全14件 (14件中 1-14件目)
1
…あの頃の仲間達へ… 私の会った神様たち(森村桂著)…後に“天国にいちばん近い島”で有名となるノンフィクション作家。 “初美ちゃん”は福井の、ど、ど、ど、ど、田舎に嫁いだ、馴れ初めは沖縄旅行にて“一夏の出会い”を“運命”と感じ、勢い余ってゴール、こんな感じらしい。 …ね?素敵な話でしょ?うん、(二人で旅行するには打って付けな口実になってくれたとゆう一語において素敵だ!)…でも、よく喧嘩するみたい。へぇ、(旅先の出会いなんてそんなもんだ) そんな会話を交わしながら大阪着。 …もうすぐここで住むんだね?うん、…大丈夫かなぁ?えっ?…心配心配心配心配…笑うしか無い。 ここからは特急“雷鳥2号”に乗りいよいよ旅気分だ。 …楽しいね?うん、…ホントにそう思ってくれてる?当たり前やん…エヘヘ、あはは。 キリが無い、が、無条件に楽しい、そんな“ふたり”だ。 敦賀駅には2人揃って出迎えてくれた。…初めまして!…わっ、ホントかっこいいやん!…エヘヘ。 ロマンチックな出会いとは程遠いお二人だった、が、天使の大切な身内なので僕は心から好青年を演じた。 お義兄さんは居酒屋“養老の滝”の店長さんだった。“ファミリア・ミッション”を貸してくれるらしい。…東尋坊へ行った。僕は若葉マークの免許取りたてだ。不安な僕と初美ちゃんを横目に天使は全幅の信頼を寄せ“私、しあわせよ”オーラレインボーだった。ホント愛されてるんだと思った。自殺の名所だろうと雨が降っていようと初美ちゃんが邪魔だろうと、天使の笑顔の前にはすべて霞む。夕食は“養老の滝”だ。緊張でよく覚えていないが、気に入ってくれたようだ。僕も当たり前だが気に入った。 心身共に満たされ楽しんだ卒業旅行は、あっ、とゆう間に終わった。無事お姉ちゃんに彼氏を紹介し認められた天使は“得心”し、帰りの車中、僕の腕にもたれてうたた寝した。僕は車窓を流れる景色を眺めながら物思いに耽った。なんの不安も無かった。そんな僕に目覚めた天使は悪戯っぽく微笑みいつものようにこう言うのだ。 …ねぇ、ねぇ、なに考えてるん? 1980年3月21日の春分の日だった。 僕は18歳、天使は19歳だった。 ↑画像は09年・奈良市・氷室神社・しだれ桜…花満開。
2009.03.31
コメント(0)
…あの頃の仲間達へ… “織田信長(山岡壮八著)…信長像を描いた作品の中ではベスト。是非。 “?!”…“なんや?あれ?” 帰り道、“白い特攻服”を着て“ヌンチャク”を持った“見知らぬチンピラ”が“仁王立ち”していた。背後には“白い暴走族使用”の“セリカ・リフトバック”と、見覚えある“なんちゃって不良”が、3人、立っていた。 ーあれは、三か月前ー おい、てんてん、ウエダが喧嘩してるで!…!?…この学校で、いや、この界隈で奴とタイマン張れる人間なんていない。 喧嘩?どこで?トイレで。 人だかりの中を掻き分け向かうとボコボコの3人が汚いトイレで土下座してた。 理由は、奴がトイレに行くと中で3人がタバコを吹かしてた、挨拶しなかった、で、ボコボコにした。喧嘩では、まったく無い。その中に僕が割って入った、教師がやって来た。 ー僕とウエダは“無期停学処分”となった。僕達は、言い訳などしない。奴等は“被害者”となり“お咎め無し”だ。 処分決定の日……。 “お前等、無事卒業出来ると思うなよ”ウエダは捨て台詞を吐いた。僕とコムラの“政治的配慮”により、謹慎は、たったの二日だった。 “おい、ツラ貸せやっ”…喜んで~… ウエダの運転する“セドリック”に乗り“セリカ”を従え“山中”へと向かった。…アイツらなんでや?…あ~ぁ。そうゆうことか? 僕達は意にも介して無かったが、根性無しなんちゃって不良3人はビビって“助っ人”を頼んだ、どうやらそんなところらしい。 ーしかしたった1人の助っ人とは…。 喜々とした顔のウエダはこう言った…悪いな、ちょっと待ってて。そして、ヌンチャク持った助っ人にこう言った“道具使ってやるかぁ?”…助っ人はヌンチャクを手放した、ウエダが“木刀”を持っていたからである。 その時点で“勝負あり”である。 山の中から帰って来たウエダはこう言った“話は済んだから”後ろからうなだれてボコボコにされたヌンチャクなんちゃって助っ人は無言で去って行った。 三月に入ったある日、天使が…ねぇ、ねぇ、旅行いかない?。どこに?…お姉ちゃんが福井に嫁いでて、てんてん君に会いたいって言ってるから。うん、行く。 こうして僕の“卒業旅行”は福井県敦賀市へ天使と2人旅と決まった。 僕のクラスメート41名の内、公務員が約10名、大学進学が約10名、専門学校が約10名、就職が9名、数学がわからんと言って平気で白紙答案出した浪人生ひとり(ナント翌年、関学合格)そして、1日15時間も勉強したのにトップになれずイカれちゃった奴ひとり。…みんな元気だ、と、タネツグが言っていた! 15歳から共に過ごした3年間、ホント楽しかったよ、ありがとう、感謝します。 こうして僕の“青春期・高校生編”は終わりを告げた。 僕達は18歳だった。
