安倍晋三が中国を訪問、習近平国家主席と会談したと伝えられている。菅直人が総理大臣だった2010年9月に海上保安庁は尖閣諸島付近で操業していた中国の漁船を日中漁業協定無視で取り締まり、漁船の船長を逮捕、日中関係は冷え込んだ。その両国の関係を修復する動きのように見えるが、実際は違うだろう。
菅政権の取り締まりは当然のことながら中国側を怒らせた。当時の国土交通大臣は前原誠司だ。菅と前原は領土問題の棚上げ合意を壊し、日本と中国との関係悪化を図ったのである。10月に前原誠司外務大臣は衆議院安全保障委員会で「棚上げ論について中国と合意したという事実はございません」と発言している。
ところが、2011年3月11日に東北の太平洋側で巨大地震が起こり、東京電力の福島第1原子力発電所が破壊され、炉心が溶融して環境は広範囲にわたって放射性物質で汚染された。この大事故は逆に日本と中国との対立を緩和しそうになるのだが、そうした雰囲気を消し去って関係悪化の方向へ戻したのが石原親子だ。
まず、石原伸晃が2011年12月にハドソン研究所で講演、 尖閣諸島を公的な管理下に置いて自衛隊を常駐させ、軍事予算を大きく増やすと発言 する。この背後にはネオコンの大物でポール・ウォルフォウィッツの弟子にあたるI・ルイス・リビーがいたと言われている。当時、リビーはハドソン研究所の上級副所長だった。
2012年4月には石原伸晃の父親、石原慎太郎知事(当時)がヘリテージ財団主催のシンポジウムで 尖閣諸島の魚釣島、北小島、南児島を東京都が買い取る意向 を示し、中国との関係は決定的に悪くする。安倍晋三もハドソン研究所と関係が深いが、そのつながりを築いたのもリビーだ。
この間、2011年9月に総理大臣は菅直人から野田佳彦へ交代、2012年12月からは安倍晋三だ。中国との関係を悪化させるという点で3首相に大差はない。その安倍が中国を訪問した大きな理由は日本の経済界からの要請だろう。中国との関係が破壊されて以降、日本企業は窮地に陥った。
中国との友好関係を築いたのは田中角栄である。内閣総理大臣だった田中は1972年9月に中国を訪問、北京で日中共同声明に調印したのだ。1978年8月には日中平和友好条約が結ばれている。その際に尖閣諸島の領土問題は「棚上げ」にされ、日本と中国との交流は深まった。その後、日本企業にとって中国の重要度は高まる。
田中が中国を訪問する7カ月前、アメリカ大統領だったリチャード・ニクソンも中国を訪れていた。中国の経済的な制圧(新自由主義化)や中ソ分断が目的だったのだろうが、その準備のために水面下で動いていたのがヘンリー・キッシンジャー。交渉の過程でキッシンジャーは周恩来に対し、アメリカと中国が友好関係を結ぶことに同意しないならばアメリカは日本に核武装を許すと脅したと調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュは書いている。その一方、キッシンジャーは佐藤栄作に対し、日本の核武装をアメリカは「理解する」と示唆したという。(Seymour M. Hersh, “The Price of Power”, Summit Books, 1983)
キッシンジャーは日本を交渉の駒として使っていたわけだが、田中は駒に甘んじていなかった。1974年になると、その田中を攻撃する記事が掲載される。つまり、文藝春秋誌1974年11月号に載った立花隆の「田中角栄研究」と児玉隆也の「淋しき越山会の女王」だ。この年の12月に田中は首相を辞任する。
そして1976年2月、アメリカ上院の多国籍企業小委員会でロッキード社による国際的な買収事件で田中の名前が浮上した。その年の7月に田中は受託収賄などの疑いで逮捕された。事件が発覚する切っ掛けは小委員会へ送られてきた資料。言うまでもなく、仕掛け人は資料を送った人物、あるいは組織。委員会ではない。
1970年代まで日本の大企業は有能な職人を抱える中小企業を利用して富を独占していたが、1980年代に入るとアメリカ支配層は日本の生産システムに「ケイレツ」というタグをつけて攻撃を開始する。日本の大企業の強みはそこにあると判断したのだろう。
ニクソン大統領は中国訪問と同時にドルと金との交換を停止すると発表、ドルの支配的な立場を維持するためにペトロダラーの仕組みを作り上げ、金融の規制緩和を実施した。その延長線上に1985年9月のプラザ合意はある。それ以降、日本経済における中国の存在感は高まっていく。
このまま安倍政権が中国との関係修復に動く可能性は小さい。せいぜい次の国政選挙までだろう。アメリカ支配層は中国におけるカラー革命にとどまらず、新疆ウイグル自治区などで武装蜂起を始める可能性もある。シリアが侵略傭兵の一部としてウイグル系戦闘員が参加していたとも伝えられている。
ジハード傭兵を使ったシリアでの侵略戦争に失敗したアメリカは戦闘員をアフガニスタンやイラクへ移動させていると伝えられているが、ウイグル系は中国へ戻っている可能性がある。戦乱の火種は整えられている。
そのアメリカに従属しているのが安倍晋三を含む日本の政治家や官僚。その周辺に学者や有力マスコミが存在する。経済界もそうした仲間だったが、経済状況が彼らとアメリカとの間に隙間風を吹き込んでいる。その経済界の意向に沿う形で中国を訪問したとしても、安倍首相を操っているアメリカの支配層は中国とロシアを制圧するという戦略を捨てない。中国とロシアを中心とする流れがアメリカ中心のシステムを揺るがしているからである。
安倍晋三は2015年6月、赤坂にある赤坂飯店で開かれた官邸記者クラブのキャップによる懇親会で、「 安保法制は、南シナ海の中国が相手なの」と口にした という。これは本音だろう。南シナ海は中国が進める一帯一路の東端にある海域。アメリカ軍と海上自衛隊は中国船の自由な航行を阻止、海運をコントロールしようとしている。