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先日貝塚駅前の老舗料亭「この木」 さんで、中学以来の仲良し3人組による恒例の飲み会を開催しました。若い頃は「夕方から深夜まで飲む」というのが当たり前でしたが、もうこの年齢になると、夕方からの飲み会は正直なところ身体にこたえます。最近ではすっかり「昼飲み」が定番になりました。昼間からゆっくり集まり、美味しい料理を囲みながら、近況報告や家族のこと、親の介護、健康、仕事、将来のことまで、何でも遠慮なく話せる時間になっています。この会は、年に3回。年末年始ゴールデンウィークお盆このタイミングで必ず集まり、もう40年近く続いています。不思議なもので、長く付き合っている友人とは、見栄も肩書きも必要ありません。成功談よりも失敗談。格好いい話よりも、最近しんどい話。将来への不安や、親のこと、子どものこと。そんな「忌憚なく話せる関係」が、年齢を重ねるほどありがたく感じます。昔と今で変わった「集まり方」昔は「飲み会=夜」でした。しかし最近は、昼飲みの良さを本当に実感しています。身体が楽次の日に残りにくい帰宅時間が早い落ち着いて話せるお店も比較的静か特に今年70歳を迎える私たちの世代になると、「無理をしない付き合い方」が長続きの秘訣なのかもしれません。地域の商売でも同じですが、「無理を続ける」よりも、「続けられる形」を作ることが大切です。これは、私自身が長年続けている事業にも通じる考え方です。<地域密着型ビジネスは「信頼の積み重ね」>私は現在、地域密着型で6つの事業を行っています。トランクルーム音楽スタジオ貝塚市内限定の事業用不動産仲介レンタル自習室駐車場運営卓球場運営どの事業にも共通しているのは、「地域との信頼関係」で、起業しても10年以内に95%が倒廃業と言われる日本の厳しいビジネスシーンの中で、トランクルーム20年、不動産仲介業18年、音楽スタジオ10年続けてきました。数年前から娘が入っていますが、それまで「たった一人」で営んできました。織物業からトランクルームに転業の翌年に妻が乳癌を発症し、そこから17年間介護をしながらの仕事を中心とした生活は筆舌には尽くしがたいイロンナ苦労がありました・・・(涙)。というか、3,40代の20年間の年355日24時間エンドレス操業だった織物業の苦労の方がよりハードだったので、50代以降の今のトランクルームの方がまだ楽だった・・・のですが。そんな経験をしたお陰で、この先どんな苦労が待ち受けていてもバーンと跳ね返すだけの自信があり、今でも日々小さな努力をコツコツと積み重ね、仕事と遊びで残りの人生もより充実させよう・・・と。まぁ大手企業のような全国展開ではありません。しかし地域の方々と長く付き合い、「困った時に相談できる存在」であり続けることを大切にしています。保育園、小中学校から続く友人関係と同じで、地域ビジネスも一朝一夕では成り立ちません。毎日の積み重ね。顔が見える関係。小さな信用。これが本当に重要です。地域密着型トランクルームの需要は年々増えている最近特に感じるのが、地域密着型トランクルームのニーズ増加です。親の家の片付け。実家整理。引っ越し。リフォーム。遺品整理。趣味用品の保管。高齢化社会の影響もあり、「家の荷物問題」は非常に大きくなっています。大型倉庫型ではなく、「近くにある安心感」を求める方が増えているのを実感しています。地域密着型トランクルームの強みは、近い相談しやすい柔軟対応顔が見える地元なので安心という点です。これはインターネットだけでは作れない価値です。家具家の事業用不動産仲介は「地域限定」だから強い不動産業界でも、最近は全国規模のポータルサイトが主流です。しかし実際には、「地域を深く知っている人」が一番強いと感じています。貝塚市内限定で事業用不動産仲介を行っています。テナント倉庫事務所小型店舗駐車場用地など、地域事情を理解した提案を重視しています。例えば、この場所は夕方の交通量が多いこのエリアは音の問題が出やすいこの通りは高齢者が多い学生需要があるこうした情報は、現場を知っていないと分かりません。地域密着型不動産仲介の強みは、まさにここにあります。「スタジオ0724」というリハーサル音楽スタジオ運営で感じる「居場所」の大切さ最近は、「居場所」の価値が高まっていると感じます。スタジオ0724でも、一人で集中したい音楽を楽しみたい仲間と集まりたい趣味を続けたいという方が本当に増えています。レンタル自習室も同じです。自宅では集中できない。カフェでは落ち着かない。そんな方にとって、「ちょうど良い距離感の場所」が必要とされています。地域の中に、安心して使える空間がある。これは今後さらに重要になると思います。卓球場運営で見える地域コミュニティ卓球場も、単なるスポーツ施設ではありません。健康維持。地域交流。高齢者コミュニティ。親子交流。実際に運営していると、「人が集まる場所」の価値を強く感じます。最近は特に、「孤独にならない場所」としての役割も大きくなっています。地域密着型ビジネスは、単なる商売ではなく、「地域コミュニティを支える役割」も持っているのだと思います。<60年続く関係が教えてくれること>今回の昼飲み会でも、いろいろな話をしました。健康親の介護老後仕事昔話これからの生き方若い頃は未来しか見えていませんでしたが、この年齢になると、「今をどう心地よく生きるか」が大事になってきます。だからこそ、無理をしない続けられる形を作る人とのつながりを大切にする地域との関係を深めるこれが、仕事にも人生にも必要なのだと感じます。60年続く友人関係も、地域密着型ビジネスも、結局は「信頼」が土台です。これからも、地域の皆さまに必要とされる存在であり続けたいと思っています。そしてまた次回、お盆の昼飲み会で、気兼ねなく近況報告ができることを楽しみにしています。今回驚いたのは、以前の夕方からの飲み会で何十年も利用していた貝塚駅前の居酒屋チェーンの「大阪庄屋 貝塚店」さんが閉店しているではないですか。流行っているように見えましたが、会社全体としては赤字のようで、飲食業界の厳しさを見た感じで、長年地元に根差した「この木」さんの底力を感じました。やはり安さだけを追求するのは限界があり、大手チェーンにはないワンランク上のステージで勝負している「この木」さんのスタンスに共鳴しました。という事で、やはり保育園、小学校、中学校、高校、大学・・・と同じ時間を共有した同級生というのは格別です。同じ時代背景を生きてきた訳ですから、ともに笑い、泣き、怒り・・・様々な人間模様を共有しているのです。これって、これから新しい人間関係を作る以上の無形の財産と言えます。大事にしなければ・・・と思います。とは言いながら、毎年1回10人くらい集まる小学校のクラス会でも、昨年から今年にかけて私も含めて入院したり手術したり、配偶者が亡くなったりするクラスメートが一挙に増え、昨日も子供の頃から仲の良かった同級生のひとりがガンで亡くなり・・・一体どうした事かと。彼との出会いは普通の子供より1年早かった保育所で、近所なので小学校の頃は千石荘の同級生らと一緒に遊んだり、大人になってから二色の浜でウインドサーフィンを一緒にやったり、ミナミで遊んだり、40代の頃は日曜の午後に熊取のカフェによく行っていました・・・が(涙)。彼も音楽が好きだったので、小学校のクラス会の2次会のカラオケでいつも一緒にアースのファンタジーやイチゴ白書を歌ってハモったり、何か通じ合うものがあったのでしょう・・・まぁやはり、今年70歳・・・というのをシミジミ感じる今日この頃です。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「貝塚名越パーキング」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 トランクルーム・貸倉庫ランキング
2026.05.13
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弊社トランクルームを借りているお客さんの職種で言うと、何故か警察官がトップです・・・(驚)。警察官の方がプライベートで借りているのです。エ???と思われるかもしれませんが、本当なのです。これも、今年でオープンして丸11年経ったからこそ分かる、紛れもない真実です・・・理由はやはり警察官の職業柄、弊社トランクルームが「安全&安心」だろうというのが良く分っているからです・・・警察官と言えば、一般人よりセキュリティ意識が10倍以上でしょう・・・賃貸借契約書に携帯番号を書く欄があるのですが、刑事さんの場合は先ず教えてくれません・・・家族にも内緒で、今どこにいるか上司以外誰も知り得ません。それほど緊迫化した日常を送られているのです・・・(驚)。弊社の管理人のいる有人管理・・・まず、これが警察官にとって信用の証でしょう・・・そして3重ロックに、5台の防犯WEBカメラと2台のカメラ付きドアフォン・・・防犯カメラはインターネットで私のスマホや自宅のPCに繋がっていますので、私が何処に居ても遠隔監視できるスグレモノです。ここまで万全のセキュリティを誇っているトランクルームは日本でも有数でしょう。少なくとも、大阪には無いと思います。多くのトランクルームは、特に泉州地区のような地方に行くと、残念ながら殆どのトランクルームは管理人のいない無人管理でドア1枚で防犯カメラもない「野晒しの屋外コンテナ」です。酷いところとなると、照明さえありません。空き地に、ただポンとコンテナを置いただけです。ましてや、弊社トランクルームのようにトイレや水道があったり、軽トラックのレンタルや、スノコのレンタルや、荷物の受け渡しの無料代行や、除湿剤の入替サービスや、搬入&搬出の立合いの無料代行といったサービスなんて有り得ません。それでも、弊社と同じ「トランクルーム」と称しているのです・・・弊社の極めつけは、海外在住者や遠方利用者の為の、荷物状況を弊社では部屋の中をスマホ動画で撮ってLINEで送るという有料サービスも行っているのです・・・「一体、何を入れてたんかなァ?」とよくあるユーザーさんの疑問にお答えしようという、痒い所に手が届くような弊社独自のサービスです。案外、お客さんはトランクルームに何を入れたのか詳しく分からないものです・・・こんな事も考え出すなんて、トランクルーム「オタク」と言われそうですが・・・(笑)。とにかく顧客目線に立って、「何が便利か?」「何をヤッテ欲しいか?」というのを四六時中突き詰めて考えていると、ある日パッとこういうアイデアが浮かんだのです・・・もちろん保管品質に関しても、絶対の自信を持っていて、これまで11年間でクレームゼロです。弊社トランクルームを倉庫(或いは軽量鉄骨のトランクルーム)として建てたのであれば、躯体の強度も壁も工場より安上がりで済みましたが、織物工場として建てましたので、重量機材や織物機械を設置して24時間稼働の完全防音と防振を施工したかなりの資金を投下した建物になってしまいましたが(地下ピットと周囲を120cmの外断熱施工)、逆にそれがトランクルームにとってオーバースペックになってしまいました・・・(笑)。ましてや、弊社に配備しているピアノ4台を吊り揚げれるクレーン(1トン用)なんか有る筈もありません。そして弊社の最大の戦略は、「少なくとも他社の半額以下」という徹底した低価格戦略(日本最安値)です。都会のユーザーはトランクルームというのは割と以前から身近にありよく分っているのですが、地方の一般ユーザーはこれまで利用する事も殆ど無く(必要がなかった)、弊社のような建物タイプの屋内トランクルームも屋外コンテナも明確に区別がつきませんでした。地方にとってトランクルームというのは、残念ながら、まだまだよく理解されていない存在なのです。それを、警察官の職業的な感で「トランクルーム貝塚は安全だ!」と見抜いているのは、流石としか言いようがありません。これまで何回も、弊社に刑事さんが来られました。犯罪者がトランクルームを利用しているのではないかという捜査の一環で。2,3年前の京都の青酸化合物による連続不審死事件も、事件が報道される1年前に京都府警の刑事さんが弊社に聴き取り調査に来られました。筧容疑者が貝塚市に長年住んでいたという事で・・・こちらはビックリ仰天・・・犯罪者はそこまでトランクルームを隠し場所として考えているのかと・・・(恐)。わざわざ京都から来られた刑事さんは貝塚市内のトランクルームとシャッター付ガレージをしらみつぶしに捜査されていたようで、彼らの仕事の大変さに脱帽したものでした・・・(驚)。全国的には、2年前の東京八王子であったコンテナ死体遺棄事件や、大阪でも暴力団の銃器弾薬がコンテナに保管していた事件がありましたが、各地にトランクルームを介した事件が増えているんですねェ・・・野晒しの屋外コンテナでは管理人がいませんから、たまにそんなトランクルームに住む(生活する)人間もいるくらいです(契約違反ですが)・・・犯罪者も「トランクルーム貝塚は見つかりにくく便利だ・・・」と見抜いているんですねエ・・・警察も犯罪者も同じ事を思っているのです・・・(笑)。しかし、弊社トランクルームの入居審査基準は結構厳しく、犯罪者やそれに近い人やホームレスや約束を守らないとかいった常識の無い人には借せませんが、警察官はスッと通るのです・・・【オススメの関連記事】パイロットのお客さんが警察官に次いで多い理由は?にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2017.02.27
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フラメンコの愛好者数は日本は本場スペインに次いで世界第2位のようです。コロナワクチン接種率は日本は世界第100位のようですが・・・(涙)。愛好者数は練習生も含めれば10万人以上いるようです。その日本の中で東京に次いで第2の都市「大阪」。その大阪でも南大阪の泉州の役割は大きいと思います。堺市以南の泉州エリアでは殆どフラメンコ教室はありませんが、まだまだフラメンコ愛好者が増えるポテンシャルはあると思います。何故なら、泉州のだんじり祭りとフラメンコに共通の何か?を感じるからです。それは何か・・・?どちらも長い歴史を持ち、だんじり祭りにラテンの土着の匂いのようなモノを感じるからです。7年前のスペイン旅行で地元のタブラオで見たフラメンコに、それを感じたのです。フラメンコはスペインの世界無形文化遺産ですから、そういうのを感じたのでしょう。だんじりもフラメンコも文化だったのです・・・単なるダンススタジオは泉州にも沢山あり、弊社「スタジオ0724」にも多くのダンサー(フラダンス、ヒップホップ、タヒチアン)が前面ミラーのあるAスタジオ(22畳)で練習されています。しかし、フラメンコは片足の靴に200本の釘が打ってあり普通のダンススタジオでは練習できませんので、練習できるように私が特注のコンパネ・フロアを作り、併設している卓球場で練習して頂いているのです。フロアへの衝撃とフロアを蹴る爆音という2つの問題を解決しなければフラメンコの練習が出来ませんし、その次にマーケットとしてみた場合「ニッチ過ぎる」という点で単独では練習場としてのビジネスが成り立たないのです。人口275万人の大阪市内ならオフィス街も集中していますので昼間人口も多く単独のビジネスとして成り立つと思いますが、その30分の1の人口9万人の貝塚市では大阪市内へ働きに行っている会社員も多く(貝塚駅の乗降客数が約2万人/日)昼間人口が少ないので期待できないのです。弊社の場合、併設する床に70㎝のコンクリート基礎を打っている「貝塚卓球センター」で、卓球とフラメンコとタップダンスの3つを併用することによって、何とか続けているのです・・・(汗)。バリバリのプロミュージシャンが練習スタジオを経営しても上手くいかないケースが多いのは正にココで、「好きと経営のバランス」が難しいのです。織物時代でも同じ事が言え、儲かっている同業者は「A反ギリギリ(A3)を狙えば部品代を抑えられ、最高品質(A1)を目指せば経費(部品代)倒れになって儲からない・・・」とコボしていました(A1もA3もコストが違っても同じA反なので同一値段)。技術とビジネスは切り離して考え、決してプロ(職人)根性を出してはダメなのです。部品代を上手にコントロールしてA3ギリギリの水準にもっていく・・・というのがキモでです。よく割れる(壊れる)クラッシュシンバルを、毎回値段と耐久性と音の3つを天秤にかけ苦慮して購入するようなモンです・・・(笑)。弊社が事業として展開している音楽スタジオや卓球場という練習場所を提供するというインフラビジネスで一番大事なのは、顧客目線で考えると「練習場所が無くなると困る」という事なので、いくらコロナで大打撃を受けようとも何とか黒字を確保して「存続し続ける事」です。赤字の垂れ流しでは営業できませんから。まァしかし、幸いフラメンコ会員さんも本当にボチボチですが微増しています。この微増、ジワジワ感がイイんですねェ・・・何故ならマニアックなマーケットでは、確実にリピーターになってくれるからです。如何にリピーターを増やすか・・・コレが一番のポイントで一番苦労するところだったのです。という事で、小中高生はヒップホップダンスが多いですが、母校の関西外大にもフラメンコ部があるようですし多くの大学が加盟する学生連盟もあるようなので将来性があります。ちょうど私が大学にウインドサーフィン同好会を創部した42,3年前の頃を思い出します。今のウインドサーフィン愛好者の平均年齢は50歳代後半ですが、当時は「若者のNEWスポーツ!」という感じで、アメリカで発明されましたが既にヨーロッパでは大流行しており日本の将来性も期待大だったのです。やはり子供や若者がやらないと、将来性がありませんからねェ・・・「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「 貝塚不動産.com」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2021.04.13
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今年3月で、リハーサル音楽スタジオ「スタジオ0724」を起業して丸7年になります。アッと言う間の7年・・・早いものです。私は元々プロのミュージシャンでも何でもありません。子供の頃からだんじりの大太鼓などの鳴物の経験がありましたが、高校時代にオケ部でトランペット、大学時代にドラムを少しやっていただけです。一般的にはリハーサルスタジオは大阪市内や東京23区といった都会型ビジネスの典型で、スタジオ経営者はプロかそれに近いミュージシャンが殆どだと思いますので、貝塚市という地方都市で素人の私が新規参入するなんて正に非常識でクレイジーそのものだったのです。平たく言えば「ド素人のオッサンがようやるで・・・」という感じだったでしょう・・・(笑)。正にその通りで、勝算なんて全くありませんでした。起業時から既に撤退の事を考え、不動産仲介業で2,3年頑張ってスタジオ資金を稼ぎ、文字通り無借金でスタジオを自社の「トランクルーム貝塚」別館1階に造ったのです。失敗すれば楽器や機材をヤフオクで転売して、スーッと誰にも気づかれずにスタジオを廃業しよう・・・と。当初の見込みではバンドだけでは集客できないだろうと考え、リスクヘッジとしてスタジオの広さを通常の2,3倍の泉州エリア最大の22畳にして、だんじりの2尺5寸の本格的な大太鼓がスタジオに入るように防音ドアを別注で広くして、バンドに加えダンスと和太鼓の集客も念頭に入れました。予算オーバーの設備資金が必要でしたが、コレが功を奏したのです。バンドの集客不足を、ダンスや和太鼓の集客で辛うじて経営が軌道に乗ったのです。この最初の読みが当たったのです。他社と同じように8~10畳くらいの小さなスタジオだったら、資金もそれほど掛かりませんが恐らく失敗していたでしょう。この辺が後で考えれば、勝負の分かれ目だったのです。そう・・・ビジネスは真剣勝負ですから。趣味の空手やウインドサーフィンの試合で負けても「仕方がないなァ・・・」で済みますが、ビジネスで失敗すれば生活が脅かされます。まァ、スタジオ経営をやりたい一心ではダメで、冷静に一歩引いて見つめることがビジネスでは何より1番大事です。起業といえばカッコいい部分だけがクローズアップされがちですが、問題は継続性です。いくら華々しく起業オープンしても、10年後には95%が倒産廃業すると言われるほど厳しい日本のビジネスシーンですので、脳ミソがパンクするくらい想定されるあらゆる事を考えなければなりません・・・(汗)。それでも、現実には想定外の事が起こるのがビジネスです。今年67歳になり後継者の娘に経営権をボチボチ譲ってますが、30代や40代のような若さをもう取り戻せない私にとって、これから仕事でできる事を冷静に考えると、やはり過去17年間に私が「ひとり起業」で積み重ねてきた現状の5つのビジネス(トランクルーム、音楽スタジオ、不動産仲介業、テレワーク室、卓球場)の深耕策かと思いますので、これらを死守しながらまた「新しい切り口」を見つけ出す事でしょうか。まァそんな事をイロイロ考えながら、人間って知らぬ間に年を取っていくのでしょうねェ・・・(汗)。「オジイチャン、もうユックリやってやぁ、あとは私に任せとき!」と10年後に大学生になった孫から言われた時が潮時か。という事で、59歳未経験で音楽スタジオを起業したとは言え、実はその8年前の51歳の時に全くの未経験で不動産仲介業を始めていたのがヨッポド無謀だったのです・・・(笑)。17年前のトランクルーム起業当初は殆ど集客できず、「トランクルームは失敗したか?他に一人で出来る仕事を探さなくては!」という想いで不動産仲介業を始めた第1歩は宅建士の受験参考書をめくる事からスタートし、1年後には業者として大阪府の認可を受けて何も分からないまま仲介業を始めたのです・・・(汗)。当時はプライドを捨て他社の織物工場で工員として機織りを12時間しながら、毎朝2時に起きて3時間宅建士の受験勉強を9カ月続け、気力的にも体力的にも限界ギリギリでした・・・(汗)。幸い一発で合格を決め、大阪で1万社も不動産屋がある厳しい業界に全く素人で飛び込んだところまではイイですが、その後は七転八倒の苦労の連続でしたが、そのお陰でスタジオ起業が楽勝に思えました。しかしそのスタジオ資金を稼ぐために2,3年は不動産仲介業に必死にでしたが・・・(汗)。まぁしかし、エンターテイメント性が高く趣味の延長線上みたいで売り上げに幅があるスタジオ経営を本業にしてはダメで、あくまでも本業のトランクルームに次ぐ副業という意識をもってブレーキを掛けなければ・・・(汗)。トランクルーム、不動産屋・・・とスタジオは49歳から59歳までの10年間で「3番目の起業」でしたので、気軽といえば気軽だったのです。要するに慣れで、慣れとは怖いものです・・・(笑)。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「 貝塚不動産.com」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2023.01.06