2009.03.28
コメント(0)
…あの頃の仲間達へ… アルジャーノンに花束を(ダニエルキイス著)…“深い絶望”をテーマにしながらも読後、感動が残る名作、是非。 1980年は、やって来た。 僕は毎冬休み恒例となっているアルバイトをしていた。夜中ドライブインで“皿洗い”…午前0時~8時まで働き、寝ずに部活、今年は寝ずにパチンコだ。 バイトに向かう車中“ヤンリク”からボニータイラーの“悲しみのオーシャン”が流れてた……。 あの“パワー”はなんだったのだろう。 …明けましておめでとう、今年もよろしくね、ニコニコ。うん、…今年はどんな年になるのかなぁ、ニコニコ。 同級生達も進路も決まり名ばかりの期末試験も終わり、ただ日々は過ぎてゆく。僕はアルバイトで稼いだ金で自動車教習所に通いホットモーニングを重ねウイスキーコークで語らい賭場を開き読書にのめり込んで過ごしたが、なんと言っても生活の中心は、心満たしてくれるのは天使だった。 …ねぇ、何考えてるん? ニュートラルに日々は過ぎてゆく、何の不安も気がかりも無く、ただただ豊かに、その日はやって来た。 昭和55年2月25日…卒業証書授与式… 君が代も、仰げば尊しも、蛍の光もあった、無いのは、涙、だけだ。みんな笑顔だったが、1番の笑顔は担任のコムラだ。余程キツかったのだろう、辛かったのだろう、自信が無かったのだろう、コムラの気持ちは良く理解出来た、デキが悪かった訳では無い、ただ個性が多岐に渡り対応に苦慮し続けたのである。…お疲れさん…僕は笑顔で声をかけた。 …もう、懲り懲りや…その言葉に偽りは無く以降“男子クラス”を受け持つ事は無かった。大爆笑の最後のホームルームも終わり僕達は旅立った。 が、 大事件が、 待っていた。 ガクランに別れを告げた… 僕達は18歳だった。
2009.03.26
コメント(0)
…あの頃の仲間達へ… “さよなら、どんべえ(畑正憲著)”…北海道旅行にあたり初めて手にした本。以後ムツゴロウ読破、こころ豊かになれる作品。 二学期の期末試験と麻雀大会も終わり僕は毎日のように出向いた。 よしっ、今日は“かもめ屋”やぞっ。 “ワク打ちのてんてん”と呼ばれるようになっていた。当時は今のように雑誌もなければ情報も無い、“自分の目で見て自分の頭で考えて身銭切って実収支上げて”確認証明し積み重ねるしか無かった。ワクとは、今で言う“ブッコミ”である。 当時、正式機種名なんてあったかなぁ?僕のお気に入りは“満開”だった。ヤク物侵入口は3か所、天、左右飛び込み、ヤク物内に入った玉が奥穴に入れば盤面チューリップが全開となる。ワクからストレートに天穴に突き抜ける玉筋に痺れてた。よって見る釘はワク&天クギのみ、で、勝てた。 “弱め打ちのオガワ”は“ボクシング”がお気に入りだった。ワクを抜かずクギ3本手前からバウンドさせて飛び込みからの入賞をも狙う。“軟らかな玉筋”が好きだった。 コヤマは相変わらず斜陽の手打ちにこだわっていた。 3人が勝った日は、向かいのお好み焼き屋“与作”にて与作焼(ミックススペシャル焼)で祝杯、3人が大勝ちした日はかもめ屋2Fの“ステーキハウスかもめ屋”で宴会だった。…いつも3人だった。夜を徹して格調高きクギ論に花を咲かせた。楽しかった。ホント楽しかった。 ある日、事件が起こった。ボクシングにおいて連日終了台が現われたのである。その頃になると僕達は“プライド”を持ち始めていた。よって“他人が終了台”にした台は触らない。 連日そのボクシングは打ち手を変えても変えても“打ち止め台”となっていた。興味を持った僕達はクギ見した。…絞まってるよなぁ…が、見解。 その日も“打ち止め”となった刹那、パンチパーマの店長が、、金槌、、、板ゲージ、、を持って現われた!!…完全にキレてた。そして営業時間中、客の前で叩き出したのである。 僕は必死で叩く“場所”を見た。おっ、お、おっ。 