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ええっと、前回の『幸せを重ねる』がとっても分かりやすい人たちから、分かりやすい反響があったので、もう少し詳しく書きます。”さざえさん”も判明しました。お知りになりたい方は直接お尋ねくださいマセ。というのは前回は要約した状態で書いたので、内容は同じなんですが、ニュアンスがちょっと違うので、そこだけ切り取って書きますね。実はあの話は『あるお母さんの話』(どうやらアメリカ人であるらしい)としてレスリーが紹介してくれたものだったんです。レスリー自身が『○○しましょう』と話したわけではないです。こういう話でした。あるお母さんが子どもの幸せとは何かと考えました。子どもの将来の幸せを考えてみるんだけど、よく分からない、と。どうしたら私は自分の子どもを将来幸せにしてあげることができるんだろう、と。それで分割して考えてみたんだそうです。『将来』とは毎日の積み重ねの結果よね。だったら『将来の幸せ』は『毎日の幸せ』を重ねた結果でしかないのよね。私は何ができる有能な母じゃないから。子どもの『今日』が『幸せ』であるにように願うことしかできないわ。朝のスタートが良くなかったら、『今日が幸せ』でなくなってしまう。『今日の幸せ』がなれけば『明日の幸せ』もないのよね。私にできることは『アナタの今日が良い日でありますように』と願って『笑顔』で送り出すことだけ。だから私はそうしているの。そしらきっとこの子達は将来幸せなんじゃないかって思うの。そういう話でした。『お母さんの笑顔』が大切です。『お母さんの心』が子どもに影響を与えます。いくらでもそんな話は巷に転がっていて、それでも半ば逆切れな私は『できないものはできないっ!』と思っていました。でもこのお母さんの話は内容は同じなのに私の心にストラーイク!。なんだろう、うまく説明できないんだけど、今までの私は無理してでも『笑顔』じゃなきゃいけないから、『笑わなきゃ』と思っていた気がするのね。でもこのお母さんの話はだたひたすら『目の前にいるこの子の幸せ』を願っているんだな。って思うの。『笑顔』はその結果でしかない、というか。これこそ『愛』がないとそうはなれない。うん、なれないよね。きっとこのお母さんは懐が広いだけじゃなくて、本当はきっと有能でいろんな事ができるお母さんのような気がする。その説明はなかったから分からないけど、謙虚であれる人って能力が高い人が多いじゃない。なのに、そんな人に限って『私にできることは笑顔で送り出すことだけ』だなんて。そんな事すらなかなかできない私です。きっと私にできることは色々あるはずだよね。感謝すること。リスペクトすること。そのままを受け入れること。相手を受け止めること。話を聞くこと。大好きでいること。祈るトコ。願うこと。それをするためには人より賢くある必要も、りっぱな家に住む必要も、時間の余裕がある必要も、お金持ちである必要もない。私の心が澄んでさえいればきっとできることなんだろうね。心が汚れてますが、よどんでますが、朝日を浴びて浄化してみますわ。マサミ
May 30, 2010
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子どもたちの将来を願って親はアレコレ考える。幸せになって欲しい。そこまではいい。そしてその『幸せ』を具体的にアレコレ思いを巡らす。ピアノは情操教育のため体操教室はカラダを作るため体験学習で経験を積んで、思考力を高めて英語を習わせて国際感覚を養わなくては・・・足りないものがあると将来子どもが『負け組み』になってしまう。それではいけない。『負け組み』にならないためにも『賢い子ども』にしなくては賢い子どもにさせるには『親の努力が大切だ』賢い子どもとは具体的には『良い大学』であり、『幸せ』は『良い企業に就職』することや『社会的地位の高い職業』につく事。せめて『安定』した『将来』でなくては。気がつけば『幸せ』=『良い企業に就職』or『良い職業』という方程式に知らず知らずに飲み込まれていく私たち母親。この数年気になることがある。本や雑誌のタイトルにやたら『賢い子ども』の文字が躍っているような気がする『東大生のノート』、『賢い子どもの勉強術』まだこの辺りは『成績』を言っているから分かる。でも『偏差値を上げるお弁当』だの『勉強のできる子どもの家作り』・・・挙句の果てには『賢くなるための博物館』なるガイドブックに唖然とする。なんじゃそりゃ。出版社だけが悪いわけじゃない。これだけ社会の根本が揺らぎ始め、不安を煽られるとどうしても『確実な道』を探し始める。