・『勝つための準備』(原題: Leadership: Lessons From My Life in Rugby )は、ラグビー界の名将エディー・ジョーンズが、自らの指導哲学と実践を体系的に語った一冊である。日本代表を率いて 2015 年ワールドカップで南アフリカを撃破した “ ブライトンの奇跡 ” から、イングランド代表での改革、そして世界を相手に勝つための「準備の思想」に至るまで、エディーのマネジメント論とリーダーシップ論が凝縮されている。タイトルの通り、彼の信念は「勝つチームは、試合が始まる前にすでに勝っている」という一点に尽きる。
・本書は、エディー・ジョーンズのキャリアを通して、「勝利を導く準備」の哲学を多層的に描く構成をとっている。少年時代の経験からオーストラリア代表監督としての成功、日本代表での挑戦、そしてイングランド代表での再建まで、各フェーズで彼が学び、磨き上げた「準備の技術」が語られる。エディーはまず、チームづくりの核心を「準備の質」に置く。準備とは単に練習量を積むことではなく、勝つための戦略をどれだけ徹底的に設計できるかという思考の問題だ。試合前に相手チームのデータを徹底的に分析し、各選手の心理状態を把握し、試合の流れを想定する。エディーの言葉を借りれば、「試合はグラウンドではなく、会議室と練習場で決まる」。
・また、彼は指導者としての役割を「結果を出すための環境デザイナー」と定義する。選手の能力を引き出すのは励ましではなく、挑発的な問いと高い期待値である。エディーは時に冷酷とも映る厳しさで選手を追い込むが、それはすべて「勝つ準備を完遂させるための刺激」である。特に印象的なのは、日本代表時代の記述だ。身体的に小柄な日本人選手たちに、世界の強豪と互角に戦う術を教えるため、彼は「フィジカルでは勝てないなら、思考で勝つ」という戦略を徹底した。細部まで計算された練習メニュー、試合中の判断力を鍛えるシミュレーション、選手個々へのフィードバックの積み重ね――それらの“異常なまでの準備”が、南アフリカ戦の奇跡を生んだ。
・本書が貫くテーマは、「準備とは、未来を支配する行為」であるということ。エディーは偶然や勢いに勝利を委ねない。徹底した準備がチームに自信と秩序を与え、極限のプレッシャー下でも冷静な判断を可能にする。逆に、準備が不十分な組織は、どんなに才能が揃っていても崩壊する。彼はまた、リーダーにとって最も重要なのは「変化を恐れないこと」だと説く。勝つチームとは、常に昨日の自分を捨てるチームであり、過去の成功体験を執拗に壊していく組織だ。停滞は敗北と同義であり、リーダーの仕事は変化を設計し、挑戦を促すことにある。
・さらに、エディーは「チームとは信頼のネットワーク」であると述べる。個人技よりも、全員が“共通の目的”を信じる力が勝敗を決める。そのためにリーダーは、組織の隅々にまで明確な目的意識を浸透させる必要がある。彼が好む言葉は「 Purpose (目的)」であり、準備とはその目的を実行可能な戦略に落とし込むプロセスに他ならない。
・本書は、単なるスポーツの戦記ではなく、「勝ち続ける組織づくりのマニュアル」として読むことができる。ビジネスの現場においても、プロジェクトの成果を左右するのは準備の精度であり、リーダーの姿勢だ。エディーが語る「準備」とは、計画を立てることではなく、想定外をも織り込んで戦略を磨き込むことを意味する。
また、彼のチーム運営術はマネジメント論としても示唆に富む。
- 人を変えるのではなく、環境を変える。
- 目標は常に数値化し、進捗を見える化する。
- 小さな成功体験を積み上げ、チームの信頼を育てる。
これらはすべて、ビジネスリーダーが組織を率いる際の実践的指針となる。
・『勝つための準備』は、ラグビーという競技を超えて、「成果を出すリーダーとは何か」を問う思想書である。勝利は運の産物ではなく、日々の準備という“積層した意識”の結果である。エディー・ジョーンズが体現するのは、「徹底した現実主義と、信念としての理想主義」 **
の融合であり、そのバランス感覚こそが一流のリーダーを形づくる。ビジネスの現場でも同じだ。プレゼン前、交渉前、会議前 ――
準備の深さが結果を決める。勝利の瞬間は、すでに準備の中で生まれている。エディー・ジョーンズの哲学は、その当たり前を極限まで突き詰めた人間の記録である。
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