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血液循環や消化吸収、呼吸、免疫、代謝、ホルモン分泌などをコントロールする神経系統のことを「自律神経」と言い、自律神経は「交感神経」と「副交感神経」に分けられ、活動時には交感神経、休息時には副交感神経が優位になります。このバランスが乱れることで生体機能が低下し、心や身体、もしくは両方に不調が出やすくなるのです。私は夜寝ている間以外、朝から夜まで大体ずっと好きな音楽を聴いています。それを正当化?させるために、音楽スタジオを始めたと言っても過言ではありません・・・と言うのはチョット言い過ぎか(笑)。大体夜は9時か10時に寝て、朝はストレスを少しでも掛けないように目覚まし時計無しで自然に任せて4時から5時にスーッと起きます。一般的には夜10時から深夜2時までは成長ホルモンが最も多く分泌され「睡眠のゴールデンタイム」と言われていますし、睡眠のウルトラディアンリズム(睡眠周期)のサイクルは約90分だそうで大体一晩の睡眠時間が6時間(90分×4)ですので、私の睡眠スタイルは理想のスタイルと言えるかも知れません。それに加えて、昼寝を昼食後に約20分取っています。まァ健康の基本は早寝早起きで、土日や正月とか関係なしに毎日同じリズムの生活パターンの繰り返しです。何でもリズムが大切ですねェ・・・金土に夜更かしして、土日はゆっくり寝るなんてしません。13年前までは毎週金曜に大阪本町へ繊維の営業で飲んで帰っていつも遅く帰っていましたが、今は健康老人そのものです・・・(笑)。早朝はダイニングテーブルでコーヒーを飲みながら新聞を1時間かけて丹念に読み、その時は副交感神経が優位なので静かなクラシックやジャズやボサノバやソウルバラードをメインに聴き、7時か8時の出勤時の段々交感神経とのバランスが逆転する頃には徐々にポップスからフュージョン系やロックへ・・・事務所でもミニコンポにスマホの音楽をブルートゥースで飛ばして聴き、移動の基本は軽トラックで積んでいる大型スピーカーからもUSBでスマホの音楽を聴いています。昼の絶好調時は大好きなヘビメタ、ハードロック、ディスコ、ジャズファンク、R&B。通勤時間が1分と短い分、1日の大半の10~14時間くらいを仕事に当てていますが、朝は音楽に合わせてドラムを叩いたり、事務所では一人なので誰にも気を遣わずにBGMというより結構大音量で音楽を聴いていますし商談中もBGMを流していますので、これが仕事と言えるのか?・・・(笑)。商談中のBGMはもちろんケースバイケースで、特に音楽スタジオの会員登録の際は音量を少し上げ10代~20代はコレ、30~40代はコレ、50代以上はコレと自分も好きな選曲をして仕事を楽しんでいます・・・(笑)。「音楽スタジオだから、最初の段階から盛り上げていく・・・」という理由づけできるでしょう・・・(笑)。そして夕方から夜にかけてまた副交感神経が優位になる頃は徐々に大人しい曲へ・・・フュージョン系、日本のフォークソング系やニューミュージック系、たまにはや歌謡曲やGSも。風呂の中ではソニーの防水仕様のブルートゥーススピーカーを聴きながら歌っています。これがまた反響してイイ音(声)なんですねェ・・・(笑)。飛行機や電車や病院内では仕方なくイヤホンで聴いていますが・・・その時々の身体の調子や気分の次第で幅広く色んなジャンルの音楽を色んなスタイルで聴いています。とにかく「質より量」・・・1分でも多く音楽を聴く時間を優先します。唯一聴かないのは、浪曲や民謡か・・・?最近はYOU TUBEで同じ曲でも、ラテンバージョンとかの編曲されたカバー曲が一杯出てますのでオモシロいです。YOU TUBEが出来たことによって、まだ日本に正式に紹介されていない(輸入CDがない)曲が山ほどあります・・・正に宝の山です。そんな曲をネットサーフィンしていくのも趣味になっています・・・(笑)。今の若い子が聴くような曲は殆ど聴きませんが、自分が10代から30代に聴いていた沢山の曲が私の財産です。不動産や金は失敗したらゼロになりますが、これだけは増える一方です・・・(笑)。また同じ曲でも編曲が違えば、これはもう無限に楽しみが広がります・・・この年になって「自然に(自然体で)・・・」「自分の思うように自由に(自分らしく)・・・」「もっと我が儘に・・・」・・・と自分に正直に無理しないように生きようと思えるようになりました。あと40年、100歳まで生きようと思いますが、残念ながら平均寿命で言うとあと20年しか生きられませんから。巨人の江川投手がバックネットを目標にキャッチャーにボールを投げていた・・・と同じように、目標の100歳に向かって80歳までは全力投球したいものです。そうすれば、実り多き残り20年弱の人生を送れるかも知れません・・・どこかで聞いた話ですが、テンションを無理やり上げるために朝から天ぷらを揚げる人もいるようですが、身体の摂理に合っていないように思います。もちろん年齢によって気力や体力も違いますので、20~40代の頃は仕事に重点を置き家族を養う義務もありますので身体も無理が効きますし気合いで乗り切れる事も多いですが、もう60オーバーになれば残念ながら全てに於いて無理が効きません。イヤ、無理して自然の摂理に反した事をしたら寿命が縮むだけです。もうこれからは頭脳的な仕事や趣味の割合を増やし、3年前からジムでのマシンによる筋トレを止め、自重を使った筋トレやストレッチに切り替えたように肉体的な運動の割合を減らしています。というか、Bスタジオを増設した事によって仕事が増え、動き(歩き)回る事も増えましたので、これが結構イイ運動になり、敢えて運動する必要もないのです・・・(笑)。地元でかつて長者番付にも載ったことのある有名な某創業社長は「これまで運動なんてしたこと無い。そんな体力を消耗するような勿体ない事はやらへん。その分、工場現場で動き回るさかい・・・」てな談話がありましたが、正にその通りです・・・(笑)。私は胃腸を休めるために朝食は食べず(毎日16~18時間何も食べない=プチ断食)、朝のクラシックから聴く音楽をジワジワ変化させ、自律神経に合わせて昼に向かって心身に負担を掛けないように「スーッ」という感じで生活しています。という事で、海外旅行に行った時も少々重いですがブルートーススピーカーがもちろん必須で、もう60を過ぎたら仕事も大事ですが「楽しさを優先」「無理をしない」「ちょっとワガママになる(許容範囲内で好きなコトをする)」でボチボチ生きていきたいと思います・・・にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2019.03.31
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先日堺市深井清水町の青年団の皆さんが、だんじり鳴物の練習に弊社「スタジオ0724」に来られました。車で3,40分ほどで来れたそうで、割と近いです。これだと堺市全域がだんじり鳴物の商圏になるどころか、富田林とか河内長野といった南河内エリアも1時間以内に来れますので商圏になりそうです。南河内では170台くらいのだんじりがあって、まだまだ増加傾向にあるようですから。意外や意外・・・という感じです。堺市だけでもだんじりが90台くらいあり、増加傾向という事です。どんなマーケットもそうですが、増加傾向という所謂「右肩上がり」というのは注目すべき点です。これから本格的にだんじり祭りの本番を迎えますが、本番前の8月と9月の2か月が弊社のだんじり鳴物練習場のピークが迎えると想定しています。予想が当たってウレシイ結果に結び付けば、来年に向かって勢いがつきます。ランチや食品スーパーやコンビニといった日常生活の買い物などの商圏はだいたい片道15分以内で済ませますが、非日常的なバンド練習や和太鼓練習なんかは元々「するところが無い(少ない)」ので片道1時間以内は普通で、場合によっては2時間以内でも商圏に含まれます。これって、不思議と弊社の本業であるトランクルームの商圏と被っているのです。2つ以上のビジネスをする場合、この商圏エリアをよく考える事というが仕事の効率化に繋がります。まぁしかし、根本的に何故「だんじり鳴物」の需要があるのか・・・?地元の祭りなんで、だんじり小屋でドンドン太鼓を叩いてもよさそうなモノですが、そこには近隣住民の複雑な心境があったのです。和太鼓の音はフルバンドより大きく、2,3か月前の岸和田市某町のだんじりの入魂式の音が東山を越えてスタジオがある隣の貝塚市名越まで届くくらいですから・・・(汗)。それほどだんじり祭りの音(和太鼓)は爆音で、それをスタジオという限られたスペースで爆音を抑え込もうとするのですから、防音と防振対策をよほどシッカリしないとダメだったのです。更にスタジオ内の吸音対策もシッカリしないと、演奏者自身が室内の音がうるさくて叩けませんので、バンド練習と同じように音響工学的にデッド気味にもっていく必要もあったのです。この辺のバランスを上手く調整しているのが、弊社のような専門のバンドスタジオだったのです。一般人からすると「ここまでヤルか?」というくらいスタジオの裏ではこういった努力をしていますので、だんじり小屋以外の普通の練習場所(町会館、海岸、山中)とは明らかに違うのです。まぁだんじり祭の本場の9月開催の岸和田旧市や春木地区はある和太鼓の音に程度理解がありますが、それ以外となるとなかなか理解が得られていないのが実態です。要するに歴史的に、地域によってだんじり祭に対する周辺住民の熱量が違うのです。「ド~ン!」という腹の底まで響くだんじりの大太鼓の音に泉州人の魂を揺さぶるか、ただの騒音と感じるか・・・?実際には殆どの地域は近隣へのだんじりの太鼓の騒音問題に苦慮している・・・というのが実態です。平たく言えば、いくら祭と言えど自由に太鼓を叩けない・・・のです。悲しいですねェ・・・しかし、そこに弊社スタジオのニーズがあったのです。ただ22畳という広いスタジオと太鼓を用意する・・・というリスクを犯してまで、私以外に誰もしようとしていないだけです。という事で、昨年からスタジオで始めた和太鼓ですが、「他社でやっていない」という事で、弊社に集中している感がありますが、そんな事が出来たのも「和太鼓の革(=ドラムヘッド)が破れるかも知れない」というリスクを取ったからです・・・(汗)。もし高価な革が破れたら(2尺2寸の大太鼓で片面20万円の張替え料)・・・それまでの利益が吹っ飛ぶ覚悟だったのです・・・(汗)。何もビジネスに限らず人生に於いて、リスクを負う「勇気」があるか無いか・・・それが試されるのです。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「 貝塚不動産.com」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ慶印籐巻篠笛 6穴7本調子 【ご注意】古典調のお囃子用の篠笛です。ドレミ音階ではありません。[ 和楽器 楽器 しの笛 よこ笛 横笛 篠笛 Japanese transverse bamboo flute 祭囃子 神楽 獅子舞 お囃子 おはやし 和太鼓 ]価格:5,720円(税込、送料無料) (2023/6/19時点)楽天で購入日本だんじり文化論 摂河泉・瀬戸内の祭で育まれた神賑の民俗誌 [ 森田 玲 ]価格:2,750円(税込、送料無料) (2023/6/19時点)楽天で購入
2023.06.06
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このシリーズは7冊目です。いつも谷本さんの本を、楽しく読まさせて頂いています。気になるところをピックアップすると・アメリカを破壊するフェンタニル汚染・日本人は知らない中国の”スパイ網”・中国大学の軍事研究は1校だけでオーストラリアの国防予算に匹敵・ロシアの「ハイブリット戦争」を甘く見過ぎていた西側政府・スペインを破壊するオーバーツーリズム・移民政策大失敗を認めたイギリス・Z世代は痛い奴と思われることを恐れる・若い世代にハードロックとヘビーメタルが大人気・旧東独ではナチスがポップカルチャー化・アボガドの流通を支配する麻薬カルテル・ドイツの電車内ガン見文化・AI進化で価値が高まるスキルを磨けといったところでしょうか。という事で、零細企業の経営者として日々の生活を振り返ると、健康を維持し1日24時間を如何に上手に仕事を効率よく済ませ、プライベートを充実させるか(好きなコトをやる)・・・を常に考えています。69歳で無職なら年金頼りですが、自分で会社を経営して仕事が上手く回って稼いでいる限り、全く老後の金の心配をする必要がありませんし、努力をし続けている間は安泰・・・と楽観しています。国が「老後資金は○○〇〇万円必要だ」なんていうのは、勝手に「老後は働かないのが前提」と決めてかかっているので、そんなの信じちゃダメで、老後のライフプランは40代くらいからボチボチと自分でそれぞれ決めるべきです。私は29歳でサラリーマンから家業の織物業に戻り、20年間355日/年24時間エンドレス操業で必死に頑張りましたが、40代ギリギリの49歳の時に「先祖には申し訳ないが、繊維業界のグローバル化とSPA化で時代遅れになってしまった織屋オンリーでは将来やっていけない」と判断して、2棟4フロアの織物工場を改造コンバージョンして業者を排除した「エンドユーザー直」の自社独立運営の今のトランクルーム賃貸業に転業しました。死力を尽くしても報われないなら(儲からないどころか損をする)辞めるしかなく、その自分の能力とパワーを別のベクトル(分野)に向ける方が賢いと・・・(汗)。製造業からサービス業への180度の転換ですが、織物業でのヤリ尽くした感が異業種への新規参入の恐怖を押し潰すどころか、トランクルームという新天地がバラ色に見えました。確かに挫折と言えば挫折ですが、学生時代に打ち込んだ空手とウインドサーフィンでも、全空連ベスト8の選手と組手練習をすると、そのスピードと気迫に圧倒され「もうこれはダメだ」と落胆し、全日本ウインドサーフィン選手権でレース直前に当時の優勝者とたまたま遭遇しましたが、こっちが振り向いている間にスルスルと見えない微風を掴んでどこかに行ってしまったのを見て「こりゃダメだ」と・・・青春時代の二度のショッキングな挫折が織物業廃業と重なりました(涙)。身体が小さい分、本格的に筋肉量を増やしてパワーをつけようと和泉大宮にあったプロレスラーが創ったとされるボディビルジムに通い筋トレに励みましたが、そういった努力も結果に結びつきませんでした。まぁ20年前に始めた大阪最大級171室「屋内型」の弊社「トランクルーム貝塚」の別館1階で10年前から営んでいる泉州エリア最大級(5室、会員数3300人)のリハーサル音楽スタジオ「スタジオ0724」のインバウンド向け「和太鼓体験」を成功させるために英語を毎日1時間継続的に勉強し、4月から通っているテニススクールと来月からサザンビーチで始めるウイング・フォイルを楽しみ、国内外の旅行にもジャンジャン行く・・・これまで長年ヤッテきたウインドサーフィン、ドラム、空手も・・・ボチボチと。長かった妻の介護も2年前に終え、1月に2度目の私の脊柱管狭窄症の手術が成功して完全復活を遂げ、時間とパワーが未だあり余っているのか・・・?まぁ何も遊び回っている訳ではなく、娘と2人だけで6つの事業(トランクルーム、音楽スタジオ、不動産仲介業、レンタル自習室、卓球場、駐車場)を回しているので、年中無休の仕事の合間に遊び、遊びの合間に仕事をして時間を効率よく使い、ボーっとしている暇がないだけです・・・(汗)。今年70歳になり「100歳まで元気に生きる」事が目標なので、67歳で亡くなった父親よりもう3年も長く生きることになり・・・余計にイロイロと考える事が多くなりましたが、残りの人生を悔いの無いように「健康と食事と睡眠」に注意しながら少しでも充実させようと思います。もう仕事も遊びも人の何倍もやって来て十分楽しんできた・・・という自負もありますが、更にもっともっと願うのは欲張りでしょうか(笑)。これからドンドン落ちて行く気力と体力に抵抗しながらモチベーションを保つには、目標しかありませんから・・・(汗)。人間って、だいたいはそうやって惰性で、知らぬ間に40代、50代、60代・・・と人生を終えていくのでしょう。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「貝塚名越パーキング」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 トランクルーム・貸倉庫ランキング
2026.05.07
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昨日だんじり製作の植山工務店さんが、試験引きのちょっとした修理に来ていたので、名越のだんじりの自慢の彫刻の写真をじっくり撮りました。 明治30年代前半の名彫刻家「寺田卯之松」の自信作で、細かく深い彫り物には毎年多くのファンが見学に詰めかけます だんじり大工は「田端辰次郎」苦心のだんじり史上初の2重見送りの「からくりだんじり」(摺り出し鼻に小屋根を後方にスライドするレール跡あり)で、摂河泉のだんじり名鑑の「名だんじり」の常連にもなっています しかし平成29年には、町史上初となる新調だんじりが出来上がりますので、このだんじりもあと7年(本曳き14日間のみ)しか曳けません 子供の頃からの馴染のだんじりでここ30年は大事に扱っていますが、今では考えられませんが、昔は車の洗車のように水で洗ったり、小屋の修理で長い間小屋の前に野ざらしで放置していたりと、ぞんざいな扱いをして申し訳なかったと思います。 新調後の売却先はまだ決まっていませんが、購入先様にはどうか大事に扱って頂きたいと思います。※日本最安値!(年平均2回の利用で、近くにある必要はない) トランクルーム貝塚※貝塚市の不動産情報の総合サイト 貝塚不動産.comにほんブログ村
2010.10.05
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不思議に思われていますが、日本では「超マイナー」なウインドサーフィンも、20年以上前からずっと正式オリンピック種目や国体種目なのです でも現実は、やっている人の80%は40歳以上のオッサンでしょうか 今年なんて、女の人がやっているのをとうとう見れませんでした 「子供はもちろん、女の人や若者がやらないスポーツなんて未来がないのか」と、時々ウインド仲間とそういう話で盛り下がりますが、「いや!俺らはジイサンになってもやるでェ!(もうすでに立派なジイサンですが)」という結論でいつも終わります。 こんなに面白くて、素晴らしく、エコなスポーツは他に無いと思うのですが、流行らない理由として、(1)道具が大きくて持ち運びに車がいる(ビーチに艇庫がある場合もありますが) (2)セッティングがややこしい (3)最初に金がかかる(中古セットなら10万以下でありますが) (4)どこで習ったらいいかわからない (5)業界、団体、愛好者全体がバラバラでまとまりがない (6)マスメディアが取り上げてくれない といった事が挙げられ、悪循環に陥っています 将来何らかのボランティアもしたいのですが、交通整理とかよりも個人的には(4)のウインドサーフィンを自然の海で、子供達に教えるといったボランティアをしたいですねェ。 世界のウインドサーフィン人口の70%が集中しているヨーロッパでは、協会、業界、スクール、メディア、プロ全体にまとまりがあり、伝統的に自然を相手に、風や波に乗って遊ぶことへの憧れやリスペクトがあるようです。 日本は周りが海に囲まれていて、湖、川、池とウインドをやる分にはヨーロッパと比べて、非常に恵まれています(ヨーロッパではウインド専用の屋内競技用プールまであります)。 日本の地方の限界集落の村に女子大生が田植え体験に来て、「パッと」明るくなるように、ウインドにもそういった「新風」が来て、パッと将来が明るくなってもらいたいものです※日本最安値!(年平均2回の利用で、近くにある必要はない) トランクルーム貝塚※貝塚市の不動産情報の総合サイト 貝塚不動産.comにほんブログ村
2010.09.18
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家内が何十年ぶりに眠っていたミシンを押入れから引っ張り出して孫や私のマスクを縫っていたのですが、途中で壊れてしまいました。結婚当初に持参してきたミシンなので、もう約40年前のブラザー社製のミシンです。この際、新品のミシンを買って気分を新たにしようとネットで探しましたが、希望価格帯の殆どのブラザー社製の家庭用ミシンが売り切れです・・・(驚)。やっぱり、みんな考える事は一緒なんですねェ・・・「家で自家製マスクを縫おう・・・」と。しかし他業界の機械メーカーと同じでミシン生産は中国のようで、コロナの影響で日本に入って来ないようです。困った・・・どうしようかと思い、修理の方向で考えていたところ、地元貝塚市半田に昔からあるミシン屋さんを思い出しました。麻生川ミシン商会(貝塚市半田7-13 072-427-5513)さんです。そこで電話すると、直ぐに持ってきて欲しいと言われたので、軽トラに積んで古いミシンを持参しました。「明日に修理出来ますよ」という事で、翌日引き取りに行ったら修理代が4000円という安さに驚きました。しかも、新しい針もボビン付きで。親戚でも何でもないですよ・・・(笑)。という事で、「燈台下暗し」・・・案外近いところにミシンの修理屋さんが健在していた事に驚き、多くの自家製マスク生産で困っている方々にこの情報を知ってもらえたらという事でブログにしました。しかし、日本メーカーの耐久性に驚きます。40年経ってもソコソコ動くなんてスゴイと思います。7,8年くらい前にタイ旅行に行った時、現地の殆どのタクシーが日本のダイハツの30年前の軽トラックを改造したモノだった事に驚きました。命に係わる自動車が日本製だったというだけで、日本人は尊敬されているのです。私は何もしていませんが、日本人の先人が築いた功績にただただ感謝するばかりです・・・(涙)。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」「貝塚不動産.com」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2020.05.10
