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受付をして、新しくできた本殿に入ると、ぷ~んと木の香り。神主さんがしゃなりしゃなりと登場。お祓いの棒を持って・・・ふんだばだっ、ふんだばだっ「はな」は不思議そうに、じっと見ている。岡山から私の両親も駆けつけてのお祝いである。『百日(ももか)の祝い』と『お食い初め』と『初宮参り』。暖かい日差しの中で、奈良にある龍田神社へ参拝した。お昼にはお食い初め。『食べ物に困らないようにと願いを込めて・・・』古来より、赤は男性の、黒は女性の色と考えられていたことから、黒いお椀が並ぶ御膳。「男性はあぐらを組むので座高が低くなり、女性は正座をするので座高が高くなる…」そんな理由で、男女の祝膳の足の高さの違いが生まれたという。もちろん、「はな」は一人では座れない。鯛と赤飯を箸で口に持っていく。百日を無事迎えることができた。嫁と両親に感謝の日であった。
Apr 24, 2006
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『引っ張られたり、切られたりするものって、な~んだ??』小学生一年生くらいであろうか。なぞなぞの出し合いっこをして遊んでいる子供達。おそらくは出場選手の応援に来ているお子さんであろう。先週末、新体連の卓球大会があり、天気もよかったので三ヶ月になった愛娘『はな』と嫁を応援団に引き連れて参加してきた。ミックスの二人団体戦。予選リーグを一位通過し、ちゃっかり一部優勝、商品券を稼がせて頂いた。天気がよかったので試合の合間に体育館の前でお弁当を広げていたところ、突如として女の子に冒頭のなぞなぞを浴びせられたのである。四人ほどでなぞなぞ遊びをしており、答えに困ったひとりの女の子が近くにいた私達に助けを求めてきたのだ。女の子『引っ張られたり、切られたりするものって、な~に??』私『それはねぇ・・・“恋愛”だよ』女の子は首をかしげながらも、出題者である友達のもとへ戻って行った。『れんあい!』『ブーブー。答えはトイレットペーパーでしたぁ』私『・・・。』
Apr 15, 2006
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『ままかり』という岡山の魚がある。あまりに美味しくてごはんがすすみ、とうとうおひつが底をついてしまい、隣のお宅へご飯を借りに行くくらい美味しい、ということで付いた名前が『ご飯(まんま)を借りる⇒まんま借り⇒ままかり』である。ウソのようなホントの話。そして岡山駅前にあるのが、その名も『ままかりホール』。大阪で言うなら『たこ焼きホール』。広島なら『もみじ饅頭ホール』である。本日から三日間、ままかりホールにて日本形成外科学会が開催されている。そこにブース出展するため、故郷岡山に降りたった。80社ほどの医療機器メーカーが並ぶ中、唯一の非メーカーとして、ひときわ異彩を放っていたのが我々のブースである。『え?なんでこんな所にいるの?へぇー、凄いね!』お得意メーカーさんも舌を巻く完全な戦略の勝利である。企画書に書いたのは、メーカーさんと同様、学会に集まるドクターに売り込むのが目的であるが、実は80社のメーカーをも新規開拓しようという一石二鳥の戦略であった。ブース出展のショバ代25万とスタッフの交通費宿泊費、配布物等もろもろの予算が40万ほど掛かったが、十分な勝算があった。社内企画書に、露骨な表現で『ドクターの一本釣り』と書いたが、若くて可愛いうちの女性スタッフが「一緒に写真撮って頂けますか?」「メルアド教えて頂けますか?」と医者に『一本釣り』されかけていたのが笑えた。目指せ玉の輿!!
