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2007年10月26日
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カテゴリ: 政治経済

村野瀬さまのところで、過去記事から素晴らしいものを見つけました。

全転載させていただきますが、長いので先ずはその1。

多数の国民が反対する法案の通し方(政府与党・自公政権に捧ぐ)

国民投票法 」)を5月3日の憲法記念日までに与党の単独採決ででも成立させたいと自民党の 二階俊博国会対策委員長 が語ったと報道されました。

障害者の生活を追い詰める「障害者自立支援法」、教育の主体を主権者である国民から権力者へと移す布石である「教育基本法改定」などの重大な法律を、国民の理のある反対を押し切って成立させた政府与党らしい意思表明です。

改憲手続加速法(いわゆる「 国民投票法 」)は、 たとえばお玉さんのこちら うさあさんのこちら 法律家DANZOさんのこちら で書かれているように、道理のない法案です。また、与党単独で強行採決する緊急性もありません。 民主主義 の原則に忠実な国民が強く反対するのは当然のことだと思います。

さて、私の秘書課広報室ではちょっと視点を変えて、このような「多数の国民が反対する重大法案」を一点の曇りもなく 民主主義 的手順にしたがって堂々と通すにはどうしたらいいか政府与党・自公政権に伝授します。

例として引き合いに出すのは、1981年の フランス での 死刑廃止 のプロセス。おもに次の文献を参考にまとめます。

「そして、死刑は廃止された」(ロベール・バダンテール著、藤田真利子訳、作品社)(フランス語版原著は2000年、邦訳は2002年)

「1981年9月17日、フランス国民議会、死刑廃止法案の審議における、法務大臣ロベール・バダンテールの演説全文訳」
http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-250.html

1981年の フランス では、死刑反対の世論は約33パーセント、死刑賛成の世論は約63パーセントだったそうです。この情勢で、どういうプロセスで 死刑廃止 がなされたのか、改めてそれを見ていこうというわけです。

死刑廃止 を支持する私とはちがう考えの方もここを読んでいらっしゃると思いますが、どうか以下もお読みいただければ幸いです。

まず、 フランス で、最初の議会制議会で 死刑廃止 が提起されたのは フランス 革命直後の1791年にさかのぼるということを思い出さなければなりません。それから190年の間、多くの文化人、政治家、もちろんあらゆる政治階層の一般男女の中にも 死刑廃止 を 願い、主張した人は大勢いました。実際に死刑の適用範囲が制限されたり、死刑が実質上停止されたりした時期もありました。それでも死刑制度そのものはずっ と生き延びてきました。それには、世論の多くが、凶悪犯罪が起こったときに特に憤激し、犯人の死刑を支持したということもあります。

たとえば、当時を知る フランス 人が今も覚えているであろう代表的な事件が、1970年代のパトリック・アンリ事件でした。 フランス 東 部、シャンパーニュ地方オーブ県の県庁所在地、トロワで1976年2月、8歳のフィリップ・ベルトラン少年が身代金目当てで誘拐され、行方不明になりまし た。ベルトラン家と付き合いのあった若い男性パトリック・アンリが容疑者として取調べを受け、容疑不十分で釈放になった後、「こんな誘拐事件の犯人は死刑 にすることに賛成だ」と発言しました。(また、それより前にトロワで起こった別の殺人事件の裁判のときに裁判所を囲む群衆の中にいた彼は死刑を叫んでいた そうです。)その数日後に、アンリが彼の借りていた部屋にいたところを警察に取り押さえられたとき、ベッドの下から死後約1週間のフィリップ少年の死体が 発見され、殺人者アンリへのかつてない憎悪がたちまち フランス 全土に広がり、世論は沸騰し、マスメディアはもちろんのこと、二人の内閣閣僚まで三権分立の原則を無視して死刑を叫びました。このような場合、世論が死刑賛成に振れることは、人間の感情の常だと言えることでしょう。(なお、 フランス における凶悪犯罪の代名詞のようになったこの事件で、近くの町の弁護士会会長ロベール・ボキヨンとともにパトリック・アンリの弁護を引き受けたのがバダンテール弁護士で、その弁護によって最終的に死刑判決は回避され、パトリック・アンリは終身刑の判決を受けました。)

それでも、 死刑廃止 は多くの人々によって脈々と主張され続け、死刑には犯罪やテロリズムを抑止する効果があるとは言えないという事実が時代を超えて、国を超えて、少しずつ積み上げられてきました。死刑が 民主主義 とは相容れないという思想も徐々に広がっていったでしょう。それは、 フランス だけではなく、ヨーロッパ諸国でもそうで、実際、ヨーロッパ議会からは死刑に対する反感が表明されていました。

死刑廃止 に向けた政治家の具体的な動きは右派、左派の両方にありましたが、世論を恐れて フランス の政治家は1970年代も 死刑廃止 に 向けたはっきりした行動をとることをためらっていたと言えるでしょう。プライベートな場では死刑に賛成でなくても、世論や自分の選挙のことを考えて、公的 にはなかなかそうは言えない政治家も多かったと思います。たとえば、1974年から1981年まで大統領を務めた保守派のヴァレリー・ジスカールデスタン は1981年、再選をかけた大統領選挙前にこう言っていました。「わたしの任期中に死刑は適用されてきた。現時点では、政府が議会に 死刑廃止 を提案するべきではないと考えている。平穏な社会にあってしか、このような変更を行なうことはできないと考える。(…)そして、そうした平穏が フランス 社会全体にゆき渡らないかぎり、 死刑廃止 フランス 国民の気持ちに大きく逆らうことになるでしょう。わたくしは フランス 国民を代表して統治を行っているわけですから、国民の気持ちに大きく逆らう権利はないものと考えます。」たしかに、1970年代頃は、死刑賛成が60パーセント超、死刑反対が30パーセント前後、といった世論の分布だったようで、 死刑廃止 に賛成の意を表明することで選挙民の支持を失うことは政治家としては怖いことだったでしょう。

このように、1970年代末の フランス では、 死刑廃止 に向けた動きが積み重ねられながらも、世論調査にあらわれる死刑存置の世論は多数派でした。

さて、1981年、 フランス 大統領選挙。社会党の候補者、フランソワ・ミッテランがテレビに出演したとき、死刑についての司会者の質問に、彼は カメラを正面から見て 、こう答えたそうです。

「良心において、良心に基づい て、わたしは死刑に反対します。それと反対のことを告げている世論調査を読む必要はありません。過半数の意見は死刑に賛成なのです。わたしは、共和国大統 領の候補者です。(…)わたしは思っていることを言います。わたしの信ずること、わたしの心が信じていること、わたしの信念、わたしの文明への配慮を口に します。わたしは死刑には賛成できません…」

もちろん、選挙の争点は死刑だけではありません。しかし、世論とは反対のこと、選挙向きでない信念をこれだけまっすぐに大勢のテレビ視聴者の前でフランソワ・ミッテラン候補は断言したのです。』

ここまで。

つづく 






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最終更新日  2007年10月26日 23時07分26秒コメント(0) | コメントを書く
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