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5時前に起床、窓の外は雪景色。今年すでに2度目、ハイペースだ。○今日の中国語チャット今日のお昼休みもまた中国語チャット。一人は香港人男性、日本語を勉強したいらしい。今年の春、香港を訪れた話をしたところで返事が来なくなった。もう一人は、山東省済南の小学校の算数の女先生。和歌山県が、建てた校舎もあるという。姉妹都市らしい。一年に一度くらいのペースで交流にやってくるといっていた。「日本の女性は、おとなしくて自分の意見を持っていない印象がある」というお決まりの日本人感。私も、いつもの通り、「いや、最近の日本女性はスゴイですよ」と答える。○今日のニュース大連から香港に到着後にSARSの疑いでクイーン・エリザベス病院に日本人男性(29)が収容されたが、香港衛生署は26日午後、SARSの病原体コロナウイルスへの感染の有無を検査した結果、陰性だったことを発表した、という。(NNA)もし、陽性だったら、日本人・韓国人はSARSにかからないという「神話」が崩れるばかりでなく、SARS再来が日本人から! と大騒ぎになっただろう。しかし、今回は陰性だったとは言え、そろそろまたSARSの話題が多くなり始めた。今後、どういう展開をみるか? 何事もありませんように…。○今日のお昼学内のレストランで北京ジャージャー面(7元)
2003年11月26日
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日本語でもあまりやっとことのないチャットを最近、中国語で始めた。ネットの社会で楽しくもあり、恐くもあるのはその匿名性だが、わたしはあまり文学的でないせいか、違う自分を装うことができなくて、チャットでもほとんどありのままの自分(それが人から見てどうかはわからないけど少なくとも自分的には)をさらけ出している。プロフィールにも日本人と書き、所属も書いている。ところが、本当のことを書いているのに、これをなかなか信じてもらえない。流暢な中国語を操れるわけではないので、すぐにバレルだろうとはじめは思っていたのだが、どうやら、チャットで使う言葉自体がみんないい加減だから、2,3言だけだと、ただ慣れていないだけに思われるらしい。けど、私は中国語を打つのもまだまだ遅い。だから、あたふたしていると「なぜ無視するのですか?」とか「馬鹿にしているのですか?」といわれ、えー、そんなつもりはないんだよ~と焦る。だから、はじめから「外国人なので打つのが遅くて…」とか書くのだが、決まって「嘘だ!」「信じられない」「私は嘘つきが嫌いです」…、と返ってくる。こんなときは非常にトホホホである。昨日は、「あなたが証明したいなら、『私はだーれんです。どうぞよろしくお願いします』を日本語で打ってください」といわれ、仕方ないので、素直に従った。けど、言われたままにするのもちょっと悔しいので、こちらから、「あなたは日本語分かりますか?」などと勝手に日本語を送っていたら、分からなかったらしく(笑)、「よろしい、あなたは日本人のようだ」と返ってきた。しかし、それに続くコメントは、「私は日本に対して良い印象を何も持っていません。あなたの祖先は中国で悪いことをしました。知っていますか?」 うぅぅ…、そうきたか。ちょっと疲れも感じたが、ここでヘコタレていては何も始まらない。「もちろん知っています。でも私は中国にとてもよい印象を持っています。私の周囲の人はとてもよい人です。ですので、ゆっくりとでも交流をしていきたいと思っています」と返事した。そうしたら、「分かりました。昔のことは忘れましょう」と返してくれた。それから、お互いのことなどを少し話して、「再会」を約束した。なかなかいい人じゃないか! そう思った。彼の住まいは江西省。いつか一度実際に会って話をしてみたい、そう思わせる魅力を感じた。中国語チャット、始めたばかりだが、なかなか面白い。しばらくはまりそうだ。★今日のお昼大学そばの喫茶店でハムタマゴサンド(20元)とモカコーヒー(22元)。わぁー、ぜいたく。