そして、ボクシング担当のオガワに、こう言った。 …よしっ、打たしたる、打ってみなっ… オガワは飛び込み3発で終了させた。 また、叩き出した。 こう言った。 …よしっ、打ってみなっ… コヤマが、打った。 終了した。 その日を以て、その台は終了、、、した。 なんやろうなぁ、あの台。…オガワは即答した。“ヤクデキや” そう、僕は確信を持って学んだ。台にはクギでは計り知れない個体差がある事を。 日々、打ち続け、身銭切って学習するうちに僕は理解した。“パチプロ”は存在出来る事、それは、ある条件下に於いてな事、そして、そして………。 “レーコーモーニング”が“ホットモーニング”に変わり、シロップを入れなくなり、ランチを取らなくなり、ステーキハウスかもめ屋への頻度が上がり、パチプロに警戒され始めた… 1979年12月は、あっ、とゆう間に過ぎ去った。 僕達は18歳だった。
2009.03.25
コメント(0)
…あの頃の仲間達へ… “龍馬がゆく(司馬遼太郎著)…司馬先生の思いがダイレクトに胸に響く傑作。 ドラフト会議も終わりプロへの道を断たれた数日後、毎年恒例となっている“送別紅白戦”が行われた。…4ヶ月ぶりの、ユニホーム姿である。そして仲間達が顔を合わせるのもあれ以来である。 みんな笑顔の、ただただ笑顔だけの野球をした。…ユニホームを着てする野球では初めてだと気がついた、僕は大エース“ワタベ”から2本もヒットを打ってしまった。 “主将”とゆう肩書きを失ったくせに元主将タネツグはゆうのだった。…あ~ぁ。そのバッティング4ヶ月前に欲しかったなぁ。3年生はすっかりOBの貫禄、2年生は最上級生の自覚が出来ていた。 みんな名残惜しそうに暗くなっても部室で語り合った、リセットされたはずの僕もなぜか去りがたく居座った、そう、みんなわかってたのだ、もう、ユニホーム来て顔合わすことはないとゆう事を。 その輪の外の一年生の中にヒロシもいた。 …良かったね、みんなと会えて。うん、懐かしかった。…ずっと一緒にやってきたんだもんね。うん。…私は部活やって無かったから羨ましい。 僕はあらためて今までの6年間に想いを巡らせていた……。 そんな時も必ず現実に引き戻してくれるのはいつも天使だ。 …ねぇねぇ、いつまで考えてるん? いとおしい。…それ以外の言葉はみつからない。 あれから30年、まだ母校は甲子園出場を果たしていない。 僕は18歳。 天使は19歳。 もうすぐ師走の日だった。
2009.03.19
コメント(0)
…あの頃の仲間達へ… “シェイクスピア全集”…すべて同じ話に思えた、ヒトは進化しない、と学んだ。 1979年11月14日はやって来た…天使はシフトを変更してもらい大きな荷物を抱えスキップしながらやって来た。 …エヘヘ、やっときたね、18歳。 そして、思いもせぬ一撃を……。 お誕生日会を始める前に、、、私物検査をしま~っす!はいっ、てんてん君、今日もらったプレゼントすべて出しなさい、、ニコニコ。 ええぇぇぇーーーー??? 隠しても無駄ですよ。正直に!ニコニコニコニコ。 心当たりは、こうだ。…2学期に入り僕達の交際は周知の事実となった。で、噂の彼女を見ようと天使の勤める医院へと度々女子校生が現われるようになっていたのである。 確かに野球部員だった頃は色々届いていた、だが今年は引退したし彼女が出来たので、もらって無かった。 …ホント?うん、…ホントにホント?本当。…なぁ~んだ、つまんない。ニコニコ。…でも、嘘言ってもバレるからね、ヒロシ君に頼んでるから。ニコニコ。 そう、天使は弟、ヒロシに今までの事と今年の偵察を頼んでいたのである。 なんちゅうことするねん。ニコニコ。…だってモテモテだもん、てんてん君。心配無いよ、みんな恐れをなしてプレゼント渡す勇気のある子なんていないよ。 こうゆう事だ。天使を見に来た女子校生が窓越しに声をかけてきた。“あのぅ、すいません、てんてんさんの彼女さんですか?”…えっ?あっ、てんてん君のファンの人達?“…!?…!?”…私、彼女です。よろしくね! その時たまたま通りががった電車通学のタンちゃんが助けてくれた。 “あっ、久し振り~またご飯食べにいこうね~”そして、こう言った。“この人はてんてん君の彼女で、私の親友、どう?綺麗でしょ?勝てる?” 以来誰も来なくなった。…らしい。 …そうかぁ、面白くないなぁ、ニコニコ。 …じゃあ、あらためて、18歳お誕生日おめでとう。ありがとう。プレゼントをもらった。 