Apr 12, 2006
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愛娘”はな”が、たま~に居心地悪そうに足を突っぱねて身体を反り返すことがある。我が家では『イナバウアー』と呼んでいる。夜になって。お昼寝たっぷりしたからか、はたまたオッパイ足りないのか、ま~ったく寝る気配のない時がある。我が家では『ジャックバウアー』と呼んでいる。
Apr 5, 2006
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『ハートオブニュージック』というサイトがある。様々な用途のオリジナル音楽を作成してくれるサイトである。年末に愛娘”はな”を授かった喜びを唄に込めようと『オリジナル子守唄』の作成を依頼した。そして本日。待ちに待った完成品が我が家に到着した。”はな”の写真をあしらったCDジャケット。ブックレットを開くと、目に飛び込んでくる言葉。それは、”生命の誕生”という世界で一番素敵な物語―――ブックレットの中の写真が既にひとつの物語になっている。CDを聴く。オープニングに流れる”はな”の産声に、一気にフラッシュバックする。スローテンポなやさしいやさしい子守唄が実に心地よい。嫁とふたりで作詞したとはいえ、メロディにのると別物である。思わず滲む涙をこらえることができない。感動をありがとう。。。『ハートオブミュージック』はこちら!『はなうた』天に届きし 母の想いハナミズキのころ 宿りしいのち元気にそだて ひかりに願う照らされここに 輝く我が子はなよ はなよ そばにいるよはなよ はなよ ねんねんよ年の瀬の夜 産まれし我が子たなごころに あふれる笑顔この子をまもる 天に誓いて奏でし唄は ここに響いてはなよ はなよ そばにいるよはなよ はなよ ねんねんよ幸せなとき ありがとう
Apr 4, 2006
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小学校の学習指導要領に英語が必修科目として導入されるという。賛否両論、悲喜こもごもである。賛成派はグローバルという言葉を持ち出してやんややんや。反対派は日本文化がどうのこうのとやんややんや。英語はただのツールである。英語が話せるかどうかとグローバルな人材かどうかは、全く別物だ。実際、英語を母国語とするネイティブとビジネスをしていると良くわかる。優秀な人材はほんの一部である。まずはどこの国の言葉でもいい、筋道立てて論理的に伝えることができなければ、まさしく「話にならない」と思うのだが。
Mar 29, 2006
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東京出張に行ってきた。関西で吹いた台風のような春一番が上陸しており、街路樹が根からちぎれんばかりにしなっていた。今回の出張目的は、あるシンポジウムへの参加である。『グローバル化を見据えたタレントマネジメント~失われた10年から成長の10年へ、魅力ある人材の採用と育成とは~』なかなか刺激的で面白い内容であった。関西で夏ごろに同様のシンポジウムを主催する計画が上がっており、本日はその下見である。各企業のエグゼクティブを招いてのシンポジウムなだけに、パネリストとの入念な打ち合わせが必須となる。モデレーターの手腕が問われるわけで、着地点を見失うと『朝まで生テレビ』になってしまう。本日のモデレーターは完全に田原総一朗状態になっていた。主催者側と参加者側の目線で観察すると、実に色々なものが見えてくる。頭の中では、関西でのシュミレーションが浮かんでは消える。・タイトルをどうするか?集客効果の高いキーワードが必要である。あまり絞らないほうが、講演者、パネリストが話をし易いであろう。 ・会場をどこにするか?駅からのアプローチを考えるとホテルが妥当である。コストを考えるなら、国際会議場という手もある。・講演者、パネリストを誰にするか? 関西でやるなら、肩書きと同時にユーモアのセンスも重要であろう。そんなことを考えながら、シンポジウムの「シ」を「チ」に変えたら・・・などとしょーむないことが頭をよぎるのであった。
Mar 19, 2006