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私の今の苗字は笹谷ですが、江戸時代末期の曽祖父の時代までは宮大工なので川岸姓を名乗っていました。苗字が変わった・・・という事実で、自分ちの過去の歴史に興味を持ちました。「苗字由来net」というサイトで調べると、「川岸」姓は県別では大阪府1300人、北海道920人となっていますが、市別では、1位栃木県足利市400人、2位大阪府貝塚市210人となっています。この数字にピンときました。栃木県足利市と言えば、同じ栃木県にある日光東照宮から48㎞しか離れていません。そうなんです。日光東照宮は左甚五郎(本名は岸上甚五郎左義信で江戸時代初期に活躍したとされる伝説的な彫刻職人)の分家筋にあたる「和泉」一族が建立したのは既に証明されています。おそらく、江戸時代に幕府の要請で貝塚市三ツ松の左甚五郎の本家筋である「岸上」一族から分家する際に、本家争いをしないように貝塚市の当時の呼称は和泉国なので和泉姓に変更したのです。実際、日光東照宮を建立に何十年も掛かり困難を極め、貝塚市三ツ松の本家「岸上」の同じ分家筋で水間の三重塔や名越安養寺の本堂の建立で実績のある名越の「川岸」一族の一派を足利市に助っ人の宮大工として呼び寄せたと推測できます(岸和田城周辺にも宮大工として川岸一族の一派が移住しているのは親族から確認済み)。オモシロいですねェ・・・在日韓国人(朝鮮人)なら通名を使えますが、日本人ならそう簡単には変更できず1つしかない苗字や家紋でイロイロ推測できるなんて。去年もテレビ大阪の「誰も知らんキング」という番組で、名越町内に多い塔筋さんという全国的にも非常に珍しい苗字が取材されていましたが、放映に先立ち知り合い経由でその由来を番組ディレクターが私に間接的に聞いてきました。町内の親戚の塔筋さんから法事の時に「笹谷家の本家の川岸仁左衛門(昔役所の間違いで今は川﨑姓)一族が水間の三重塔を建立するのに名越村から何年も掛けて通ったので、名越というのは水間の三重塔への道筋だった・・・そこから、「塔」と「筋」がくっついて塔筋という苗字が明治時代になってからついたんや・・・」という口伝が昔から伝わっていると聞いていました。確かに非常に珍しい苗字です・・・「塔」と「筋」なんて。関連性がひとつもありませんから、塔筋さんご本人の説明で納得です。江戸時代の水間寺の三重塔や本堂の建立に、左甚五郎一族でも名越の川岸仁左衛門一族が大きく関わったとされ(棟梁で)、何十年も名越から水間へ大勢の宮大工集団が水間街道(通称・旧道)をゾロゾロと歩いて通っていた光景が思い浮かびます。ひいひいひい祖父が江戸時代天保年間に水間寺の三重塔を建立した(棟梁)関係で水間村と関係が深く、その縁で曾祖父の父親(ひいひい祖父)がお夏・清十郎物語の水間のお夏の家(水間の庄屋・楠右衛門)から名越の仁左衛門に養子に来たと言われています。そして楠右衛門と縁戚?であった跡継ぎのいない水間の笹谷吟蔵さんと、次男であった私の曾祖父が合法的に養子縁組をしたのです。曾祖父の妻(曾祖母)が名越村唯一の武士(岸和田藩足軽)の石原家の娘というのも、当時の左甚五郎一族の影響力が覗えます。宮大工家と士族のカップルは、名越史上初だったのですから。まぁしかし何で、そもそも左甚五郎は貝塚市三ツ松生まれなのか・・・?泉州一帯ではだんじり文化が盛んで、寺社仏閣が非常に多いのは、左甚五郎の先祖に当たる100人の建築集団が、南北朝時代の1300年頃に近江からが貝塚市の三ッ松に移り住んだのが、そもそもの始まりです。三ツ松に移り住んだ理由は葛城山麓で良質の木材が取れ、それを伐採し近木川伝いに木を運び、大阪湾伝いに四天王寺関連の寺社仏閣を建立するために運んだと言われています。その証拠に葛城山麓に近い村の名前が「木積(こつみ)」ですし、同級生に「伐栗(きりくり)」君というのがいましたから。まぁそれが何百年に渡ってこの建築、彫刻の伝統が「左甚五郎一族」に引き継がれ、泉州のみならず近畿一円、関東まで広がっていったのです。という事で、「苗字由来net」で調べると和泉姓が香川県高松市が日本で1番多く、岸上姓が香川県観音寺市が日本で1番多い(全国2位が貝塚市)というのがナントも気になりますねェ・・・左甚五郎の本家筋が「岸上」姓で、分家筋の一派が「和泉」姓で、左甚五郎伝説(出身地)が全国にいくつもありますが、香川県には左甚五郎美術館や墓碑があるらしいのです。これって、絶対何か?ありそうです。私は左甚五郎というのは特定に個人ではなく、一族(岸上、和泉、川岸、岸本、岸谷、岸田)の総称という説に賛成で、おそらく貝塚市三ツ松の岸上本家から分家した和泉と川岸から香川県にも移住したという説が正しいと思います。要するに平たく言えば貝塚市三ツ松に左甚五郎工務店の本社があり、その後近くの名越に支社を設け、関東で大きな仕事(日光東照宮)が入り、腕利きの大工集団を長期出張で栃木県に行かせたところ大成功を収め、それが評判となって香川県や岸和田(城)にも大きな仕事が入り、本社だけでは手が足りなかったので支社からの応援で大工集団を行かせた・・・しかし何十年も掛かってしまい、その内に三ツ松や名越に戻ることなく子孫らが現地に住み着いてしまったというストーリーが考えらます。今の一般住宅ならこんな壮大な計画はあり得ませんが、寺社仏閣という100年は持つ建築は一族の力を結集した宮大工集団の命を懸けた幕府からのミッションだったのです。まぁ「貝塚市」「栃木県(足利市)」「香川県(高松市、観音寺市)」の3か所で、何か?左甚五郎の1つの謎が解けそうです。もしこの私のブログを読んで、何か現地の口伝や情報があれば電話やメールで連絡をお待ちしています。電話:072-446-0798 メール:info@sasatani.com 笹谷まで「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2024.03.04
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弊社トランクルームでは、11年前の開業当初からピアノ保管が多いです。何故なんでしょう?理由を考えると1.当分(しばらく)使わない2.高価だったので、売却するのは勿体ないので、しばらく安全な場所に置いとく3.子供や孫が使うまで置いとく4.親の形見なので捨てる訳に行かない5.大きすぎて邪魔6.重いので床が抜けるのが心配7.転勤で引越し先に大きすぎて持っていけない8.リフォームや新築の期間だけ(仮住まいに持っていけない)9.引越先が集合住宅で階下への振動や騒音が心配1~9に共通するのが、「契約者がピアニスト」という事です。車やバイクは簡単に買い替えをしますが、楽器を簡単に買い替えたり捨てたりというのはあまり聞いた事がありません。車のように、新車を買って4,5年で買い替えようという発想そのものが、ミュージシャンには存在しません。やはり楽器は自らの手で奏でますので、例え一時的に演奏を止めたとしても何時までも「愛着」があるのです。そうなんです、その楽器に思い出が詰まっているのです・・・その辺が他のモノと違うので、トランクルームに楽器が集まるというのは自然な流れだったのです・・・ピアノの保管状態は完全梱包していたり他の荷物とゴチャゴチャに保管していたりとバラバラですが、ピアノが弾ける状況の場合は本当は契約上ダメですが、例外的に「たまに弾くのはOK」と黙認していました。何年もピアノを放ったらかしにすれば、自分の腕も鈍りますし、ピアノ線の調律も必要になります。単にそんなお客さんの切なるニーズを拾っただけですが、涙の出るほど喜ばれます・・・もちろん、それで追加料金を取るなんて野暮な事はしません。本館の1階なんかは「3重ロック」ですので、思いっきりピアノを弾いても全く音が外に漏れません。例え、外への音の漏れが55~60デシベル程度になっても、昼間なら日常音にかき消されてしまいます。そんな状況ですので、今回大々的に「ピアノ保管で部屋内で練習OK」にしました。ただ条件として、9:00~17:00の時間帯で腕が鈍らない程度という事で「月1回」が限度とさせて頂きます。しかし、何でまたこんな事を企画したのかと言いますと、他社でヤッテいないからです。ピアノを保管できて、そこでピアノ練習できるところ(倉庫やトランクルーム)として弊社トランクルームは「日本初!」ということです。ありそうで、なかったのです。この、ありそうでなかった・・・というのがキモです。そもそもトランクルームを含めたピアノの保管業者は世間に山ほどありますが、単に保管するだけでそこで練習するなんて事は想定していません。「倉庫業」としての保管状態をアピールする為に、ガチガチに梱包までしているところも多いので、倉庫で演奏なんていう発想に及びも尽きません。考え方を少し柔軟にして(普通に考えて)お客さんの深層心理を少しでも考えれば、「たまにピアノを弾きたいな・・・」「ピアノ線が心配(調律が必要)・・・」というニーズが浮かんでくるはずなんですけどねェ・・・自分は〇〇業、〇〇専門(専業)・・・という固定観念はひとまず横に置いといて、自分は「ひとりの消費者(エンドユーザー)」というポジションでモノを考えるクセをつけるのも立派な経営者の訓練です。一つのモノゴトを捉える場合、色んな角度から見る必要性があるというのを大学の空手部時代に学びました。空手部では、単に稽古時間内での突き蹴りの練習だけです。しかし、空手を学ぶひとりの「武士(武人)」として、それだけではダメなのです。そう、当時は空手を修行するという意味で、生活や人生観までも大きく影響していたのです。その辺が武道とスポーツの大きな違いです。片道2時間も掛かった電車通学では、バランス感覚を養う為に吊り革を持たずに立ち、動体視力を養う為に駅の看板を読み取る訓練もしました。座席に座っても、前に立った人が自分の股間を目がけて蹴ってくる事を想定して、相手の蹴り足を自分の両足の間に来ないようにズラしたりカバンを膝辺りに置きました。空手の精神は「先手なし」「後の先(カウンター)」ですから、常に何処かから攻撃してくるというのを想定して、周りを注視ながら歩いていましたねェ・・・鍛えにくい握力をどうやって鍛えようかと、冬はコートのポケットに丸型のハンドグリップを忍ばせ、電車に乗っている間中他の人に分からないようにずっとポケットの中で何千回も握ってましたねェ・・・そして今もやっていますが、身体の左右のバランスを取るために箸は左で食べるようにしました。また相手の攻撃が来ても目を閉じない様に(相手の攻撃を最後まで見届ける為)、ボクサーもよくやっているように指を立てて開けた目の周りをトントン突く訓練もしましたねェ・・・ココまで来ると、空手オタクだったのか・・・(笑)。そうやって少しでも空手が上達するように、練習以外に日常生活にも自分なりに「イロンナ角度」から工夫をして空手意識を浸透させていましたが、残念ながら「上には上がいる」「どう足掻いても無理」・・・というのを認めざるを得なくなり空手から徐々に遠ざかっていったのです・・・しかし、そんな無駄だったように思える鍛錬やイロイロと空想や想定を張り巡らす事が、長期ブランクがあったものの未だにボチボチながらも空手を楽しんだり、仕事でイロイロとアイデアを考えたりする洞察力や考察力に多少とも役立っているのかなァ・・・と思うのでした。まァしかし、ビジネス戦略の基本である「何処もヤッテいない」というのを、単に思い浮かんだだけですが・・・そもそも凡人が新しいビジネスを考える場合、何も仰々しい事や発明みたいな大きな事を考える必要はサラサラありませんし、そんなの無理です。チョッとした事でイイのです。自然体で普通に物事を考えて日常生活していると、人々が見逃している「何でもないコト」が或る日フッと湧いてくる・・・普段の日常生活の延長線上でポッと出る・・・そんなイメージです。自営業者や私みたいな零細企業経営者は、世のサラリーマンみたいに社内の人間関係がどうやとかいった純粋に仕事以外の事でゴチャゴチャする余計な雑念が少ないのが、純粋にモノゴトを考える上で都合がイイのです・・・という事で、トランクルームというと「単にモノを置く」だけというイメージでしたが、各トランクルームによって屋外型か屋内型か、建物や周辺状況も千差万別です。その各社バラバラな状況でも、収益を上げる為に付加価値をつけようと努力は当たり前の事です。それを単に、小さい事からひとつひとつ考えていって、今回の「トランクルーム内でのピアノ演奏OK」というアイデアも、実際に実行に移している単純な作業の積み重ねの一つだったのです。しかし、そもそも何で「トランクルーム内でピアノの演奏OK」なんて事を思いついたのかというのを考えると、結局別棟で「リハーサル音楽スタジオ」も営んでいるからという事になります。トランクルームにドラムを保管して、そのドラムをチョッと運べば直ぐリハスタがあるというドラマーにとって涙の出るようなシチュエーション!それが、リハスタが出来るもっと以前からトランクルーム内でピアノを弾いていた・・・という事実にやっと結びついたのです。実に長い間、私の脳内でこの2つが結びつくまでグルグルと回っていたんですねェ・・・(笑)。そんなモンです・・・アイデアや閃きなんて。若ければ、もっと早くパッと閃くでしょうけど・・・もう私も還暦過ぎの立派なジイサン(笑)。じゃ、大々的に「トランクルーム内でのピアノ演奏OK!」にしましょう・・・という事になったのです。結局、人間の考える範囲というのは、自ずとその人の脳内にしかないという事か・・・(笑)。(オススメの関連記事)グランドピアノ保管で演奏もOK!にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2017.07.30
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ありそうでなかったシリーズ第71弾は「65歳のウインドサーファー」です。これって私の事です・・・(笑)。65歳のジイサンになっても、未だにウインドサーフィンをやっているのです。今はさすがに冬にヤル気力も技術もなく、夏だけ細々と地元マーブルビーチや沖縄やサイパンに行った時にヤッテいるだけですが・・・自分自身はまったく昔のままの感覚でウインドをやっているだけですが、たまに「ジイサンがやっている!」と見られれてのかとフッと我に返る時があり・・・チョッと恥ずかしくなりますが(笑)。まァ、そんなの関係ねェ・・・です。ウインドサーフィンを始めたのは43年前の1979年の22歳の夏です。今の関空に近い泉南市樽井浜で初めてウインドサーフィンにトライしたのです。その前年の夏にウインドサーフィンを二色浜で初めて見た時は「白い長い板で、一体何をするのだろう・・・?」と不思議に思い、これが翌年にトライするウインドサーフィンとは夢にも思いませんでした。そして、かれこれ43年も続けてきて自分でも驚いています。始めた当時の道具は特許の関係で日本では100%ウインドサーファー艇のみで(ヨーロッパでは特許はなく200艇種以上普及)、ブームもダガーボードもジョイントも木製で、セイルはダクロン製でした(今はカーボンやアルミやマイラー製フィルム)。ヨットでは未だ存在するダガーボードは、ウインドサーフィンのボード自体のショート化とフィンの大型化(ダガーボードの横流れを防ぐという機能も兼ねる)でなくなりましたが。樽井浜では「泉南フリート」というウインドサーフィンの愛好団体に所属して、毎週レースを中心に割とアスリート的に遊びました。1、2年経った頃には積極的に二色浜や脇の浜や甲子園浜や和歌山片男波や琵琶湖や浜名湖にレースで遠征したり、関西予選を勝ち抜き茨城県日立市の全日本選手権に出場したり、ウインドにドンドン嵌ってきました。ハマったついでに、当時通っていた関西外大にも学連加盟のウインドサーフィン同好会を作ったり、他の大学と一緒に関西初の学連連盟を作ったり、従弟が京都産業大ウインドサーフィン同好会を創るのに助言したり・・・「こんな事をしていてイイのだろうか?もっと他にやるべき事があるのでは?」と戸惑い悩みながら、ウインドの泥沼に嵌っていきました・・・(汗)。ウインドに嵌っていくにつれ、時間的にも金銭的にもトレードオフ的に空手やディスコやドラムやだんじりから自然と遠ざかっていきました。今思えば、全くこれまでになかった新しいスポーツ(レジャー)としてのウインドサーフィンに関わり、単なる愛好者にとどまらず大学にクラブまで創部をしてイロンナ経験をさせて頂き、最高の青春を送れたという感謝しかありません。クラブ創部という「一歩踏み入れる」事によって、クラブ運営や顧問の大学教授や他大学や学連や一般企業へのスポンサー依頼といった対外交渉によって、見える世界が変わるというのを大学時代に経験した事が何よりヨカッタのです・・・(汗)。ウインドサーフィンの道具の目まぐるしい進化で素材メーカーの展示会に行ったり、特許紛争やIOCのオリンピック艇種選定問題といったのも目のあたりして、世界の複雑な事情やビジネスの厳しさも学生なりに理解していきました。今から思えば何で「クラブ創部」という苦労を伴うであろう行動に出たか?不思議ですが、おそらく無意識のうちに「織屋の息子(跡継ぎ)」というのを自分なりに自覚していて、「創部が将来の商売に繋がるのでは・・・・」というスケベ根性が働いたのだろうと思います・・・(笑)。そして何より、全く新しいスポーツのクラブ創部した事によって、学校では決して学ばないチャレンジ精神を身につけたのか・・・?この目に見えないチャレンジ精神というのは、新しいコトをする(行動を起こす)のに敷居をドーンと低くしてくれます。という事で、ウインドを始めたのが22歳で泉南フリート仲間の最高齢者が35歳でしたので、「ナンと!一回りも上のオッサンもやっているのか!」と驚いたものですが、その35歳より「30歳も年上」の自分が未だに現役でウインドサーフィンをやっている事に自分自身がオドロキます・・・(笑)。そしてウインドサーフィンをやってきた最大の収獲は、樽井ビーチでナイスバディの将来妻となったビキニの美女をゲットした事か・・・(笑)。1981年ウインドサーフィン雑誌「ハイウインド」より「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「 貝塚不動産.com」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2022.05.02
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3人の子供がまだ小学生の間は、夏は毎週のように海に行っていました。近くの二色浜もよく行きましたが、和歌山の海もよく行きました。二色浜でも和歌山でも、ビーチの条件として「遠浅」「ウインドサーフィンができる」の2つは絶対外せませんでした。もちろん「遠浅」は子供たちが安全に海で遊べるという事で、「ウインドサーフィンができる」はもちろん私の為です・・・(笑)。遠浅であっても風が入らないとか入っても建物や山がブランケットになるビーチはNGで、ウインドサーフィンが出来ても子供らに危険な急深のビーチはNGだったのです。となると、マーブルビーチはダメですが、和歌山の海には結構条件の揃ったビーチがありました。そんな中で最も頻繁に行ったのが和歌山県日高郡の「方杭海岸」です。殆ど地元の人しか行かない、正にシークレットビーチだったのです。何で?このビーチを見つけたかは今となっては忘れましたが、恐らく中紀の田村海岸、産湯海岸、栖原海岸、西広海岸、衣奈海岸、唐尾海岸・・・といったビーチにアチコチ行っているうちに偶然見つけたのだろうと思います。気に入ったので、ビーチ前の民宿にも何回か泊まりました。漁師でもある民宿のご主人が沖に置網を作っており、その中で素潜りとかしましたが、こんな経験って滅多にできません。今はビーチ前に温浴施設もできているみたいです。この他にも白浜にかけて、名もないイロンナビーチで遊びました。残念ながら強風は期待できませんが、ウインドサーフィンのボードに子供や家内を乗せて「タンデム」遊びもしていましたので、ボードは長さ340㎝でボリュームは150ℓくらい必要でしたので、必然的にショートボード(ファンボード)ではなくオールラウンドボードだったのです。強風の時だけがウインド遊びではなく、リグ部(セイル)を外して、ボードだけでSUPのように子供3人ボードに乗せて、私が泳ぎながらボードを押すのも遊びの1つです。この微風でのオールラウンドボード時代は2台乗り継いで15年くらいあり、フレアジャイブ(後傾ジャイブ)ばかりでしたので、今の強風専用のショートボード(230cm 117ℓ)での前傾ジャイブは未だに恐怖心が先立ちデキずに悩んでいるのです・・・(涙)。まぁしかし、車の屋根にウインドサーフィン一式と浮き輪3つとゴムボートを乗せて、屋根から落下するのを気にしながら、国道42号線を走った思い出がホンと懐かしいです。こうして子育ての小学校までの一番大事な時期に、無意識のうちに仕事だけでなく家庭生活も大事にする「ワークライフバランス」を上手く取っていたのかと思います・・・(汗)。コロナ禍で世界中がテレワーク時代に大きく舵を切り始めた今、このワークライフバランスを当時から実践していたのは、私の子供の頃からの「1つだけではダメだ・・・興味の赴くまま、イロイロやりたい・・・」というイッチョ噛みの性格からでしょう(笑)。そしてビーチに行くまでの車内のBGMだけでなくビーチにカセットデッキを持って行き、当時流行っていた「チューブ」と「山下達郎」がド定番でした。という事で、「人生は思い出しかない」と実感するのは、あと数年で70歳になるジイサンの心境です。子供が小さかった20代から30代にかけて、多忙な仕事の合間を縫って、楽しい夏の思い出を作っておいてヨカッタ・・・と(涙)。子供も中学生になれば学校中心の生活になって、親とどこかに行くなんて殆どなくなりますから。膨大な数のカセットビデオを撮ってましたので、どこかに紛失してしまう前に整理をする意味で、去年業者に頼んでDVDにコピーして娘らに配っておきました・・・(汗)。そして孫がまだジイジ、ジイジと言ってくれている間に、この懐かしの方杭海岸に一度行ってみたい・・・と願うばかりです。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「 貝塚不動産.com」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2022.08.24