天使の強い希望でケーキとか食事とか乾杯とかは僕の家族全員と一緒にやることになっていた。…ここ数年みんなで乾杯なんてして無かった、そう聞くと天使は“可愛そう、来年からは出来ないんだから今年はしてあげよう”と、なったのである。…そりゃみんな気に入るわな。ヒロシまで丸め込むとは、あっぱれなり。 てんてん家+1人の愉快なパーティーは無事終了、御開きとなった。 帰り道、2人になると天使はしんみりこう言った。 …楽しかったね。うん。…来年も出来るかなぁ?うん。…じゃ、指切り。ニコニコ。ええぇ?指切り?…また照れて。誰も見て無いからいいでしょ?。僕は敗北した。指切りげんまんをした。 天使が帰った後、これも恒例となっているウエダの家で2人でウイスキーコークで乾杯し、格調高き“女心のつかみ方”論議をした。 ウエダの“元2号”タンちゃんからプレゼントが届いていた“サントリーオールド2000円”御礼の電話をした。…かわいい彼女大事にしてあげてね!と、言ってくれた。ウエダとは話さなかったーそう、愛は悲しいー元の鞘に納まった彼女からもプレゼントをもらった“珍味三昧” すべてウエダの心使いだな、そうゆう奴だ。 天使は二つのクッションをプレゼントしてくれた。裏には手縫いの刺繍がしてあった。 “すき” “しあわせよ” それからとゆうものヒロシは僕の事を“しあわせよ君”と呼びニヤニヤ笑うのだった。 こうして僕の18歳は幕を開けた、いつの時代もどこにでもある話だが僕はこう思った。 ーしあわせだなぁー 僕は18歳になった。
2009.03.18
コメント(0)
…あの頃の仲間達へ… “実存主義(ハイデッカー著)”…読んでしまったんです、17歳の僕が。 小学生の頃、毎年帰省し横須賀の街を歩いた。街中で見掛けた上下真っ白な制服にキンピカエンブレム、かっこいい~。母にこう言ったー僕、この学校に入るーそれは日本の士官学校たる“防衛大学校”だった。中学生の頃僕は帰省し文京区の街を歩いた。クラシカルにたたずむ“赤門”この学校入ってもいいな、そこは日本の英知の最高峰“東京大学”だった。時間は残酷だ、生きることは現実だ。 …明日だね、うん。…頑張ってね、そんな大した事じゃ無いよ。 毎週土曜日のランチは天使と喫茶“つぼみ亭”で“ハンバーグ定食650円コーヒー付き”と決まっていた。 …朝、早いん?うん、8時半の電車。…ふ~ん、寝坊しないようにね!しないよ。 翌朝、駅に天使はまるで遠足に行く小学生のような笑顔で待っていた。…ええぇ?…私も連れてってくれる?ニコニコ。…。 いとおしい。それ以外の言葉はみつからない。 受験が一転、旅行気分になった。ちんちん電車に大喜びの彼女を見てると僕まで嬉しくなった。チンチン電車は流行の最先端だ、そう、思った。 …試験、作文、面接、延々5時間に及ぶ間、天使は“保護者待合室”で待っててくれた。 …かわいい子多いねっ。そう?…おしゃれだし。まぁ、美容師になろうって人達だからねぇ。…なんか、心配になってきた。あはは。 入学後、彼女同伴で受験した奴、として僕は有名人となるのである。 帰りの長い道中、余程早起きしたのだろう、待合室でおばちゃん達に囲まれて余程緊張していたのだろう、天使は僕の腕にもたれてうたた寝した。周りの視線が心地よかった。 別れ際、天使はこう言った。…心配やなぁ。 容姿端麗、周りの誰もが認めてくれる彼女にこう言わせる僕はなんて光栄なんだろう、と、当時、その時は気が付かなかった。 僕は忙しかった。学業に、とゆうのは冗談だが、パチンコに、麻雀に、あっ、とゆう間に時は過ぎ17歳は過ぎていった。 夏の終わりの北海道のオホーツク海を眺めながらウォークマンでABBAの“eagle”を聞き“カモメのジョナサン(リチャードバック著)”を読んで想いを巡らせた時が夢のようだ。 …high high I am bird in the sky...♪ あの時感じた、なにか、が、離れなかった。 映画“リトルロマンス”に出会い主人公“ローレン&ダニエル”の“孤独”と“孤高”に共感した。 映画や書籍は素晴らしい、世界中どこにでも連れてってくれる。あらゆる時代に連れてってくれる、そして、自由に思考させてくれる、僕は読書量を増やしていった、1人の時間をより多く求めた。 そんな僕を現実に引き戻してくれるのはいつも天使だ。 “ねぇねぇ、なに考えてるん?” 明日は僕の誕生日だ。 満たされた僕は17歳だった。 a little romans ver...