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はなちゃんにオリジナルの子守唄を創ってあげることにした。アントン君に依頼するため、歌詞を書いて送ったのが先々週のことである。はなが宿った季節・・・生まれた季節・・・はなへの想いを書き綴った歌詞だ。早速先日、曲ができあがったということでメール添付でデモを送ってくれた。やさしい、素晴らしい子守唄であった。デモ曲を聴きながら、既に嫁は涙目である。そして本日、嫁のヴォーカルレコーディングにアントン夫妻がわざわざ名古屋からやってきてくれた。久々のレコーディングに嫁は緊張気味である。子守唄ということで、声を張るというよりは囁くように歌う。はなを抱いて歌ってみるが、感動の涙が出て歌えない。何度も何度もレコーディングを繰り返し、ハモリのコーラスまでなんとか録り終えた。改めて聴いてみても、耳に残る素晴らしい曲である。子守唄ということもあり、今回はシンプルな楽曲に仕上げるてくれる予定だという。子守唄を歌う母親を横目に、当本人のはなは心地よさそうに眠っていた。非常に完成が楽しみである。オリジナル曲を作るなら、コチラのアントン君HPへどーぞ。
Mar 12, 2006
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最近はランチの後にウインナーコーヒーを飲むのがマイブームとなっている。ウィンナーコーヒーとはコーヒーの上に静かに生クリームが浮かんでいるあれだ。名前の由来は音楽の都ウィーンで飲まれているからだという。コーヒーは基本的にブラックしか飲まないが、元来自他共に認める甘党の私としてはこれはなかなかオツな飲み物である。始めは、なめらかなクリーム、その後に深い味のコーヒー、最後に甘味のあるコーヒーと3つの味が楽しめる。いつも行くオフィス近くのお店ではたっぷりと生クリームをのっけてくれる。素早く飲まないと、すぐに温かいコーヒーで生クリームが解けてしまう。しかし、猫舌の私にとってはなかなか勇気のいることである。そうこうしているうち、生クリームがコーヒーに解けていく。解けたクリームによってコーヒーの量は増し、今にもカップから零れ落ちそうになる。そう!その様子はまさに地球温暖化!!南極の氷が解け、海面が上昇する!嗚呼!解けたクリームによって溢れたコーヒーがカップからぁぁあ~!!・・・そんなことを考えながらコーヒーが冷めるのをひたすら待つ私である。
Feb 23, 2006
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我が家に雛人形が届いた。‘はな’が産まれて始めての節句、つまり『初節句』ということで嫁方のご両親が贈って下さったのだ。昨今の住宅事情を考慮してか、最近ではガラスケースに入っていて人形が台座に引っ付いているものも多い。しかし『やはり飾る作業が楽しかろう』との計らいで飾れるタイプのものを頂いた。嬉しさのあまり早速飾ってみた。しかし、並べ方がよくわからない。関東と関西では男雛と女雛の位置が逆であると聞いたこともある。やんややんやと、なんとか完成した。お内裏様とお雛様が豪華である。大人になるまではずっと『お代理様』だと思っていた。課長代理だかナニ代理だか知らないが、実に中途半端な役職をトップに置くもんだと不思議に感じていたものだ。我が家に届いた人形は実にいい顔をしていた。やはり職人作業であるが故に表情というものがある。とりあえず、お内裏様の席にブルース・リーのフィギアを座らせてみた。
Feb 18, 2006
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ご無沙汰である。実家にいた嫁と赤ちゃんが先週から我が家に帰ってきた。「すくすく」・・・というか、実に「ぷくぷく」と育っている。定時に会社を出て帰宅。まずは私が赤ちゃんと一緒にお風呂に入る。その後一段楽してから夕食、その後パソコンに向かい仕事という毎日。大変ではあるが「はな」とのお風呂は毎日の楽しみでもある。最近では「あ~」だの「う~」だのとハッスルようになり(発する)、顔にも表情が出てきた。産まれた時に2354gだった身体も4100gになり、抱いている腕が痛くなってきた。それにしても・・・私に似て、だんだん眉毛が濃くなってきたような気がする。。。
Feb 16, 2006
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節分である。太巻きである。かぶりつきである。そして、、、今年の恵方は、な、ななななんとぉ~南南東!
Feb 3, 2006
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大阪のいくつかの公園で、いわゆるホームレスが強制撤去された。様々な議論を呼んでいるこのニュース。さて、インドという国がある。この国にはたくさんのホームレスがいる。カースト制度が色濃く残るこの国では『生まれながらにしてホームレス』という人も少なくない。本人の努力ではどうにもならない大きな壁。彼らは選択権もなしにホームレス人生を余儀なくされているのだ。そう考えると、この国のホームレスというのは職業の一種であって、選択肢のひとつであるように思える。決して社会的弱者ではなく、自らの意思で選んだ職業のような気がしてならない。
