真実一路

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2022.12.24
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カテゴリ: 映画

パウロ 愛と赦しの物語【Blu-ray】 [ オリヴィエ・マルティネス ]

新約聖書の『使徒伝』と「書簡」、また伝承を基に、獄中のローマで最後を迎えるパウロとその彼を見とどけるルカを描いた作品。
凡庸なドラマになっているのではないかと思っていたが、なかなかよくできている。『使徒伝』が獄中での聞き取りにより書かれたというのはいいアイデアだし、牢獄でのパウロとマウリティウス(牢獄管理者)の対話や娘の病に絡むエピソードもストーリーに感動を与える。またパウロとルカ役にもイメージに沿ったよい俳優を充てている。

パウロの思想、いわゆる「十字架の神学」というのは理解するのがけっこう難しいものだと思うが、この作品ではそれをドラマ全体としてうまく伝えてる感じ。
聖書学者青野太潮氏の『パウロ~十字架の使徒』を読んだが、氏はそのなかでパウロによる“十字架の逆説”を説いておられる。それは、「弱さこそが強さ」「愚かさこそが賢さ」「躓きこそが救い」そして「呪いこそが祝福」というように、パウロはイエスの「十字架」を逆説的な意味で肯定的に捉え直したとのこと。劇中パウロはマウリティウスにこう言っている。「私が誇れるのは“弱さ”だけ」「だからこそ、神の力が私の内に宿っている」と...
現代まで続くキリスト教会本流の源はパウロにあるわけだが、この作品はその信仰の本質をコンパクトに伝えている。

ところで、私は『使徒伝』やパウロの「書簡」を読んでいて、奇異なことを考えることがある。それは、パウロとサウロはほんとうに同一人物なのか?ということ。
ダマスカスへの途上でサウロがキリストと邂逅した(「目から鱗」のエピソード)というのは、ルカによる創作(学者によると)らしいし、「書簡」には地上のイエスの言行についてほとんど言及がない。パウロの信仰は「十字架につけられた(ままの)イエス」から始まっているのだ。いったいサウロはなにをもって真逆の立場に転じたのか...
パウロの「書簡」を読んでいると、これを書いた人物は十字架にかけられたイエスをその場(ゴルゴタ)で直接見ていた人なのではないか、と私には思われてならない。その人物とは...


それにしても、ローマ帝国は信徒を猛獣に食わせたり、油をかけて街路で焼き松明の代わりにするとは、まさに悪魔の所業。
私は、人間には神の子とサタンの子の両方がいると信じている。その違いはDNAによる血脈や生後の環境によるものとはちがうと思われるのだ。その本質は人の性格や気質の土台あるいは核となっているもので、一方のルーツは欲や誘惑にとらわれないもの、清冽な水や光の輝きにも似た原初のなにかだ。





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Last updated  2022.12.24 17:10:32
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