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長谷川わかという人物は、稀代の超能力者・霊感者であり、霊感能力
について警察から太鼓判を押して証明を与えられた、たった一人の人間
である。
当時は「超能力」という言葉はなく、霊感師または霊感者という言葉
が使われていた。さらに、霊感能力を持つものに対して、占い業の一つ
のカテゴリーとして鑑札制度が適用されていた。しかし、運命や事実を
霊感で調べる方法は、他の占いとは異なっている。
易者や手相見や星占いなどは、それぞれ筮竹や何らかの道具、ルール
や、運命を決める星の年代を見るための図表などを使って、決められた
手続きをやって結果を出し、相手の様子を見ながら、訓練と経験からの
少しの勘でやるのであるが、霊感カテゴリーでは、何も道具を使わず、
肉眼で相手を見ることもせず、霊感だけで、当てるべきことが具体的に
目に見えて、聞こえなければならない。
もともと難しいことであるのに、警察の試験は特に難しい。警察から
霊感業の鑑札を下付されるなど、まずあり得ないことであった。
長谷川わかは、警視庁に行って、その試験を受けてみた。
警察官によって霊感能力を鑑定されるために、世の中で実際に起こっ
た事件の犯行方法や、犯人を推定するのが難しい犯罪事件五つを霊視聴
して当てることを試験問題として課せられた。霊感の試験であるから、
データも一切のヒントも与えられない。試験問題は、現在警察がかかえ
ている重要な事件の中から、秘密にしてあって、公開していないものが
使われた。
当時は、太平洋戦争がもうじき始まろうとしていた昭和14年(1939年)
である。思想統制をはじめ、宗教、霊感、千里眼、超能力のようなもの
への統制もやかましい時代で、ちょっとしたことでも憲兵や特高(特別
高等警察)に引っ張られる時代であった。そのため、この種類の鑑札を
とるということは、特別に不可能のことであった。
長谷川わかは、その超能力・霊感によって、試験問題として出題され
た犯罪五件すべてについて、事件のおこった場所、時期、内容、殺され
た方法、使用された凶器、犯人の人相、年齢、犯人の潜んでいる場所、
または潜んでいた場所など、すべてを詳細に、確実に当てた。
警察は「あなたの霊感は、実に見事なものだ。敬服する」と非常に
感心して、霊感の鑑札を彼女に下付する手続きを取ろうとした。
しかし、長谷川わかは、次のように言って断った。
「わたしは自分の霊感を、警察で厳密に検査してもらって、自分の脳力
を認識できたから、それでいいのです。霊感は当たるか当たらないかが
命です。どんなに偉い神を拝んでも、当たらなかったら全く駄目です。
当たるか、当たらないか、客観的に警察から証明されて、自分の霊感が
正しいことが自分で納得できたから、それでよいのです。自分で自分の
能力を確かめるために、実験してもらったのです。
これからも、人に頼まれて事件などをみるごとに、当たるごとに、人
に喜ばれ、感謝され、感心してくれるから、鑑札などは要らないのです。
わたしにとっては、当たるという事実が証明書なのです」
「警察でもわからないような難しい犯罪の内容も手に取るように当てる
人は、日本の警察始まって以来、初めてなのだ。すばらしい霊感だ。
警察としても、鑑札制度をやっている以上は、あなたのように、確実に
正確に当てる人に鑑札を与えたい。そういう人にこそ霊感をやっていた
だきたい。日本であなた以外には、霊感で鑑札をもらえるという人は
いない。だから、もらってくれ」
それでも断って帰ってくると、次の日に違う警察官がやってきて、
懸命になって彼女を説得し始めた。
「どうしてもあなたが霊感の鑑札をもらってくれなければ、こちらが困
るのだ。あなたがもらってくれないと、霊感者はこれくらいのレベルで
ないといけないと基準を設定しても、国民からは『警察はありもしない
高い基準を設定している』と批判されてしまう。実際に生きた人間に
こういう例があって、他の人もこのぐらいあるべきだ、という基準とし
て設定できなくなってしまう。だから、あなたのような人に鑑札をもら
っていただきたい。せっかく、こういう時期に試験をやったのに、もら
ってくれないのでは困ります」
結局、四人がかりで毎日やってきて説得を繰り返し、むりやりに鑑札
を受け取らせたのだった。そして、「警察もあなたを応援するからどん
どんやりなさい」とまで言われた。
霊感の商売をやるに当って、新田の先生から厳しく諭されたタブーが