Feb 1, 2006
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我が愛娘『はな』ちゃんが本日で誕生一ヶ月を迎えた。出産当時はわずか2354gのおチビちゃんだったのが、日に日にずっしりと、日に日にでっぷりとなっていく。母乳しか飲んでいないのに!である。ほんと不思議で仕方がない。最近はやっと目線が合うようになってきた。こうなると可愛くて仕方が無い。たま~に天井の隅のほうを「ジィ~」っと見つめている時があり、なにか「居る」のかと、ちょと恐い時もある。まぁしかし、目線が合うと少し意思疎通ができているような感がある。これに表情がついてくると、たまらんのだろう。『はなちゃんよ。ずっと離ちゃんよ~』
Jan 30, 2006
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東証機能停止という異常事態に発展したライブドアのドタバタ劇。あたかもITバブル崩壊を思わせるような出来事である。そして本日のホリエモン逮捕劇。つい最近『住友王国(上・下)』を読み終えた。 久々にどっしりと読みごたえのある本であった。 どこまでが実話で、どこからが筆者の想像かはわからないが、大河ドラマのように人と歴史の織りなす様にどっぷりと浸る度、ページを巡る旅、『住友』という蜿蜒に連なる精神が如何にして創られたかを垣間見ることができた。 『人の三井』『組織の三菱』に対し、『結束の住友』と言われる由縁がよくわかる。 私は非常に歴史が弱いので、こういった時代モノを読んでも己の知識とリンクしない悲しさがあるのだが、それでも物語性が強く、飽きることなく読むことができた。 昨今のホリエモンや小嶋どんのニュースを見ながら、時代を超えて生き残る企業というのは、やはり『モノ』でも『カネ』でもなく『ヒト』なのだと再確認した。
Jan 23, 2006
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なんちゃら恵比寿の『福男』がニュースで走っていた。毎年の風物詩である。一昨年だかいつだったかなどは、チームを組んで他の人が走るのを妨害したとかなんとかで『福男』が返上されていた。繰り上げ当選の『福男』って、一体??シンプルな競技であるだけにルールがない。神聖なものであるからして、必要なのはルールではなく皆のスポーツマンシップだ。しかし、あそこまでニュースになると注目度も全国規模である。はるばる県外から『福男』となるべく参加している人もいるのではないか。まだそのあたりであれば可愛いモンだ。「ヨーイドン」でぶっちぎりに飛び出したのが黒人ランナーだったらどうするのだろうか。。。1位から3位まで全て黒人ランナーの福男??
Jan 18, 2006
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昨夜、帰りが遅かったのでテレビをつけることなく布団に入った。夜中にふと目が覚めて寝むれなかったのでテレビをつけたところ『毎日テレビ24』とかいう深夜のニュース番組でほりえもんのニュースを知った。明らかに誰かに足を引っ張られている感を受けた。リークでなければ、ありえない発覚の仕方。しかも、小嶋どんの証人喚問にドンぴしゃりのタイミング!すごいね、まったく。小嶋どんが突っ込まれれば突っ込まれるほど、困る人がいるということだ。証人喚問の日程を聞いた時に、阪神大震災の日に合わせてきたな、とは思ったが・・・。それでは足りないと思ったのか、こんなビッグトップニュースで世間の目を誤魔化そうとは。おっとろしいね、政治家ってのは。
Jan 17, 2006
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絵が届いた。はなちゃんの出産祝いのカードも添えてある。差出人は元会社の同僚で、絵描きでもあるYukari。(彼女のHPはコチラ)まだ彼女が会社で働いていた頃のこと。取引先のヤンマーから営業の宮野さんに電話があったのを取り次いだ時、「ヤンマー」と「みやのさん」がごっちゃになったのだろう。。。『ミャンマーからお電話です』社内を爆笑の渦に巻き込んだのは、未だ伝説となっている。さて、彼女のHPでも作品に触れることができるのだが、彼女の絵は、空間の中にあって始めて伝わるもので、ウェブ上では伝わりにくいのが実に歯がゆい。是非、彼女の絵の持つパワーと世界観にどっぷり浸って頂きたいと思う。(関西の方は是非どーぞコチラへ)私も音楽をやったりするので、曲を贈ったり贈られたりしたことはあるが、「絵」を贈られたことは始めてである。これほど感激するものだとは!絵描きであるYukariを心底尊敬したり、羨ましく思ったり。。。嫁も大変気に入ったようで大喜びであった。ほんとにありがとう!!大事に飾らせてもらいますね。そして、はなちゃんが嫁に行く時には、彼女に持たせてあげようと思います。