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海外転勤が増えるなか、一時帰国時の「家財道具の置き場所」にお困りの方が少なくありません。とくに帰国のタイミングで次の赴任先がまだ決まっていないケースでは、わざわざ東京23区の賃料が高いトランクルームに預ける必然性は全くありません。その点、弊社「トランクルーム貝塚」(大阪)は安心の屋内型の有人管理で容積比でいうと日本最安値なので、海外転勤者さまの“間”を支える拠点として最適。帰国直後から次の辞令までの不確定な期間、家財道具(家財)を落ち着いて保管していただけます。大阪・貝塚を選ぶメリット立地の利便性:帰国後の関西エリアの移動(転勤)に便利。関西空港方面へのアクセスも良好で、海外赴任の行き帰りに寄りやすいポジションです。柔軟な預け入れ:次の赴任先が未定でも問題なし。決定までの“つなぎ”として、家財を安全にキープできます。コスト面の納得感:東京に比べて保管拠点を弊社「トランクルーム貝塚」に置くことで、全体コストの最適化が期待できます(保管コストを大幅に削減)。安心の保管環境:大阪南部でも数少ない屋内型で(90%が屋外型コンテナ)、セキュリティや管理体制を整え(管理人が駐在する有人管理、オートロック出入りシステム、防犯WEBカメラ19台、WEBドアホン2台、軽トラックレンタル)、長期保管でも安心してお任せいただけます。こんな方におすすめ帰国後、次の赴任国・赴任地が未決定の方東京に家財を置く理由が特にない、関西圏での一時保管を検討したい方帰国~再赴任のスケジュールが読めず、柔軟に預けておきたい方よくあるお悩みに、貝塚でお応えします「東京のトランクルームに置くべき?」→ 次の赴任先が未定なら、まずは利便性とコストのバランスで選ぶのが合理的。弊社は引越業界最大手の全国展開している「サカイ引越センター」さんと業務提携していますので、全国どこにでも荷物を運ぶのに便利で安心です。まぁ大阪・貝塚保管という選択肢で十分に対応可能です。「短期間でも預けられる?」→ 一時帰国中のみ、次の辞令が出るまで、など短期~中期の保管ニーズにもお応えします。「家財の点数が多い」→ 大型家具から日用品まで、まとめて保管いただけます。必要なボリューム感をご相談ください。海外赴任の「移動期間」は身軽さが成果と心の余裕につながります。家財道具の保管は大阪・貝塚に任せて、次のステップに集中しませんか。お問い合わせ・ご相談はお気軽に。貴社・ご家族の状況に合わせ、最適な保管プランをご提案します。という事で、もう弊社「トランクルーム貝塚」の19年のキャリアはトランクルーム業界ではもう老舗の部類に入り、大阪でも最大級の171室も部屋数があり広さのバリエーションも豊富ですので(1.6畳~12.6畳)どんな荷物の量に対応できますし、これまでソコソコ色んなケースをオーナーである私は経験していますので、どんなご相談にも応じる事ができます。どんなに些細なことでも結構ですよ。まぁ弊社の1番の特徴であり差別化ポイントは、171室という部屋数の多さと広さのバリエーションの豊富さにあります。他のトランクルーム業者とは違って不動産仲介業も兼業していますし、私自信が宅建士(不動産業界の国家資格)でもありファイナンシャルプランナーでもありますので、帰国後の新しいお住まいに関してもご相談を承っています。それとユーザーから絶対見えないのがオーナー側の財務体質で、賃貸マンション経営によくある借金過多による自己破産で泣く泣くマンションを手放す「オーナーチェンジ」ですが、弊社は無借金経営を19年間貫いていますので、そういった心配はご無用ですよ。不動産仲介業を17年もやっていると、そういった事例をこれまで沢山見てきましたが、銀行と密接な関係のある大手企業は別として中小企業や個人の自己破産の理由のほぼ100%は借金過多という実態があるのに、マスコミや業者や尻に火がついている100%歩合制の営業マンの地主の虚栄心の隙間を突く「大家さん、大家さん」と持ち上げる甘言に何で?騙されるのか・・・不思議で仕方ありません。この情報と実力の格差による構図は私が過去20年間働いていた繊維業界にも似ていて、布を作る我々織物業者が過去50年間で98%も倒産と廃業で激減しているのに(貝塚市~岬町まで680社が15社に激減)、発注側の商社が殆ど倒産していない・・・という恐ろしいビジネスシーンを見た場合、如何にエンドユーザー側に立った視点と経営ノウハウが重要かと物語っています(汗)。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「貝塚名越パーキング」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2025.08.31
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ウインドサーフィンの月刊誌(ハイウインド、ウインドフラッシュ等)を当初20年くらいはずっと購入していましたが、その後かさ張りますので、ずいぶん捨てました しかし自分が載っている記事や、ウインドテクニック特集などの分だけはキッチリ保管しています たまにパラパラと懐かしい想いで見るのですが、ここ30年で無くなったブランドを、拾い上げる事にしました 先ずは「ウインドサーファー」、世界で初めて発売された元祖ウインドサーフィンで、私が最も世話になったボードです このボードに「青春を捧げた」といってもいいくらい、お金を掛けました。 4,5年間、毎年ボードを買い替え、セールも練習用とレース用に常に何枚か持っていましたねェ。 遠方でのレースの遠征費(ガソリン代、高速代、エントリー費)もバカになりませんでした 次は「ウインドグライダー」。 初めてのオリンピック艇種が、このブランドから出ましたが、日本では特許や、日本人には大きすぎるといったボリュームの問題で、殆ど普及する事はなかったですね。 私はグアムで、タイ製のこのコピーボードに乗りましたが、大きく細長いので、曲がる(タック、ジャイブ)のに苦労した苦い思い出が・・・・ あと「アルファ」、少し高級イメージの「セイルボード」、「ハイフライ」、国産初のブランド「ランファン」、「ティガ」・・・・懐かしいですね、しかしもうすでにこれらのブランドが消えてしまいました・・・・ しかし1970年代後半から1980年代半ばに世界中で起きた、ウインドサーフィンブームもその後ヨーロッパ以外では急速に廃れていき、最盛期の200社以上あったブランド(ボード)は、今や「F2]「ファナティック」「ミストラル」「スターボード」「RRD」「JP」「ナッシュ」、そして唯一国産の「バーレーヘッズ」くらいしかないですね まあ、需要に見合った供給しかないというマーケットの論理から言えば、こんなモンですが・・・・ ウインドは趣味の中で一番ですので、メーカーさんもショップさんも今後も何とか頑張って欲しいものです※日本最安値!(年平均2回の利用で、近くにある必要はない) トランクルーム貝塚※貝塚市の不動産情報の総合サイト 貝塚不動産.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村
2011.05.08
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町内に古くからの米屋「西出米穀店」さんがあります・・・ 平成7年新食糧法成立で、長年守られてきた米業界も規制緩和に波に揉まれましたが、ここの若大将は頑張ってます・・・ スーパーなどの安売り競争に巻き込まれず「非価格競争」戦略として、お客の好み応じたブレンドを自社独自の精米で販売するといった事もされているようです・・・ そのために「お米マイスター」なる資格も取得したようです・・・ 日々客のニーズに応じた努力をされているという事でしょうねェ・・・ 30年前のサラリーマン時代、所属部門の建築建材金物だけでなく、他部門のベビー用品や健康用品の販売を、米穀食料品卸への「新規開拓」をした事がありました・・・ 私の異分野への販路開拓と、米穀食料品卸の御用聞きに行ったついでに「カタログ販売」して食品以外も売っていこうとする積極的な販売戦略が「合致」したのです・・・ 当時はセシールや千趣会といった「カタログ販売」が隆盛を極めていて、古い体質の米穀業界にも、そういった新しい「販売戦略」を取り入れていこうと、その会社は目論んでいたのです・・・ 卸会社のカタログに自社のベビーカーやぶら下がり健康器を掲載してもらい、時には、団地の集会場での展示即売会も応援販売によくいきました・・・ そうやって新規ルートからのアプローチで、エンドユーザーのニーズを探っていたりも、していたのです・・・ やはり「一つの商品」や「一つの地域」で物品販売をしたりサービスを提供したりする場合、ときには「違った目線」でマーケットを見ることも必要かと思うのです・・・※日本最安値!(年平均2回の利用で、近くにある必要はない) トランクルーム貝塚※貝塚市の不動産情報の総合サイト 貝塚不動産.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2012.10.20
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先日、昭和39年(1964年)に父親が今の会社(株式会社笹谷繊維工場)を設立してから、ちょうど設立50周年になりました・・・そして今年は正に、昭和24年(1949年)に祖父が伯父と父親の3人で織物製造業を始めてから、ちょうど創業65周年になるのです・・・8年前に会社名をそのままに定款を追加して、織物業を完全廃業してからトランクルーム賃貸業に転業、そして5年前に不動産屋(宅地建物取引業)を始めて、内容は様変わりしていますが・・・時代に合わせて、「生き残る」というのを最優先してきましたから、先祖も許してくれるでしょう・・・会社設立50周年と、創業65周年・・・感無量です・・・親父も祖父も、天国で喜んでいるでしょうか・・・江戸時代末期に、曾祖父が宮大工の家系であった2軒隣りの本家の川岸「仁左衛門」(戦後、役所の間違いで川岸姓から川崎姓に変わってしまった / 4,500年前に三ツ松・左甚五郎の本家「岸上」から「川岸」姓に変えて分家し、名越に移住)から、次男であったために分家しました・・・※日光東照宮の眠り猫で有名な貝塚市三ツ松出身の伝説の彫刻師「左甚五郎」の本名は「岸上甚五郎左義信」で、本家争いをしないように、本家の「岸上」に対して、分家には「岸」を付けて「岸本」「岸谷」「岸田」「川岸」、日光東照宮を建立した一派は江戸幕府の要請で和泉地方から移住したという事で「和泉」に姓を変更しています。その際、養子縁組で川岸姓から今の笹谷姓に変わったのです・・・ひいひいひい祖父が江戸時代天保年間に水間寺の三重塔を建立した(棟梁)関係で水間村と関係が深く、その縁で曾祖父の父親(ひいひい祖父)がお夏・清十郎物語の水間のお夏の家(庄屋・楠右衛門)から名越の仁左衛門に養子に来たと言われています。そして、楠右衛門と縁戚?であった跡継ぎのいない水間の笹谷吟蔵さんと、次男であった私の曾祖父が合法的に養子縁組をしたのです・・・曽祖父は生まれた時は川岸惣治郎、養子縁組後は笹谷勘松(戸籍上)、大正時代に建てたお墓には笹谷惣治郎とあります。同じ人物でありながら、何故か?3つの名前を持っていたのです・・・父親から聞いた話では、戦争が始まる前の昭和10年頃に水間の奥の秬谷の契約農家に薪を買いに行くときに(当時は電気が無かったので)、父親と伯父さんをリヤカーに乗せて祖父が秬谷まで引っ張っていく途中必ず、祖父の祖父(ひいひい祖父)の生家である楠右衛門に立ち寄ってお茶と饅頭を食べて休憩していたと・・・まァしかし、貝塚市を中心に近隣の市町村で、岸上、岸本、川岸、岸田、岸谷という苗字が多いのはそういった理由で、みんな元を辿れば、左甚五郎一族なのです・・・そして当初は寺社仏閣や彫刻だけだったのが、その後だんじりの本体や彫刻にも左甚五郎一族の影響が波及していったのです・・・日本中見渡しても、お祭りの山車(だし)や神輿、だんじりで、総欅(ケヤキ)の全体が彫刻だらけというのは、泉州のだんじりしかありません・・・改めて考えると、こんな不思議な事があるのは、左甚五郎が「泉州の産」だった動かぬ証拠なのです・・・伝説の彫刻師「左甚五郎」とか、お夏・清十郎物語とか、世間では架空の人物や物語と言われているかもしれませんが、実は貝塚の山手「木島谷(清児~水間)」にあった本当の話なのです・・・本家や分家である私の家があるのが、動かぬ証拠なのです・・・町内に日本でも珍しい「塔筋(とうすじ)」さんという苗字が沢山ありますが(日本で名越が発祥の地?)、これも親戚の塔筋さんによると「仁左衛門一族が水間の三重塔を建立するのに名越村から何年も掛けて通ったので、名越というのは水間の三重塔への道筋だった・・・そこから、塔筋という苗字がついたんや・・・」という口伝が昔から伝わっているそうです・・・確かに非常に珍しい苗字です・・・「塔」と「筋」なんて、関連性や結びようがありませんから・・・塔筋さんご本人の説明で納得です・・・江戸時代の水間寺の三重塔や本堂の建立に、左甚五郎一族でも名越の川岸仁左衛門一族が大きく関わったとされ(棟梁で)、何十年も名越から水間へ大勢の宮大工集団が水間街道(通称・旧道)をゾロゾロと歩いて通っていた光景が目に浮かびます・・・名越にも沢山の川岸姓がありますが、岸和田城周辺の町に「川岸姓」の家が30軒ほど散らばっているようで、これも江戸時代に当時の岸和田城主岡部さんからの要請で名越から建築(宮大工)集団として移り住んだと言われています・・・そのうち1軒の子孫の川岸さんが2年前にうちに来られて(ネットで見られて)、御先祖の捜索に協力させて頂きました・・・幸い、その方の名越にある本家が見つかりました・・・おそらく岸和田の川岸一族も、500年前三ツ松から → 名越に岸上から川岸に苗字を変えて仁左衛門一族が分家して移住 → 100~300年前に名越から岸和田城周辺に川岸仁左衛門一族の一部が移住 というストーリーが考えられます・・・ 曾祖父の妻(曾祖母)が名越村唯一の武士(岸和田藩足軽)の石原家から嫁に来ていることからも、当時の左甚五郎一族の影響力が覗えます・・・宮大工家と士族のカップルは、名越史上初だったのです・・・という事で、遠い遠い先祖の事を考えると、50年や65年なんて、短い短い・・・何の自慢にもなりません・・・しかし、いつも思うのですが、あの先祖が建立した背の高い「水間の三重塔」はこれまでの地震にもビクともしませんでした・・・よくも2,300年前に設計図面もなしに建てたのだと感心します・・・以前本家のお爺さんに聞いたところ、自分か一族しか知らない建築の「腕(技術)」を妬まれて暗殺されたそうです・・・先祖が「藤原朝臣」という官位を貰った宮大工であったという誇りと共に、そういう悲しい歴史があったとは、子孫として非常に複雑です・・・しかし、貝塚にそういった建築や彫刻に拘わる長い歴史があったのかというと、元々今から1300年前の壬申の乱の頃に、近江から100人の建築集団が三ツ松に移り住んだのが始まりとされています・・・それが元となって、その後左甚五郎が生まれたり四天王寺も葛城山の木を使って建てたと言われています。葛城山麓で木を伐採し、近木川伝いに木を運び、大阪湾伝いに四天王寺のある大阪市内まで運んだと言われています・・・当時に思いを馳せると、想像を遥かに超えた壮大な建築計画が目に浮かびます・・・そう言えば、葛城山の麓の村の名前が「木積(こつみ)」ですし、同級生に「伐栗(きりくり)」君というのがいましたから、この口伝も満更嘘でもなさそうです・・・ 右から2番目が父親(昭和6年頃)ここもポチッと押してください!ご協力お願いします!にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2014.03.19
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本日読売新聞に「方言は個性 表現のツール」という記事が掲載されていました。私の日常的に喋っている言葉は泉州弁といって、大阪南部の方言です。大阪府外の人には分かり辛いですが、大阪弁は大きく「大阪市内弁」「河内弁」「泉州弁」の3つに微妙に分かれています。その泉州弁も、泉大津から以北の泉北弁と岸和田以南の泉南弁に分かれています。その泉南弁も地元の50代以上の人しか分からない程、更に細分化しているのです・・・(笑)。地理的にも泉州エリアは和歌山県に隣接していますので、泉南弁は和歌山弁の影響も受けていますので、「どうえいだいのだいこは、でろです(造影剤の在庫は、ゼロです)」と年配者は普通に言います・・・(笑)。私の1番シックリする言葉は、泉南弁を細分化した最終的な町内の「名越弁」になるのですが・・・(笑)。子供の頃は、名越で生まれ育った祖父や父が古臭い名越弁を喋っているのをダサいなぁと思っていましたが、今それを使っている自分に苦笑いです・・・(笑)。まぁ大阪市内や北摂は歴史的に地方からの流入者が多かったので、普遍的な大阪弁を使わないと互いの意思の疎通が出来ませんから本来あった大阪弁や北摂弁が廃れ、泉州には大阪船場に本社があった伊藤忠や丸紅や紡績(東洋紡、ダイワボウ、ユニチカ、シキボウ)と組んで日本の戦後の復興を支えた繊維産業(織物、紡績、タオル、毛布)や近郊農業があったので、仕事の為にわざわざ都会に移住する必要も無くネイティブが多く残っているので泉州弁が廃れなかったのでしょう。日本NO2の都市である世界のOSAKAで、ディープな方言(泉南弁)が未だに残っているというのは、学術的にも研究の余地があるのでは・・・(笑)。歴史的に狩猟民族であるヨーロッパ人は獲物を見つける為に常に住居を移動していましたので民族間の意思疎通のために各国の言語は似通ったモノになっていますが、ヨーロッパに比べて小さな島国である日本は農耕民族で米や野菜や魚を主食としていたため住居を移動する必要はなく長い年月を掛けて各地方に独特の方言や文化(食、芸能、風習、祭り)が発達したのでしょうけど。サラリーマン時代や織物時代の商社とのやり取りは、もちろん大阪商人の共通語の大阪市内弁で、今の5つのビジネスでは約90%の顧客が大阪府在住の方なのでケースバイケースで「大阪市内弁」と「泉南弁」を微妙に使い分けています。ここでもバイリンガルな能力を発揮しています・・・(笑)。「名越弁」が出るのはプライベートだけですねェ・・・これまでの人生で大阪以外に住んだことが無く、地方から東京に移り住み方言で悩んでいる人が多い中、自ら育った大阪弁(泉州弁)でずっと通してこれた事に感謝、感謝です。それだけでストレスフリーです。という事で、思い起こせば織物時代の取引先の総合商社の伊藤忠の大阪本社オフィスで、「そうかォ・・・おたら、もうチット負けちょうェ・・・」という懐かしい泉南弁の大きな声がフロアに響き渡っているではありませんか・・・(驚)。本部長や部長や課長など幹部を目の前に集めて、同業者の某社長が大きな商談で熱弁を振るっていたのです。遡れば明治時代から泉州と糸や織物の繊維ビジネスで深く関わってきた世界を飛び回る伊藤忠の繊維の原料部隊のエリートにとって、大阪弁とは実は泉南弁の事だったのです・・・(笑)。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「 貝塚不動産.com」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2021.06.15
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弊社リハーサル音楽スタジオ「スタジオ0724」の経営も8年半で会員数も2800人近くなると、イロンナ事が分かってきます。その1つに、たまにギタリスト(ベーシスト)の会員さんが、ストラップを忘れてくる場合があるのです。そんな事ってあるんですか?・・・というくらいギタリストにとって、ピックとともにストラップは必須アイテムです。しかし、たまにあるのです・・・そういう人が。ストラップを忘れたら、どうなるか?もちろんギターが弾きにくいのは当然ですが、本来の練習スタイルとは違って椅子に座ったりして弾くしかないのです。せっかくスタジオ練習しに来たのに、100%満足して練習したとはならないところが問題です。忘れたからと言ってストラップを自宅が遠ければに取りに帰る訳にはいきませんし、楽器店に買いに行けません。そこで考えました。スタジオにレンタル用(有料)のストラップを用意するのです。これで問題解決です。商売の基本はお客さんの問題解決ですから、単に「たまにストラップ忘れてくるなぁ」とスルーしているようでは商売人失格です。これをニッチマーケットと捉え、ビジネス化するのです。1回たった200円のレンタル料ですが、決してバカにしてはいけません。「ストラップがあって助かった!痒いところまで手が届くスタジオやなぁ・・・また来よう」という心理が働くのに期待しているのです。まぁメガバンク3行の普通預金の金利は0.020%で100万円を預けても1年後の利息は2,000円ですから、それに比べたらボロ儲けですが・・・(笑)。まぁスタジオ利用料金で利益を稼ぐのが本筋ですが、今回のギター・ストラップ以外に、以前から有料レンタルしているギター(ベース)、ツインペダル、レコードプレイヤー、小型ドラムセットも副収入になりますし、小型ドラムセットと和太鼓6台は「外部への持ち出し有料レンタル」もやって・・・スタジオ経営なんてトータルでの勝負なのです。本業のトランクルーム経営でも月額賃料で稼ぐのが本筋ですが、それ以外に有料の軽トラックのレンタル、スノコレンタル、除湿剤入替えサービス、LINEによる動画配信サービス、業務提携している大手2社の引越業者への紹介料といった副収入も競争力の一助になっているのです。特にトランクルームユーザーは年平均2,3回の利用なので「安くて安全であれば、多少離れていても問題ない」という考えから、弊社顧客の約半数は堺や大阪市内や海外在住の方なので、除湿剤入替えサービスやLINEによる動画配信サービスが有効なのです。商圏が広がった事によって、これまでトランクルーム業界では無かったこういった新しいサービスを提供できるようになったのです。現地看板だけの集客に頼っていれば、こういった可能性はなかったのです。要はビジネスは総合力の勝負なので、「小口の収入の道」を出来るだけ1つでも多く見つける事がポイントです。という事で、スタジオ経営をして会員数が500人くらいだったらこういった問題は見えてこなかったのですが、1000人超えたくらいからボチボチ目立ち始めました。ならば・・・レンタルしようかという流れになったのです。レンタル料金は1回たった200円ですが、こういうニッチマーケットも決して見逃さないスタンスが大事で、会員数も1000人を超えなければこういったマーケットがある事すら分からず仕舞いだったのです。要はステージによって見えてくるシーンが違ってくるので、できるだけキャリアを長くしてスタジオ会員数も多ければ多いほど経営が安定してくるのです。トランクルーム(18年前)も音楽スタジオ(8年前)も起業したての1年目では、無我夢中で何も見えなかった・・・という事です(汗)。2,30代の若者の創業者のスタートアップ企業なんか1,2年で結果を出す場合が多いですが、もう天才としか思えませんし、私のような68歳のジイサンには到底不可能な芸当なので、ジイサンはジイサンなりに地道に一歩一歩ユックリ歩くしかないですねェ・・・それがまだ通用する限り・・・(汗)。まぁ結局リーズナブルな利用料金で広範囲からスタジオ会員数をできるだけ増やす事が、商売を長く続けるポイントかも知れません。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2024.10.22
