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今日は野沢スキーの三日目。朝からかなりの雪。聞けば昨夜から30センチ積もったようだ。大晦日なので軽めで切り上げたのだが、深雪の滑りに昨年より数段進歩したものの、課題の残るものであった。もっと丸いターンにしなければならない。
December 31, 2007
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今日は寒波が襲来し大雪のはずが、雪は降らず、ゲレンデは+5度で、スキーウエアの中は大(汗)。コブ斜中心の練習をし、コブを一つ一つ連続して滑る第一の課題を取り敢えずクリアした。また、師匠から大回りがよかったとの評価を頂き、まずは満足な一日であった。
December 30, 2007
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雨が小降りになってきたのでゲレンデに出た。 久しぶりなのでバランスを崩す場面もあったが、雪に馴染むに連れて感じを取り戻し、新しい技術もマスター。ユートピアをミドルターンで滑走できたことは大収穫。でもコブは進歩なし。
December 29, 2007
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今日は朝から雨。雨の中ではスキーはしたくない。九時現在宿で待機中。
December 29, 2007
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以下は、平成19年11月14日付け日経新聞夕刊に掲載された脳研究者池谷氏のコラムの抜粋である。日頃、仕事でのいきづまりや職場の人間関係などでストレスのたまっている人には参考になるのではと思い抜書きをした。 『「楽天的な脳」という科学記事を読んだ。私は必ずしも楽観主義者ではないが、思わず考え直してしまった。 統計によると、人々は世間の平均持ち家よりも高い確率で「いつかはマイホームを持つ」と考えているという。また5年後の平均死亡率は、アンケートによる意識調査で得られる自分自身に関する予想死亡率よりも高い。実際に私も3年後に癌になっている可能性についてほぼ考えていない。実際の発癌率は、将来について暢気に想像するよりも、はるかに高いはずなのに。 こう考えると、確かに脳は能天気だ。 楽天的であることは身体的にも精神的にも好都合である。不安に怯えながら日常を過ごすよりも健全だし、そもそも毎日が楽しくなる。実際、楽天的な人ほどストレスを上手く処理できている。 ニューヨーク大学のフェルプ博士は、脳の楽天癖について研究している。彼は、人が将来のイベントを想像するとき、ポジティブなことは近い未来に、ネガティブなことは遠い未来にイメージする傾向があることを発見した。しかも、好ましいイベントほど鮮明にイメージできるという。「宝くじで3億円当たったら」と夢を描くのは誰でも得意だろう。 楽しい未来に思いを馳せるとき、前帯状皮質や扁桃体などの脳領域が活動する。つまり、脳には生まれつき「楽観用回路」が装備されているわけだ。楽天的な人ほど活動が強いという。 そういえば、今年もそろそろ年末宝くじのシーズンになる。折角の脳回路が宝の持ち腐れにならないよう、せめて歳暮くらいは、私も楽天脳を刺激してみようか。』 以上がコラムの抜粋である。 水戸黄門の主題歌は♪人生楽ありゃ苦もあるさ♪であるが誰かがパロって♪人生楽ばかり♪と歌っていたのを思い出した。最後に私の友人の座右の銘「棚から牡丹餅、小さな努力で大きな成果」を記してこの項を閉じることにする。
December 24, 2007
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明けて翌9日の午前8時過ぎ、現地ガイドの王海紅(ワンハイホン)さんの案内により上海市内から約100キロ、車で約1時間半のところにある生活着的千年古鎮と称される水郷の街西塘(シータン)に向かう。西塘は以前斜塘と呼ばれたところで、浙江省嘉興嘉善県の北部に位置し、上海市、江蘇省と浙江省の連接部にあたる。その昔春秋戦国時代には呉国と越国が戦った境で、「呉根越角」と呼ばれ、昔から物産豊富なところである。旧市街区の敷地面積は約100万平方メートル。明清時代の建物が数多く保存されていて、その数の多さ、面積の広さ及び独特な風格は中国でも指折りのもの。中でも一番有名なのは、長さ1,000メートルもある古風純朴な煙雨長廊である。言わば屋根つきの遊歩道だ。 その街に向かって、上海市内から延びるハイウエーをチャーターしたミニバンに乗って走る。こちらのハイウエーは連結部がフラットではないため、車がその部分を通過するたびに大きくバウンドするので、その都度身体が上方向に揺れる。 車から眺める風景で印象に残ったのが上海市内の150メートル~220メートルの超高層ビル群。テレビ塔の東方明珠塔、世界で4番目に高い金茂大厦等の高層ビルの谷間を縫うようにハイウエーが延びている。このような光景は大阪で見られないものである。中心部を抜けると目に付くのがおびただしい数の高層マンション群。