Jan 15, 2006
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現在、はなちゃんは嫁と一緒に嫁の実家にお世話になっている。家から車で10分くらいなので毎晩夕食をいただきにお邪魔している。それからはなの顔を眺めてから寝に帰る日々。土日の楽しみは、はなちゃんをお風呂に入れることである。お風呂は気持ちイイらしく、入浴中パタリロみたいな顔をしてウットリしている。しかし、困ることがひとつ。アソコを洗う時である。一体どうやって洗ったらよいのか???女性が男の赤ちゃんを洗う時も同じように悩むというが、確かに勝手がわからない。デリケートな感じがして、どうも緊張してしまう。と、そちらに集中していると頭のほうがお湯に浸かってたりするから気が抜けない。あ~、土日が楽しみである。。。
Jan 12, 2006
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市役所に出生登録に行ってきた。さて、名前である。これを決めるのはなかなか時間がかかった。我々の一日後に出産したヤワラさんのとこなどは両親から一字ずつを取ったようだが、これも女の子の場合、特にうちの嫁のように『○子』であると、私の名前+子になってしまう。以前日記にも書いたが、候補は既に決まっていた。ただ、漢字をどうするかで迷っていたのだ。名前は『はな』ちゃんである。『花』でも良いかと思ったのだが、どうもそのままなので『花奈』と書いて『はな』と読むようにするか、とかいくつか候補があった。しかし、これだと『かな』と読めてしまう。当て字で可愛い名前も多いのだが、できるだけ誰が見ても読めるようにしたいという思いもある。しかし、平仮名だと字画がどうも悪いらしい。『は』という平仮名を三画ではなく四画で数える人名辞典があるのだ。タチが悪いのは、迷って人名辞典を見れば見るほど、本によって画数の数え方や運勢が違ったりする。『別に気にする必要もなかろう』とも思う。かつてウォシュレットのCFで『おしりだって洗ってほしい』という名コピーを書いたのは糸井重里だっただろうか。このコピーを一目見たが最後、人々は紙切れでお尻を拭いて済ます事を気持ち悪く思う様になった。要するに、どの画数が正解でどの運勢が正しいではなく、運勢が悪いと書いてあるのを見てしまったことが気になるのだ。産まれてくるまで結局名前は決まらなかった。しかし、産まれてきた瞬間、『平仮名で「はな」やな・・・』私と嫁の思いは一緒であった。はなちゃんの誕生である。嫁がフラワーアレンジをしており、花が大好きということもある。実際、イギリスやアメリカにも『Hana』という名前はあるため、外国に行ってもそのまま通用する。喜納昌吉が世界中で大ヒットさせた『花~すべての人の心に花を』という唄もある。♪泣きなさい~ 笑いなさ~い♪いつの日か いつの日か♪花を咲かそうよ~両親の想いをいっぱいに受けて、育つ我が子が楽しみである。。。
Jan 8, 2006
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世間はお正月である。しかし、年末にドタバタと嫁の出産を迎えた我が家では、正月ムードなど全くない。病院で出る正月仕様のおせちメニューがかろうじて正月ムードをかもし出している程度である。大晦日の年越しも嫁と赤ちゃんは病院で、私はひとり自宅で迎えた。元旦からは赤ちゃんの顔を見に病院へ通う日々。病院も正月料金を取りやがるし、年末年始の出産はいいとこなしである。しかしまぁ、正月帰省した嫁のお姉ちゃん達もありがたいことに駆けつけてくれる。岡山から私の両親がやってきてくれているのも、正月休みだからこそである。思い返せば、本来ならば28日が予定日であった。私の会社は30日から休み。28日から2日間は有休を取るつもりにしていた。しかし、27日の診断で「年内はないな」と医者に言われたのだ。年内であれば今年の扶養家族に入るのに・・・と嘆きつつ、28日29日は仕事に出かけることにした。そして、休みに入った30日早朝の破水であった。その後、夜の出産。有休を使うことなくギリギリまで仕事ができ、、、年内にちゃんと産まれてくれ、、、なんとよくわかった赤ちゃんであろうか。病院にいるため、メールで簡単な報告くらいしか皆様にできていない。しかし、このブログを見てお祝いの言葉をかけてくれるカケちゃんのような方々もいて大変ありがたく感じている。当分このブログのテーマは『出産』になりそうである。さて、次回はいよいよ『名前』である。お楽しみに!
