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ここ2回ほどで紹介している「能望」は交通事故防止にも効果覿面だそうです。かんたんですので、是非やってみてください。「のうぼう あきゃしゃ ぎゃらばや おんありきゃ まりぼり そわか」をできるだけ早く、唱えながら運転します。私は慣れるまでは、これを書いたメモを持ち歩いていました。2~3日繰り返せば、覚えてしまいますし、1週間もすれば、だんだん早く言えるようになってきます。・能望の実践:2~3ヶ月⇒青信号が多くなった。込んでいる駐車場に止めれる。・能望の実践:5~6ヶ月⇒視界が広くなり、運転が楽になった。右脳の活性化で 動体視力の向上。自分からの事故の確率はほぼゼロ になるが、自然災害や、相手からの不可抗力には、 まだ、まだ、対処できない。・能望の実践:1年前後⇒前を走っている車や、対向車の動きの予想がつく。 ドライバーの心理が読める。自分からの事故の確率ゼロ さらに、自然災害や、相手からの不可抗力にも、見えな い力が、対処してくれる。年始に神社で交通安全のお守りをもらうよりも、自分自身がお守りのエネルギーを発すればいいと思いませんか?かんたんですから、是非どうぞ。セレナくんでした。
2006年05月04日
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無疑曰信(むぎわっしん)疑わないことを信じる、という。-----------------------------疑わない、ということに、どんなイメージがあるか・・・私の場合、「騙されそう」「信じたら、誰かに馬鹿にされそう」「金儲けの宗教や詐欺師のカモになる」などでしょうか・・・何であれ、素直に実行することに恐怖を感じる人と接していると、それが自分に移ってきて、自分もそういう行動を取るようになってしまいます。私の場合がそうでした。不安や、恐怖に怯えている人は、やたらに怒ったり、規則に厳しかったり、人をコントロールしたがります。というか、逆に、やたら怒ったり、規則に厳しかったり、人をコントロールしたがる人は、まずはじめに無自覚のうちに、不安や恐怖、ものごとを否定する感覚を選んでいるのですね。そういう人と小さい時に長らく一緒にいると、素直に信じることがいけないことのように感じてしまうんですね。安全確保が本能的に働きますから、あわせようとするんですね。大人になって、僕みたいな人が苦しくなって、楽に生きられるようになりたい、もっと楽な気持ちで仕事して、稼げるようになりたい、と思っても、自分の潜在意識がどんな価値観を持っているか、について無自覚のうちに、方法論に走っても、(=つまり、儲ける方法や、コンサルティング、講座によること)潜在意識の価値観の方がパワフルに作用しますから、物事を肯定的に見る見方に、深いところで反発が起こります。しかも、その反発(=疑う気持ち)は無自覚に起こるので気づきにくいのに加えて、自分の安全を守るために働くので、いくらでもやらない言い訳をもっともらしく作り上げることができて、自分で安心してしまうんですね。言い訳と言うのは、本来、人にしているのではなくて、自分が安心するためにするものなのでしょう。問題なのは、顕在意識の「楽に生きたい」という意識と、実質的に効力のある潜在意識の「そっちは安全ではない(=疑った方がいい、否定した方がいい)」という意識が拮抗(=葛藤)している点です。この点を自分を責めることなく、ただ見つめられれば、もう半分以上解決は済んだようなものです。自分はただ、反射的に反応しているだけで、その瞬間を全く新しい初めての場面として見ていない、ということが分って、常に新鮮な気持ちで対処できれば、いいわけです。そして、「それができないんだよ」と思った瞬間に、それが単なる反応であることに気がつけるでしょうか・・・今、これを読んでいるあなたが、今この瞬間に感じた感想は、あなたの単なる反応であることに、気がついているでしょうか?たくさんある価値観のうちの、一つに従って考え、感じた結果が今あなたが持った感想だ、と自覚できるでしょうか?そして、この場合、特に「疑う気持ち」「否定しようとする気持ち」は本来のあなた自身ではなく、単なる一つの価値観の反映でしかないということに気がついて、それを手放したい、と思えるでしょうか?しかし、その価値観は、無自覚に選んでしまっいることが多いので、その自覚がすぐにできる人と、できない人がいるようです。