ある。
その一つは、犯罪を見ないことである。犯人を当てると、その犯人が
出獄後「お礼参り」として、自分を警察に逮捕させた霊感者を殺しに来
るからである。
また、犯人を見つける霊感能力があることが世間に知れ渡ると、犯罪
者が、誰にもわかるはずのない手口で完全犯罪をしても、犯人であるこ
とを霊感で知ってしまうから、「人相や居所を警察にタレこんでしまう
奴だ、とんでもねえ、生かしちゃおけねえ」と、殺しにくるかもしれな
い。完全犯罪を実行するためには、準備段階として長谷川わかを殺して
おく必要があることになってしまうからだ。
警察からは「国家のためになるのだから、大いに、犯罪調査に協力し
てくれるようにお願いする」と強く頼みに来たが、前述の警察に言えな
い制約があった。犯罪捜査のために、警察からは毎日、長谷川わかのと
ころへ人が来たが、協力するわけにもいかない。幸い、私服で判らない
ようにして来るのでも、神がすぐ「この者は普通の格好で来ているけれ
ど、警察官であるぞ」とか「刑事だぞ」と声があるので、煙に巻いて
追い返していた。
その後、許される範囲で(長谷川わかが殺されない範囲で)協力する
ことになったが、その一つが有名な『吉展ちゃん誘拐事件』である。
この事件は、当時四歳の村越吉展ちゃんが、自宅近くの公園で遊んで
いたところを誘拐され、身代金を要求された事件である。
この事件の発生を伝える新聞発表と時を同じくして、同じ紙面に、
警察の張り込みのミスで、小型トラックの荷台に置いた身代金を犯人に
持ち去られたという記事が出たと記憶している。それまでは、警察は
事件を公にせず、極秘にして捜査活動していたようだ。
「犯罪を見るな」と、新田の先生から口を酸っぱくして言われていた
わかは、最初躊躇していた。私も戒めのことは繰り返しわかの口から聞
いていた。だが、《いたいけな幼児が気の毒に……》と思うわかのあわ
れみの気持ちが、犯人探しとは別に、吉展ちゃんの安否を確かめるとい
う範囲に限定した霊視を行わせたのである。
霊視を行うと、コンクリートの四角いスペースに幼児の体があった。
子供の頭の横のところにじゃりっ禿があり、体はぐったりとしたまま、
まったく身動きをしていなかった。
この事件の前に、トニー谷の息子が誘拐された事件があった。その事
件についてもわかは子供をあわれんで霊視したが、その時は「長野で
ジャガイモを食べて元気でいる」と神に教えられ、実際にジャガイモを
食べている姿が3Dの動画で見えた。この霊視は当っており、誘拐された
子供は無事に戻ってきた。
だから、吉展ちゃんについても、元気でいるなら、その様を同じよう
に動画で見せられるはずである。何度も霊視すれば、ぐったりしている
映像以外に、動き回ったり、活動している状態を見られるだろう。わか
は八度ほど試みたが、見えるのは同じ映像のみだった。それをわかから
聞いた私は、もしや、吉展ちゃんがすでに遺体となっているのではと
恐れた。その場所はお寺の境内のようで、お寺の裏、または横のほうと
見えた。
それは、もはやまったく希望のない、絶望的な映像情報だった。私は、
両親の思いを考えると黙っていたほうがよい気もしたが、しかしそうも
いかず、わかと二人で車に乗り、警察へ行った。捜査本部の刑事に会い、
吉展ちゃんの状態を説明したのだ。映像の現場や犯人の居場所について
は、その場でわかの霊感によって示した。霊感によって、犯人は足が不
自由であること、110番されることを恐れていることもわかった。
私は、犯人の足が不自由なのに、警察を出し抜くほど敏捷であるはず
はないと疑っていた。
その後、わかが室内を歩いていると、神が「あの事件の誘拐犯が警察
に逮捕されたぞ」と言った。それで安心していたが、また何日かして
「警察は犯人を釈放してしまった」と言う。どうしたものかと思案して
いると、また「警察は犯人を逮捕したぞ」、また何日かたつと「警察は
また犯人を釈放した」と言うのである。二度逮捕して、二度とも釈放し
たということだ。
それで、霊感による調査はやめたほうがいいかと私が思案していると、
三度目の逮捕で犯人が犯行を自白したのであった。
後で知ったことだが、犯人は誘拐の容疑で逮捕される前に、窃盗で二
度捕まっていた。
そして、最初にわかが霊視していたのは、お寺の境内の横、お墓の
屍櫃(お骨を入れるスペース)の中だったのである。



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