やっぱり『東大』を卒業した人には輝かしい未来が待っている、と感じるだろうし、『フリーター』にはなって欲しくない、ましてや『引きこもり』なんて困ってしまう。『勝ち組』とは言わなくても『負け組み』にはなって欲しくない親心を反映したのが『賢い子ども』というキーワードだと思う。そんな心理に引き込まれていった私。頭の中では『幸せ』はそういうものじゃない、と思いながらも、徐々にあせり始めていた自分もいた。娘の通っている英語教室(Big Bow)で2月に教育セミナーが行われ、私も参加した。プレゼンテーターはこの教室を主催し、子どもたちを指導している私の友人のレスリー伊藤。私は彼女の教育にかける情熱と高い技術、そのたゆまない努力を尊敬してやまない。その彼女が『教育セミナー』でどんな話をするのか興味津々だった。内容は『子どもの可能性を引き出す』というテーマとしては一種ありきたりのようなものだったが、完全に一本取られた!というような素晴らしい内容だった。またそれについては別に機会に。その中に『子どもの幸せを願う』という話が出てきた。『将来とは』毎日の積み重ねの結果である。では『子どもの将来の幸せ』とは?『毎日の子どもの幸せ』の積み重ねの結果である。子どもの『将来の幸せ』を願っても子どもの『今日の幸せ』を意識していなかった私がそこにいた。『今日』はいつ始まる?そう『朝』始まる。であるなら子どもたちの『今日』が幸せであるように『朝』子どもたちの『幸せ』を願って笑顔で送り出そう。心に沁みた。本当にそうだ。「この子にとっていい日でありますように」と思ったら表情が穏やかになる自分を感じた。今日という日の幸せの層を一枚重ねよう。マサミ
May 26, 2010
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ある出来事から一ヶ月ほどたったので、こっちに書きます。悲しい、というか・・・納得できない事が有りました。面識のない方からお電話を頂きました。名古屋市のキッズステーションで私の自宅の電話番号をお聞きになったようです。その方のお近くに『ネイティブスピーカーの幼児用英語教室』がないため、私に心当たりがないかというのがご質問でした。外国人という事がとても重要だと仰っておられたので、念のためお尋ねしました。『見た目ですか?』それとも『英語ですか?』とその方は『本物の英語』といういう事でしたが、すぐに連絡先の分かる先生がいなかったため、一旦電話を切りました。たまたまその方のお近くに、面識はないのですが、帰国子女の先生がいらっしゃる事を思い出し、その先生にお電話をし、電話番号を教えて良いかを確認しました。その先生は快くうけてくださいました。その先生は小学校から大学までをアメリカで過ごし、大学の専攻は幼児教育。幼児の専門家であり、日本でもスクール等で経験のある方です。探してもなかなか見つからない好条件の先生でしたので、自信を持ってその方にお電話を致しました。ですが、どうやら私の思っていたものとは違っていたようで、『私はネイティブと言ったんです。』と言われてしまいました。その先生のような方をネイティブと呼ばずに誰が一体英語ネイティブスピーカーの講師であろう、と訳が分からなくなってしまいました。アメリカ人=英語の先生ではありません。ちゃんとした技術や知識がなくては教える事は出来ませんし、幼児となると更に難しいのが現実です。私も何人もの『子ども嫌いで英語を教えられないネイティブスピーカー』に出会ってきました。きっと一般的な意識ではその方のお考えは奇妙ではないでしょう。ネイティブに英語を教えてもらう事こそ、『本物』である。という認識を多くの方がお持ちなのは理解できます。ですが、教えるメソッドをしっかりもち、愛情や情熱を持って取り組まれている日本人の先生方の英語を『偽物』とされることを悲しく感じます。断言したいわけではありませんが、ネイティブスピーカーだというだけで、きちんとしたメソッドも学ばず、カリキュラムも組めず、レッスンプランも立てられない外国人のいかに多いことか。そんな事を考えました。それにそもそも私は英語教室斡旋会社ではないんですけど。その日の夜夫に愚痴をこぼしました。『何かね~、ケーキ屋に入ってきて、美味しいケーキ屋さん知りませんか?っていわれた気がしたよ。』と私夫『うまい事を言うね~』とケラケラ笑っておりました。マサミ
May 18, 2010