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第2次バンドブームとはBOØWY、HOUND DOG、レベッカ、Red warriors、BARBEE BOYS、BUCK-TICK、ZIGGY、SHOW-YA、米米CLUB、プリンセス・プリンセス、爆風スランプ、LINDBERG等の台頭による、1980年代終盤から1990年代前半にかけて(アイドル、ヒットチャート番組の衰退と入れ替わるようにして)起こったロックバンドの一大ブーム。その頃中学生から大学生だった方が、バクっと大体40代半ば~50代半ばの年代です。今この世代の2,30年ぶりの「バンド再結成」がジワジワと来ています。子育ても一段落、仕事も60歳定年まで見えてきて、人生を見つめ直すと「おっと!早くバンド再開やらんと指が動けへん・・・」という焦りか(笑)。弊社「スタジオ0724」が近くに出来た事によって、再び「バンドやろか!」という雰囲気が泉州エリア一体に出てきたのです。イイ感じですねえ・・・誠に嬉しい限りです。そしてこの年代がちょうど団塊ジュニア(第2次ベビーブーマー)にも当たり、1学年が今の10代20代の約2倍の人口の200万人もおりましたので、当時彼ら中高大学生が熱狂すると日本全体に恐ろしくバンドブームというインパクトを与えました。やはり人口の多さががブームを創り出します。ちょうど第2次バンドブームはバブル期と重なり、当時の日本列島はイロンナ意味でアツかったですね~更にその親世代の団塊世代では第1次バンドブーム(ベンチャーズ、ビートルズ、グループサウンズ)に当たり、お父ちゃんやお爺ちゃんがバンドブームの時にギターを持っていれば、大体その子や孫はミュージシャンです・・・(笑)。なので今、弊社「スタジオ0724」の会員さんの約半分が高校軽音楽部(&OB)というのも、説明できます。という事で、コロナで日本全体が疲弊している状況ですが、バンド活動の活性化で少しでも元気が出れば言うことなしです。この第1次バンドブームと第2次バンドブーム世代のちょう中間の世代である我々60歳前後の世代は、1970年代前半の中高生の時に「洋楽ロック」のシャワーを浴びていました。クリーム、ザ・フー、ザ・バンド、ジェネシス、Tレックス、オールマンブラザーズ、シカゴ、ディープパープル、レッドツエペリン、ローリングストーンズ・・・と言うか、日本発のロックという若者の心を揺さぶる音楽が殆ど無かったのです。思いつくだけで、フラワートラベリングバンド、キャロル、ファニーカンパニーくらいでしょうか・・・?私の同年代でドラムセット保管で弊社「トランクルーム貝塚」のお客さんでもあった日本を代表するジャズドラマーの東原力哉さんも、10代の頃はディープパープルのコピーをやっていたくらいですから。元レイジーのメンバーが中心となって結成され現在も活動されて過去に全米ツアーを成功させた還暦バンドでもある日本を代表するヘビメタバンド「LOUDNESS(ラウドネス)」も、ディープパープルのコピーをやっていて、レイジーというバンド名もディープパープルのマシンヘッドの名曲から取っています。私もそうですが、プロアマ含めた多くのミュージシャンはディープパープルを今でもリスペクトしています。我々60代のロック好きジジイは、あのディープパープルの名曲「BURN」を聴くとココロが震えるのです。なので、ロックといえば海外ミュージックだったのです。更にその後1970年代後半から世界中を熱狂の渦に巻き込んだ「ディスコブーム」で、我々60代はもう完全にアメリカのソウル&ブラックミュージックにノックアウトされたのでした・・・(笑)。その後遺症が、未だに残っていますが・・・(笑)。まぁその1960年代後半からドッと日本に入ってきた洋楽ロックの大きな影響が、第2次バンドブームを作り出したと言えるかも知れませんねェ・・・「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「 貝塚不動産.com」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2020.07.04
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私の人生の中で音楽が占める割合が多いのですが、その中で1番ショッキングな出来事があったのが48年前の1972年でした。 1972年と言えばちょうど鳳高校に入学した年で、ラグビー部を2週間でやめオーケストラ部に入ってトランペットを始めたのです。 その影響はブラスロックバンドのシカゴとチェイスでした。 中学1年生で洋楽ロックに目覚め、特にシカゴに心酔していたのです。 正に、この1972年に彼らは来日したのです。 彼ら以外にも、この年にレッド・ツエペリン、Tレックス、ピンク・フロイド、スリードッグナイト、EL&P、カーペンターズ、続々と来日公演をしています。 特筆すべきは、全てのバンドが絶頂期だったという事で、如何に欧米の音楽業界が日本のマーケットを重視していたかの証明です。 欧米の音楽業界から見ると、当時世界で自由主義国で人口1億人というのはアメリカに次いで日本が2番という巨大マーケットでしたから、ビジネス的に各国が日本に目を付けるのは当然の事でした。 当時それらのロックコンサートに行った高校生や大学生は今60代半ばから後半ですが、リアルで彼らの演奏を聴いたのです。 何もコンサートに限らず、この「若い頃のリアル体験」というのが非常に重要で、一生何らかの形で残るのです。 30代や40代になってからでは遅いのです。 あくまでも10代や20代前半のリアルタイム経験・・・これほど「衝撃的な経験」はありません。 これから大きくなる私の孫や若い人に言いたいのは、心の底からヤリタイ事をやり「青春に悔いを残さず」です。 親の顔色を窺ったり、世間の常識に惑わされるのは愚かな事です。 弊社「スタジオ0724」の会員1500人超の約半数が高校軽音楽部かOB&OGですが、バンド活動に青春を懸けるほとばしる情熱を感じると、日本の将来はまだまだ明るいと感じるのは私だけでしょうか・・・? まぁしかし、アーティストが来日するという情報は「ミュージックライフ」や「ライトミュージック」といった当時若者に大人気の音楽月刊誌からでした。 しかし、時すでに遅しでコンサートには間に合いませんでした。 来年は絶対行くぞ・・・と心に誓いました。 1972年当時の日本の音楽業界は、ちょっと前まで大流行していたGS(グループサウンズ)が廃れてテレビから消え、テレビでは演歌や歌謡曲が全盛で、フォークソングの勢いが増して来た頃でしたが、当時の音楽に敏感な中高生や大学生はテレビの音楽番組なんか見ずに、ラジオの洋楽番組に噛り付いていたのです。 ラジオからの洋楽ソースは海外から日本にバンバン入ってきたのです。 この時不思議に思ったのが、欧米ではシンガーソングライターが当たり前なのに、日本の演歌や歌謡曲は作曲と作詞と歌手の「3者分業体制」が主流だったという違和感でした。 その後の日本の携帯電話と同じで、中学生までずっと聴いていた日本の音楽が「実は世界から見ると、ガラパゴスだった」という驚きです。 「これまで何だったんだ?」という気づき、と言うかこういった視点。 テレビからの音楽に洗脳されず、もっと他にもソースを広げる努力・・・この考え方は今でもビジネス的に応用できると思います。 まぁしかし、当時のテレビで洋楽ロックの映像なんて殆ど見れませんでしたので、音だけです。 正に、耳だけが頼りです。 どんな格好(ファッション)で演奏しているのか・・・? どんな楽器を持っているのか・・・? 想像力を掻き立て、国内版に先行し輸入盤のアルバムが発売されれば、いの一番に心斎橋のヤマハに飛んでいきました・・・(笑)。 そして、アルバムジャケットの写真や制作クレジットを食い入るように見て、想像力をフル動員するのです・・・(笑)。 まだカセットデッキもVHSビデオもなく、ラジオのステレオ放送もない時代でしたから、耳からの情報が唯一の頼りでしたので、当時の若者はイマジネーション力が発達したのでしょう・・・(笑)。 確か難波地下の渡辺楽器でたまにアルバムを買うと、付録にネックチェーンやTシャツが付いてきて涙が出るほど嬉しかったのを思い出します。 私が実際にシカゴのライブ行ったのは翌年の1973年でした。 まだ大阪の地下鉄に1人で乗ったことが無かったので、チケットを買うにも当日のコンサートに行くにも親に一切言わず、難波駅から厚生年金会館まで片道1時間かけて歩いて行ったのを、昨日の事のように覚えています。 当時は反抗期でしたし、演歌世代の親に「ロックを聴きに行く」なんて反対されるのは分かっていましたから、口が裂けても言えませんでした。 まぁ、よく行ったものだ・・・と振り返ると涙が出るほど嬉しいものですが、行かなければ一生悔いが残っていたでしょう。 「勇気を奮い立たせ、自分の意志を貫いた」充実感とでも言うのでしょうか・・・ 学校で「勇気」の出し方は教えてくれませし、自らの経験で学ぶしかないのですが、社会人になってからこれまで勇気が要る場面が多々ありましたし、これからも要る事でしょう。 とにかく、これまで興味を持ったモノに勇気を出して「一歩進めた」人生を歩めたのも、元はと言えば高2の時のシカゴのライブコンサートが発端でした。 経験をお金に換算するのは心苦しいですが、敢えて分かり易く伝える為に言うと、47年前のシカゴのライブコンサートに行った経験は今の1000万円以上の価値があったでしょう・・・ それほど私にとって、価値があったのです・・・(涙)。 これから本格的に始まる70代以降の老後・・・もちろん今まで通り「勇気」を持って臨むつもりです。 という事で、1972年の2年前の中学生の頃は一人で南海電車も乗ったことが無かったので、1か月の小遣い500円を握りしめて水間線に乗り、貝塚駅前にあった唯一のレコード店エコーに350円のシングルレコードをよく買いに行きました。 A面とB面に計2曲しか入っていませんでしたが、実質A面の1曲だけが目的の曲でしたが、それを店主の顔色を見ながら「この曲聴かせてください・・」と何枚も視聴させてもらって、2時間も粘っていました・・・(笑)。 この頃に「粘ちこい」性格が作られたのか・・・(笑)。 「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「 貝塚不動産.com」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.com にほんブログ村 にほんブログ村 にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2020.11.23
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昨日は午後から岸和田市、貝塚市、熊取町の主要だんじり衣裳店(祭礼専門店)8店舗に「だんじり鳴物(和太鼓)練習場」のフライヤーを持参してきました。いわゆる私の得意とする「飛び込み営業」です・・・(笑)。何でまた、だんじり衣裳店へ・・・?泉州以外の人には理解しがたいと思うのですが、だんじり祭には周辺ビジネスが沢山存在します。だんじり本体の元請けである「だんじり工務店」、工務店から委託される「彫刻工房」、だんじりの付属品(金網、旗、幕、綱、シャフト)、法被などのだんじり衣裳関連(小売り、染工場、小物、タスキ、刺繍)と大きく分けて4つのカテゴリーがあり、その中でだんじりを曳く人の多くが来店する「だんじり衣裳店」にターゲットを絞ったのです。的外れの方向にいくら努力しても報われないというのは、サラリーマン時代と織物時代に身に沁みました。そして、その8店舗とは「大阪屋」「千野屋」「おとま屋」「烏野金物店」「山松衣料」「チェックスポーツ」「兵八 水間店」「兵八 熊取店」です(敬称略)。「だんじり鳴物練習場を貝塚で営んでいます」というセールストークで店に飛び込みすると100%ウエルカムで、全店フライヤーをカタログスタンドと共に快く置いてくれました。全く面識もない人間が売り込みに行って、その場で「カタログを置いてもイイですよ」と。幸いにも、全店すべて経営者に会えましたので即決です。本当に有難い話です・・・(涙)。やはり「泉州唯一のだんじり鳴物の練習場が貝塚にありますよ」というセールストークが効いたのでしょうか。その裏には地元泉州でしか分からない事情があったのです。いくらだんじり祭だと言っても、だんじり小屋でドンドン叩いても近隣住民の100%賛成する訳ではないのです。やはり地元泉州ではないところから引っ越して来たらなかなか理解が得られません。ならば「だんじり小屋以外で叩く場所があれば・・・」という潜在需要を拾うのが弊社だったのです。そしてそんな需要を拾えるところは、何故かだんじり祭の本場である泉州では弊社しかなったのです。やはり場所(スペース)と和太鼓に設備投資に金がかかり過ぎるという点で、誰でも参入できないのです。弊社「スタジオ0724」(貝塚市名越661 072-446-0798 トランクルーム貝塚「別館」1階)の場合既にスタジオという防音されたスペースがあり、あとは和太鼓を購入するだけでしたが、だんじり鳴物だけでは集客できないと、一般和太鼓もターゲットに入れて余分に6台も買ってしまいました・・・(汗)。まぁしかし8店舗を回って気づきましたが、岸和田、貝塚、熊取の祭り好きだけでなく、特にだんじりの本場である岸和田の店舗には堺市や阪南市から来店するらしいのです。「やはりだんじり本場の岸和田に行かなければ・・」というのがマーケットの生の声です。おそらく累計で何万人も来店するだろうと思います。これは私も全く同感で、昨年からスタジオでだんじり鳴物を始めて、堺市から阪南市までの広範囲から来店されるのに驚きました。特に堺市の鳳地区周辺は赤丸急上昇中で、上だんじりから下だんじりへの変更でスピーディーなやり回しが主流になった事が原因で、堺のだんじり熱が熱くなったのでしょう。50年前に鳳高校生だった私が、昔の高校正門前の近くに原田のだんじり小屋があったのを見つけ、隙間から小屋の中を覗くと埃をかぶった上だんじりがあり、通りかかった原田の村人に「もうだんじり祭やっていないんですか?」と聞くと、「もうだんじり祭も無くなって長いこと経つわ・・・」てな話を聞いた思い出から隔世の感があります。その割に富木駅から高校まで取石の村中を通学していると、当時上だんじりの祭りを細々とやっていたのを見て、この辺でも変わっただんじり祭がやってんだなぁという印象がありました。まァしかし、66歳になって他人の会社に転職して新規事業の飛び込み営業なんて出来ませんが、自分の会社だからこそ20代のような飛び込み営業というパワーが湧いてきたのです。ココです・・・ポイントは。ボランティアは別ですが、年取ってから他人のために営利目的で働くなんて、気力が湧くはずもありません。自分や子や孫のために働くと意欲が湧くのです。私の場合は3人の子供と5人の孫の計8人も・・・ジイジに期待しているのです(汗)。それが励みになるんですねェ・・・という事で、ここ20年ほどだんじりの新調ブームで泉州のだんじり祭も盛り上がっていたり、世界的に日本の和太鼓が長年静かなブームを呼んでいるというのが、弊社が「だんじり鳴物(和太鼓)練習場」ビジネスに参入した理由です。せっかく設備投資をしましたので、これが単なるブームに終わらない事を祈ります・・・(汗)。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「 貝塚不動産.com」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ慶印籐巻篠笛 6穴7本調子 【ご注意】古典調のお囃子用の篠笛です。ドレミ音階ではありません。[ 和楽器 楽器 しの笛 よこ笛 横笛 篠笛 Japanese transverse bamboo flute 祭囃子 神楽 獅子舞 お囃子 おはやし 和太鼓 ]価格:5,720円(税込、送料無料) (2023/6/19時点)楽天で購入日本だんじり文化論 摂河泉・瀬戸内の祭で育まれた神賑の民俗誌 [ 森田 玲 ]価格:2,750円(税込、送料無料) (2023/6/19時点)楽天で購入
2023.04.11
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本日の読売朝刊に訪日客急増による「世界へ魅力を発信する好機に」と題する社説が掲載されていました。多くの企業が円安による原材料高とコロナ禍のダブルパンチでここ3年で苦しんできましたが、昨年後半からコロナ終息と円安で急速に拡大する日本のインバウンド業界には光が差し込んできました。正に、急拡大する新しいニーズです。このインバウンド業界に弊社「スタジオ0724」は参入しようとしています。スタジオに常設している日本の伝統文化芸能である和太鼓6台で「日本を体験」してもらうのです。わざわざ○○業界と称しているのは、これまでと全く違ったビジネスに視点を変えてチャレンジしようとしているからです。まず顧客が外国人で、応対は英語です。要するにスタジオは「使ってもらってナンボ?」ですから、通常のバンド(ダンス、だんじり鳴物)練習以外に、利用規約や料金体系をインバウンド向けに変更して1時間でも多くインバウンドでスタジオを埋めようというスタジオ業界で生き残るための経営スタンスです。日本の小売りや飲食店はインバウンドが増えても同じ料金ですが、弊社スタジオの場合は同じスタジと和太鼓を使いながらインバウンドは全く切り離して考えています。ココです・・・ポイントは。これは30数年前の織物時代の取引商社に技術アドバイザーとして同行した中国旅行(出張)での二重価格制からヒントを得ました。10日間の日程で主要都市を列車で回りましたが、この時の中国でのディープなイロンナ経験は今でも活かされています。夜行列車で早朝着いた済南駅前の広場で何万人もの無戸籍者(一人っ子政策からはみ出た人達)に遭遇したり、夜行列車で強盗に遭いそうになったり、誰でもキーを沢山持っている日本人が理解できない理由、夜の真っ暗な上海で暴走するバスに轢かれそうになったり、毎回タクシーに乗っても信号でクラクションの鳴らしあいで渋滞になったり、工員の月収が5000円だったり(商社現地採用中国人スタッフのエリートで月収1万円)、エアージェット織機1台につき1人工員がつく恐ろしい数の工場従業員、技術アドバイスしても無駄だったり、何故か若くて美人の公司スタッフが我々1人ずつに付いたり、日本で1000円くらいで売られている彫刻の入った木製の耳かきが1本2円だったり、貸し切りタクシーで公道に一時駐車しても近所の関係ない駐車場管理人から駐車代を請求されたり・・・まぁ別にスタジオを利用するのは、これまでの日本人や在日外国人に限らないという事です。今回のターゲットは観光で日本を訪れている外国人なのです。外国人だからと言って、決して怯まないことです。別に日米交渉をしたり、中東問題を討論する訳ではありませんから。堂々と私の拙い英語で渡り合います・・・(笑)。大阪ミナミの商売人も必要に迫られて、みんな英語を上手にしゃべっています。これまでのお客さんに加えて「プラス」という感覚ですが、私は全く「違う意味」で捉えています。近隣の同業のスタジオのお客さんを奪い去るゼロサムゲームではなく、インバウンドは「降って湧いてきた」新しいニーズでありマーケットなのです。スタジオは会員制で2時間以上の利用が条件ですが、インバウンドに限ってビジター扱いで会員登録は不要でパスポートの提示だけで、通常のドラム(和太鼓、リトミック)レッスンと同じように1時間だけの利用OKです。彼らは勝手に日本に来て、日本で何か独自の文化芸能を「体験」したい外国人たちです。その場を提供しようとするのがスタジオ0724だったのです。更に和太鼓を体験したいなんて、ニッチマーケットなので大手が参入してくるはずがありませんし、ひょっとしたら南大阪(泉州)では関西空港に近い弊社の独占になるかも知れません。是非そうなるように、今イロイロと努力しています・・・(汗)。2024年の訪日客数は3300万人と予想されますが、そのうち年間たった1000人でも来てくれれば・・・と。まぁしかし、大学に学連加盟のクラブを創部したほど私の長年の趣味でもあるウインドサーフィンは基本的に川や湖でもできる風で走るモノですが、これに波が加わると大阪湾であるマーブルビーチで乗っているとジャンプしたり物凄いスピード感を味わえるのと同じように、このタイミングでインバウンド急拡大という大波に乗らねば・・・と(汗)。同じウインドサーフィンという道具でも、海面によって全く違ったフィーリングを味わえたりアソビができるというのをウインドで知りました。だからウインド仲間は若い頃にこの魅力にハマってしまって、みんな50代60代になっても続けているのです・・・(笑)。という事で、インバウンドの和太鼓体験という新しい潜在需要が目の前にぶら下がっているという状況下で、如何に行動するかが私の経営手腕に懸かっていますが、8年前の雲を掴むような音楽スタジオ起業時と比べてリスクもなく未だ分かりやすいので楽勝です。しかしトランクルーム業界、不動産業界、音楽スタジオ業界と3つの業界で「ヨコ」の動きをしてきましたが、今回のインバウンド業界は「タテ」や「ナナメ」の動きと言えるでしょう。自分的には小中高と歌謡曲や洋楽ロックに馴染んできましたが、大学生になってから山下達郎やユーミンのようなJポップやフュージョンのリズムが急に身体の中に入ってきた「オモロイやないかい」という感覚ですが・・・(笑)。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2024.02.09
