CURIOUS LIFE
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先日、どこかの団体が被災地のための募金活動を行なっているところへ行きあたった。私は、申し訳ないと思いながら、募金せずに帰ってきた。正直に言うと、これ以上ボランティアしたら持ち出しすぎだと、感じたのだ。被災地に対しては、ダンナことM先輩が毎月行っているだけで、私個人は、ほとんど何もしていない。でも、M先輩が行くことによる負荷は、私にも子ども達にも、何らかの形でかかっている。その上まだ、金銭という形で持ち出しがあるのは、どう考えても行き過ぎだ・・・・・・と。そんな、言い訳のようなことを考えていて、ふと、家族全体でのエネルギー総数というものがあるんじゃないかという考えに至った。つまり、ある活動にかけるエネルギー値を100として、家族一人一人が、100うちのどの程度、そこにエネルギーをかけているかという考え方。家族全員で分担していて、その総数が100、ということ。だから、今、家族全員でかけているエネルギーが100以下だったら、まだその中の誰かがそれを行なえるし、もしもう100に到達していたら、それ以上は誰も行なわなくてよい。あるいは行なうことは、エネルギー過剰で、他の活動とのバランスを崩し、家庭生活全体のバランスを崩す、ということ。たとえば我が家の場合、経済活動の99.9%をM先輩が、残りの0.01%を、長女(高3)がバイトとして担っている感じ。パーセンテージは、収入額を表わしているわけではない。家族6人の中で、誰がどの程度そこにエネルギーを持っていっているか、そのバランスを表わしているのだ。だから、スポーツだったら、長男(高1)がバスケで80%、後の10%を、長女と双子の次男&三男(小6)が少林寺拳法で担っている。まだ、もう少し、家庭の中にスポーツの要素があってもいい気がする。学校の勉強(学問)だったら、長女が70%で長男が20%、次男と三男が各5%。遊ぶことは、次男と三男が各45%で、長女と私が5%ずつ。料理と洗濯は、私が100%。掃除は私が95%で、他の家族が各1%。こう考えていくと、ボランティア活動はM先輩が95%ぐらいかな。後の5%は、私達残りの家族5人が1%ずつ。それは、人に道を聞かれて説明するとか、迷子を案内所に連れて行くとか、電車でお年寄りに席を譲るとか、ふだんの生活の中で他の人に向ける“ちょっとした親切”で、もう使ってしまうぐらいのエネルギーでしかない。でも、それで充分なような気がする。そして、何をするにも、この家族単位で計算してみると、とても気が楽だ。何もかもを自分一人でせねば、と背負い込まなくて済むから『個』も大事だし、私が今まで生きてきた時代も、個人主義をよしとしてきたけど、もう、そんなに突っ張って生きなくたっていいじゃないと、思う。どうせヒトは群れる性質の生き物だし、私も家族という群れにいるし、そういう“全体”で自分というものを測っていけばいいんだな、と。ちょっと、そういう生き方というか、そういう視点で生活してみようと思います。
2011.11.02
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