全8件 (8件中 1-8件目)
1
「 話題になっている、自民党の“改憲マンガ”を読んだ〈1〉。そして、ぼくはなんだかビミョーな気持ちになった。 登場する「ほのぼの一家」は5人。若夫婦と息子、そして、祖父と曽祖父(男ばっかり!)。妻が「憲法改正が 不安」と言い出すところから物語は始まり、「敗戦した日本にGHQが与えた憲法のままではいつまで経っても日本は敗戦国なんじゃ」という曽祖父(92歳) のことばにみんなが頷(うなず)くところで終わるんだけれど、だいたい、唯一の女性である妻が、ひどく感情的で、その一方、男たちは理性的に描くなんて、 これ、女性差別じゃないか、といったわかりやすい感想じゃなく、もっとモヤモヤしたものを感じた。そして、ぼくは突然気づいた。 マンガとしてつまらないじゃん……。 いま、いわゆる「嫌韓マンガ」といわれるものが一部でもてはやされている。正直にいって、ぼくは見るに堪えない。マンガは、素晴らしい表現力を持 つ文化だ。なのに、これらの作品は、マンガの幼稚な部分ばかりを強調する(たとえば、善人はいい人っぽく、悪人は悪い人っぽく描く、とかね)。マンガへの 愛も尊敬も感じられない。そこでは、マンガは、作者の主張(その主張が何であろうと)のために用いられる単なる手段、いや作家の横暴に反抗できない奴隷の ようなものにすぎない。なにかを奴隷にして苦痛を感じない人間は、他のなにかを奴隷のように扱うことにも無頓着になるんじゃないかって、ぼくには思えるん だ。 * 日本を代表するラッパーのShing02(シンゴツー)が、ネット上に、突然、「日本国憲法」 という曲を発表した〈2〉。ぼくは、ちょっと不安だった。主張や思想のために、曲を利用しているのだとしたらイヤだったから。でも、曲を聴いて、その不安 は消し飛んだ。全部で22分以上。マグナカルタ以来の憲法の歴史をたどり直し、歌われる、300行余りの長編詞。ラップというジャンルの歴史と宿命に敬意 を表した、その陰影に富むことばと音楽のミックスに耳をかたむけながら、専門家ではないひとりのミュージシャンが、憲法について全力で考えようとした、と いう事実にも、ぼくはうたれた。 一方で、専門家たちが、その専門という小さな城を出て、もっと広い世界で発言を始める姿も目に眩(まぶ)しかった。 若き憲法学者・木村草太は沖縄での講演で、画期的な提案をした〈3〉。辺野古に米軍基地を作ることの是非を「住民投票」にかけよう、というものだ。 それが画期的なのは、もし基地新設のための新法をめぐって憲法95条による住民投票が行われた場合、「住民の同意を得ないと、その法律は制定できない」からだ。そう、基地を作ることは、憲法上、不可能になるのである。 木村は、それが理論的には可能であるとした上で、なにより大切なのは「憲法を使う」ことだ、といった。それは、憲法というものを、ことばの解釈の 世界から解放して、問題が蠢(うごめ)く現実の世界に連れ出し、そこで、真の力を発揮してもらう、ということだ。そのとき、きっと、まったく新しいなにか が起こるはずだ。 (ところで、「ほのぼの一家」は、AKB48の内山奈月と憲法学者・南野森の憲法講義『憲法主義』〈4〉を読んだらいいと思う。すごくタメになるよ。) * そして、木村が憲法について斬新な提案をした沖縄では、ぼくたちの想像を超えた新しい事態が起こりつつある。 雑誌「熱風」で、琉球新報・社長の富田詢一は、苦しい感情を抑えながら、日本(政府)は、沖縄を日本だとは思っていないのではないか、と語った 〈5〉。沖縄(の苦しみや起こっている事実)を、実は「日本」のぼくたちはよく知らない。そして、どこか遠くの出来事のように感じているのかもしれない。 富田は、アメリカのイギリスからの独立の例を引き合いに出しながら、「日本からの独立」の可能性さえ示唆したが、そのイギリスでは、いま、びっくりするようなことが起こっている。ブレイディみかこがイギリスから送ってくる通信に、ぼくは釘付けだ〈6〉。 話題の中心は、独立問題で一気に名をあげたスコットランド国民党(SNP)の女性党首、ニコラ・スタージョン。7党首が出演した選挙直前の討論会では、他の女性党首たちとタッグを組み、既成政党の男性党首たちを圧倒。なんと、スコットランド以外には候補者を立てていないにもかかわらず、世論調査に よっては保守・労働両党首を抜いてトップの支持を集めた。右翼政党党首が「国家負担で高価なHIVの治療を受けている人々の60%は外国人」と差別意識丸 出しの発言をすると、黙りこむ他の男性党首を尻目に彼女は「深刻な病気にかかっている人を前にして、私が最初に思うのは『この人の国籍は何か?』というこ とではありませんよ」と見事に切り返し、喝采を浴びた。「核兵器反対」「大学授業料無料」等、左派のお株を奪う政策から、「左派のサッチャー」と呼ばれる彼女は、党首討論会の最後を、こう結んだ。 「スコットランドの皆さん、今よりも良い、もっと公平で進歩的な社会を望むのなら、SNPに投票してください。そして英国の他の地域のみなさん、私たちがスコットランドから英国をより良い国にするお手伝いをします」 うーん、日本に住んでいるぼくまでSNPに投票したくなってくるじゃないか。」 *
