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October 7, 2005
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黒龍の柩(下)
黒龍の柩(下)


北方版土方歳三の下巻。
新選組が江戸に帰還した以降から、箱館(と当時は書いていたらしいが、いちいち変換するのがめんどいので、以下現在の「函館」と書く)での歳三の死まで。
実はこのラストがまた曲者なのだが、順を追って感想を述べるので、ラストについては後半で書く。


まづ、この作品を通して描かれている蝦夷地での建国計画について触れておく。

徳川慶喜を密かに蝦夷地に連れ出し、国王として建国を宣言する。
幕府は瓦解し賊軍となったものの、まだ将軍の威光が効果的な時代であるので、慶喜を慕って旧幕臣や、幕府寄りの諸藩の藩士、薩長の権力に不服を持つ人間が次々に移住。
人口が数十万単位になれば、一国の体を成し、米・英・仏・露の列強も認めざるを得なくなる。
つまり、本州以西は帝を戴く薩長の政権、蝦夷地は慶喜を国王とする新国家となり、日本国が二つできることになる。
薩長政府と蝦夷地とは対等に交易を行い、お互いに富み、合い競うことによって国力を増強していく。

清国、薩長政府、蝦夷地を中心とした、東アジアでの交易圏が形成できると、列強の理不尽な干渉は受けなくなる。

ざっと、こんなところ(詳しくは、実際に読んでくれぃ)。


坂本龍馬の発案だが、龍馬の暗殺により、その計画を聞かされていた勝海舟、小栗忠順、土方歳三、榎本武揚らの手に引き継がれる。
蝦夷地での独立を支えるものは、豊富な海産物と、内陸の石炭や鉄と言った資源。
それを発見したのが、間宮林蔵であり、それが水戸斉昭に伝えられ、その実子である徳川慶喜も、その新国家計画に夢を託すことになる。
この新国家計画は、見事なものだと思った。
でも、これが「事実を基にしたフィクション」であるから成立できるのだろう。
現実的に可能性を突き詰めていったら、どこかで無理が生じるであろう。
また、「坂本龍馬ありき」でもある。
物語でも、上記の4人が坂本龍馬の計画を実行していくと言う形なので、どこかで綻びが生じ、史実どおりの結末となる。


蝦夷地新国家計画も、作家の想像力を駆使してかなり大胆に進められている。

海路を使わずに陸路を採った理由として、「海軍力の未だ劣る薩長は、慶喜の乗る船の追跡に英国艦隊に応援を恃み、そこから列強の干渉を受けかねない」。
榎本武揚も、幕府の軍艦を使って蝦夷地に幕府の御用金を運搬。
土方歳三は、慶喜の護衛についたり、御用金運搬の囮になったり、幕府軍を指揮したり、新選組の指図をしたりと、関東・東北を駆けずり回る。
小栗忠順は、さも御用金を隠し持っている体を装って、田舎で隠棲。
勝海舟は、江戸で薩長とぎりぎりの交渉を展開。



西郷も、龍馬から蝦夷地建国計画を聞かされており、それが薩長政府の障害になると判断、権謀術数を使って、計画をつぶそうとする。
幕府側から見た小説なので、西郷のこの扱われ方は妥当なところか。
「誰も顔を見たことがない」という設定が良かった。
大事な局面にしか自分は出席せず、いつも西郷だと思われていた人物は、弟の西郷従道だったり、従兄弟の大山巌だった、ということになっている。
これは、西郷自身の写真が現存せず、西郷の写真と言われているものが、西郷従道と大山巌の写真を元に描かれたものだということを利用したのだろう。
作中で、土方歳三が西郷暗殺計画を実行する。
その時のみ、作中に西郷が登場するが、それは「長身で細目の男」と、現在まで伝えられている西郷像とは違う。
土方も西郷を見たことが無いので、断定できない。
結局、中村半次郎の防戦で止めを指すには至らないが、のち、海舟や慶喜に土方が報告したシーンで、西郷自身だと判別できる(海舟や慶喜は実物の西郷に会ったことがある)。
実体の見えない大ボス・西郷と、その手錬れの部下・中村半次郎という設定は、北方作品としてはオーソドックスな設定。
なお、中村半次郎と土方は何度か刃を交える。
敵味方を超越した、個人対個人として戦う設定もまた、北方作品ならでは。


下巻において、近藤勇と沖田総司はほとんど登場しない。
その最期を、報告として土方が知る、というのみだ。
むしろ、坂本龍馬と山南敬助の存在の方が大きい。
「坂本だったら」「山南なら」という一節が何度か登場する。
さらに言うと、下巻では新選組の匂い自体が消えている。
もちろん、存在はしているが、ウエイトとしては極めて小さい。