2009.03.17
コメント(0)
…あの頃の仲間達へ… “吹いてゆく風のバラッド(片岡義男著)”…そんな生き方が、価値観が、世界があるんだ。 翌日、天使はネックレスを見せびらかせて“私、しあわせよっ。”とゆうはじける笑顔でやって来た。そして、悪戯っぽく、こう言った。 “どうして、てんてん君は大阪の美容学校へ行くことにしたのかな?”ニコニコ。 “恥ずかしがらずに言ってごらん?”ニコニコニコニコ。 そう、僕は敗北した。“…思えば思わるる”さっ。 “またぁ、照れて。難しい事言ったら私がごまかせるって思って…”ニコニコニコニコニコニコ。 そう、僕は新たなアドバンテージを探して“読書”に明け暮れていた、誰にもきずかれぬように。 一刻も早くペースを取り戻す為“進路指導室”へ行き“関西各種専門学校”を開き、探した。 どうせなら、ミナミかキタがいいな、でも、制服とか全寮制とかはこりごりだ。…いや、少し違う、そう、そうゆうのは卒業したんだ。 “小出美容専門学校”…“KOIDE Beauty Colledge”…これだっ。 当時の大美会(大阪美容師会)会長、“東の山野、西の小出”…僕のこれから始まる華麗なるキャリアのスタートラインにはまずまずだ。 学校見学へ行った。…天王寺~南海上町線???、これがわからなかった。上町線、が、無い。誇り高き僕が人に尋ねられるはずが無い、1時間探した、疲れ果てもうどうでもいいや、プライドなんて…敗北した。 “チンチン電車ですよ~” なにぃぃぃぃぃぃぃーーーー???大都会に、チンチン???電車??? 確かにあった。 東京での経験があったので馴れたものだった。ナント小出邸敷地内に学校と寮があった。 後の“担任”となる、岡崎女史に、こう言われた、きっと素敵な美容師さんになれると思いますよ、今日からは意識して“美しい”と感じる感性を磨いてください。 この言葉に…敗北した。“ここにしよう” しかし、これから感性の最先端を歩もうとするのに、、、、チンチン電車でいいのだろうか? こうして僕は、初めから大阪って決めてました~。を決め込んだのである。しかし天使だけは知っていた。 昨日も今日も、そして、明日も言うのである。 “ねぇねぇ、どうして大阪って決めたん?恥ずかしがらずに言ってごらんっ。” そして、そして、こう言うのだ。 “ありがとう、ずっとついてくからね!” 僕は間もなく18歳、天使は19歳の、落ち葉のメロディの季節だった。 Pretty woman ver...
2009.03.16
コメント(0)
…あの頃の仲間達へ… …北海道ひとり旅の帰り道、僕は東京に立ち寄り“山野愛子美容専門学校”を見学した。胸が高鳴った、そこは華やかな白衣の園だったのである。…真っ黒に日焼けした旅の途中のスポーツ体型のスポーツ刈りの少年にはあまりに不似合いな場所だった、加えてあの“東京弁”である。…早々に立ち去った。 東京かぁ、、天使は独り言のように何度も呟いた。 僕には“高い志”と“イメージ”があった。もし料理人を目指すなら大阪か京都だ、音楽家とかアートとか目指すなら東京、そう、思っていた。どうせ1から始めるならやはりその時代の最先端がいい、だから“美容家・山野愛子”なのだ。 遠い過ぎるね、東京。天使は独り言のように言った。 …うん、遠いな。…言葉が見つからない。 学校見学に行って来た事も話した。 へぇ、やっぱりてんてん君ってしっかりしてるね、みんな準備してたんだね、、まるで諦めたような口調で呟いた。 しばらく、お互い話す言葉が思い浮かばなかった。 今日、親父に言おうと思う、一緒に居てくれる? うん、当然、でもお父さんびっくりするだろうねっ、可愛そう…。 危うく“誰が?”と、言いそうになり、押しとどめた。 天使がは泣いていたからである。…僕も泣きたい気分だった、そして、こう、考えた。 …もしも彼女と知り合ってから“進路”を考えたなら“美容師”だったろうか?…もしも彼女と知り合ってから“進路”を考えたなら“東京”だったろうか?…いつでもどんな事でもそうだが“もしも?”なんて、意味はなさない。考えるだけ無駄だ。 親父は天使と僕を見て嬉しそうに微笑んだ。だが、ただならぬ雰囲気に気がついたみたいで“どこかにメシでも食いに行こう”と、なった。 避けては通れない、勇気を振り絞りこう言った。“俺、美容師になろう”って思う。………美容師???ってパーマ屋さんの事か?…えっ?…〇◇♯×□… こんな親父を見るのは初めてだった。そりゃそうだな。 この時代、こんな田舎で、男性美容師なんていない、まして男が美容室なんて行かない、僕だって行った事など無い。小さい時からずっとスポーツばかりやって来て“美容”なんて言葉とは対極にいるはずの僕からの言葉である。 これから百回以上聞くことになる言葉を親父は噛み締めるように言った。