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数年サボっていた英語の学習を復活させて2ヶ月あまり。ボチボチやっている。娘と英語を始めてから本はずっと共有してきたが、購入しても置き場がなくなってきたので、最近は図書館から本を借りることが多い。改めて古典といわれる児童文学の面白さにはまったのは私で、毎晩寝る前の30分の読書タイムが楽しみ。多くは1800年代の話で、車も電気もない時代。歴史に全く興味のなかった私がようやく近代の時代の流れが理解できてきた、という有様。とほほ。でもこうやって文学を読んでいくと、その時代時代の流れが良く分かる。特に1800年代は産業革命に沸いたイギリスの栄光と影、そのあおりを受けて北米やオーストラリアに移住し開拓者となった事実。ロンドンやニューヨークの華やかさや近代的な様子とは裏腹に開拓者の大地と共に暮らす日常から時代を超えて生きるエネルギーを得たのは私だけではないはず。という事で本を三冊ご紹介開拓時代の生活図鑑バーバラ グリーンウッドあすなろ書房発売日:1998-03ブクログでレビューを見る? 愛知県立図書館・名古屋市立各図書館所蔵1840年代 スコットランドからカナダに移住したきたロバートソン一家の生活の様子が描かれている。図鑑と物語が平行して書かれているので、読み物としてもとても面白く、また生活の様子が図と共に説明されているので分かりやすい。全てがハンドメイド、でエコ。当たり前だけど。何もないのに豊かに感じてしまう、現代病の私には良い癒しになった。Little House in the Big WoodsLaura Ingalls WilderHarperCollins発売日:1953-10-14ブクログでレビューを見る? 名古屋市鶴舞中央図書館日本語のタイトル『大きな森の小さな家』日本でも大人気だったアメリカのテレビシリーズ『大草原の小さな家』の序章とでもいう児童書。ウィスコンシン州の森の中で暮らす開拓者の家族、インガルズ家の原始的な森での生活を一年を追って描かれている。1800年代の後半のアメリカ開拓者たちのタフで豊かな生活に生きるエネルギーを感じる1冊。大半が食べ物のことであったり、主人公のおてんば娘ローラと姉 典型的なよい娘メアリーの関係が子どもの目線から描かれていてなんとも楽しくなる。作者のローラ インガルズ ワイルダーの自伝的な小説で、幼い頃の生活を後世に伝えたい、と60歳を過ぎてから書かれた、という事実もまた興味深い。Little House on the Prairie Book and Charm (Charming Classics)Laura Ingalls WilderHarperFestival発売日:2002-10-01ブクログでレビューを見る? 名古屋市鶴舞中央図書館日本語タイトル『大草原の小さな家』日本でもおなじみのアメリカテレビシリーズの『大草原の小さな家』の原書ウィスコンシンの森からカンザスの大草原に移り新しい生活を始めるインガルズ一家の一年。木を切り倒し、家を建て、お父さんが狩でとってくる七面鳥や鹿が主食。近くにはインディアンが住んでいるが、街までは馬で二日がかり。夏には蚊によって家族全員がマラリアにかかる。そんな生活の中でもローラには絶えず好奇心があり、大草原での暮らしを満喫していた。最初にご紹介した『開拓時代の生活図鑑』がローラ インガルズ ワイルダーの本を読む手がかりになります。なかなか想像できなくて、何度も何度もページを行ったり来たり、しましたが、『開拓時代の生活図鑑』の方に詳しい解説があって分かりやすかったです。しかし、『開拓時代の生活図鑑』と『Lillte house in the big woods』を両方平行して読み進めた結果、どちらの話がインガルズ一家でロバートソン一家なのか分からなくなってしまった、おばかな私・・・。こちらのサイトに詳しくこれらの本の比較がありましたので、参考までにどうぞ。『大草原の小さな家シリーズ』とカナダの開拓生活とちなみに私、文字を読むスピードがやたら遅い。恐ろしく遅い。これは昔からなのだが、とても時間がかかる。今まではそれほど困ったことはないのだが、英語の学習のためにもう少し早くならないものかと考えあぐねていた。読まなければいけない、文章と読みたい本の数々。ほとんど積読状態で、とっても良くない。で速読を調べてみた。ダメだ。そもそも物事を理解する処理速度が遅いから、読むのが遅いんだと結論。たしかにスピードは上がる。でも肝心の内容が全く頭に残らない。どうやら速読は印象と大雑把な内容を頭にスキャンニングするように入れて情報処理をしているようだ。情報処理速度をあげて大雑把な内容だけでよいものは速読できるようになりたい。無理?ちなみに書くスピードはやたら速い。ほとんど考えずに文章がガーと頭の中にあってタイピングするだけ。これは一体どういう事なんだろう?
May 11, 2010
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