Jan 3, 2006
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2005年が終わるにあたり、最後に起こったこの出来事を書かずには年を越せない。―――それは突然やってきた。嫁『ねぇ起きて・・・破水した・・・かも』30日午前五時。慌てて病院へ電話をし状況を話し車に飛び乗った。10分おきにやってくる陣痛はまだ比較的軽い。とりあえず、そのまま入院することになった。長期戦に備え、私は一度帰宅。仮眠を取り昼過ぎに再度病院へ。その頃から徐々に陣痛は3~5分おきになっていった。陣痛の時間も長く、そしてキツくなっていくにしたがい、嫁のうなり声も大きくなっていく。横について腰を押したり、擦ったりが数時間続いた。医者の話では、骨盤に降りている赤ちゃんが苦しみ始めているという。原因は不明だが、ここで初めて『帝王切開』というコトバが医者の口をついて出た。私も嫁にも緊張が走る。『もう少し様子を見て・・・赤ちゃんの命を優先させましょう。両方の準備をしておいて下さい』看護士さん達が慌ただしく動き回る。嫁の戦いが始まった。襲いくる激痛に思わず身体に力が入る。その体の硬直は子宮の収縮へとつながり赤ちゃんを押し出そうとする。子宮が開ききっていない段階で赤ちゃんを押し出そうとすると赤ちゃんに負担がかかる。嫁は激痛を呼吸で逃がそうとする。私は横について嫁が呼吸だけに集中できるように共に大きく深呼吸を繰り返す。この状態がどのくらい続いただろうか。『よし!なんとか切らんといけそうや。もう少し頑張れ!!』看護士さんが降りてくる赤ちゃんを抑えながらの持久戦。『よっしゃ、もう出してやろう。次の陣痛でイキむぞ』病室に嫁のうなり声が響く。横に立つ私の位置からも子宮が大きく迫り出しているのが見てとれた。・・・すると3回目のイキみで赤ちゃんの頭がにゅっと出てきた。頭が出ると、するすると体が出てきた。出てきた赤ちゃんの首にへその緒が奇妙に絡まっている。苦しんでいたのはこのためであったようだ。複雑に絡まったへその緒は、さながら中尾彬の様である。中尾巻きを外すと、元気な声で泣き始めた。私も嫁も感動で言葉が出ない。『えらいぞ。頑張ったな・・』言葉を搾り出す。2005年12月30日午後10時52分喜びの報告に携帯電話を握り締めて病院の外へ出る。星の瞬く夜空が、しんと静まり返った街が、違う景色に見える。『産まれてきてくれて、ありがとう。。。』
Dec 30, 2005
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カウントダウンである。正月ではない。嫁の出産である。12月28日が予定日なのだが、本日の検診では『もう少しかかりそうやね』とのことであった。年内に産まれてくれれば、今年の扶養家族に入るのだが・・・。まぁともかく、、、立ち会おうとやる気まんまんで、明日から会社を休む段取りにしていたのだが年内は休まなくても良さそうである。年明けにしっかり休めるよう、年内に一月度の提案書を作成しておく算段である。今年の正月はドタバタしそうだ。
Dec 27, 2005
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いつもの通勤電車の中。いつもの満員の地下鉄である。突然!パッと明かりが消え、暗闇が車内を覆う。電車のエンジンが停まり、闇とともに静寂が車内を覆う。突如の停電であった。車内に一瞬小さなどよめきが起こる。朝から激しく降っていた雪の影響だろうか。皆がポケットやカバンから携帯を取り出し、会社に連絡を取ろうとする。が、ここは地下鉄である。・・・電波が届くわけもない。暖房の効いていた車内は瞬く間に冷え切っていく。なによりも満員電車の中、私の目の前に立っているおっさんの口が臭い。強烈なカレー臭である。なに朝からカレー喰うとんねんっ!!30分ほど後、やっと電車が動き出した。落雷による停電で、大阪ではいくつかの路線が同じように停まっていたという。しかし、あのカレー臭。。。多分昨夜のカレーの残りを今朝食べたのだろう。。。
Dec 22, 2005
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『チャンスの神様には前髪しかない。猛スピードで目の前を走り去っていくので、よほど常日頃からアンテナを張っていないとチャンスを掴むことはできない』最近ビジネス書をむさぼるように読んでいる。その中のひとつに書いてあった、ある経営者のコトバである。チャンスの神様には前髪しかない。猛スピードで目の前を走り去っていく・・・私の脳裏には、目の前を全速力で走り去っていく子連れ狼の大五郎が浮かんでいた。ちゃーん!!