…理容師じゃ無くて美容師か?散髪屋じゃ無くてパーマ屋さんか? うん、美容師。 で、親父は困ったように、助けを求めるように天使を見て、こう言った。 “どうする?” 急に笑いが込み上げて来た、我慢ならん、この威厳ある親父が、事もあろうに、天使に “どうする?”って、、、、。 しかし込み上げる笑いは笑いとならず納まった。なぜなら天使がこう言ったからだ。 てんてん君ならきっと素敵な美容師さんになると思いますよ、お父さん。…北海道の時もそうだったけど、ずっと前からちゃんと考えてたみたいだし…。 天使は笑顔でそう言った。 そうかぁ、彼女がいいなら反対はしないが……大学は?野球は?…まぁ、やらんわなぁ。と、すっかり普段の威厳は失われ降参しました、の、てい。 僕はこう言った。 申し訳無いけど美容学校行かせてもらえるかなぁ…。 当たり前や、学校いかな美容師になれんやろ?そんな心配はせんでえぇ、で、学校はどこにあるんや? 僕は今、決めた、で、こう言った。 “大阪の美容学校へ行く、一人暮らしする” ホンマに彼女の言う通りやな、もう全部自分で決めてるみたいや、それだったら言う事は無い、頑張って美容師になれっ。…ホンマにパーマ屋さんやな? うん、間違ない。 天使は泣き出した。 戸惑う親父。…ごめんな、親父、威厳型無しや、ホントごめんね、心の中で呟いた。 家に帰ると弟“ヒロシ”がいた。事の顛末を聞いて、こう、言った。 “お前、なんやねん、訳わからんわ”とニヤニヤ笑った。僕も笑った。…そして、天使もいつもの美しくて可愛くて愛しい笑顔になった。 …ホント僕は何様のつもりなのだろう? みんなありがとう、そう心の底から思った。 愛される僕は17歳、愛する天使は19歳だった。 Pretty wowan ver...
2009.03.09
コメント(0)
…あの頃の仲間達へ… ええぇぇーー!?…ただいまっ!ええぇぇぇーー!?…自転車乗る?うん、もちろん乗るけど。…じゃあ早くして、目立つから。 時刻は4時、そう、高校生の通学時間なのだ、あまりにマズイ。美男美女は慌てて喫茶“ヨット”へ逃げ込んだ。 昨日、絵葉書届いたよ、帰って来るなんて書いて無かったのに、ニコニコ。びっくりした?ニコニコ。うん、すごく嬉しかった、ニコニコニコニコ。そう、いつの時代も心通い合う二人の会話は噛み合わない… 時間は、あっ、とゆう間に過ぎた、喋り続けた、ずっと、ずっと、天使は1人で。…それが僕にとっては心地よかった。 このまま時間が止まればいい、と、思ったが、残念ながら、世の中そんなに優しくは無い。 餞別をいただいた方々には“愛の国から幸福へ・バター飴”を持って挨拶廻りをした。その頃はまだ“白い恋人”は無かった、ましてや“花畑牧場・生キャラメル”なんて夢のまた夢だ。 天使だけには“ネックレス”を買った、4500円、釧路で、とゆうなんの脈絡も無い物だったが、激しく喜んでくれた。会う人会う人に見せびらかせていた。ホント心地よかった。 ビッグイベントを終えた僕に休息の日々は訪れない、天使は毎日毎日毎日毎日毎日ネックレスを見せびらかせながらやって来た、ホント心地よかった。…だが、そろそろ言わなくちゃ……。 あのさぁ、話あるんだ。…うん、そうやね。えっ?…だって高3やよ。ーネックレスを見せびらかせるだけじゃ無いんだね、君はー 俺さぁ、、、美容師になろうと思ってる。 ええぇぇぇぇぇぇぇーーーーーー!!!!!!??????? えっ?あの理容師じゃ無くて美容師?、散髪屋さんじゃ無くてパーマ屋さん? そう、美容師。 そして、天使は2ヶ月前と同じように黙り込み、2ヶ月前と同じ質問をした。僕も2ヶ月前と同じ返事をした。 いつから美容師なりたい、って思ってたん?…高1の秋。へぇ、それはお父さんもお母さんも知ってるん?…いや、知らん。担任には前から言ってたけどナイショにしてもらってる、だから君が1番目。へぇ、ニコニコニコニコ、そう言ったら私が喜ぶ、って思って言ってるん?ニコニコニコニコニコニコ。…そんな事無いよ、まず君に言ってから親には言おう、と、北海道で決めた。 そして、天使は、2ヶ月前とまったく同じように言ってくれた… 私と付き合う前から決めてた事だから………。なぜか涙ぐんでた。 そして、こう言った。 てんてん君のことだから、姫路とか神戸とかの学校、な、わけ、無い、よねぇ。シクシク。…うん、ゴメン、…… その先は、とても言える状況に無い。 てんてん君が美容師なんてかっこいいわぁ、うん、似合ってると思う、かっこよ過ぎやぁ。…………。 そして、そして、こう言った、もしかして、もしかして、もしかして、 “東京?” ……………うん。そうしようかと、思ってた。 ええぇぇぇーーーーーーーー???? 僕は17歳、巻き込まれる彼女は19歳の秋だった。 Pritty woman ver...
