィギュアスケートの演技にて、この「花はどこに行った」を伴奏に使い、当時のボスニア内戦への抗議を表しました。成績は7位に終わりましたが、その素晴らしい演技はスポーツ競技という枠を超えた美しさと強さを表現しており、芸術的な評価を受けて会場の観衆からは、その日一番の拍手と花束を贈られたそうです。ひとつの作品として、とてもメロディアスで誰でもすぐに口ずさめるような優しい美しい歌なのですが、この歌を歌い継がなくてもいい世界に少しずつ変わっていくことを、祈りたいものです。
Aug 15, 2004
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またまた半年ほど更新せずにおりました。引越しを済ませてから、回線をBBに変更したり,いろんな接続をしているうちにPCのメモリーがパンクしてしまい、とうとう動作不能状態に陥ってしまいました。知人に相談したところ、あれこれ増設するよりもこの際新機種を導入したほうが手っ取り早いというコトで、一念発起,NEWマシンを購入してしまいました。今度の機種は前機種とはメーカーが異なるので、同じコトをしようにも違うアプローチをしないといけないので、毎日悪戦苦闘してますよ。でも、音楽と映像分野が充実しているS社のモノなんで、今後がチョット楽しみです。これからまた、少しずつ更新していきますので、よろしくお願いいたします。まずは挨拶まで…
Aug 13, 2004
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