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ドラマーにとって常識ですが、バスドラムの中に毛布を入れてアタック音の締まりをよくしています。これがミュートです。弊社リハーサル音楽スタジオ「スタジオ0724」のAスタジオとBスタジオには自宅の余った毛布を入れていますので、コストゼロです。しかしCスタジオにはパールの軽いミュート2個しか入れていません。毛布を買うとなると1万円(重量のあるウール100%)はしますから。しかし先日近くのコーナンプロで1枚800円の毛布を見つけ、「これだ!」とピンときました。ホームセンターで売っている毛布は寝具用ではなく、引越の梱包や資材の当てモノに使うもので、ドラムにミュートも同じような用途です。同じ毛布でも多用途なのです。人間にも言える事で「これしか出来ない」では人生の可能性が狭くなり、アレもコレも出来ますよなら可能性がグンと広がるのと同じ理屈で、弊社も織物時代は「40番手の平織り(ポプリン、ブロード)しかできない」では全く話にならず「平織りだけでなくサテン、ツイル、ビエラ、葛城などできて、チノパンの5番手からハンカチの100番手まで多品種小ロット生産(月産20万m)でコロコロ品種替えをしまっせ」で生き残ってきて、今もそのスタイルを応用して五毛作経営(トランクルーム、音楽スタジオ、不動産仲介業、テレワーク室、卓球場)をしているのです。まぁ早速買って、Cスタジオのバスドラムに入れると、以前よりアタック音の効いたサウンドが。あとは、お客さんの好みに応じて毛布の位置をチューニングしてもらうだけです。これでドラム会員さんも喜ぶでしょう。バスドラムのヘッドを外すなんて滅多にしませんから、ついでにボルトの増し締めをしました。織物時代のシャットル織機はガタガタ常に揺れていますので、ボルトがどうしても緩んでくるのでボルトの増し締めが習慣になっていたのが蘇がえり、バスドラムも常にペダルでキックされてボルトが緩むモノですから。あまった2つのパールのミュートを、ドラムレッスンに使ったり外部へのレンタルをしている「リズムトラベラー」のバスドラムに入れると音が劇的に変わり感動しました。バスドラの口径が小さいので、効果がてきめんに現れるのです。これでCスタジオのドラムと外部レンタル兼用のドラムレッスン用ドラム(リズムトラベラー)2台の合わせて3台のドラムのバスドラムのチューニングの範囲が広がり、たった800円で品質が良くなった訳で、万事メデタシメデタシです。経営者はコストパフォーマンスを考えるのが常で、今回の800円の毛布は私的には大ヒットでした。まぁバスドラムの音がチューニングでよくなった事で、値上げなんて野暮な事は言いませんのでご安心を・・・(笑)。そして普段足首に空手のキック力(下半身)強化のために巻いている「アンクルウエイト(1㎏)」が古くなったので残念ことに昨年それを捨ててしまいましたが、今巻いているウエイトが古くなれば次回バスドラムのミュートの一助になるであろう・・・と思います(汗)。私のような無借金経営を貫く零細企業経営者なんて、銀行から金を借りる事は頭になく誰にも頼らず独立独歩で歩んでいますので、自分の脳ミソと乏しい資金だけをアテに「パズル的思考力」の勝負だと・・・言えます(汗)。という事で、こんな小さなことでも、ドラム会員さんが「オッと!」と驚くような刺激になれば言う事なしで、零細企業の経営なんて所詮こんな「小さな事」の積み重ねだと思いますし、単にこれを大事にするか否かの違いです。まぁドラマーである私がスタジオを経営していますのでココまで気が付いたのかも知れませんが、ギタリストが経営者なら別の面でスタジオ改革できるでしょう・・・弊社スタジオのA~Cスタジオにはロックの名器(スネアドラム)と言われる「ラディックLM 400」と「ラディックLM402」常設し、キックペダルには世界最速(軽い)と言われる「dw9000」が常設しているのもドラマー経営者ならではかも知れませんが、家族からは「あまり凝り過ぎるな」とイエローカードを出されています・・・(笑)。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2024.06.16
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今年の空手道場の昇段試験に3人が合格しました・・・60代半ば2人と、19歳のヤングマンです・・・60代の2人のうち1人は、3年前に全くの初心者から始められた方です・・・これには、ホント驚きましたねェ・・・もうボチボチ、ゲートボールでもしようかという年に・・・何で?格闘技を始めようと思うのでしょうか・・・理由はともかく、私も感心するほど3年間殆んど休むことなく、時々身体の不調を訴えながらも、限界ギリギリに一生懸命稽古に励んでおられました・・・その姿には、私も随分刺激を受け励まされました・・・身近にこういう人がいると嬉しいですねェ・・・逆にこういう「同士」や「友人」を自分の周りに出来るだけ沢山持つことが、人生を実りあるものにするのではないでしょうか・・・しかし、我が空手道場も19歳から72歳まで様々です・・・2、30代がおらず、40代、50代、60代が中心で、平均60歳くらいでしょうか・・・平均60歳の空手道場なんて、日本には少ないでしょう・・・まァ元気なジイサン達が、空手を楽しんでいるという雰囲気です・・・フルコンタクト(直接打撃性)ではなく、あくまでノンコンタクト(寸止め)ですので、年とっても出来るのでしょうし、突き蹴りや「型」の空手だけでなく、武器(棒、ヌンチャク、サイ、トンファ、ウエーク)もしますし、取手という沖縄唐手秘伝の関節技もしますので、飽きることがありません・・・私も含め、元々若い頃に空手などの格闘技をやっていた人も多く、「夢よ、もう一度!」という人だけでなく、これから健康や護身目的で身体を動かそうという女性や若い人なんかも大歓迎です・・・その人に合ったKARATEをやるだけでも、OKです・・・しかし、オッサン達が和気あいあいと稽古に励めるのも、何より師範の人望によるところが大きいと思います・・・私も今年の11月で丸3年経ちますが、師範の人柄でここまで続けることが出来ました・・・しかし、月謝も毎月1000円しか取らず、昇段試験は無料どころか、試験当日撮ったDVDまでタダで頂けます・・・もう完全にボランティア以上の「聖なる奉仕」をされているという感じです・・・中小企業経営で言うところの、社長の人望と全く同じです・・・どちらもトップ次第です・・・という事で、これからもまだまだ師範から学ぶことが山ほどあり、稽古に精進したと思います・・・押忍! 唐手道 止揚会ここもポチッと押してください!ご協力お願いします!にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2013.06.02
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実は私、フォークリフトの運転免許証を持っています。正式名称は「フォークリフト運転技能講習修了証」で、国家資格の一つです。持っているだけでなく、織物時代は毎日糸や織物をフォークリフトで運んでいましたからベテランだったのです。所謂、専門技能です。一般的なガードマンや警備員は体力さえあれば比較的誰でも即日仕事ができますが、私のように専門職であるフォークリフト運転手として今でも即日働ける人は少ないと思います。自動車の運転免許証と同じで資格はもっているだけでなく、技能がともわないとナンセンスです。私も持っている不動産会社で5人に1人必要な「宅地建物取引士(宅建士)」も単に試験に合格しただけでは無意味で、そのなりのキャリアを積み上げていかないと収入に繋がりません。織物会社でフォークリフトを購入したと同時に免許を取得したので、もうかれこれ30年以上前です。当時は全く運転した事もなく、いきなりフォークリフトメーカーの営業所に行って、チョッと運転して簡単な筆記試験で合格です。その間、たった2時間程度だったと思います。当時300万円の3段マストのフォークリフトを買ってもらったお客さんですから、そりゃ丁寧に教えてもらいました・・・(笑)。「だいたい教えますんで、あとは実践で覚えていって下さいねェ・・・」てな感じだったのでしょう。今は、5日間で4万円の費用でキチンとした実技と学科試験があるようで、昔みたいな訳にはいかないようです。と言うのは、数年前に事業用不動産の不動産仲介で、フォークリフト試験会場用の不動産物件(土地)を取り扱った経験がありますから。「今は難しいんや・・・」と驚くとともに、試験を難しくして新たなマーケットを業界ぐるみで作っているんやなぁと感心しました。15年前の織物業からトランクルームに転業時に一時期、織物工場内の機械を搬出した後に、そこでフォークリフトに乗って糸や織物を預かる倉庫業でも始めようかと計画した事がありました。これもフォークリフトの運転に自信があったからです。特に高さ4.5mの2階への荷物の上げ下ろしが、微妙な運転テクニックを要しました。荷物を高く上げれば上げるほど揺れ幅が大きくなりますが、建物構造上揺れ幅を数センチ以内の収めないとダメでしたので、アクセルとハンドルの絶妙なテクニックが必須だったのです。しかしいくら運転に自信があって早く正確に荷物をパレットに積み上げる運転テクニックがあっても、採算を計算したら根本的に全く合わなかったので断念しました。9時から17時まで私が1日中フォークリフトに乗って、1か月の売上(保管料)予想がたったの20万円です・・・(涙)。この売上げ20万円では従業員を雇う以前の問題で、固定費や税金関連や火災保険やガソリン代を支払えば私の給料は殆ど出ません・・(汗)。それほど繊維業界の荷物保管(糸、織物)ビジネスはムチャクチャ厳しかったのです。これまでの繊維業界のコネを利用しようという甘い考えがコレで吹っ飛び、コレが繊維業界と縁を切るキッカケになり、「転業は繊維業界と全く違う業界へ行こう!」と決意を新たにさせたのです。紆余曲折を経てトランクルームに転業した訳ですが、それも当初集客が全くできなかったので家内に電話番を任せ、私が外で働いて稼ぐために職安に行きました。そこで見つけた仕事に倉庫でフォークリフト職があり喜んだのも束の間、月収が15万円と書いてありガックリしたのも昨日の事のように覚えています。いくら元織物会社の社長だったとしても、倉庫会社は私を単なるフォークリフト運転手の働きぶりしか評価しませんから。しかしフォークリフト免許がなければ、殆ど織物業しか経験のない50歳の男には他の仕事さえなかったのです・・・(涙)。50歳の時点で何も特殊な技能や資格がなければ「月収15万円」・・・これが厳しい現実でした。という事で、職安で散々仕事を探しましたが結局見つからず、仕方なくプライドを捨て同業の織物会社の社長に頭を下げ「12時間(残業4時間)現場で機織りをさせて下さい」と頼み込み、やっと手取り30万円の仕事にありつき、これで何とか家族6人を養い固定資産税を払う事が出来たのです・・・(汗)。この難局を突破できたのは「会社経営は営業や経理だけ出来てもアカン。現場を熟知してないと。」と子供の頃から父親から言われていたお陰でした・・・(涙)。いずれにしろ、宅建士やフォークリフトといった独占業務の国家資格は転職しても日本中どこでも有効ですが、一方社内でしか通用しない「社内資格」を昇格と昇給をエサに一生懸命取らせようとする大手企業が多いですが、終身雇用制が実質崩壊しつつある今、転職すればせっかく努力してその資格を取ったとしても全く無意味(無効)になりますので注意しなければなりません。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「 貝塚不動産.com」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2021.09.21
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今月1日から泉佐野市下瓦屋の「ショッパーズモール泉佐野」が、「いこらもーる泉佐野」に名称が変わったようです・・・「いこらもーる」・・・?どういう意味か、大阪の人間でも分かる人は少ないかも・・・私は、ピンときました・・・「いこらもーる」の「いこら」は和歌山弁で「行こうよ」と言う意味です・・・「もーる」は、ショッピングモール(遊歩道のある商店街)のモールです・・・泉佐野は貝塚と同じで泉州の南部、つまり「泉南」ですので、地元の方言で言えば「いこかもーる」になり、「いこかもーる」に行こかになるはずですが・・・「いこらもーる」に行こらになりません・・・「か」か「ら」か、どっちでもイイようなものですが、デンデン(全然)違います・・・(笑)同じ大阪でも、大阪市内や北摂、泉州でも北部の「泉北」は和歌山弁の影響はまだ少ないですが、岸和田から岬町までの泉南弁は「大阪弁と和歌山弁の中間(混ざっている)」とよく言われますが、ザ行とダ行の混同が著しいですねェ・・・高校時代堺の鳳高校に行っていたのですが、入学当初「デンデン、あかなしょォ(全然、ダメですねェ)」とか、「めんどいよォ(恥ずかしいわァ)」とか、「でったい、いこかい(絶対、行きましょう)」と言うと、怪訝な顔をされたのを忘れもしません・・・(笑)同じ泉州でも、堺市は違うのだと、恥をかきました・・・この日から高校大学、サラリーマン時代と10数年間、多くの人にも通じるようにと、言葉使いに気を付けるようになりましたが(極力、大阪市内弁を使おうと)、家業の織物屋に戻ってからは、また貝塚弁に戻ってしまいましたが・・・(笑)我慢してした分、その反動が激しく、貝塚弁よりもっとディープでレアな「名越弁」を時々使ってしまって、家族にも怪訝な顔をされる始末です・・・(笑)極端な例で、「先生!造影剤の、在庫がゼロです!」 → 「先生!どうえいだいの、だいこがでろです!」なんて、和歌山も泉南も同じです・・・(笑)また嘗て、泉州と紀州を走る南海電気鉄道の案内放送では、関西国際空港開港時に改められるまで、「でん車輌だ席指定、特急サダン、和歌山港ゆきでごだいます・・・」のような発音が聞かれたようです・・・子供の頃、父や祖父が喋っていた名越弁を、「あんな田舎弁、めんどいよォ(恥ずかしいわァ)」と思っていましたが、その言葉を日常的に喋っている自分に苦笑いです(仕事では大阪市内弁)・・・岸和田以南の「泉南弁」の例「あいた(明日)」「あいさに(時々)」「あけどんど(開けっ放し)」「~言うちゃった(~言ってました)」「いごく(動く)」「いっけ(親戚)」「うたてい(ウザい)」「おいえェ~(そうです、肯定の意味)」「おがる(怒鳴る)」「おっさん(お寺の和尚)」「おてから~(そして~)」「おとろしよ(恐ろしよ)」「おぼる(埋める)」「おもや、いんきょ(本家、分家)」「かいだるいのォ(情けないじゃないか)」「かだら(身体)」「ぐいち(互い違い)」「ぐちなわ(蛇)」「ぐるり(周り)」「さいぜん(先ほど)」「さんま(墓地)」「しこる(暴れる)」「あかなしょ(ダメですよ)」「ホンマじょ(本当だね)」「じんじり(ツムジ)」「せんど(沢山)」「ぞれる(溢れる)」「だんない(気にするな、かまわない)」「たんた(風呂)」「ちょんがる(とがる)」「てたう(手伝う)」「とっつも(ちっとも、全然)」「にんぎゃこい(賑やかな意味)」「はちかる(股を開く)」「はっと(通せんぼ)」「ひにきる、ちみきる(つねる)」「へっついさん(釜戸)」「ほたえる(騒ぐ、暴れる)」「どろす(おてんば)」「まいな(沢山)」「めんどい(恥ずかしい)」「もむない(不味い)」「よーしって(わざと)」「ひゃっこい(冷たい)」「わいとこ(僕んち)」「よばれる(御馳走になる)」「わっとろしゃお!(オーマイガッド!)」・・・まだまだ、イッパイありますが、これらを使っているのは50代以上ですので、私達がいなくなれば、これらの方言も無くなるのでしょうか・・・しかしこの泉州弁、20数年くらい前に大阪本町の取引先の大手総合商社で聞いてビックリしました・・・よく知っている同業の織物会社の社長が、その商社の本部長、部長、課長数人を前に、「オイエ~・・・」「おたら、・・・なにかエ?」「そんなん、めんどいワショウ・・・」「もっとお前、値段上げちょうェ・・・?」と堂々とディープな泉州弁で商談しているではありませんか・・・世界でビジネスを展開している総合商社のエリートにとって(繊維部隊)、身近な大阪弁とは実は泉州弁だったのです・・・(笑)ここもポチッと押してください!ご協力お願いします!にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2014.06.14
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日本のサービス産業は労働生産性が低いと言われています。公益財団法人日本生産性本部が平成30年1月26日に発表した統計資料、「質を調整した日米サービス産業の労働生産性水準比較」によると、日本のサービス産業の労働生産性は、米国と比べると単純比較で30%~40%しかなく、サービスの「質」を調整したとしても、約50%の労働生産性しかないということです。アメリカの半分とは・・・(驚)。確かにホームセンターは未だ従業員は少ないですがデパ地下に行くと販売員が溢れかえっていて、町会館に選挙に行っても市職員がズラーッと並んでいるのに驚かされます。零細企業経営者目線から見ると「従業員(職員)の分も、よく売り上げが上がるんだなァ(税収があるんだなァ)・・・」と感心します。弊社は先代の父親の織物業時代から「経営者は何でもしなければならない」というのが当たり前のスタイルです。機織りも、タイイングも、機械修理も、経理も、営業も、荷造りも、労務管理も・・・ 人に頼まず(金を掛けず)、極力自分一人でヤルのです。2棟171室の弊社「トランクルーム貝塚」では、私一人で防犯WEBカメラ9台(+WEBドアホン2台)とロボット掃除のルンバ4台(+掃除機6台)を管理して実際使っていました。昨年から後継者の娘に、こういった掃除関連はやってもらっていますが。まァ今のITテクノロジーを駆使すれば、これくらいの掃除は一人で出来るのです。特に今のコロナの時期はトランクルーム貝塚「別館」の1階で営業している3室の音楽スタジオ「スタジオ0724」と3室の「貝塚卓球センター」では、「クリーンさ」が差別化になりますので、掃除に力を入れる事によって「キレイ!また来よう!」と繋がります。都会のビルは通常「清掃」「管理」「警備」という3つの仕事で運営されていて、更に土地オーナーとビルオーナーと各フロアの宅建業法による賃借人という三者の複雑な契約関係があるケースも多く、1つのビルを運営するのに多くの業者が関わっています。弊社「トランクルーム貝塚」は規模は小さいですが、単純にそれを「たった一人でヤッテ生産性を究極まで高めよう!」という考え方が根底にあったのです。更に弊社では建物設計やリフォームの企画まで、自分一人でやってきました。これって、恐ろしいですよ。失敗は許されませんし、後悔も出来ません。できた建物は何十年も残りますから・・・(汗)。逆にある意味、イロンナ事を1人でヤル事によって、イロンナ経験を積むことが出来た楽しみもあったのです。という事で、私がどこにいようとも(海外でも)、インターネットでスマホに繋がっている防犯カメラとドアホンでトランクルーム2棟の状況がリアルタイムで見れるというのはスゴイ時代になったと思います・・・(涙)。コレを利用しない手はない・・・と。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「 貝塚不動産.com」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2021.03.17
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7月の「スタジオ0724」の亀山ドラム講師によるドラムレッスンの、無料見学会のご案内です。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「 貝塚不動産.com」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2021.06.16
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昨日銀行に行ったついでに、貝塚市中の「寺内町」にある、地元では「ぼっかんさん」と親しみをもって呼ばれる全国的に有名な「願泉寺」にチョット寄りました(天文年間(1550頃)にこの寺を創建した初代住職・卜半斎了珍に由来する呼称だそうです)・・・ 去年まで7年かけて「平成の大修理」をしていましたので、ホント綺麗になっています・・・ かつて寺内町は、貝塚御坊・願泉寺を中心に中世末頃に形成された自治集落で、願泉寺は16世紀後半に浄土真宗の本山・本願寺が置かれたこともあり、古い由緒を持つ寺院です・・・ 本堂、庫裏、鐘楼など江戸時代につくられた迦藍が今も残っている。南海本線貝塚駅に近い貝塚寺内町の一角は、土蔵や格子戸などが小路のところどころにあり、かつての街の繁栄ぶりを物語る姿も数多く残っており、貝塚の歴史を物語っています・・・ また本堂、表門などの建造物は「国の重要文化財」に指定されています・・・ この願泉寺は合戦や地震で何度も再建されていますが、寛文3年(1663年)の再建時には、先祖の名越の川岸仁左衛門や本家の三ツ松の岸上(左甚五郎)一門らと共に彫刻や修築に参画していることが願泉寺文献に載っているようです・・・ という事で、貝塚にも立派な寺社仏閣がありますので、海外から関空に来る外国人観光客や岸和田だんじりツアーのついでにも、是非「貝塚史跡めぐり」を加えて貰ったら嬉しいのですが・・・※日本最安値!(年平均2回の利用で、近くにある必要はない) トランクルーム貝塚※貝塚市の不動産情報の総合サイト 貝塚不動産.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2012.10.10
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人間は生きていると、ストレスを多少ならずとも感じるものですが、それを自分で出来るだけ「低減」させる努力をする事が、生きる上でのトテモ大事な「知恵」だと思うのです・・・ 自分では、割とストレスが少ない方だと思うのですが、自分なりに分析してみると・・・1.目覚まし時計で起きるのではなく、自然に起床する・・・ジムがなければ、夜の9、10時くらいに寝て、6時間(1.5時間×4)くらいでスッと起きる・・・2.日中は好きな音楽をBGMで聴いている・・・事務所、車、家・・・ 3.嫌いな人間とは、一切付き合わない・・・これが一番ストレスが溜まります・・・好き嫌いがハッキリしていて、ある程度「許容範囲」も広いですが、心の底から嫌いと思ったら、たとえドンナ人間でも「スパッ」と切りますねェ・・・4.仕事で人を選ぶ・・・自分の「審査基準」で、将来クレームや滞納などのトラブルを起こしそうな人とは、たとえ美味しそうな話が目の前にぶら下がっていても絶対近づきませんし、付き合いません・・・5.仕事上の「時間コントロール」は、出来るだけこちらの都合に合わせてもらう・・・ヤル事が多いので、いちいち相手の時間に合わせていたら、こちらの仕事が進まなくなりますので・・・6.仕事場まで1分・・・満員電車に乗りませんし、家で仕事をすると家族がストレスを溜めます・・・ちょっと離れた場所が一番です・・・7.若い頃の趣味をする(50超えて新しい事をすると、余計にストレスが溜まる)・・・ウインドサーフィン、空手、音楽、ドラムと10代、20代に馴染んだ「趣味を復活」させる事こそ、「青春」を蘇えさせるのです・・・ストレス解消と言うより、ドーパミン大放出!・・・6.服装であれこれ悩まず、リラックスを心がけています・・・夏はTシャツに短パンとセッタという「究極のクールビズ」(家ではトランクス1丁・・・Tシャツでも暑い時は、ランニングシャツで)、それ以外は基本的に作業服の上下、ブレザーやスーツも客先に行くときに着るときもありますが、ノータイです・・・ネクタイにスーツというのは、年に1回あるかないかです・・・まァ、硬くて暗くない、プライベートっぽいビジネスライクなファッションを楽しんでいます・・・7.夜はジムと空手に週3、4回行き(週1,2回では少なすぎ、5回以上はやり過ぎ)、汗が噴き出るほど運動して疲れると、ストレスの発散にもなりますし、夜はぐっすり寝れます・・・ 以上のようなライフスタイルにすると、年中無休でやっていても、けっして必死に頑張っている訳ではなく、不思議と極々「自然体」なのです・・・ここもポチッと押してください!ご協力お願いします!にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2013.02.22