2003年11月25日
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香港発の鳳凰チャンネル(※)から流れてきたジングルベルとサンタさんの映像。おおー、もうそんな季節かぁーと、しみじみ。来月23日からは授業と並行しながら期末試験が始まる。冬休みは1月8日から2月17日まで。来学期の選択科目のアンケートも既に終わった。鬼が笑ってもそろそろ来年のことを考えなきゃ…。クラスメートとの交流のため近頃、中国語チャットをはじめた。北京、上海はもちろん、雲南、湖北、黒龍江省…、いろんなところの友達ができる。今この瞬間にも34万人がネット上にいるらしい。既存のコミュニケーションのスタイルはしがみついていたら置いていかれる…。※鳳凰チャンネル1996年3月31日設立。香港から中国語の標準語で、大陸、台湾はじめ世界に発信されている。政府の宣伝機関、国営放送・中央電視台とは違って市民サイドからのつくり。垢抜け方がまるで違う。江沢民が記者に囲まれている姿は、この鳳凰で初めてみた。留学生楼でも、ケーブルテレビで、ニュース専門と中国語チャンネルの2局が見られる。●今日のお昼 北京ジャージャー面 7元
2003年11月22日
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○北京日本人会主催の就職セミナーに参加。実はこれで3回目の参加。しかし、講演される方がいろいろだから毎回飽きずにためになる。今回は中国で現地就職! をテーマに現地就職の先輩方、人材派遣会社のコンサルタント、人材採用元担当者、大手新聞社特派員が語ってくれた。私の再就職はまだ先のことだが良い刺激。個人的には、「迷う前に電話」がキーワード。○夜は、指導教官を共にする「同門」の博士・修士生の飲み会。みんないい人だ。だいぶうち解けられた。○11日に創刊されたばかりの「新京報」ますますおもしろい。特に2面は新しい試みだ。・「訂正と説明」欄。事実&文字の訂正専門欄。毎日4件ほどが記者の名前とともに載る。読者が間違いを指摘できるホットラインも公開。・社説、投稿欄SARS後の問題や人民代表大会、渋滞問題などに関して、まさいに社説を掲げ、翌日には読者からの反応を掲載。これまでの新華社の横流しとは違う。メディア改革の試みだ。もちろん、まだ始まったばかりだけど。
2003年11月15日
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今日は11月11日、1が4つ並んで「独り者の日」、らしい(中国語で光棍節)。クラスのホームページがあるのだが、そのBBSでクラスメートが書いていた。が、知名度は低い。知らなかったクラスメートもまた多かったようだ。北京大学の知り合いによると、ここ数年で、大学生から発信されたのでは? とのこと…。まさに、私の日!というべきような日!、う~ん?、でも、あまり喜ばしくもない....クリスマスやVデーよりいいけど。 ※今日、北京にまた新しい新聞が登場。「新京報」。党紙・光明日報と南方日報が提携、地域を越えた提携は中国で始めてのこと。5紙の都市紙が乱立しすでに過剰とも言われる北京に打って出た。1番売れている晩報は0.5元だが、「新京報」は1元。内容でも今までのありきたりの新聞を超える意気込みのようだ。今日の社説は「政府はSARS後の問題に正面から挑むべき」。確かに今までの新聞には見られなかった味がある。今後、要注目。 ※五道口のとんかつ屋「ばんり」さんが9周年。恒例の無料フェア。中国の学生とおいしいロースカツを堪能。幸せ。感謝。1年ぶりの懐かしい再会もあり。独り者でもいいさ、さあ、明日からもまたがんばろう!