おそらく上海のベッドタウン地区なのであろうが、一時間近く走ってもその光景は変わらない。その後漸く田園風景が見えてくる。広大な平地にポツンと立っている古びた農家や藁葺きの農機具小屋と思しき小屋。傍を後部にリヤカーを繋いだバイクが走っていく。昨日の上海市内でも感じたことだが、現在と1950年代の同居した不思議な街である。 そうこうしている内に西塘に到着。おまわりさんが検問をしていて、車を入場口近くの駐車場に誘導している。王さんによると半年前来たときにはこんな駐車場も入場口もなかったとのこと。因みに古鎮への入場料は50元であった。 中に入ると明清時代を舞台にしたカンフー映画に出てくる建物と同じような建物が水郷の両側に建ち並んでいる。その建物は、土産物屋であったり、食堂であったり、宿屋であったりする。そんな街をのんびりと写真を撮りながらそぞろ歩いた。 暫く歩いているとトムクルーズの写真が貼られているところに出た。どうやら映画のポスターのようだ。恐らくトムクルーズ主演の映画「M:i:3」のポスターと思い、昼食をとった食堂で店の人に日本語で尋ねたところ、頷きながら中国語で何やら話しかけてきた。この街でロケが行われたようで、よく見ると店頭にトムとその店の経営者夫婦であろうかスリーショットの写真が飾られていて、「トムイズグッドガイ」と言うと頷きながらニコニコしていた。 そこでの昼食であるが、見た目はグロテスクな豚の皮付きモモ肉の煮物、ここの水郷で獲れた川海老のスープ、筍と漬物の炒め物、豚肉を湯葉と青菜で包んで春巻き風に揚げた物、ちまき風の食べ物それに地ビール。占めて一人当たり50元(日本円で約800円)は極めて安い。豚肉は柔らかくて見た目とは異なり中々美味でスープと筍は相当いける味であった。 昼食後、もと来た道の対岸の路地を土産物店や食べ物屋、宿などを眺めながらそぞろ歩いた。そして、弄堂と呼ばれる幅60センチ程の狭い路地を通り、本来は通行禁止の宿の裏庭、宿の中を通って古鎮の外へ出た。そこから円タク(因みに二人で8元(日本円で120円))で駐車場まで戻った。そこから一気に浦東国際空港まで帰ったのだが、ミニバンのチャーター代、高速道の通行料、古鎮の入場料、半日間のガイド料等オール込みで一人500元であった。ガイドなしで公共バスを利用すると入場料込みで120元ほどだから、まずまずの料金でまずは満足であった。この数年で、台北、ソウル、上海を旅したが、上海は見所が多い上に変化に富んでいて機会があればまた訪れたい街である。
December 21, 2007
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一昨日同期の友の訃報に接し昨日告別式に参列してきた。酒とバイクをこよなく愛した友の早すぎる死にショックを受けている。 顧みると彼は40歳代の前半に大腸がん手術し、抗がん剤を服用しながら復帰したのもつかの間、今度は脳梗塞で倒れ、病床に見舞った時は俺はまもなく死ぬなどと気弱になっていたが、それでも立ち直ってバイクに乗れるまでになっていた。今年の4月に会った時は、子どもも社会人になったし家のローンも完済したし、後は悠々自適に生きていくと言っていたが、再び脳梗塞で倒れ、2週間意識不明のまま帰らぬ人となった。 今私の頭の中を、若かりし頃に彼のバイクの後部座席に乗り、小豆島を一周したことが走馬灯のように駆け巡っている。もう一度杯を酌み交わしたかった。彼の霊前に「勧酒」の詩を捧げ冥福を祈る。 君に勧む金屈巵 満酌辞するを須いず 花発けば風雨多し 人生別離足る 君に黄金のさかずきを勧める。なみなみと注いだこの酒を断ってはいけないよ。花が咲けば 雨が降ったり風が吹いたりするものだ 。人生に別離はつきものだ
December 14, 2007
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(続き) 午後5時虹口を後に夕食を予約している中山公園の上海城に向かうことに。移動手段は完成したばかりの地下鉄3号線。東横浜路から数分のところにある東宝興路駅へ。ところがチケットの買い方が分からない。親切な女性の駅員の手を借りて8駅先の中山公園までのチケットを買う。料金4元は日本円にして60円。大変リーズナブルである。乗ること約30分目的の中山公園に到着したが、今度はレストランがどこにあるか分からない。地図を見ながら凡その見当付けて10分ほど歩いたところで正反対の方向に歩いていたことが判明。慌てて戻ったが約束の時間に10分の遅刻となってしまった。 さて、夕食は四川料理である。上海で何故四川料理かというと単に料金が安いからでそれ以上の理由はない。余裕のある旅行であればここで上海蟹のフルコースとなるのであろうが・・・・。 約1時間飲み食いした後、かねて下調べをしておいた、地下鉄1号線陝西南路駅近くの茂名南路にある「1931」へ向かうことに。「1931」はオーナーが租界時代のよき上海を保存しようと考え開いたレストラン&カフェバーで、店内を当時のポスターや調度品で飾っているお洒落な店だそうだ。時間帯のよっては予約が要るということだったが、飛び込みで行こうとタクシーを走らせること約20分。