さて、主人公の土方歳三。
ひたすら「生きること」にのみ執念を燃やす。
ここが、従来の土方作品との違いだと思う。
土方は新選組を経た自分の行き着く道として、蝦夷地新国家構想に命を賭ける。
だから、常人では考えられないような行動力を発揮する。
また、「死ぬためには戦いたくない」という思いと「降伏したくない」という思いが心の中でせめぎ合う。


ここで、久兵衛という人物の登場となる。
おそらく、作者の創造した架空の人物であろうこの男は、新選組の賄い人として登場する。
最初は、薩長の間諜(スパイ)だと思っていたが、ラストではあんなことになるなんて。


最近、文庫版が発売されたばかりなので、これから読もうと言う方もいると思う。
なので、ラストシーンについてまだ書くべきではないとも考えたが、書きたいので書く。
なお、実際に読んで確かめたい方は、ここから下を読まないように。
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土方と同じ格好をするうちに、久兵衛は土方と間違われるようになる。
そこで久兵衛は、自分が土方歳三として戦死することを提案。
なんと、土方歳三が、土方歳三(久兵衛)の最期を見届け、いまだ薩長や幕府の影響力の及ばない、蝦夷地の北部に向かう、というシーンで、物語は終わる。
全ての北方作品を読んだわけではないけど、この終わり方は異色だと思う。
北方作品のラストとして、次の3つに分類できる(もちろん例外もあるが)

(1)敵勢力のほとんどを撃破する(主人公の勝利)。
(2)主人公を含めたほとんどが撃破されてしまう(主人公の敗北。滅びの美学を全うする)。
(3)死にたがっていた主人公のみが生き残ってしまう(主人公の勝利or敗北。滅びの美学を全うできない)。

では、土方歳三はどうか。
史実から見ても、土方歳三は勝利者側ではない。
また、生き抜くことを求めているので、始めから「滅びの美学」は存在しない(近藤勇にはあったが)。
つまり、北方作品としても異例だし、土方歳三を描いた作品としても異例なのである。


ここからは私の推察だが、土方歳三の死に様を誰かの視点で描きたかったのではないか。
北方作品は基本的に一人称の主観で展開される。
主人公は土方だが、章によっては近藤、山南、榎本の視点になり、それぞれの人物を通して土方について語られる。
では、土方のラストシーンについて、誰の視点で書けばよいのか。
(1)土方自身の視点で主観的に死を描く。
不可能ではないが、ありきたりといった感があり、意図的にそれを避けたのではないか。
でも、私は『三国志』での関羽のラストシーンは関羽の主観で良かったし、北方氏の筆力ならダイナミックなラストシーンを描くことができたと思う。

(2)ラストシーンは、他の誰かの視点で描く。
それだと、適任者がいない。
私は、島田魁を準主役級の扱いにして、島田の視点で書くこともできたと思う。
島田は、函館戦争以降も生き延び、新選組の生き証人となったので、適任だろう。
しかし、本作では島田は重要な役にはいるが、主人公以外に視点を与えられた準主役級までには至っていない。

(3)土方歳三の視点で客観的に描く。
というのが、本作である。
つまり、影武者の死を自分で見届けるということである。
影武者の死を土方が見届けることによって、土方の死がもたらした戦場の空気まで書くことができている。
では、なぜ影武者を使ったのか。
本作の土方は「生き抜く」ことをコンセプトにしている。
これは「生への執着」などではなく、「死んでいった者のために生き抜く」といったものである。
同時に、蝦夷地新国家の夢に命を懸けている。
しかし、蝦夷地新国家が夢に終わるとわかったとき、土方は夢への執着を捨てる行動に出ている。
土方には生き抜く目的が無くなってしまった。
しかし、土方は自分が戦死したことにして蝦夷地の奥地に消える。
ここで、私は『三国志』の馬超を思い出した。
北方版の馬超も自分が死んだことにして、山中の集落へと消える。
戦さや国家間の闘争にキーパーソンとして生きるよりも、名も無き1人の人間としてひっそりと暮らす道を選んだのだ。
そこには厭世的な心情があった。
土方も似たような厭世的な感情を持ったのではなかろうか、と私は推察した。
同時に、「土方を主人公とした(史実に逆らいつつも結局史実どおりになってしまう)続編が出るのでは」という期待も持っている。





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Last updated  October 23, 2005 01:51:06 PM
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