僕の場合は、10年だか20年だかの長い間、できませんでした。今でもまだ怪しいです。なかなか力を抜くことができない、とでも言いましょうか。しかし、それもまた、本質的な自分の存在状態ではないんですよね。「なかなかチカラを抜くことができない」と考えて、感じている自分がいるだけで、それは僕の本質ではありません。そのことが最近ようやく感覚的に判るようになってきました。なかなか力を抜くことができない理由の一つに、他人の目が気になる、と言うことがあります。「このやり方では、人に反対される、なんと言われるか分ったもんじゃない・・・」そんな感覚ですね。しかし、それもまた単なる反応パターンの一つ。「ただ反応しているに過ぎない」「ただ考えているに過ぎない」このことが分かると、す~~っと楽になってきます。このことが、実感として分るかどうか・・・どうやって、この実感を多くの人に得てもらうか・・・どうやって伝えたらいいのか・・・これは長年の僕の悩みでもあります。この解決方法を自分で身につけて、説得力のある存在として人に伝えられるようになりたいと思って、長らく悩んできたのかもしれません。(ケン・ウィルバーの「存在というシンプルな感覚」という本の影響もありますかね。)自分の「判断の感覚」をあまりにも自分自身の「本質」だと錯覚してしまうと、本来そういう判断基準感覚というものは、「存在全体の一部である小さな自我が、一時的に保持した考えの一つである」ということを忘れてしまうのですね。たくさんあるものの中から、無自覚に「こう考えよう」ということにしてしまったことを思い出せば、宇宙との一体感を含んだ本来の自分のあり方に戻っていけます。そうなるためにたくさんの方法が開発されていますが、呼吸法、右脳開発、気功、瞑想、などを一度に実践できる能望(=真言)の実践は特にお勧めです。奇跡を呼び込むS氏の能力開発 をじっくり、読み進めてみてください。どうせ読むなら、20号くらいまでは読んだ方が誤解なく読めると思います。自分がいかに否定的な考え方に染まっているか、自覚できます。この数行を読んで、「なんだ、またか」と思われて、嫌になったら、そういうクセが自分にあることに気がついて欲しいですね。「こいつも金儲けだろうか」「怪しい、効果の無い何かの勧誘だろうか?」僕ならいつもそう勘ぐってきましたから、そう思われる人がいても、よく理解できます。その感覚に従う人は、リンク先に飛ばずに無視してください。私に説得する意思はありません。自分の否定的なクセの自覚をスタートラインにして、「肯定的に生きよう」と共鳴されたら、是非、能望を実践してください。否定的な考えの人は、何をすすめても無駄なものです。私自身がそうでした。どんなにいいノウハウを手に入れても、どんなに素晴らしい人格者のコンサルタントについても、どんなに将来有望なビジネスをはじめても、否定的でいる限りは、何も入ってきませんでした。そして、思惑通り、心配が増え、否定的な状況は続きました。しかし、否定的な考えのクセに気がつき、肯定的な考えにゆったりと意識を向けている部分が増えてくるのにあわせてだんだん楽に生きられるようになり、儲かるようにもなってきました。しかし、まだまだ否定的部分を払拭して切れていない自分を感じています。それを払拭するには、シンプルかつパワフルと直感の感じる方法が一番だと思いました。人生の流れ、運命の流れ、脳の自然なエネルギーの流れ、などの「本流」に身を任せるために、能望を実践することは役に立つと直感しています。私はとにかく始めました。ピンときたなら、試してみませんか。無理にとは言いません。いいものをお伝えしたいだけです。奇跡を呼び込むS氏の能力開発 どうせ読むなら、20号ぐらいまでは読んだ方がいいです。途中で誤解して離れてしまってはもったいないですから、先にそうお伝えしておきます。何かあれば、私もお手伝いできます。お気軽にどうぞ。セレナくんでした。
2006年05月04日