2003年11月11日
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「午後、空いてる? テレビを買いに行きたいんだけど…」中国人クラスメートからのショートメール。人民大学の宿舎には留学生楼にも中国人学生楼にも備え付けのテレビがない。買いたい人は勝手に買う。合理的なまでに合理的だ。留学生の多くは中古品を買う。留学生が多く住んでいる五道口には、韓国人を中心にした留学生御用達の店があり、私もそこで買った。冷蔵庫と飲水機の3点セットで1万円弱。中国学生の本科生の部屋にはほとんどテレビはないようだ。が、我がクラスメートはメディアを専門にしている研究生。中国ではネットで見られる番組が多いとはいえ、やはりこれは不便。というわけで、テレビを買いたいというクラスメートに留学生の穴場を紹介することになった。4人部屋の代表2人と一緒にバスで現地へ。店に着くと店主はすでにこちらを覚えている。さすが商売上手。「だーれんのメンツで安くするよ。」しかし、中国学生の値引き交渉も負けていない。決して甘い言葉に納得はしない。次から次に値引きを求めるコトバが出てくる。しかも、直球とカーブが心地よく折り混ざっていて気持ちよい。「まけて、まけて、まけてよ~」の繰り返しのわたしとは大違い。教室の姿からは想像できない彼らの一面に大いに関心。結局、18インチの中国製メーカー品が320元(室内アンテナ込み、送料込み、3カ月無料保証)で落ちた。(でも、わたしの手前買ってくれたけど、完全には満足できていないかも…。)そして、交渉成立で配達の話になったときには、「絶対にこれよ、これ。ほかのにすり替えないでね!」、何度も繰り返した。これは経験上から出てくる言葉に違いない。店主もこの要求をきちんと受け入れ、シールを取り出して、「ここにサインしてちゃんと張っておきな」。逆にいうと、ここまでやらなければ、違うものを持ってこられても、証拠不十分でこちらの負けともなりかねない。商売をするうえでも、身につけておくべき感覚だ。しかし、残念なことに、留学生楼には有線テレビが入っていて70チャンネルほど移るのに、彼らの部屋は室内アンテナを立てるしかなく、10チャンネルほどしか映らないらしい。ちょっと不公平で申し訳ない気持ちになる。帰りに五道口で有名なトンカツを食べて帰宅。16時のはやーい夕食。しかし、中国人学生にとっては日常。23時の就寝まで後は食べても果物くらいだとか…。今頃はテレビもちゃんと届いて果物食べているかな…? ※先週は木曜は、一つ先輩の2年生の「開題報告」。修士論文のテーマを報告して、教授陣の意見を求める会があった。わたしも一年後にはこの立場になる。気が引き締まる。時間がない。その晩に初雪。この時期の大雪は北京でも珍しい。今年も寒くなりそうだ。昨日日本人の友人たちと行った北京の郊外の農村地帯は、雪がたくさん残っていてとても綺麗だった。時間をみつけてupしたい…な。さ~て、今週もがんばるぞ。
2003年11月09日
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タクシーに乗って、暇だと運ちゃんに必ず尋ねる質問がある。「最近、景気どう?」関西でいう「もうかってまっか?」と同じで、返事は「ぼちぼちでんなー」あるいは「あかん、あかん」という答えが多い。しかし、今日は、「1日大体300元だなー」と具体的な返事が返ってきた。300元というと日本円で約4500円、これが1日13時間働いての1日の売上。そのうち100元(約1500円)がガソリン代やら会社に払うお金を引いた彼の収入になるとのこと。ちなみに、彼は北京に3種類あるタクシーのグレードのなかで一番安いシャレードに乗っている。さらに、ちなみに、シャレードは最近は4万元(約60万円)だそうだ。さらにさらに、彼の住まいは、北京から車で40分ほどの十三稜のそばだとのこと。気のいいおっちゃんだったので、こちらから、西北大学の事件についても聞いてみた。日本人だと分かっていながら、彼からこの話題を振ってこなかったので、もしや知らないか? と思って聞いたが、さすがに良く知っている。「あー、彼らね。先生1人に3人の学生、帰ったんだよね。それに50数人の中国人が捕まったってよ。」「捕まった奴らは3000元の罰金に15日間拘留だよ。中国では禁止されているからな、ああいうデモは。中国の法律は厳しいんだよ」、笑顔で話が続き、程なく目的地に着いた。そして、着いた研究室で、今度は先生から、「西安で大変だねー」。「中日の理解がまだまだということなんですよね」。寸劇を演じた学生に中国人を馬鹿にする意図はなかったのかも知れないが、赤という色が中国を指しているという勘違い(?)と、現代の社会背景が相まって、「誤解」を生んだのでは、という分析だった。北京の私のまわりでは、日本で報道されているような怖さを感じることはない。まわりの中国人も「慣れている」(先生)ようで、日本人を見たからといって、いちいち意見を求めてきたりもしない。しかし、当然みなこの事件は知っている。そして、こうしたひとつひとつが日本というイメージを形成していっていることは確かだ。中国にいる日本人として、どう考え、どう振る舞うべきなのだろうか…。☆今日のお昼留学生食堂の三鮮丼(4元)