辿り着いたらほぼ満席状態で予約がないと入れないとのこと。 「ここが駄目なら他の店があるさ」と行きつ戻りつ付近を彷徨うこと約20分。入ったところが「青蛙」というバー。店名の由来を聞くと青い蛙は幸運を運んでくると言われておりその名にしたとのこと。名のとおりの青い照明が怪しげな雰囲気を醸し出しているのだが健全な店で、フルボトルのチリ産の赤ワインが1本300元であった。そのボトルを1時間足らずで空にした後、上海へ来た以上はジャズを聴きながら飲むのがお洒落と衆議一致。これもかねて下調べしておいたHOUSE OF BLUES&JAZZへ行くことに。 ところがあるべきはずのところにお店が????それもそのはず、入り口は古びた木製の扉で窓もなく一見しただけでは倉庫?と見間違えられても仕方がないと思われるようなところで、扉の上に地味なネオン管によるBlues & Jazzの文字が。9時前だったので満席かと思っていたが意外と空席が多い。それもそのはず生演奏は10時からとのこと。アルゼンチン産の赤ワインを1本飲みながら待つこと約1時間。愈々楽しみにしていたジャズの生演奏が始まった。この時間帯になるとお客が続々と詰め掛け、立ったまま飲んでいる客がかなりの数に上っている。ところがその頃になると夕食時のビールと紹興酒、場所を変えて飲んだ二本のワインが利き始め、かなり酔いが回ってきた。時計を見ると10時半。翌日は早起きをしなければいけないこともあり、結局3曲だけ聴いてホテルに戻った。(続く)
December 11, 2007
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12月8日(土)から9日(日)かけて上海へ行った。以下はその顛末である。朝9時過ぎに関西空港を中国国際航空機で離陸。座席の前後の間隔がやたら狭い飛行機で、長時間のフライトには耐えられるようなものではない。入国審査中軽い吐き気をもよおしたが、機内の狭さが一つの原因と考えている。 ともあれ、約2時間半のフライトの後現地時間10時45分頃上海浦東国際空港に降り立つ。4000mの滑走路を日本有する同空港は2010年の上海万博に向けて拡張工事を行っていて、ロンドンのヒースローやパリのドゴールに比肩する世界トップクラスの空港に生まれ変わるとのことである。アジアのハブ空港を目指すとしている関西国際空港だがスケールの点でかなりの水を空けられていると見るべきである。尤もその建設費に我が国の対中国OEDから400億円が当てられていると聞くと複雑な気分になる。 まず向かった先は租界時代においても中国人だけが居住していた地域とされる豫園商城。多くの商店が軒を並べる地域で外国や中国各地からやってきた観光客でごった返していてまっすぐに歩くことができない。ここの小龍包は絶品なので有名らしいが口にすることはできなかった。お腹が空いてきたので上海観光2大スポットの一つ豫園には入らずに、外灘大通りにある上海蟹の専門店「成隆行蟹王府」へ。蒸蟹、海鼠、蟹味噌炒飯、ビール等占めてお一人様355元(約5600円)であった。蟹の味噌はズワイ蟹に比べて濃厚ではあるが大変美味でまずは満足。 食事の後外灘通りに建ち並ぶ1900年代前半に建設された近代建築物を尻目に上海北部のかつての租界時代に日本人が多く住んだといわれる虹口へ。虹口は往年の名歌手ディック・ミネのヒット曲夜霧のブルースに登場する♪霧のスマロ(四馬路)か~ホンキュ(虹口)の街か~♪のホンキュである。当時の面影を求めて暫し虹口の一角の多倫路文化名人街散策。途中「名人茶葉館」という喫茶店で白茶を飲みながら、魯迅が生きた時代に思いを巡らし、のんびりした時間を過ごした。その後隣の通りの東横浜路から横浜路を散策した。名人街はきれいに整備された街であったが、この日本の地名そのままの街は、剥がれかけた人家の壁、通りを塞ぐように干された洗濯物、自転車の荷台にリヤカーを括り付けた運搬車等昭和20年代後半から30年代前半のまま時が止まってしまったかのようであった。(続く)
December 10, 2007
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我が家のリフォームのため11月3日以来我がPCは段ボール箱の中が住まいであった。一昨日漸く完成した新しい部屋の真新しい備え付けデスクの上がPCの新しい棲家となった。ついでに、起動に時間がかかり過ぎていたので、メインメモリを256MBから1GBに交換することにした。始めから装着されている256MBを取り外し、BUFFALO製メモリ512MB2枚を装着した。作業そのものは10分程度で思ったより簡単であった。マイコンピュータのプロパティを開けると0.99GBの表示。交換は成功である。 さて起動はというと随分と早くなった気がする。以前の環境での軌道時間を計っていたわけではないのでどれだけ短縮したのかわからないが、増設後の時間は電源オンからIEにアクセス可能になるまで1分15秒であった。 さあ今日からブログ再開と行きましょうか。
December 3, 2007
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