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先日、貝塚市半田の最近オープンした「ひより珈琲」に行ってきました(ホームセンター・ムサシ前)・・・先日ブログに書いた岸和田の「利右ヱ門」と同じく、「まかない包丁」跡で、よくある飲食店の方向性の転換のようです・・・しかし、この「ひより珈琲」、ここ1、2年岸和田に出来て流行っているコメダ珈琲と星乃珈琲にどことなく雰囲気や業態やメニューが似ているような気がします・・・同じロードサイドのコーヒーチェーン店である珈琲館とは明らかに違う雰囲気です・・・所謂「住み分け」なんでしょう・・・ところで、ひより珈琲さんで、ホイップのパンケーキとカフェラテを頂いたのですが、ホイップのパンケーキの大きさにビックリ・・・昼食の2時間後くらいだった事もありますが、とても食べられないほど量が多かったのです・・・店員さんも一言、「チョッと大きく、1人では食べられませんよ」とか言ってくれればヨカッタのに・・・メニューの写真では、チョッと大きさが分かり辛いです・・・一瞬、20年前に家族でアメリカに行って、マクドナルドでハンバーガーセットを家族数だけ5人分注文した時の事を思い出しました・・・ハンバーガーとドリンクが日本のよりひと回り大きく、ポテトがテーブルの半分を占めるくらい山のようにありました・・・これには、家族みんな唖然とし、冗談かと思いました・・・(笑)当然、半分以上食べ残したのは言うまでもありませんでした・・・日本の感覚で注文してしまった失敗例です・・・初めての事に関して、先入観もケースバイケースで良し悪しです・・・という事で、デカくて甘いパンケーキを食べ過ぎ、2,3日、甘党の私でも甘いモノが食べられなくなりました・・・(笑)ここもポチッと押してください!ご協力お願いします!にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2014.01.07
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前々からヘビメタ(ハードロック)ドラマーの何人かのスタジオ会員さんから、「ハイハットスタンドのところに左足のツインペダルが入りにくいなァ・・・」という話を聞いていました。通常のシングルペダルでは右足だけでペダルを踏んでバスドラムを叩くわけですが、ツインペダル導入して左足もペダルを踏んでバスドラをハイピッチで叩くことによってヘビメタ感を出そうとヘビメタドラマーのスタイルです。そのツインペダルの左ペダルをハイハットペダルの右横に置くんですが、通常のハイハットスタンドの固定の3本の脚が邪魔になって左ペダルが入りにくかったのです。実際、自分のツインペダルが簡単に入るハイハットスタンドを持参される会員さんもいらっしゃいます。実際私もどちらかと言うとディープ・パープルやバン・ヘイレン好きのドラマーなので、実際ツインペダルで演奏するとよく分かります。しかし要望は聞きますが、全て採用することは不可能です。そこはいくらリハスタは半分趣味?とは言え、半分はビジネスです・・・(笑)。採算を考えれば、要望を聞くのも「吟味」と「順番」です。そして今回、第2スタジオである「Bスタジオ」をオープンを機に、Bスタの新しいドラムセットはパール社製の「EXPORT」にしたことによって、ハイハットスタンドはツインペダルが楽に入るスィーベリングレッグ(脚部が回転するシステム)が標準装備でしたので、ついでに既存のAスタジオにも採用しました。これでAスタBスタとも、ヘビメタドラマーさんも満足できると思います。という事で、厳しいリハスタ経営をする中で、その範囲内で如何にお客さんに満足してもらうかが(マーケッティング的に言うと、CSを上げるか)、自分はドラマーなので先ずはドラマー目線で一つ一つ着実に問題を解決していく事が大事だと思います。そして同時に、ギタリストとベーシストの意見も一つ一つ取り入れていく・・・そんな経営をしていきたいと思います。もちろん、その他キーボードや管楽器の会員さんだけでなく、スタジオ会員さん全体を見渡し音楽系以外のダンサーの会員さんの要望を聞くのも大事なのは言うまでもありません。Aスタを22畳と広くした事によって、バンド以外の大人数編成のブラスバンドやビッグバンド、更にダンス系(フラダンス、ヨガ、ヒップホップ、タヒチアン、フラメンコなど)のお客さんも集客できた事によって、経営者に必要なモノゴトを多面的に捉える「複眼的思考」にプラスだったと思います。そしてツインペダルの優遇策の「裏の要因」が、実は私のボケ防止対策だったのです・・・(笑)。と言うのは、通常ドラマーは両手と右足(バスドラム)は忙しいのに、左足(ハイハット)はヒマだったのです。左足は大体ハイハットを踏みっぱなしが多いのです。空手(突き&蹴り&受け)もウインドサーフィン(スターボードタック&ポートタック)も左右均等の運動という観点から言うと,ドラムは均等の運動ではないので,ツインペダルを導入して左足も踏むことによって左右均等に使って老化予防(ボケ防止)に繋げようという魂胆です・・・(笑)。しかし,ドラマ-の中で「どんなけ”ヘビメタ指向”がいてまんねん?」とツッコまれそうですが・・・(笑)。にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2019.01.31
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6月12日(日)に地元の貝塚市コスモスシアター大ホールで、26回目となる南大阪最大級の高校軽音楽部イベントの「FRESH SOUND CONTEST」が開催されるようです。26回も・・・泉州ロックの歴史を感じます。第1回目に出場された方は、もう44歳くらいになっていますから。数年前に貝塚市山手地区公民館で開催された時に行きましたが、観客が会館の外まで溢れ、中に入る事さえ出来ないほど大盛況でした。ホンと驚きました。今は大体どこの高校でも部活人気NO1が軽音楽部・・・という証明です。今の高校生や大学生の親たちは、おそらく青春時代に第二次バンドブームの洗礼を受けた世代で、その親の影響を受けたのでしょう・・・まァしかし、それからFRESHに行っていませんが、地元貝塚のスタジオ経営者として今回のコスモスシアター大ホールだと入れそうなので是非行かねば・・・(汗)。何と言っても、現場に足を運んで雰囲気を掴むのが1番で、それから「次の新しい発想(アイデア)」が生み出されるのです。ジイサンが一人でノコノコと高校生イベントに行くのも何かカッコ悪いので孫を誘って行き、知っているスタジオ会員さんに会えば「楽しんでや!」と声を掛けてきます。もうイベントまで1か月しかありませんので、高校生のスタジオのバンド予約もボチボチ入ってきているのも納得です。という事で、6年前に音楽スタジオ(スタジオ0724)をオープンしてからスタジオ会員数が1800人を超えましたが、半数は高校軽音楽部やOB&OGなので、これから10代20代の彼らがシニアバンドまで音楽を楽しんでもらうよう、スタジオ0724は寄り添って共に歩んでいきたいと思います。そして大阪の他の地域の、「高槻ジャズストリート」や「堺ブルースフェスティバル」があるように、貝塚を高校生の「FRESH SOUND CONTEST」を土台にして、その発展形で20代からシニアバンドまでの「貝塚ロックフェスティバル」みたいな音楽イベントが将来できれば・・・と切に思います。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「 貝塚不動産.com」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2022.05.08
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今から45年前に、私は地元貝塚市名越の当時の法被をデザインしました。もちろん私はデザイナーでも何でもありません。単なる今で言う祭キチガイ・・・だったのです(笑)。当時10年近く続いていたオシメのような名越の白地の法被が町内で不評で、我々青年団が「何とかしなくては!」と立ち上がり、名越青年団の1つの上の幼馴染から「やってくれよ」と全面的に頼まれたのです。独りで考える・・・当時は相当なプレッシャーでした。ひとりで色々考えたあげく、他の町と同じ色ではオモシロくないと、紺色の法被に決めました。当時の木島地区は清児は白、森はエンジ、三ツ松は黒、水間は黒だったので、それ以外の色として自分も好きだった紺色の法被に独断で決めました。その紺色も当時「岸和田の上町と中町の中間色を染めてくれませんか?」と発注した紺善の社長に相談を持ち掛け、「難しいなァ・・」と言われ不安になりました。確かに家業の繊維業界では紺色の染色クレームが1番多く、染工場にとって紺色はウイークポイントだったのです。しかし、紺しかない・・・と、自分のココロに決めていたのです。ロゴは大工町のロゴをヒントに、名越の「名」を上下さかさまにデザインし、自分なりに上手く考えたなァ・・・と(笑)。今から思えば、このロゴの意匠登録くらいは取っておけばヨカッタなァ・・・と(笑)。そしてデザインと紺善の見積書を持って町内会の総会で私が法被変更の提案をすると、村の役員たちが「それでエエわしょ・・・」とアッサリ提案が通り、それまで1人でやってきた苦労が報われて感無量でした・・・(涙)。これが「改革」と言うんだなァ・・・と未だ22歳でしたが、身をもって1つ学んだのでした。自分の人生を振り返って、何かをやってきた「実績」として、この「紺の法被」があった・・・というのは自信をつけたという意味で大きかったのです。人生なんて平たく言えば、この自分の行動力で得た「小さな実績」の積み重ねで、それ以上でも以下でもありませんから。大した実績(実力)もないのに、学歴(学閥)や会社や親(家)をバックに威張って生きている人(それしかない人)は、傍から見ていてコッケイで気の毒です。という事で、今から60年くらい前の私が子供だった頃の「名越カラー」は実は紫だった(今の名越の80歳くらいの人達が青年団だった頃に「29人組」というパープルの法被を作っていたのです)・・・というの逸話を話すと、今の若い子は「カッコいいやん!」と言うかもしれませんねェ(笑)。それにちなんで、私が中学生の頃に年が前後の幼馴染と「9人衆」というパープルの法被を作っていたのです。その紫の法被も今から思えばちょっと「染ムラ」があったのですが、中学生だったので染工場にクレームも言えなかった・・・のです(涙)。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「 貝塚不動産.com」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ・汗取りベスト 2122 ひもタイプ 白 S 〜 LL [sin] | 祭り衣装 お祭り お祭 祭礼 御祭 祭事 イベント 衣装 ベスト 吸汗速乾 サラサラ だんじり 法被 ハッピ オリジナル ひも だんじり祭り 大阪 夏 夏用 肌着 ホワイト S M L LL価格:2,178円(税込、送料別) (2023/8/10時点) 楽天で購入 ・股引 [ne-nobi-f] のびのび生地 裾ファスナー付き 白 黒 S~5L | 股引き パッチ 祭り衣装 お祭り お祭 ストレッチ 伸びる 伸縮 衣装 人力車 厚手 神輿 太鼓 日本製 忍者 だんじり だんじり祭り ファスナー チャック S M L LL 3L 4L 5L 大きいサイズ 女性 祭り用品 ももひき価格:3,980円(税込、送料別) (2023/8/10時点) 楽天で購入 <あす楽対象>即日発送 地下足袋 丸五 エアージョグ V (第5世代) 色:白 こはぜ枚数:6枚 サイズ:22.5cm〜32.0cm [ 祭り足袋 エアークッション 祭り 衣装 忍者 エアジョグ ホワイト しろ ]価格:6,600円(税込、送料無料) (2023/8/10時点) 楽天で購入
2023.08.10
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東洋経済のネット版で、今日本の多くの中小企業経営者が「いつ、どのように廃業しようか」と悩んでいるようです。「事業承継が最大の課題」とよく言われますが、行政が主催する事業承継の無料相談会では「廃業の相談が事業承継の相談の7倍ある」らしいです。弊社は17年前に、祖父の代から57年続いた泉州の地場産業だった家業の織物業を廃業しました。一切の不動産を処分せずに、借金を全額返済して・・・(汗)。残ったお金で、トランクルームに転業できたのです。その時ちょうど朝日新聞から取材があり、デカデカと掲載されました。この一連何でもなさそうな事が、実は銀行に借金があれば大変難しいのです。何故なら、事業転換となるとメインバンクや借金をしている銀行から一斉に「借金を返してくれ!」の大合唱があるからです。そりゃそうです。取引先が海の者とも山の者とも分からない新しい事業に進出するにあたって金を貸してくれなんて、銀行にとってリスクが大きすぎ、とても「がんばれ!」なんて言えないのです。「一旦線を引いて(借金を全額返済して)、そこから頑張って下さい!」としか言えないのです。実際私も長年取引のある銀行からそう言われましたから、経験者は語る・・・です。正に銀行の融資スタンスは「晴れた日に傘を貸し、雨の降った日は傘を取りあげる」です。一般的には工場などの不動産を売却して借金の返済に充てますが、不動産を売却できても借金の方が多ければ倒産です。ビジネスは足し算と引き算というシンプルです。逆に弊社のように借金が不動産より少なければ倒産は免れます。それより以前に1番大事なことは、廃業しようかどうかなんて銀行に相談するのが1番バカげています。廃業したらどうですか、なんて100%言いませんから。「せめて私が転勤するまで2,3年待って」と支店長から言われるのがオチです。一旦相談したら、銀行から「あそこは危ない」と警戒されて、次の融資が渋られます。ココです・・・ポイントは。ならばどうするか・・・?私のように廃業するかどうか誰にも相談せずに自分で決断する事です。これなら絶対情報が洩れません。やはり情報漏洩・・・これが1番大事なのです。廃業の決断から1年後に、銀行と商社と従業員に正式に廃業宣言をしましたが、同時に家族にも話をしましたが、その時のショックそうな家族の顔を今でも忘れませんが、廃業に失敗して明日自己破産なんて言うより遥かにマシでしょう。家族にも黙っていた・・・廃業を成功に導くのに功を奏したのです。まぁ平たく言えば、口の堅さが自分を救うのです。廃業決断から実際の廃業まで1年ありましたので、その間に機械部品の在庫をボチボチ減らし、営業活動も必要最小限にして現場に弁当持参で張り付き、工場が完全に停止する1週間前まで24時間エンドレス稼働し、それから1台止まり、2台止まり・・・最終日に残った在庫は縦糸半反だけでした。シーンと静まり返り、ガランとした工場を見ると、何とも言えない寂しい気持ちで涙が出そうでした。祖父の代から57年も続けてきた家業に自分が終止符を打つ・・・というのは、こういう事かと(涙)。悲しみに暮れるヒマもなく・・・ほぼ100%計画通りに廃業が進んだので、織機や付帯設備を中国に転売するために織物工場から搬出し、スムーズにトランクルームへの改修工事に取り掛かれたのです。この1年間の廃業の苦労で2,3年は老けたと思いますが、希望のトランクルーム事業へ転業できたことで5年は若返ったか・・・(笑)。いずれにしても、この一連の織物業の廃業の一件で零細企業や個人にとって「借金(住宅ローンも)はしたらダメ」だというのが身に沁み、織物業の廃業後は17年間ずっと無借金経営を貫き、今後も不安定な世界情勢(ロシア、中東、中国、北朝鮮)を考えると、尚更このスタイルを貫き通します。という事で、未だに時々夢で魘される経営が非常に難しく厳しい織物業だったら娘に継げとはとても言えませんが、せっかく織物業より遥かに楽なトランクルームに転業しましたので、それを廃業するのは勿体ないので、3年前から後継者の娘に入ってもらって既に事業承継に手を打っています。転業する時に織物時代の反省を元に、所有する2棟の織物工場を活かし、肉体的にも精神的にも楽で自分一人でも経営可能なエンドユーザー相手の事業を考えると、トランクルームに辿り着いたのです。まぁ、とにかく早い目に手を打つ・・・これですポイントは。そうすると余裕が生まれ、正しい判断ができますから。もういつ私が引退しても何の問題もありません。まぁ孫がもう少し大きくなるまで、私も100%頑張るつもりですが。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「 貝塚不動産.com」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2023.10.18
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昨日は実に6年ぶりに、弊社が加盟する大阪宅建協会泉州支部の新年互礼会に出席しました。コロナや腰の手術や妻の介護で6年も・・・棒に振ってしまったのです(涙)。新年互礼会はいわゆる泉州の多くの不動産屋が集結した年に一度の大イベントです。支部メンバーに加え、泉州南部の忠岡町~岬町までの選挙区内の国会議員、府議会議員、各市長(町長)といった豪華メンバーも招待されました。私が座ったテーブルの両サイドには藤原熊取町長と旧知の泉州の不動産業界の重鎮でしたので、イロイロと世間話に花が咲きました。私は「貝塚と熊取のハーフ」(母親が熊取出身)なので、町長とは余計に地元のリアルな情報交換が出来たのです・・・(笑)。親の七光りとまでは言いませんが、こういったコネクションも時には雑談に役立つのです。自分一人だけの力ではなかなか「新しい道」を切り拓くのは難しいですが、不動産仲介業という地域密着型ビジネスはこういったネイティブコネクションが有効に働きます。6年ぶりという事で、支部メンバーの3分の1くらいは入れ替わり、以前は60歳くらいの経営者が多かったのですが、今は30~50代のIT時代に相応しい若手経営者が台頭した感があります。入れ替わりの激しい業界というのは、言葉を変えればダイナミズムに満ち溢れた業界と言えるでしょう。弊社が織物業時代に19年前まで加盟していた大阪南部織物組合は、1960年代後半の全盛期の680社から15社まで98%減になってしまった業界から見れば、まだまだヤッテいける有望な業界と言えるでしょう。医者や弁護士や研究者といった本当のスペシャルストは別にして私みたいな零細企業経営者だけでなくサラリーマンでも、年代によって「どの業界で働くか?」という職種(職業)の選択が人生において大きな意味を持ち、「一生この仕事一筋!」というのはキャッチフレーズとしては美しいですが、世の中は刻々と変化していますので現実問題としてなかなか難しいのです。泉州支部全体で500社に増えているようなので、こういったコネクションを利用して本業のトランクルームへのフィードバックを一生懸命したいと思い、2次会にも参加してたくさん用意した名刺を一生懸命配りました・・・(汗)。新年会と言っても、ただテーブルに座って飲み食いするだけでは勿体ないので、これをビジネスチャンスと捉えたのは言うまでもありません。「建て替えやリフォームの荷物保管のトランクルーム客を紹介してくれれば、成功報酬として成約金額の10%渡しますよ」というセールストークに加え、不動産屋でだんじり祭り好きも多いので、「トランクルーム内の音楽スタジオで鳴物(だんじり)の練習も出来ますよ」と言うと殆どの人が驚き・・・これも印象に残っているはずです。特にだんじり鳴物(和太鼓)練習の騒音が社会問題化しているので、これに関心のある各市長にもセールストークしておきました。という事で、経営者のメインの仕事は「種まき」なので、今回の新年会の成果はジワジワと効いてくるはずですし、そうでないと私の経営能力が問われるほど重要なイベントだったのです。昨日はヒマだったので、新年会スタート前にりんくうシークルをウロウロし、インバウンド多さに驚き、相撲レストランやスーツケース保管サービスといった新しいビジネスを目にしたのが収穫でした。2次会の後はもう帰ろうと思いましたが、せっかくココまで来たので10年ぶりに泉佐野駅近くのライブハウス(音楽倉庫)に立ち寄り、カラオケ中心に変わっている事に驚きましたが、甘系のスミノフを飲みながらカラオケのバックでドラムを叩きまくったのが・・・妙に心地良かったです(笑)。他のお客さんとワイワイ遊んでいたら、終電を逃した夜中の1時になってしまったのでタクシーで帰りました。妻がいる時は門限は一応午前0時でしたが、今は門限なしです・・・(笑)。これが大阪ミナミだと2万円くらい掛かるので、地元遊びはまだ安上がりなのです。まぁ10月の沖縄旅行の昼はウインドサーフィン夜はジャズのライブハウスでセッションタイムでドラムを叩かせてもらったパターンと同じで、昨日のようにどこかで呑んで食べた後で音楽倉庫へというパターンもこれからオモシロかも・・・?まだ遊ぶ元気がある・・・という事なので、当分心配はないでしょう(笑)。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2025.01.11