2015年05月29日
コメント(0)
「:安倍首相が「ホルムズ海峡の機雷掃海」を持ち出したのは、この問題だったら国民をだまかせると思ったからである。:「日本は中東に石油を依存している。ホルムズ海峡が封鎖されれば、エネルギーは入ってこない。自国の経済を守るために行動をとらなければならない」と言う論は、何となく説得力を持つ。:しかし、問題は平時ではない。戦時である。:戦時には当然この地域は戦闘地域に指定される。その時、機雷敷設があろうがなかろうが、この戦闘地域に入るタンカーは攻撃される。イランイラク戦争の時、サダム・フセインはテヘラン上空を戦闘地域に指定し、この地域に入る如何なる民間機も撃墜される危険があると宣言した。この時邦人社会は大パニック状況になった。同様にペルシア湾を航行する如何なる船舶も攻撃すると警告した。したがって、仮に機雷を除去しても戦闘時、タンカーの往来はありえない。:機雷の敷設は敵側陣営にプラスをもたらす行為を阻害するための戦闘行為の一つである。敵側からは敵対行為となる。」
2015年05月28日
コメント(0)
「 しばらく前から一冊の本を前に考え込んでいる。憲法について自分は姿勢を変えるべきなのか。 矢部宏治さんが書いた『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』(集英社インターナショナル)はラディカルな、つまり過激であると同時に根源的な問題提起の本だ。この本の内容と、それをきっかけに以下ぼくが考えたところを述べる。 * このところ、戦争責任を認めた村山談話が議論の対象になっている。あれは屈辱的だという意見もあるけれど、それを言うならこの七十年、外交だけでなく内政も含めて屈辱的だったのはアメリカとの関係ではないか。 安倍政権の問題点は集団的自衛権に見るとおり、ひたすらアメリカ追従に邁進(まいしん)するところだ。ナショナリストと見える彼らは実はアメリカニストである。強い日本は強いアメリカの属国を目指す。 アメリカの軍用機はこの国の空をどこでもどんな低空でも飛ぶことができる。オスプレイの配置に反対しても日米安保条約のもとではそれを拒む権限が日本にない。思想や感情ではなく法理がそうなっている。 辺野古に基地を造らせないと沖縄県民が言っても、アメリカが造ると言えば日本政府には反論の権限がない。彼らは空疎な発言を「粛々と」繰り返して暴力的に建設を進めるしかない。 ドイツにならって原発を廃止しようと思っても、日米原子力協定のもとではその権限が日本にはない。 国家の最高法規は憲法であり、その下に他国との間で交わされる条約があり、更に下に法律・条例がある。他者が関わるから条約は尊重される。 では憲法はというと、アメリカがらみの課題について最高裁は「統治行為論」という詭弁(きべん)によって責任を放棄してしまった。事実上、日米安保条約は日本国憲法の上位にある。行政の頂点には日米合同委員会がある。 つまりこの国はおよそ主権国家の体を成していない。そういう事態が六十年以上続いてきた。 * ここまではぼくもうすうす知らないではなかった。 この本は、なぜこういうことになったのか、その由来を丁寧に説明する。 日本国憲法が制定された経緯を論じた本は多いが、矢部さんは更に遡(さかのぼ)って淵源(えんげん)を一九四一年にルーズベルトとチャーチルがまとめた「大西洋憲章」に求める。「平和を愛する諸国民」と「世界のすべての国民が、武力の使用を放棄するようにならなければならない」という文言はそのまま前文と第九条に引き継がれた。 ナチス・ドイツが進撃を続けている時期にどうして彼らはここまで理想主義を掲げることができたのだろう。 理想主義だからこそ現実はそれを裏書きすることができなかった。ドイツと日本には勝ったが、国連軍の構想は冷戦の中で消滅した。ちなみに勝ったのは「連合国」であり、それはそのまま「国際連合」になった。両者は英語では同じ言葉、United Nations である。戦後世界の秩序は彼らのヘゲモニーのもとに構築された。 だから日本は今でも国連=戦勝国連合にとっては「敵国」のままだ。このラベルは撤回されていない。我々は今もって敗戦国なのであり、条約と法律の体系はそれを反映している。