《櫻井ジャーナル》

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2014.08.21
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カテゴリ: カテゴリ未分類
 昨年12月からギニア、リベリア、シエラレオネ、ナイジェリアで広がっていたエボラ出血熱が広がり、8月21日現在で感染した、あるいは感染の疑いがある人は2473名、そのうち死者は1350名に達し、欧米へも患者が移動している疑いも指摘されている。

 そうした中、現地で治療にあたっていたふたりのアメリカ人、ナンシー・ライトボールとケント・ブラントリーがエボラ出血熱に感染、8月2日にアメリカへ運ばれて治療を受けることになった。

 これまで有効な治療法がなく、多くのアフリカ人が死んでいるのだが、このアメリカ人ふたりは快方に向かい、血液中にウイルスの痕跡が見られなくなった ブラントリーは入院先の病院から21日に退院した という。両者はリーフバイオ社とデフィルス社が開発している「ZMapp」が投与されたほか、現地で自然治癒した少女の血が輸血されたとされている。リベリアでZMappを投与された3名のアフリカ人医師も快方へ向かっているという。

 薬が効いたのか輸血が良かったのかは明確でないが、ともかくライトボールとブラントリーをアメリカへ運んだ時点で治療の見込みは立っていたのだろう。もし有効な治療法が見つかっていたならば、なぜアフリカ人に対しては使われなかったのかという疑問が出てくる。

 これまでエボラ出血熱の有効な治療法が出てこなかったのは、患者がアフリカ人だからだという指摘がある。病気が世界に広がってパニックが生じたり、欧米の潜在的な消費者を刺激する事態になれば薬も開発されるだろうと言う人もいた。確かに今回はアメリカ人が病気になり、感染の疑いがある人が欧米へ移動する事態になっている。

 この病気が初めて確認されたのは1976年8月のザイールで280名が死亡している。同じ年にスーダンでも151名が死亡した。その後、1977年にザイール(後のコンゴ)で1名、79年にスーダンで22名、94年にガボンで31名、95年にザイールで250名、96年にガボンで21名、南アフリカで1名、96年から97年にかけてガボンで45名、2000年から01年にかけてウガンダで224名、01年から02年にかけてガボンとコンゴで96名、02年から03年にかけてコンゴで157名、04年にスーダンで7名、07年にコンゴで187名、07年から08年にかけてウガンダで149名、08年から09年にかけてコンゴで14名、12年にウガンダで17名、コンゴで36名、そして今回は1145名が死んだ。

 エイズ/HIVと同じように、このエボラ出血熱も病気の始まりが明確でない。1976年の前は気づかれなかっただけなのか、病気自体がなかったのかは不明だ。感染地帯で何らかのエボラ病に関する実験をしていた細菌戦の専門家が実験していたとも伝えられているが、この事実に注目する人もいる。

 エイズの場合、遺伝子操作で作られたという説やポリオワクチンの製造過程で混入したという説もあるが、こうした視点から研究しようとすると、資金は期待できない。自ずと研究の方向が誘導されることになる。エボラ出血熱でも似たことが起こる可能性はあるだろう。





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最終更新日  2014.08.22 04:19:10


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