2009.03.08
コメント(0)
…あの頃の仲間達へ… 僕は忠実に父の教えを守り“周遊券有効期限”ギリギリまで滞在した。色々学んだ、そう、学んだ。 キリが無い、取りあえず帰ろう、そう、思った。 帰りの青函連絡船の中、絵葉書を買い、記念スタンプを押して“see you soon”と、書いて天使に送った。 …この絵葉書より早く到着しないようにしなくちゃ。 青森駅でネット入りの“青リンゴ”を買った、今まで食べたリンゴの中で1番美味かった、あの味は忘れない。 出発する時もそうだったが北海道を旅する、のが目的なのだから、その道中は無意味だ、帰り道は太平洋回り、と、決めている、青森発・上野行ー夜間急行“八甲田”目覚めれば東京だ。 僕は兵庫の西の端の田舎町の公立高校生だが、ホントは関東の血が流れている。母方の祖父母と叔父家族は東京に住んでいる、幼少の頃は“神奈川県・横須賀市浦賀”に住んでいた、そう、ペリー来航の地、“横須賀ストーリー”の地だ。 “上野”はその時代、北海道・東北地方の人々にとっては“あこがれの地”だったのである。独特の雰囲気のある駅だった。そんな上野ではあるが僕にとってはただの駅だ。僕は颯爽と“根津お願いします”…タクシーに乗った。 おじいちゃんおばあちゃんおじさんおばさんお久し振りです、お元気でしたか?と、爽やかに挨拶し“まぁ、まぁ、立派になって~”とおばあちゃんに耳たぶを揉まれ、おじいちゃんのセンス溢れるエロ話を拝聴し、叔父さんの車で“ある学校”を見学した。“恐らくここには来ないな?”と思った。 その夜、僕達は“江戸前寿司”を食べに出かけた。おじいちゃんは寿司を食べたことは無い“どこの馬の骨か知らん奴が素手で握った寿司なんて食えねぇよ”とゆうのが理由だ。粋なおじいちゃんだった。 “東京に出て来ると決まったらよろしくお願いします”と社交辞令をソツ無く言い“この事はまだ内密にお願いします”とカンコウ令を敷き僕は翌日“東海道本線下り普通電車”に乗り西へ向かった。 その日は浜松に泊り“うな重、松”を食べた。今まで食べたうなぎの中で1番美味かった。 翌日“東海道本線下り普通電車”に乗り西へ向かった。 最後の宿泊地は“京都・四条河原町”だ。野球部の一年先輩の“キャプテン・ニシムラ”がそこには住んでいたのである。彼は京都に住み専門学校に通い河原町のゲーセンでアルバイトをしていた。この時代の体育会系の上下関係は絶対だった。にも関わらずニシムラさんは優しかった。野球のセンスはそれほどでも無かったが共に闘った、そう、カントクと。なにを話したかまったく覚えていない、そして、その日を最後に会ったことは無い。 翌日、僕は東海道本線下り普通電車に乗り帰路についた。実は天使には今日帰る事は伝えていない。天使のシフトは“早出”だ。…驚かしてあげたい、そう、思った。 自分自身この時は気付いてはいなかったが… 最後の体育祭3日前、僕は帰って来た。誰にも告げず。一か月が経っていた。 リセットした僕は17歳だった。
2009.03.04
コメント(0)
(私がネグラとしているのは…) “永遠の旅行者…”とゆうスタンス♪♪♪ 先ずは昨日中換金店、桃海…1枚シメ、でも、25Pはある、、、 60回転・2000円…ダブルラインに魚群、絶対の勝負所…スルー ショックなてんてんー321回転・13500円ーしか回せず、これまで♪ 次っ、慶次ワンボックス&ガロ増台&新台もう1機種な、店。 ハネ麻雀・242回転・当たらず、 血迷うてんてん、新装時よりヘソ1枚アキ、な、甘ソナ… 35回転・突確~単↑こんなんで当たっちゃう、マズイ。 稼働・2.6H 投資・27500 当たらず&恥さらす立ち回り、沈むわな。 傷は深い、重傷だわ。 最近の我がブログ、数値記載誤り数か所ありますが、まぁ、おわかりでしょうから(笑) さて、当分不貞寝しますか、予定は未定♪ じゃあまたね!
