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東日本大震災から、ちょうど1ヶ月が経ち…札幌から被災地・宮城県石巻市へ迎えに行き、我が家で一緒に暮らしていた私の両親と妹(三女)が昨日から、同じ区内の市営住宅にて、新生活をスタートさせました約2週間の7人大家族生活…我が家の1部屋を提供して食材や日用品は、いつもの倍量買出し&調理同居生活は、大変な事もありましたがそれ以上過酷な避難生活をしてきた母…3人それぞれ持病があるので 札幌市内ので受診+薬も処方してもらい、ひとまず安心C=(^◇^ ; ホッ!…ですが、父の従姉妹の娘さんや知人のご家族などが依然として行方不明なのもあり最も親しかった知人数人には自分達が札幌にいる事を未だに伝えられないでいる父…そんな父の姿を見ているとなんだか切なくて…心が痛くなります。。。被災地の1日も早い復興を祈って…***********************先月からバタバタと慌しい日々を過ごしてきましたが…4月6日(水)は、娘の入学式でしたその翌日から しばらくの間、6年生になった息子に手をつないで一緒に登校してもらおうと思っていたのに…息子は照れくさいのか、ただ単に面倒なだけなのか…先に行ってしまったり、後ろから来る友達を待っていたりして娘の事はお構いなし状態全然頼りないお兄ちゃんなので…娘は近所の同じ幼稚園だったお友達と3人で手をつないで元気に登校しています明日からは給食も始まるので、帰宅が午後になります!少しはハンドメイドの時間が取れるといいなぁ
Apr 11, 2011
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東日本大震災から 23日が経ち…まだ避難所生活をされている方々が大勢いらっしゃいます私の両親と妹も被災し、避難所生活→親戚宅に身を寄せていたのですが親戚宅もまた、家の1階部分が津波によって浸水の被害を受けライフラインもなかなか復旧しなかったりでトイレを流す水を、毎朝 川に汲みに行っていたそうです食料は、決まった時間・場所で配給…でも、あちらこちらに配給場所があるわけではないので食料を手にするのに、長時間 長い列に並び…やっと手に入れられる食料は、おにぎり・パン・水のみだったそうですだんだん道路が通れるようになって来た頃被災地以外の親戚が、衣類や食料などの物資を持って来てくれたようですそんな中、先月末 旦那が仕事を3日間休んで車とフェリーを使い、被災地の宮城県石巻市まで両親と妹を迎えに行ってくれました行きは…札幌→函館まで 高速で4時間ちょっと函館→青森まで 4時間くらい青森→宮城県石巻市まで 4時間弱片道の移動時間だけでも半日かかる、大仕事を見事にやり遂げてくれた旦那サマ感謝の気持ちでいっぱいです!!札幌に来て初めての朝を迎えた時両親は「3週間ぶりの納豆だな~」「(地震で)揺れない夜も久し振り…ゆっくり眠れた!」と言ってました我が家の一部屋を両親たちの寝室として提供していましたが大人3人では、やっぱり窮屈さを感じ始めたようで…先月から随時、札幌市の市営住宅の空き住居を被災者用に提供をしているのを知っていたので早速昨日、市役所まで足を運び同じ区内の市営住宅を即決してきた両親です!!電化製品・家財道具などを1から揃えなければいけないのでそれもまた大変な事ですが…安心・安全・落ち着いた生活が出来るようこれからもサポートしていきたいと思いますいずれは、2世帯住宅で同居を考えているので物件探しもしなければ**********************日本ヴォーグ社さんのメルマガ『手づくりタウンだより』に”被災地へ贈る「スクールバック」制作ボランティア募集”がありました!被災地の子どもたちの多くが、通園通学用のバック類も津波によって流されてしまい、大変困っている現状…ハンドメイドでもボランティア出来るなら私もやってみようと思います皆さんも、出来る事から始めてみませんか?詳細は、こちらをご覧になって下さいね!→ ☆
Apr 2, 2011
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