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先日、貝塚市立木島小学校6年3組のクラス会が地元貝塚の寿司屋で開催されました。毎年恒例の集まりですが、今年は特別な節目でもある「古希(70歳)」のクラス会。70歳という人生の大きな節目を迎え、参加者は10名と決して多くはありませんでしたが、その分、密度の濃い時間を過ごすことができました。久しぶりに顔を合わせる仲間たち。大半は 木島保育所 → 木島小学校 → 貝塚三中 という進学ルートなので、もう10年は机を並べた濃い関係です。小学生の頃の面影をどこかに残しながらも、それぞれが人生を歩み、今ここに集まっているという事実に、改めて深い感慨を覚えます。中には地元泉州ではなく、関東や大阪市内から駆け付けたクラスメートもいて、この会の魅力を感じます。しかし同時に、この1〜2年での変化の大きさにも驚かされました。亡くなったクラスメート、体調を崩す人、そして私のように入院(手術)経験をしたり配偶者を亡くした人。これまで「元気でいること」が当たり前だった仲間たちの中に、確実に「人生の後半」という現実が入り込んできているのです。それでも、こうして集まれること自体が何よりも貴重です。だからこそ、「元気でいる限り、このクラス会を続けていこう」という想いは、参加者全員の共通認識でした。<カラオケからジャズバーへ変わる“集いの形”>これまでのクラス会では、2次会は決まってカラオケでした。10年くらい前は、3次会で私の行きつけの泉佐野のライブハウスに行って踊るくらい元気があったのです。しかし今年は違いました。「もうカラオケに行く元気がないな」そんな声が自然と上がり、今回は40年以上前から私の行きつけの貝塚駅前のジャズバー「スポット」へと場所を移しました。思い返せば、カラオケに行っても実際に歌う時間より、しゃべっている時間の方が圧倒的に長い。それならば最初から落ち着いて話せる場所の方がいい——そんな流れは、ごく自然なものだったのかもしれません。ジャズが静かに流れる空間で、ゆっくりとグラスを傾けながら語り合う時間。若い頃の思い出、仕事の話、家族の話、そしてこれからの人生について。派手さはありませんが、非常に豊かで贅沢な時間でした。「集まる場所」の価値がこれからますます重要になる今回のクラス会を通じて、強く感じたことがあります。それは「人が集まる場所の価値」です。若い頃は、どこでも集まれました。居酒屋でも、カラオケでも、ファミレスでも。しかし年齢を重ねるにつれて、求める空間は変わってきます。・静かに話せる場所・長時間いても疲れない場所・気を遣わずに過ごせる場所こうした条件を満たす場所は、意外と多くありません。ここで改めて見直されるのが、「地元密着型の空間ビジネス」です。<トランクルームは「モノ」だけでなく「人生」を支える>一般的にトランクルームは「荷物を預ける場所」というイメージがあります。しかし実際には、それ以上の価値があります。例えば今回のように、人生の節目を迎える世代では以下のようなニーズが増えてきます。・自宅の整理・断捨離・配偶者を亡くした後の家財整理・施設入居や住み替えに伴う一時保管・思い出の品を残すスペースこうしたニーズに応えるのが、地元密着型の弊社「トランクルーム貝塚」です。特に重要なのは「安心感」と「距離感」です。遠くの大型施設ではなく、すぐに行ける場所にあること。そして顔が見える運営であること。これは年齢を重ねるほど大きな価値になります。音楽スタジオが「人のつながり」を生む一方で、弊社リハーサル音楽スタジオ「スタジオ0724」の役割も見逃せません。今回、カラオケではなくジャズバーで語り合ったように、「音楽」は人を自然につなげる力があります。音楽スタジオも単なる練習場所ではなく、以下のような役割を持ちます。・趣味を通じたコミュニティ形成・世代を超えた交流・第二の居場所としての機能特にシニア世代にとって、音楽は非常に相性の良い趣味です。体力的な負担が少なく、長く続けられ、仲間もできる。もし今回のクラス会メンバーの中に、音楽スタジオに気軽に集まれる環境があれば、また違った形での交流が生まれていたかもしれません。<地元密着だからできる「継続する関係」>大手のサービスではなく、地元に根ざした施設だからこそできることがあります。・顔なじみの関係・柔軟な対応・長期的な信頼関係クラス会も同じです。60年以上続いている関係は、一朝一夕では築けません。トランクルームや音楽スタジオも同様に、「長く続く関係性」を作ることが重要です。単なる利用者ではなく、「地域の仲間」として関わる。そうした関係性が、これからの時代にはより価値を持つようになるでしょう。人生後半こそ「場所」と「つながり」が鍵になる古希を迎えた今回のクラス会は、単なる同窓会ではありませんでした。・人生の変化を共有する場・これからを考える場・つながりを再確認する場そして、それを支えているのが「場所」です。もし集まる場所がなければ、こうした機会は生まれません。トランクルームは人生の整理を支え、音楽スタジオは人生の楽しみを支える。そしてどちらも「人が集まる理由」を生み出します。<これからも続くクラス会と地域の役割>今回、参加者全員が感じていたのは、「また来年も会おう」というシンプルな想いでした。それが実現できるかどうかは、正直なところ誰にも分かりません。しかし、だからこそ価値がある。1年に1回でも、こうして顔を合わせる場所があること。その場所を維持すること。これは個人の努力だけではなく、地域の力にも支えられています。まとめ:トランクルームと音楽スタジオは“人生のインフラ”へ今回のクラス会を通じて見えてきたのは、トランクルームや音楽スタジオが単なるサービスではなく、「人生を支えるインフラ」になり得るということです。・モノを預ける場所 → 人生を整理する場所・音楽を楽しむ場所 → 人とつながる場所そして何より重要なのは、「地元にあること」です。これからもクラス会は続いていくでしょう。そしてその裏側には、必ず「場所」の存在があります。トランクルームや音楽スタジオが、そうした人生の大切な瞬間を支える存在として、地域に根付いていくこと。それがこれからの大きな価値になると、今回改めて実感しました。という事で、自分が古希(70歳)だとはとても信じられませんが、残念ながらこれは疑いもない事実です。だから、どうだ・・・という訳ではありませんが、もう人生の最終章を考えながら生きているのが全員一致した考え方です。まぁ木島小学校の創立は1872年(明治5年)なので今年で創立154年で、江戸時代末期生まれの曾祖父(曾祖母)、明治生まれの祖父、昭和1ケタ生まれの父、私、娘、孫・・・とみんな名越生まれの6代も続けて通っている事を考えると、ホンと長い歴史を感じますねェ・・・「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「貝塚名越パーキング」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 トランクルーム・貸倉庫ランキング
2026.04.28
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和泉市の青年団の鳴り物担当方で、だんじり鳴物の練習場所にお困りではありませんか?2026年5月31日に開催される和泉市制70周年記念イベントに向けて、和泉市の青年団による「だんじり鳴り物(お囃子)」の「スタジオ0724」での練習需要が、今月に入ってから急に増えてきました。というのは、騒音問題への対応として、だんじり小屋での練習はイベント1週間前からに制限されており、十分な練習時間を確保できないという課題が浮き彫りになっています。その影響で、防音設備の整った弊社「トランクルーム貝塚」館内で営んでいるリハーサル音楽スタジオ「スタジオ0724」への注目が高まり、実際にスタジオにも和泉市の各青年団からの利用が相次いでいるのです。本記事では、「和泉市 だんじり 練習場所」「だんじり 騒音対策」「鳴り物 スタジオ練習」といった検索ニーズに応えながら、今起きている変化とその背景を詳しく解説します。泉州地域のだんじり祭りとスタジオ練習需要の高まりについて泉州地域といえば、全国的にも有名な「だんじり祭り」。勇壮な曳行とともに、祭りの熱気を支える重要な要素の一つが「お囃子(鳴り物)」です。太鼓や鉦(かね)、笛などが織りなす独特のリズムは、だんじり祭りの魅力を語るうえで欠かせません。近年、当スタジオ「スタジオ0724」では、この泉州地域のだんじり祭りに関連する鳴り物の練習利用が増加しています。特に先月に入ってからは、和泉市の各青年団の皆様によるご利用が相次いでおり、例年とは少し異なる動きが見られています。その理由をお伺いすると、2026年5月31日に開催予定の「和泉市制70周年記念イベント」が大きく関係していることがわかりました。このイベントでは、なんとだんじりが35台も一堂に会するという、非常に大規模な催しが予定されています。地域にとっても記念すべき節目のイベントであり、各青年団の皆様も気合いが入っている様子が伝わってきます。しかしながら、練習環境には一つ大きな課題があります。それが「騒音問題」です。だんじりのお囃子は迫力がある反面、音量も大きく、住宅地に近いだんじり小屋ではどうしても近隣への配慮が必要になります。その背景には地元民だけでなく、他の地域からの流入してきた住民もおり、必ずしもだんじり祭りに好意的ではありませんし、地元民にしても受験勉強に忙しい高校生や仕事に忙しい20代の若者も半数はだんじり祭りに参加していないのが知られざる実態です。そのため、和泉市では騒音対策として「イベントの1週間前、つまり5月24日以降でなければ、だんじり小屋での練習ができない」という制限が設けられているそうです。さらに、期間外の練習については警察によるパトロールも行われており、ルールの徹底が図られています。このような背景から、十分な練習時間を確保するために、屋内で音出しが可能な弊社「スタジオ0724」への需要が急増しているのです。当「スタジオ0724」では、防音設備を整えているため、太鼓や鉦などの大きな音も安心して練習していただけます。また、時間帯の柔軟な対応や、団体での利用にも対応しているため、青年団の皆様にとって効率的な練習環境をご提供できていると感じています。このような動きは、いわば「特需」とも言える状況です。地域の伝統行事を支える裏側で、練習環境の確保という新たなニーズが生まれていることは非常に興味深い点です。そして、私たちスタジオ運営者にとっても、地域文化に貢献できる貴重な機会であると考えています。今後も「スタジオ0724」では、だんじり祭りをはじめとした地域文化を支える皆様のお役に立てるよう、設備やサービスの充実に努めてまいります。泉州の伝統がこれからも受け継がれていくよう、微力ながらサポートできれば幸いです。イベント本番に向けて練習に励まれている青年団の皆様、どうぞ体調に気をつけて、最高のパフォーマンスを発揮してください。そして、和泉市70周年記念イベントが大成功となることを心より願っております。だんじり祭りの熱気とともに、スタジオでの練習風景もまた、この季節ならではの活気に満ちています。ぜひ、練習場所をお探しの方はお気軽にお問い合わせください。だんじり祭りの鳴り物練習の騒音問題は、何も和泉市に限らず泉州全域に及んでいますが、河内エリアのだんじり祭りは鳴り物に加えて「歌つき(スピーカーによる)」なので、こういった地域からの需要もあります。更に近年のだんじり大型化による大太鼓のサイズアップも、この騒音問題に拍車を掛けているのも見逃せません。2,30年前までのだんじりの高さは3.6mくらいで大太鼓の大きさは2尺2寸程度だったのですが、近年の新調だんじりは一回り大きい3.9mくらいで大太鼓は2尺5寸程度になり、更なる爆音が出るようになり、騒音が更なる社会問題に拍車を掛けたというのは知られざる事実です。なんせ、何年か前の岸和田市観音寺町のだんじり新調時の入魂式に、山を越えて名越まで大太鼓の音が聴こえるくらいですから・・・(汗)。また和泉市から堺市(泉州北部)のだんじり祭りは伝統的に岸和田の「下だんじり」とは形状が違う「上だんじり」だったのですが、全国的に有名になった「下だんじり」の豪快なやり回しの影響で、だんじり祭りが復活したり買い替えや新調で下だんじりへの変更が相次いだのも祭りが盛んになった要因だったのです。50年以上前の私が堺市にある鳳高校生だった頃に、旧正門前の近くに原田村のだんじり小屋があり、中を覗いてみると長い間放置したと見られる埃の被った上だんじりがあり、通りかかった村人に「だんじり祭りやっているんですか?」と聞くと、「もう長い間やってないんやで」と仰っていましたが、今では下だんじりに変更して盛大な祭りをやっているではありませんか・・・(驚)。そんなマニアックな質問をした鳳高校生は、卒業生3万人のうち私くらいでしょう・・・(笑)。まぁこれらが弊社「スタジオ0724」での鳴り物練習という「新しいマーケット」を生み出したのです。バンドスタジオで和太鼓6台所有なんて馬鹿げたことをする経営者は今後も出てこないでしょうから、このニッチマーケットで独占状態をキープできるしょう・・・(笑)。まぁこういったビジネスチャンスは降って湧いた特需とは言え、バンドスタジオでも和太鼓がないと話にならず、そんな和太鼓まで常設しているスタジオなんか弊社以外に日本にはないのです。ここがポイントです。ライバルが存在しない・・・たとえニッチマーケットでも、ビジネスの要諦はこれに尽きます。学生時代にバンドでドラムをやりながら、だんじり鳴物も子供の頃からやっていた(ウインドサーフィンも)・・・だけなんですが、これが60年経ってビジネスに役立つ(稼げる)なんて夢にも思いませんでした。他人から見たら、単なるドラ息子だったのに・・・(笑)。人生って、本当に分かりませんね・・・まぁ10年前のスタジオを作るときに「貝塚は人口も少ないのでバンドだけでは集客できないだろう・・・ダンスと鳴物も視野に入れよう」というリスクヘッジのアイデアがパッと閃いたのが正解で、ダンスも出来る22畳という泉州一広いスタジオを作り、2尺5寸の大太鼓が入るように別注の防音ドアを作ったのです。この時にアイデアが閃かず、リスクを考えて一般的な8畳くらいのスタジオを作っていれば、ダンスもだんじり鳴物も何もなく、スタジオ会員数も今の3300人の10分の1程度で細々とやっているか採算が悪くて途中で止めていたでしょう・・・という事で、何故か先月から俄かに和泉市の青年団から予約が多いのが気になっていましたが、その謎が解けました。市側もイベントが盛り上がるのはイイが、騒音問題も発生するので頭の痛いところです。その重要に答えているのが弊社スタジオという事で、各青年団の皆様から「ありがたい、助かった」という言葉を頂き、スタジオ経営者冥利に尽きます・・・(涙)。スタジオに和太鼓6台導入して、採算は別にして本当に良かったと思います・・・(汗)。まぁしかし私が名越青年団長だった47年前も、鳴物の練習を軽トラックに積んで東山まで持って行って練習していました。今程だんじり祭りが盛んではなかったので、別の意味で太鼓の音が聴こえない遠方に持って行く必要があり、1週間前からだんじり小屋で叩く際には近隣の家に一声掛けていたのです・・・(汗)。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「貝塚名越パーキング」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 トランクルーム・貸倉庫ランキング
2026.04.30
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近年、日本人の働き方や暮らし方は大きく変化しています。海外赴任、海外転勤、留学、国際結婚、ワーキングホリデー、長期海外移住——。グローバル化の進展によって、「数年間だけ海外で生活する」という選択肢が、特別なものではなくなってきました。実際に弊社「トランクルーム貝塚」が運営する大阪最大級・171室の「屋内型」トランクルームでも、海外在住中のお客様によるご利用が年々増加しています。特に多いのが、海外赴任中のご家族留学中の学生様海外移住準備中の方外資系企業勤務の転勤族一時帰国を前提とした長期海外滞在者などのお客様です。その中で、多くの方が共通して不安に感じていることがあります。それは、「日本に置いている家財道具、本当に大丈夫だろうか?」ということです。海外在住者が最も気にする“湿気問題”日本は世界的に見ても湿度の高い国です。特に大阪を含む関西地域では、梅雨夏場の高温多湿台風シーズン結露など、湿気による影響が非常に大きくなります。海外在住中のお客様から実際によくいただくご相談として、衣類にカビが生えないかバッグや革製品は大丈夫か本やアルバムが傷まないか家電が湿気で故障しないか布団や寝具にニオイがつかないかという声があります。特に海外赴任や留学の場合、数ヶ月ではなく「2年〜5年」という長期保管になるケースも少なくありません。だからこそ、“ただ置くだけ”のトランクルームでは不安が残るのです。20年前から続けている「除湿剤入れ替え(交換)サービス」弊社「トランクルーム貝塚」では、そのようなお客様の不安を少しでも軽減するために、実は20年前から独自のサービスを行っています。それが、「除湿剤入れ替え(交換)サービス」です。これは、お客様の収納スペース内に設置した除湿剤を、定期的にスタッフが交換する有料サービスです。現在の料金は、500ml除湿剤を1個交換:500円3個交換:1500円というシンプルな内容ですが、非常に多くのお客様からご好評をいただいております。特に海外在住のお客様からは、「日本に帰れない間も管理してもらえて安心」「現地からでも依頼できるのが助かる」「こういう細かいサービスがあるとは思わなかった」というお声をいただいております。なぜ除湿剤交換が必要なのか?「屋内型トランクルームなら大丈夫では?」と思われる方もいらっしゃいます。もちろん、屋内型トランクルームは屋外型コンテナに比べて、湿度管理や温度変化に強いメリットがあります。しかし、それでも長期間密閉された空間では、少しずつ湿気が溜まっていきます。特に、衣類紙類布製品革製品木製家具などは湿気の影響を受けやすいのです。そこで重要になるのが、「定期的な除湿対策」です。弊社では、単に「保管スペースを貸す」だけではなく、お客様の大切な家財道具を守るサポートまで行っています。日本で唯一レベルのサービスだと自負しています弊社「トランクルーム貝塚」は大阪で長年トランクルーム事業を行ってきましたが、20年前から除湿剤交換サービスを継続している例は、全国的にも非常に珍しいと考えています。管理人が駐在する有人管理ならではサービスと言えるでしょう。実際、多くのトランクルームでは、スペースを貸すだけ契約後は基本セルフ管理長期不在対応なし(無人管理)というケースが一般的です。しかし海外在住のお客様の場合、日本に頻繁に帰国できません。だからこそ、「現地に行けなくても安心できる管理」が必要になります。弊社「トランクルーム貝塚」では、スタッフ巡回清掃管理屋内型保管セキュリティ対策除湿剤交換などを通じて、「人の手による安心」を大切にしています。これは単なるレンタルスペースではなく、“家財保管サービス”に近い考え方かもしれません。海外赴任・留学前にトランクルームを活用するメリット海外へ長期滞在する際、多くの方が悩むのが「家をどうするか」です。特に最近は、家賃高騰ミニマム化持ち家売却実家整理などの背景もあり、一時的に荷物を預けるニーズが増えています。トランクルームを利用することで、1. 家賃を大幅に節約できる荷物のためだけに部屋を借り続ける必要がなくなります。2. 帰国後すぐ生活再開できる家具・家電・衣類を処分せず保管できます。3. 実家に荷物を置かなくて済むご家族への負担軽減にもなります。4. 海外生活に集中できる「日本の荷物が心配」というストレスを減らせます。特に人気なのはこんなお荷物海外在住のお客様が保管されることが多いのは、ブランドバッグ冬物衣類書籍アルバム・写真家具家電スーツケース趣味用品楽器などです。中には「帰国後にまた使うから処分したくない」という思い入れのある品物も多く、大切に保管したいというニーズが強くあります。大阪でトランクルームを選ぶなら“管理品質”が重要ですトランクルーム選びでは、料金だけを見てしまいがちです。しかし、海外赴任や長期留学のように数年間利用する場合、本当に重要なのは「管理品質」です。空調環境湿気対策セキュリティ清掃状況スタッフ対応長期不在対応これらによって、保管状態は大きく変わります。弊社「トランクルーム貝塚」では、171室規模の屋内型トランクルームとして、単なる収納スペースではなく、「安心して預けられる保管環境」を目指しています。海外生活中でも“安心”を届けたい海外で生活していると、日本にある荷物のことをふと思い出す瞬間があります。「カビ大丈夫かな」「湿気で傷んでいないかな」「ちゃんと管理されているかな」そうした不安を少しでも減らしたい。顧客心理を分析して「不安を取り除く」サービスと言えるでしょう。その思いから、弊社では20年にわたり除湿剤交換サービスを続けています。派手なサービスではありません。ですが、この“地味だけど安心できるサービス”こそ、長年支持されている理由だと感じています。これからも、大阪で海外赴任・留学・転勤中のお客様に安心していただけるトランクルーム運営を続けてまいります。もう10数年前に、日本の某有名国立大学理学部大学院で博士号を取得された中国人の方で、中国語と日本語と英語がペラペラで中国と日本とアメリカの3拠点で生活と最新医療ビジネスで世界で活躍されている日本でも見た事もない「頭脳とビジネスセンスの両方を兼ね備えた」トンデモなく優秀な方が弊社「トランクルーム貝塚」を借りてくれましたが・・・世の中は広く、日本の10倍以上も人口のある中国の底力を恐ろしく感じましたが、その結果「今の中国」があるのだと思います。という事で、この除湿剤入れ替えサービスだけでなく、海外や遠方に在住するお客さんのために「LINEによる動画転送サービス(有料)」も行っています。入口ドアから私のスマホで1分撮影して、LINEで動画を送るというサービスです。これは「どういう荷物を置いてあったのか?」という客の確認や心配を想定したサービスで、遠方だとなかなかトランクルームまで簡単に行けないからです。困った事に潜在ニーズがあり、それを具現化するのがビジネスの基本ですから。まぁLINEなので、世界中どこにでも瞬時で送れるのです。こういったニッチサービスでも「日本で誰もやっていない(日本初)」文明の利器も目ざとくビジネスに活用せねば・・・と(汗)。とにかく秀才でも何でもない我々凡人ができることは、他人がやっていない(気づかない、できない、やろうとしない)小さな事の積み重ねが、ビジネスを1年でも長く継続させるのです。祖父が日本が敗戦して大変だった戦後間もない昭和24年に織物業を創業してから今年で77年ですが、事業内容は変われど同じ名越の場所で商売が継続できている事に感謝しかないですし、これを100年まで今後も事業内容を変えながらも続かせるのが私の人生最後のミッションだ・・・と(汗)。「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」 「貝塚名越パーキング」 大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798 mail: info@sasatani.comにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 トランクルーム・貸倉庫ランキング
2026.05.11
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