✽頃鈴屋まったり堂✽

✽頃鈴屋まったり堂✽

PR

コメント新着

チルス @ いやはや 何ですかねぇ〜すごいんね。 coroちゃんの…
cororin♪ @ 今晩は チルスさんへ 社会福祉士を目指している…
チルス @ Re:良きお正月でした(*^^*)(01/07) 良いお正月を過ごされた様ですね。 息子さ…
cororin♪ @ こんにちは♪^^ チルスさんへ 田舎なので、少し車で走る…
チルス @ おはよう いやぁ〜、すごく綺麗ですね! とっても見…

カレンダー

お気に入りブログ

RinRin家 サー とんちーさん
Itopの大好物っす!… Itop1127さん
りんごの井戸端会議 りんご。o○さん
oniyome モモ6661さん
やりゆうかよ!! hikky_sanさん

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

cororin♪

cororin♪

2022.06.24
XML
カテゴリ: 両親のこと
真夏のような暑さが続いていますが、皆様お元気ですか?



えと・・・唐突ですが、
6月21日の夜9時過ぎ、父が亡くなりました。

朝7時半頃に施設から
「血圧が下がったままで上昇しない。危険かもしれないのですぐに来てください
すぐ来ていただいても間に合わないかも知れません
「とにかく 会わせたい方にはすぐに連絡を取ってください との電話。


何度も繰り返した誤嚥性肺炎、この3月にもまた繰り返し
もう口から食べることは殆ど出来ず、点滴でつないでいました。
それでも お楽しみとして 栄養かん(かんてん?)を少しずつ食べさせてもらい
食べるのが難しくなってきてはいるけれど、すぐにどうこうと言うことは無い
と聞いたのが、10日前。

気になりつつも 大丈夫かな。。。と、のんびり考えていました。


連絡が入ったのは 四国に出かける日、本当にタッチの差で家を出る寸前でした。
あと5分遅れていたら、すぐになんて駆け付けられなかった。


急遽 兄や義姉・息子に連絡し、施設に駆け付けところ
思いの外 顔色・顔艶ともに良く、時折呼びかけると薄目を開けるなど反応もあり
落ち着いていました。

酸素マスクが苦しいらしく(3ℓ入れているとか?) 半分眠りながらじわじわと 外してきます。
「外しちゃだめでしょ~^_^;」 と 言いながら直しても
また じわじわと外しにかかる。(その仕草が可愛くて


想像していた以上に痩せていて、頬はこけて腕も骨と皮・・・
元気な父だっただけに、それが見ていて辛かった。

けれどコロナ前のいつもと大して変わらないその様子に安堵してました。
もしかして、ここを乗り越えれば もつかもしれない。
(でも まだ頑張れと言うのも酷かもしれない・・・)



77の血圧は87~89に上昇。
その内 点滴を入れて貰いだすと更に上昇して103へ
(ブドウ糖と水分だけですが、栄養って本当に大事!)

私の真夏の血圧より高いじゃん。。とホッとしましたが
介護計画は 「看取り介護 」へ。
書類に記入して 夕方より別室に移るとのこと。


一度家に帰り 急遽 横浜から戻ってきた息子とともに3時半頃再び施設へ。
息子も祖父の様子を見て安心したのか、7時の新幹線で横浜にトンボ帰りして行きました。

夜7時ごろには東京から甥も家族そろって来てくれました。
最初は
「小さなお子様はご遠慮いただいています」 と言われましたが
別のスタッフさんにお願いしたところ
「わかりました。 これから部屋を個室に移しますので 私から主任に頼んでみます。 
 とにかく 悔いの残らないように

おかげで ひ孫ちゃん、初めて曾祖父に 会えました。 良かったハート


父の落ち着いた様子に
「今日は大丈夫」~と、帰宅して一息ついていたところ
21時前に電話があり、
すぐ、すぐ来てください
すごく切羽詰まった電話に大急ぎで支度をし、ホテルにいる甥にも連絡をしたのですが
しばらくして電話があり
先ほど呼吸が止まりました。慌てないでゆっくりでも大丈夫です。。」

急変~という言葉がありますが、身に染みて初めて感じました。




21時半頃に到着し (甥はタクシーで駆けつけてくれていました)
ベッドの上の父の顔はとても穏やかで、本当に眠っている様でした。
スタッフさんのお話によると、本当に苦しむことなど全くなく、自然に旅立ったそうです。
手を包んで、顔を撫でて、
出てくる言葉は 感謝しかない。


涙は出ても、悲しいとか辛いとかは 感じませんでした。
やれることはやり切った。 
というより、母を介護するようになってからは一緒に頑張ってきたんだもの。

ありがとう。 本当によく頑張ったね。 本当に思いっきり生き抜いた98年間だったね。
母の介護に関しても、父は同志・・・というか、戦友でした。
私なんかより、ずっと忍耐強かった。

お父さんがいてくれたから 乗り切れた。 ありがとう。


終戦で日本に戻れると思って、着いたところはシベリア。そして4年間の抑留。
厳しい捕虜生活で毎日のように人が死んでいく中で、自分自身に問いかける。

「今日1日だけなら頑張れるか、今日1日だけなら生きられるか」
その問いかけを来る日も来る日も繰り返し、1日1日を生き延びてきました。
何か手はある。絶対ある。 考え抜くんじゃ。 諦めたらそこで終わる」

ブログでも何度か書きましたが
厳しい時代を生き抜いた父の言葉の中でも、この二つは私の生きる指針にもなっています。

本当に今までありがとう。 
お疲れ様でした (・・・の言葉は、似あわないね^_^;






そして父の遺体ですが・・・
兄が海外出張のため、帰国してこちらに来れる26~27日(通夜・葬儀)まで 
ドライアイスで保存しています。(葬儀会社の霊安室で

ただ ドライアイスだけではこの時期・その日数だともたないので
更に棺ごとはいるご遺体用の冷蔵庫(何て言うんだろ?)に安置し、
更に エンバーミング(防腐処理?)しています。

寒がりの父には 可哀そうですが、凄い世の中になりました。


身体に気を配りながら生きてきた父の顔には
化粧のせいだけではなく 皴も少なく若見えで、
葬儀会社の方も とても98歳には見えないですね と驚いていました。

そりゃもう。。
トシとっても ハンサム(イケメンとはまた違う)な、自慢の父ですからハートウィンク


そうそう、計算はよくわからないのですが
なんと 数えでは100歳になるそうです。
ヤッタね大笑い





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2022.06.24 01:49:21
コメント(4) | コメントを書く
[両親のこと] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: