Clarte Coaching Office

Jan 4, 2005
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カテゴリ: Clarteひとりごと



三が日中に実家に帰ってみることにした。

普通ではあたり前の行事かもしれないけれど
私は、この常識的な行事を
考えてみれば今まで、何から何まで
無視しまくって生きてきたことになる。

大学を卒業して以来、
お盆と正月は、仕事が一番忙しい時期で、
そういう時期に実家に帰らないのは、


みんなが集まる「場」が、
昔からどうも好きではなかった。

色々なものを感じやすい体質のせいか
人が集まる場には、いいエネルギーもあれば
悪いエネルギーにも触れてしまう。

自分が消耗されていくのを感じる。

悪いモノがいるかもしれない
そういう場に出向くことが
自分のメリットになるとは思えなかった。

メリットしか考えてなかった自分は
協調性が少ないといったほうがいいのかもしれない。


の私の生活は急遽一変した。

コーチングを初めてからというもの、
色々と自分について深く考えること、「気づき」が
各段に多くなり、
自分の行動、考えについて、


いや、実際は1年以上かかった。

コーチングの理論は頭では理解できても、
実践に移したつもりでも、
実際のところ、自分について半信半疑だった。

完全に自分のものになって
やっと馴染んできたのは、
やっと去年1年かけてからだった。


昨年は、
初めてのことにチャレンジするという自分を『決め』、

今まで避けて通ってきていたものにも踏み込む
決心をした。


その流れからくる『行事への参加』。

『年賀状を出してみる』という行為。

そういえば、試しに『初詣』にも行ってみたし、
『しめ縄』も飾ってみた。

どれもたいしたことのない自分が避けてきた
自分の中で理由付けしたこだわりだった。

やってみると悪くない。
意固地になって避けてきたことが
ばかばかしいくらいにたいしたことは無かった。

私がここまで頑なになってしまったのは
いつごろから、そしてどういう理由だったのだろう。

私の母は、自分が信じる宗教を持っていて、
私が小さいときから、聖書ばかりを読ませた。

そして、日本の風習は、
彼女が信じるものから外れていたため
私をそこに触れさせることはなかった。

私もそれに何の不満も感じず、何の不思議も感じず生活してきたけれど
やはりベースになるのは、母の思想だったような気がしている。

誰が悪いわけでもない。

自分で『決める』ことを後回し後回しにしてきた
自分の責任だということに今更ながらに『気づく』。

30歳をすぎて、
やっと偏った自分を見直すきっかけをくれた
コーチングという考え方に深く感謝を感じつつ、
今までの自分の勝手さから、
迷惑をかけてきてしまった大事な人たちへの
申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

自分が未熟だったから気づかなかった大事なこと。

いつも誰かに助けてもらいながら自分は生きている。
そういうことを綺麗ごとではなく本気で踏まえて
大事にしていくこと。

それに反するようだけれど
それらの呪縛にとらわれずに今からの自分を変えていくこと、
さらに構築していくこと、
それは悪くないこと。

自分を変えたり、見直したりするのに
年齢や経験はそこまで必要のないもので、
反って、経験したものが増えれば増えるほど、
変化は苦しいものになる。

けれど、ひとたび『決める』ということさえ
『決めれば』
清々しい晴れ渡った空を見上げるように
自分を大事にしているという不思議な充実感が
湧き上がってくることに気づく。

新たな一日が始まる。

毎日、そんな気分でエネルギーがみなぎる。

コーチングをライフワークにすることの
醍醐味は実はそこにもある。












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Last updated  Jan 9, 2005 11:25:13 AM
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