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この楽天広場にHPを持たせて頂いて約半年、思いがけず沢山の方からアクセスをいただき心より感謝いたします。皆様本当にありがとうございました。 これからもぼちぼち、のペースではありますが書き続けて行きたいと思っております。 *** 皆様よいお年をお迎え下さい。***Amedeo
2005年12月30日
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クリスマスを控えて世間が賑わう中、生まれて初めて広島の土を踏んだ。島根の友人との約束は決まって松江~大阪間のどこかで会うパターンになっている。今回はこれまで馴染みの薄かった広島に行ってみようという事になったのだった。 「おまえ、○日間ある有給を全部使い切るつもりか。」上司の目線が刺さるようだ。日が迫っているのにこの後に及んで撤回しろというのか。 大抵土曜日はさほど多忙ではない。というより、その日に予定がない事を10日程前から確認を取り続けていた。結局苦い気持ちで届けには大嘘を書いて提出した…。 松江からくる彼女は雪のためバスが遅れるなど時間の目処がたたず、前日には私だけが広島をうろつく事になるのではないかと覚悟していた。しかし、午後二時を回り、バスは雪の中峠を越えどうにか彼女と会う事が出来た。 そして、事前に話していた目当ての一つ、宮島。周辺の悪天候に臆する事なく通常通りの運行で無事乗船、少しずつ、浜辺に浮かぶ世界遺産の鳥居が見えてきた。島全体の建物がうっすらとした雪化粧。島に着いて和やかに出迎えてくれたのは島で大切にされている鹿さん達だった。あぁ可愛い、奈良の鹿より小柄で親しみやすい。しばらく寄り付くがままに撫でているとジャンバーのポケットにぐいっと顔をつっこまれた。その鹿がくわえたのは宮島全体の地図。「あぁっ、いけない!」…バリリ…。地図のちょうど真ん中をバックリ食われてしまった。 宮島訪問2回目の彼女にうろ覚えで案内してもらい、ロープウェイに辿り着いたが時間は既に遅く、またの機会になったしまった。 後々にお互いの環境が変わっても「あんな事があったね。」と話の種になってくれればいいなと、今はそう思っている。
2005年12月26日
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ん~? なんでしょうか。
2005年12月17日
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日本中がグンと冷え込むこの時期、3年前機会あってマレーシアのサバ州・コタキナバルの友人宅を訪れました。丁度ムスリムの断食あけの祭りが行なわれており、その一年のうち最大のイベントに招いて頂いたのでした。 気候の違いから2日ほど大量の汗をかき、毎度ココナッツミルクの香り漂う食卓にも次第に馴れ、友人と家族・親類宅を互いに行き来しながら賑やかな団らんが続いていました。 それにしても、どこの家にも猫がいる。それも1匹や2匹などの可愛い数ではない。友人の実家には大小入れまぜてざっと10匹はおり、皆がタイル張りの広々としたフロアをしなを作ってゆらゆら歩いているではないか。皆見知らぬ私が近寄って体を触っても逃げようともせず堂々としている。 その十何匹かの猫達にはそれぞれ名前があり、友人や家族は1匹ごとに名前を付けて大事にしているのでした。(覚えられないよ、私は。) はて、犬はどこにいるのだろう? ある朝早朝、私は窓辺からビニールの破れるバリバリとした音で目が覚めました。寝ぼけ眼でそっとカーテンを開けてみると1匹の子を連れた母犬が木の枝にかかった袋の生ゴミにありつこうとしており、後ろ足で立ったまま一生懸命袋に噛み付いていました。その足下で小さな子犬がじっと母と同じように上を見上げています。 すると、勝手口の扉が開き、お祖母ちゃんが「※△☆ー!」(...日本語で『コラーッ』の意。)と何か物を放りつけたのです。 小走りに逃げて行く親子2匹…。 イスラム教徒は犬は飼うことができません。(イスラム教では犬は不浄の生き物。)猫は神聖な生き物として大切に扱われているようです。(宗教を抜きにして考えると、これも人間側の勝手な見解である様に思えるのですが。) 野良犬は村のあちこちを歩き回っています。他宗教の家では飼われていたりもしますがそこはイスラムの占める文化です。けれども、彼等は犬を排除しようなどとは微塵も思っていません。人に危害を加える等よほど問題のある個体でない限り市へ通報する事はないそうです。 その点、日本の「飼えない犬猫は行政で処分」「ペットブームで犬猫販売・グッズも人気」 そんな実情が対照的に浮かびました。 野良犬・猫の処分。この島国における狂犬病対策には申し分ないでしょう。でも、今はそんな本来の目的はどこへやら。全てが命の何たるかを知らない人の犠牲になっているだけではないでしょうか。 長年鎖国時代を通して栄えてきた日本の遺伝体質なのでしょうか、合理的なシステムだけ欧米から取り入れ、中身は閉鎖的な融通の効かない規則一辺倒の対応に幼稚さすら感じます。個人の独立した考えを阻み、幼児性を容認する社会です。 また外国を引き合いにだして...と思われるかもしれないし、もちろんイスラム社会は文化や宗教の違いもあるので決して理想にはならないでしょう。けれども命は自然のごとし、そんな地に足の着いた考えを組み入れるべきだと思います。
2005年12月11日
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……Sigh.
2005年12月06日
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7年間住んでいた築40年の文化住宅(木造2階建)を離れ、昨年の今頃同じ町内の鉄筋型集合住宅に引っ越しました。それまでと比べて断然静かな生活環境にガラリと変わったのは一番の喜びでした。 寝る前のストレッチや朝血行を良くするための軽い運動は、木造住宅の2階に住んでいては心置きなく出来ない事。他の部屋への振動を気にして自然とつま先立つような動きではかえって心の負担になっていました。 こんなさびれたアパートだらけの、一杯飲み屋が並ぶ下町から脱出してやるー! という小さな野心を持っていたんです。 少しずつ貯めた貯金で、今度は整備された街を小綺麗な格好で歩きたくなる、そんなワンランクお上品な地域に暮らしの舞台を移そう、と。 そうして見つけたいくつかの山の手物件。やはりどれもそこそこのお家賃。閑静な住宅街で近くには豪邸も建っている。 でも、いざ現地を見に行って直感したんです。広々とした住まい、洗練された街の環境、何のいざこざも起こり得そうにない、近所付き合いも関わり難い、静かすぎるほどの善良な空間...。 この方が、いたたまれない。まだ足音がうるさい等と1階のおばたんに言われていた文化住宅の方がいい。互いに文句を言い合いつつも、たこ焼きつついてビール飲む付き合いの出来る方がいい。そして、犬が思いきり転がれる広大な緑の広場が近くにほしい。 人を含む生き物との交流が、ずっと身近にあってほしい。 そして現在、今も同じ町内の淀川に近い所で暮らしています。
2005年12月04日
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