《櫻井ジャーナル》

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2016.03.30
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カテゴリ: カテゴリ未分類
 日本経済が破綻していることを安倍晋三政権も隠しきれなくなってきたようだ。安倍政権の基本政策は庶民に資金が回るタイプの公共投資を縮小させ、規制緩和で巨大資本がカネ儲けしやすい仕組みを作る新自由主義経済が基本。この政策を推進した国では内外の巨大資本が大儲けし、政府組織の腐敗勢力と手を組んだ一部の人間が「オリガルヒ」とも呼ばれる富豪になって庶民は貧困化している。つまり、貧富の差が拡大する。これは「自己責任」でなく、政策の問題。安倍政権の場合、政策の軸は「大胆な金融緩和」だ。

 その政策に基づいて日銀の黒田東彦総裁が推進したのが「量的・質的金融緩和(異次元金融緩和)」。教科書的な理屈ではインフレになるはずだが、その前提と現実が合致していない。1970年代から米英が進めた投機市場の肥大化政策の結果、資金は金融の世界へ吸い込まれ、人びとが実際に住んでいる現実世界へは回ってこないため、そうした現象は起こらないのだ。その代わり、投機市場でバブルが発生する。バブルによって富裕層の名目資産は膨らむ。日銀にも優秀な人は沢山いるはずで、こうしたことが起こることは予想していただろう。景気回復につながらないことは知っていただろうということ。

 庶民にカネが回らない以上、国内で商品は売れない。商品が売れないことがわかっていれば国内の生産設備へ資金が回るはずはなく、国外へ持ち出すか、金融の世界へ回すことになる。

 米英の巨大資本は現実世界から金融の世界へ資金が移動しやすくなるようにオフショア市場(タックスヘイブン)のネットワークを1970年代から整備した。そのひとつの結果として、巨大資本、富裕層、犯罪組織などは資金を隠し、課税を回避することが容易になり、庶民の負担が増えることになった。

 そのネットワークはロンドンを中心にして、ジャージー島、ガーンジー島、マン島、ケイマン諸島、バミューダ、英領バージン諸島、タークス・アンド・カイコス諸島、ジブラルタル、バハマ、香港、シンガポール、ドバイ、アイルランドなどが結びついている。かつての大英帝国だ。

 第2次世界大戦後、ドルが世界の基軸通貨になった。当初は金本位制を採用していたのだが、1971年にリチャード・ニクソン米大統領はドルと金の交換を停止すると発表、ブレトン・ウッズ体制は崩壊、1973年から世界の主要国は変動相場制へ移行してドルの価値は低下していく。

 ドルの価値を安定させ、基軸通貨を発行する権利を巨大金融資本が握っている連邦準備制度を維持できないと現在の支配システムは崩壊してしまうため、アメリカ支配層はドルを回収する仕組みを作っていく。そのひとつがペトロダラ−。

 20世紀の世界は石油を中心に動いた。その石油の取り引きをドル決済に限定し、産油国へ流れ込んだドルをアメリカ財務省証券の購入といった形で回収しようとしたのだ。これが機能すれば、アメリカ支配層はドルを発行することで際限なく購入できる。

 この仕組みを作るため、ニクソン政権は最大の産油国であるサウジアラビアと協定を結ぶ。サウジアラビアを軍事的に保護し、必要とする武器を売却、支配一族の地位を永久に保証するというもので、一九七四年に調印された。これと基本的に同じ内容の取り決めを他のOPEC諸国もアメリカと結んだという。これが「ペトロダラー」。この仕組みができあがった直後、1975年3月にサウジアラビア国王が暗殺され、その後は親米色の濃い人びとがサウジアラビアで主導権を握ることになる。



 バンダルは1983年から2005年まで駐米大使を務め、05年から国家安全保障会議事務局長、12年から14年にかけて総合情報庁長官を務めた。「バンダル・ブッシュ」と呼ばれるほどブッシュ家と親しく、イスラエルとも緊密。ニューヨークの世界貿易センターとワシントンDCの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃された当時も駐米大使としてアメリカにいて、疑惑の目で見られている。アル・カイダ系武装集団を操る黒幕とも言われていた。

 投機市場もドルを回収する上で重要な役割を果たしてきたが、その仕組みを作り上げる上で重要な役割を果たしたのがマーガレット・サッチャー英首相。フリードリッヒ・フォン・ハイエクと親しく、ミルトン・フリードマンがチリで実践した新自由主義をイギリスにも導入しようとした。

 富裕層や巨大資本を富ませる一方、庶民を貧困化させることが明らかな新自由主義を導入することは本来なら難しかったのだが、1982年にフォークランド(マルビナス)諸島で勃発したアルゼンチンとの戦争で勝利、「英雄」と祭り上げられたことを利用して新自由市議的な国家改造に着手したのである。

 その後、サッチャー英首相に続いてアメリカのロナルド・レーガン大統領、西ドイツのヘルムート・コール首相、そして日本の中曽根康弘首相などが次々と新自由主義経済を採用していく。

 投機の過熱化と現実社会の破壊は1920年代にも起こった現象。そこで1933年に証券業務と商業銀行業務を分離させるグラス・スティーガル法が制定されたのだが、ビル・クリントン政権下の1999年11月にグラム・リーチ・ブライリー法が成立し、事実上、葬り去られた。

 1980年代に本格化した「規制緩和」と「私有化」の推進で不公正な富の集中が起こっていくが、そうした中、S&L(アメリカの住宅金融)が破綻し、犯罪組織や情報機関との関係も浮上する。このスキャンダルではジョージ・H・W・ブッシュの息子、ニール・ブッシュの関係していた。後にニールはボリス・エリツィン時代に巨万の富を築いたボリス・ベレゾフスキーとビジネスで手を組むことになる。

 ニールの兄、ジョージ・W・ブッシュが2001年に大統領となる。ブッシュ・ジュニアはその前から投機経済にのめり込み、「ブッシュのサイフ」とも言われたエンロンも投機で潤った会社のひとつ。

 この会社は2001年の夏に破綻が発覚、10月にはSEC(証券取引委員会)が調査に着手しているのだが、重要書類は9月11日に世界貿易センターと国防総省本部庁舎が攻撃された際に焼失、関係者は何とか逃げ切れたようである。この破綻も「9/11」のため、さほど注目されなかった。

 ブッシュ・ジュニア政権も庶民が潤うような政策をとる気はなく、不動産バブルを再び演出する。不動産相場は永遠に上昇するという幻想の中で庶民も不動産を購入、相場の上昇で生じた「含み資産」で物を買うというマルチ商法まがいの仕組みだ。当然のことながら破綻は時間の問題で、2008年には投資銀行のリーマン・ブラザースも破産、ほかの巨大銀行も厳しい状況に陥るが、自業自得ではあった。

 ところが、その巨大銀行をアメリカ政府は救済、ツケを庶民に回した。司法長官だったエリック・ホルダーによると、問題の金融機関は巨大すぎて潰せず、重役たちを起訴することもできないらしい。庶民には厳しく、富裕層には甘く、が新自由主義流だ。法の下での平等などは存在しない。

 リーマン・ブラザーズが倒産する前年、調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュは、 アメリカ、イスラエル、サウジアラビアがシリア、イラン、そしてレバノンのヒズボラに対する秘密工作を始めた





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最終更新日  2016.03.30 20:40:03


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