2009.03.03
コメント(0)
(私がネグラとしているのは…) “永遠の旅行者…”とゆうスタンス♪♪♪ 引けない時に…痛恨の、そんな1日。 本日、明日からの慶次導入に伴いアテ薄かろうと野暮用こなす予定組み店廻りしながら………いきなり、昨日中換金店、桃海全台…アキ…MAX、トホホのホ、いつものハマり台、ナント昨日より更に2枚アキ、推定28P、もしかしたら30P…発作的に押さえる、他もズラリ13.5mm、お客様3人…う~ん、ざんね~ん。マイナス3500円 流しゆく、、今回はワンボックス縛り40台か???…明日新装店はすべてそうだった。お店も大変ねぇ、しかし釘は甘めに調整(ただし、ワザと見せておいて夜中コツコツ叩く、なんてオチは良くある)…まぁ、打ちませんが…うふふ。 それにしても桃海が… 流し流し、とある、店。パオ大和小泉店、バラエティコーナー、天竺発見、カド台ロケーション良し、思わず押さえる♪ 投資500円…2回転・何にも無し~の、最強リーチ、最終演出…当然ハズして、ポチッっと追加、な、刹那、お釈迦さん登場!!(突確)…保留4、つまり6回転・難なく天竺ロード突入(電サポ付き右打ち&右当たり確定、つまり、ラッシュ突入) 換金率わかんない、まぁ、釘からして43~40玉辺り、ただしこの店、系列店、信用して無いのは、ナイショだ。 上乗せ1回転・3個…当たっても無いのに下皿から玉出て来るので隣りのオッサン、、、ガン見、ギャハハハ。…マズイ♪。 4連+1…マズイマズイ、よって即ヤメ(色々ある?、からだ。) 交換・3220個…6100円+葡萄グミ♪ 38玉ね!…バラエティにもう1台天竺あり、若者専業風、目線刺す、ギャハハハ。まぁ、頑張れ♪…でもこの店喰えないよ、まぁ、痛い目経験して、学習しなさい。うふふ。 だってこの系列店、デキる専業1人もいないでしょ?、それが答えだ♪ 質問は受け付けません♪ さて、明日ですが……わかんないわかんないわかんない。 じゃあまたね!
2009.03.02
コメント(0)
(私がネグラとしているのは…) “永遠の旅行者…”とゆうスタンス♪♪♪ 2度目の日曜稼働♪ 先ずは昨日店、天竺って……またまた麻雀潜伏肉眼で確認、仕方ないねぇ、 31回転・1500円…即転落、ゆ・る・す 天竺・据え置き?昨日168回転・当たらず~本日147回転・7000円当たらず、今はこれまで… 次っ、いつもの桃海…ナント据え置き!?ええぇぇぇぇ?理解に苦しむが我が目信じる! 前回時短込み468回転当たらず~本日291回転・11500円…左ジュゴンに魚群…当たった、3連。 でも、時短込み584回転・当たらず、これまで。 懲りずに、天竺舞い戻る。 45回転・単…55回転・単…18回転当たらず終了。 マイナス25000円…撤収~♪ 帰り道、いつもの30玉店、覗くと“昔のお嬢さん”肉眼で確認…ナント、ハネ麻雀台キープしてくれる?あれぇ?あれぇ?あれぇ?…僕に打てっちゅうんかいっ、ギャハハハ。お茶まで買ってくれる♪まぁ、あれだ、恋する乙女にゃ逆らわない… 2回転・4連…潜ってたか?お嬢さん喜んでくれる、うふっ。 突通2回込み・115回転・単。 110回転当たらず得心…マイナス3000円 お嬢さんに御礼を告げて撤収~♪ 弥生3月、えぇ、桜の季節の始まりですね♪今年はどうしようかなぁ?予定は未定です。 それにしても一月前は平均投資額6000円…平均日当40000強が2週間、後、平均的収支、後、平均投資額30000円…1勝5敗…マイナス110000円強…あ~ぁ、しんど。ギャハハハ。…海がまったく当たらん、特に海スペ、まぁ、絶対値回転率が21~23Pじゃ、、、、腰にくるわな。 じゃあまたね!
2009.03.01
コメント(0)
全14件 (14件中 1-14件目)
1