2003年11月04日
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10月最後の金曜日。午後の「広播電視新聞研究」は突如の「停電」によって終った。江沢民が米記者との対談インタビューに答えるというCCTVの番組のビデオを見ていたところ、突然の真っ暗闇。数秒の間の後、「停電だ、停電だ」とクラスメート。「では、おしまい!」という先生の一声で、今週の授業は幕を閉じた。ちょっと、ほっと息をつく。17時までの授業なのに、すでに20分以上が経過していた。1コマ3時間の授業なのに結構な「やる気」の先生なのである。さて、授業終了後は、初めてのクラス会だった。うちのクラスの面倒をいろいろ見てくれる主任先生(同じ学部の博士課程1年生)の提案。大学そばの2星ホテル盛唐飯店1階のレストランに40数名が集まった。留学生が私のほかに韓国人の男性(30歳)が一人いるが、彼はなぜか欠席。「外国人」は一人だけだが、みんな気さくなクラスメートなので緊張感はない。テーブル3つ。着くと4分の1ほどの学生がすでに着席。男子学生は8人しかいないので自然と集まる。中央のテーブルは主任先生を含めて男ばかりとなった。しかし、「それはよくない」というアチコチからの提案で「調整」。遅れてくる学生が来るたびに3つのテーブルで取り合いをしながら、開始から30分くらいを経て、やっと乾杯。自然と仕切屋が登場。なかなか楽しい。「中国人は飲む」というイメージが意外と強いが、実は飲めない中国人も多い。商談の宴会でお酒を強要されて困るということも多いが、こういう場では意外と寛容。特に女性が多いこともあるかもしれない。はじめからジュースでもOKだ。が、少しでもお酒を飲み始めると、途中で止めるわけにはいかなくなる。中国の習慣では、乾杯は一人ずつと行い礼を尽くす。中国語で乾杯は「干杯」。杯を干す、つまり、飲み干すのが本来の礼儀。果たして、私はこの礼儀をクラスメートに指導してもらいながら、ひとりずつと挨拶をしていった。名前を名乗り、相手の名前を聞き、出身地を聞き、ちょっと話題を交わして次に移る。そしてテーブル内の交流がほぼ済んだところで、隣のテーブルへの挨拶が始まる。日本だと勝手に個別交流が一般的かと思うが、この日は違った。「3個代表」だ。テーブルから3人が代表となって、ほかのテーブルに杯を交わしにいく。この「3個代表」。分かる人には分かるはずだが、江沢民の「3つの代表」とひっかけている。というか、これをおちょくった表現だ。学生の一人が言い出して、部屋中に蔓延。盛り上がりは最高潮に。そして、私の記憶もだんだん薄らいでくる。トイレの帰り、会計をしている班長の姿をフロント見つけ、「いくら?」と聞いたら、「いらない、大丈夫!」。どうも主任先生のおごりらしい。はじめに、それは申し訳ないからと、「仕切屋さん」がAA制(=割勘)を宣言しておいたのに…。わぁ、申し訳ない、でもありがたいなぁ~。そんなことを思ったのは覚えている。その後、店を出てから宿舎前までの記憶がちょっと怪しい。しかし、宿舎までクラスメートが数人(かなりいた気がする)が着いてきてくれた。そして、ガードマンにちゃんと「部屋まで送って!」と言ってくれた。それは覚えている。実はこの時はまだ停電中。ガードマンの懐中電灯に照らされながら、9階まで階段であがった。部屋に入ってバタンQ。まぁ、真っ暗闇だからそれ以外にない。 翌朝。ちょっと気持ちが悪い。でも、気分は良かった。10時頃、まだウトウトしていると、班長から携帯にショートメール。「昨日その後大丈夫だったよね!?」身に染みる。次回は自己紹介も必要ないし、もうちょっとセーブしていこう。西安寸劇事件については、この停電のあった授業にその記事をプリントアウトして持参。隣に座ったクラスメートに感想を尋ねた。「なんともない」、「気にするな」。その後の会でこの話がでることはなかった。中国政府が事態を大きくしないように働いていることもあってか、北京の私の周りでは、これに関しての動きは特に感じない。しかし、寸劇にどんな意味があったのか? まったく理解できない。と同時に、「こんなこと」と言ったら不謹慎かもしれないが、これで揺らぎそうになる日中関係には、まだまだ多くの根の深い相互不理解があると改めて感じる。停電は、工事中の事故だったらしい。事情説明とお詫びの文章が、翌日昼には、留学生事務室の名前で掲示板に張り出されていた。…、わぁ、久しぶりの日記はちょっと長くなった。読みにくいですね…。今後はもっと小出しを目指して。
2003年11月02日
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