国家主権を確立した独立国ではないのだ。 歴代の政権にはアメリカとことを構える気概はなかった。あるいはその気になったところでつぶされた。そういうゴシップはしばしば耳にした。 さて憲法。 日本国憲法をGHQ(連合国軍総司令部)が作ったことは認めざるを得ない、と矢部さんは言う―― (1)占領軍が密室で書いて、受け入れを強要した。 (2)その内容の多く(とくに人権条項)は、日本人にはとても書けない良いものだった。 このねじれが問題。成立の過程にすぎない(1)を捨てて、実である(2)を取るか。これまで(ぼくも含めて)いわゆる護憲派は(2)が大事なために(1)をないことにしてきた。言ってみれば右折の改憲を止めるために直進と言い張ってきた。 しかし、今はもう左折の改憲を考えるべき時かもしれない。 この本の真価は改憲の提案にある。 憲法を改正することで屈辱的な条約を無効にできる。 改正憲法に、「施行後、外国の軍事基地、軍隊、施設は、国内のいかなる場所においても許可されない」という条項を入れれば、日本国内からアメリカ軍基地は一掃され、日本は国家主権を回復できる。もちろんアメリカは嫌がるだろうが、日本国民の総意とあれば従わざるを得ない。それを実現したフィリピンの実例もある。 さあ、どうするか。」 少し前の記事。メモのため転載。
2015年05月27日
コメント(0)
「(教えて!マイナンバー:4)個人番号カード、普及するの? 来年1月からはじまるマイナンバー(社会保障・税番号)は、市区町村の窓口で「個人番号カード」を無料でもらえる。表面には、顔写真、住所、氏名、生年月日、性別。裏面に12桁のマイナンバーが記される。 ただ、カードを持つのは義務ではなく、申し込まなければ、発行されない。 カードをなくしたら、国が設置する「コールセンター」に届け出て市区町村で手続きすれば再発行される。悪用の心配があれば新しい番号に変えることも可能だ。亡くなった人の番号は二度と使われない。 義務でないとはいえ、総務省は今年度、カード発行などのために480億円超の予算を計上し、「できるだけ取得して欲しい」(住民制度課)と意気込む。自民党は、2018年度までに人口の約3分の2にあたる8700万枚を普及させるよう提言した。 政府・与党がここまで力を入れるのは、03年から始まった「住民基本台帳カード」(住基カード)を普及させられなかった「苦い経験」があるからだ。 住基カードは、住民票を取れたり図書館カードとして使えたりするものがあるが、自治体によって機能はばらばら。結果、14年3月末時点の発行枚数は約666万枚。日本の人口の約5%にとどまる。身分証明書以外の使い道が十分に広がらなかったことが原因だ。 個人番号カードには、住基カードより使い道が広がる可能性をもたせた。住基カードを持っている場合は、これとの交換で個人番号カードが発行される。 個人番号カードに埋め込まれたICチップには本人を証明する「電子証明書」が入る。この機能を生かし、政府は17年1月から提供する個人用ポータルサイトで、カードを読み取り機などに挿してログインする仕組みを検討中だ。 ICチップは、あとからでも新しい機能を書き込める。当面、書き込めるのは自治体などの行政機関に限られるが、将来的には民間企業にも開放し、社員証などの代わりに使えるようにする構想がある。 ただ、これらの実現には、省庁や企業の間でさまざまな調整が必要で、難航も予想される。ある自治体担当者は「使い道が増えない限り、広く普及することは考えにくい」と冷静だ。 1月の内閣府の調査では、マイナンバーを「内容まで知っている」と答えたのは28・3%。理解が深まっていないことも、普及のハードルになりそうだ。 (真海喬生)」 いやーびっくりした!義務じゃない、住基ネットと同じか?タダでカードを発行するところが違うか。セキュリティーが問題だが、自治体では手に余るので民間会社に外部委託とか聞く。とんでもない、恐ろしい話ですね。
2015年05月20日
コメント(0)

2015年05月20日
コメント(0)
![]()
【中古】 歴史の分岐点に立って 加藤周一対話集第5巻/加藤周一(著者) 【中古】afbちょうど10年前に出た本。まるで今のことのようだ。加藤さんが存命だったら、この状況になんと言っただろう。
2015年05月20日
コメント(0)
昨日見た樋口陽一さんご紹介の「人民読本」竹越与三郎著は、アマゾンにも楽天にもなく、図書館にも無いと言う。読みたいなぁ。樋口さんはアベシに読ませたいと仰っていた。
2015年05月07日
コメント(0)

2015年05月05日
コメント(0)
全8件 (8件中 1-8件目)
1