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飽和状態のところには何も入りませんよね。身体だって、まず便秘を治すことが大事。便秘していると、腸の中で腐敗が進んで、有毒物質が吸収されて、吹き出物ができたり、頭痛になったりします。しかし、波動レベルが低いと、その毒素排出もできなくなります。体温が低くなると、生命活動が低下して代謝が落ちるんですね。代謝には2種類あって、栄養を取り込む代謝、不要物を排出する代謝があります。その代謝は酵素(こうそ)が行っていますが、その酵素は何をエネルギー源にしているのか???僕は身体の調子を整えるために、毒素排出、体温上昇、酵素摂取が大切だと分かってきたのですが、それを行うエネルギー源は何なのか?そのエネルギー源がないと、何も進みません。こころのエネルギーかなと、思ったんですが、そのこころにもエネルギーを供給しているエネルギーの源との協調関係が崩れていると、何をしても、マイナスにしか作用しません。考えることが否定的になり、懐疑的になり、感じることがつらく、悲しく、恨みや怒りに満ちたものになり、全てを否定する方向に働くようになっていきます。そのこころと体にエネルギーを供給する部分を元気に振動させるためにはどうしたらいいのか?私も知らなかったことなんですが、真言を唱えるといいんです。真言と言うのは「のうぼう あきゃしゃ ぎゃらばや おんありきゃ まりぼり そわか」で、それを高速で唱えることです。私は過去にある宗教に関わって、つらい経験をしたことがあり、こういう宗教じみたものは嫌いでしたし、単なる能力開発、と考えてみたとしても、いかにもいかがわしい、という第一印象でした。しかし、紹介されている方から感じるエネルギーには、いわゆる「裏」を感じませんでしたし(相手に「裏こころ」「下ごころ」があるかどうかについての直感的判断力は、長年の経験で培われてきました)とにかくやってみないと分からない、と思って、真言を始めました。それが先月の4月11日頃の話です。それから、暇があれば唱えて、今は1分間に60-80回ほど唱えられるので、一日に6000-10000回くらいは唱えていると思います。年齢x1万回で、マイナスが解消されると言うので、毎日の回数を少なく見積もっても、2ヶ月で綺麗になると思います。ずっと唱えていると、最初のうちは、口が疲れたり、気が逸れていつの間にか唱えるのが止まっていたり、テレビに流されたり、はたまた疑いが出てきたり、「また前の宗教や能力開発と一緒かも・・・」と投げ出したくもなるのですが、それを感じている自分は、エゴの部分なので、僕の本質ではありません。「そんなことを感じているエゴがいるなあ」と観察しつつ、それについて考えを巡らさないで、とにかく真言を唱えている、呼吸と声と身体の感覚に意識を戻す・・・それを続けていると、とても気持ちが良くなってきて、感謝の気持ちがわいてきます。特に、提唱者のS氏のメルマガのバックナンバーを読みながら唱えていると、感謝の気持ちがどんどん膨らんできます。少しはマイナスが綺麗になってきているかなあ、と感じています。以前、自律訓練法でアルファー波トレーニングをしていた時も、マイナスの思いが、怒涛のように湧いてきて、どうしようもなくて、インストラクターにどうしたらいいか聞いたとき、「こんなことを考えて、感じているなあ」と眺めて、流していってください。と言われましたが、その時には無理でした。その脳力開発プログラムには200万くらい掛けましたが、最近ヤフオクで売ってしまいました。もう聴く気にもなれないので、コピーもとってありません。先日そのS氏のメルマガを読んでいたら、日本人の心のマイナスは、アメリカ人とは違うので、アメリカのプログラムを持ってきてそのまま実践しても、ダメなようなのです。僕はそれに心から賛同しました。言っている意味が感覚的によく分かります。僕は、ストレッチやゆる体操で身体をゆるめようとしても、悲しくなって意気消沈してしまうぐらいで、いろんなマイナスが潜在意識に深く入り込んでいるようなのです。そういった経験の上も決して無駄ではなく、その経験の上に、この真言の実践があって、感謝の気持ちが自然と沸いてきているのも感じます。何をやっても無駄に感じていて、しかも、「自分の本質が本物を求めている」と深いところで感じる方には、是非とも真言の実践をお勧めします。この真言は、ビジネスの知恵とも関係しているようなので、お金に不自由せず、自分の能力を活かしきって、社会の中で生き生きと生きていきたい方にはうってつけだと思います。S氏の能力開発メルマガのバックナンバーはこちらです。じっくり読まれて、実践されることをお勧めします。セレナくんでした。
2006年05月04日
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