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2009.11.28
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カテゴリ: 音楽
ホロヴィッツは、ちょうど高校時代に、
あの、伝説の5万円チケット、ボロボロライブ、、、にTVで遭遇して、
(あんまりピアノに詳しいわけでは、今でもないですが)
やたら、局所的に豪華な音をババンと鳴らすが、
曲の原型がわからんなあ、、、、
という印象をもったのが、意識した最初でした。
(その後、このライブは、彼が薬物投与を受けていた影響が大きく、
 また、実際のそのライブは酷評されたとのことですが。)

が、その後、過去の録音をいろいろ聞く機会がそれなりにあり、

きれいな響きを活かした演奏で聴けたりして、
やっぱり、「巨匠」というイメージはもっていたのですが、
(ただし、ジュリーニとのモーツァルトの協奏曲の録音風景をみて、
 どうみても、子供じみた変人、、、、というイメージも、、、)
彼のCDは実際には、ラフマニノフのピアノ協奏曲の3番とソナタの入った1枚を
持っているのみでした。

そんなところへ、このところ、ナマのピアノの響きに圧倒される体験を
何度かしてきたところへもってきて、
ピアノ曲のCDそのものもあんまり持ってないことから、
ホロヴィッツボックス(1枚あたり300円弱)を買ってしまい、
昨日から聴き始めています。

結構、これが心地よく聴けます。
分量が、結構、ちょうどなんですよね。今にしておもえば。


昨日聴いたのは、
ホロビッツが、ナマ演奏から遠ざかっていて復帰したときの「ヒストリック・リターン」ライブ。
これは、バッハ、シューマン、スクリャービン、ショパン、モシュコフスキ、ドビュッシーが履いてます。

生演奏から遠ざかっていた頃のステレオのスタジオ録音で、ショパン、ラフマニノフ、リスト、
その次が、ボックスの中では最も古い(戦前のは無いから)「展覧会の絵」これは大分、ホロヴィッツが楽譜に手を入れてるのがわかります。
で、プロコフエフとカバレフスキー(!)

こうして聴くと、
もちろん、若い頃の彼は、バリバリ!!度が全開で、
後年になると(以前聴いたソヴィエトライブなど)、響きを重視するほうになっていったんやな、、、とわかります。
といっても、響きそのものは、ずっと、彼の「名刺」のように特徴的ですが。。。。


響きが美しい、、、そして、録音といえども、おそらくはピアニッシモの完璧なバランス、、、などは、内田光子にも、言葉で言えば共通していますが、
(リズムの崩れなどテクニック面で、現代の内田光子がはるかに上であることは言ってもしかたない当然のこととして、)
しかし、この二人ほど、究極の対極にある人はいないようにも思いました。

ホロヴィッツは、(まだこんだけ聴いただけの印象なので、今後変わる可能性はありますが、今の印象、、、として)
「響き」と「快速な"指"」を快楽・欲望の対象として、それを、聴衆の欲望に捧げている、、、というような気がしました。低俗という意味ではありません。(←そう言ってもいいかもしれませんが)
彼が、長いこと、ナマ演奏を避けていた時期がある、、、というのは、
スタジオ録音が活発だったことからすれば、まあ、グールドと似た状況だったのかもしれませんが(どちらも超絶技巧が売り、、という面もあったし)、
常に、「客の反応」を意識していたため、それに疲れた、、、のかな、、、と思わせるほど、
「リスナー」が悦ぶように、印象に残るように、、、
手練手管を使っているようにも思えます。
といって、もちろん、フレーズをまとめ弾きするような昔風なところはあるとはいえ、
特別に、恣意的なルバートが目立つわけではなく、
ある意味「端正」といってもいいかもしれません。

が、しかし、古いモノラル録音からですら、
聴く者は、響きに欲情してしまう、、響きに淫して溺れてしまう、、、
"指"の速さに押し倒されてしまう、、、
また、そうしたくなる、、、
そんな演奏でした。
こう書くと、やたら、退廃的な感じになってしまうのですが、それがまたある意味「健康的」このうえないほど「陽性」でもある、、、のが彼の魅力かもしれません。
淫して溺れて欲情しても、でも、後ろめたさ、、、は無い、、、

客を喜ばす、、、ということの根っこに、自分自身が、大好きで、音楽に身を浸して生み出すことがうれしくてたのしくて気持ちよくてたまらない!!!
というところがあって、客に「合わせてる」というのではないように思います。

ありあまるテクニックがあって、彼の好み・欲情があって(音楽的な)、それが時代や大衆の好みや欲情にもぴったり合った、、ということなのかもしれません。

ちょうど、響きに執着したにもかかわらず、対照的な音楽家としては、カラヤンとチェリビダッケがいますが、指揮者の場合、「オケ」を得るか否か、、、という社会的背景が影響もするので、ホロヴィッツと内田光子の関係に直接はくらべられないかもしれません。
とはいえ、
快速にして、響きを重視、、というのは、カラヤンの壮年期までの志向には類似しているような気はしますが、、、

また、唐突なのですが、
響きをつきつめ、ドラマ性を求め、
「客の悦び」を常に得ないと不安で仕方ない、、、という志向性と集中は、
桂枝雀の落語を思い出させます。

正直、演出過剰かと思わせるほど、これでもか、、と客の反応を引き出し
でも、いくら反応を引き出しても、そこに安住せず、
また、「次」への不安をずっと無限に抱き、
また、そのための訓練を日常、片時もおこたらず、
自分をすり減らして、舞台に立てなくなり、、、、
という枝雀も、
「芸」と「板」に全てを捧げた人生を突っ走った人生だったように思います。
最後は、悲劇的な死を遂げられましたが、、、

ホロヴィッツも、単なる美音ではなく、
ドラマを、世界をつくりあげるための響きを駆使する、、、
(とくに"指"の速さでは、「押し倒せなく」なってからは、一層、「響き」で勝負したみたいですし)
ただし、そのドラマや世界は「美しいもの」であり、「豊かなもの」である、、、
そういった、
ある種の「楽天性」を感じさせます。
本人が、痛々しいまでに繊細で、努力家で、もしかしたら、ペシミスティックな人だったとしても、、、
そういう、表現や客との関係性での志向と、本人の内面(←あくまでも想像ですが)との関係もまた、ホロヴィッツと枝雀にはなにか、通じるものを感じます。





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Last updated  2009.12.08 00:59:24
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