Dec 20, 2005
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『真実に従い、何事も隠さず・・・』渦中の人である姉歯元建築士が証人喚問の冒頭で述べたセリフである。しかし、どう見てもあの頭は真実ではない・・・なにかを覆い隠している気がする・・・しかも安物っぽい。。。あれでは震度5には耐えられないのでは??
Dec 14, 2005
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毎日のように報道される焼酎学生・・・ん?・・・小中学生殺害のニュース。先日、宇治市で起こった悲しい事件の犯人は同志社大学の学生であった。奇しくもレイザーラモンHGと同じである。最近では、小学生がひとり夕方に歩いているだけで、『ひとりで・・・危ないなぁ。。。』と思ってしまう。平和ボケしている日本とはいえ・・・全く物騒な世の中である。こんな世の中に産まれてくる我が子をどう守ってやればよいというのか・・・。
Dec 12, 2005
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同期の勝○君との飲み会。食べ物の好き嫌いは人それぞれである。私は幼い頃から好き嫌いなく育てられたので、比較的少ない方である。しかし、味覚とは変化するもの。幼い頃あまり美味しくなかったものが、この年になると美味しく感じたりするようになるから不思議である。勝○君はウズラの卵が大嫌いなのだという。しかし、普通の卵は大好きなのだ。全くもっておかしな話である。「あさり」は食べれるが「しじみ」はダメ、みたいな話だ。「巨峰」は食べれるが「デラウェア」はダメ、みたいな。さぁて、忘年会の季節である。海老と蟹のおっとろしいシーズンである。
Dec 7, 2005
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プリンが死んでしまった。。。うちで飼っていたトップページにも載っているハムスターである。思えば、大分で出会い、名古屋、岐阜、奈良とずぅ~っと一緒に過ごしてきた。一緒に飼い始めたもう一匹のロドリゲスがこの1月に岐阜で死んでしまったことを考えると、プリンの今回の死は悲しくはあるが大往生といえよう。手の平に乗ってひまわりの種を食べるロドリゲスと違って、プリンはよく噛む困ったヤツであった。今頃は、天国でロドリゲスと一緒にかけずり回っているはずである。合掌。。。
Dec 6, 2005
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カナダで少女が「キス」によって死亡した。この少女はピーナッツアレルギーで、キスをした彼氏が9時間前に食べたピーナッツバタートーストが原因で死亡したという。9時間前のピーナッツバターの間接キッスで死んだのだ!まったく、おっとろしい話である。ピーナッツアレルギーでは、じんましん、血液上昇、顔や首が晴れ上がり、ひどくなると呼吸困難に陥ってしまうらしい。アメリカをはじめ海外では近年ピーナッツアレルギーが増えているので、飛行機のスナックのピーナッツも、アーモンドに変わっている。一説にはピーナッツオイルを含む、ベビーオイルやベビーローションの使用が原因だという研究結果もあると聞いた。賢明な読者ならご存知と思うが、私は蟹、海老アレルギーである。これからの季節、蟹、海老好きな女性に気をつけなければ・・・。
Dec 1, 2005
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日々、仕事上の特権で会社のトップの方にお会いできる機会がある。特に創業者や、創業にかかわった人の話はエネルギーをもらえて非常にありがたい。よく会社の歴史などを訪ねることがある。特に社名の由来など・・・有名なところでは、コクヨ(国の誉れ)花王(顔も洗えるいい石鹸という意味。当時の石鹸は肌が荒れて顔など洗える代物ではなかった)キャノン(観音様、世界に誇る会社にしたい。日本的な名前に)ブリジストン(創業者の石橋さんの名前の逆)伊藤忠(創業者の伊藤忠兵衛さん)また戦後動物の名前がはやった頃の会社では、象印タイガーゼブラライオンなど。いくら仕事とはいえ営業に行くだけではおもしろくない。会社の話や業界の話を聞くと、よりその会社を応援したくなってくるというものだ。
Nov 29, 2005
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立会い出産に向け、両親学級なるものに行ってきた。『ひ~ひ~・ふ~』というアレである。私はあの呼吸法は赤ちゃんを産むためにイキむ時のものだとばかり思っていた。しかし、参加して、説明を聞いてみて、初めて立会いの意味がわかった。分娩には「第一期」「第二期」「第三期」があるという。第一期とは、陣痛が10~15分の間隔から徐々に数分の感覚に変わるまで。その時の呼吸法は「ワルツ呼吸」腹式呼吸で身体をリラックスさせるのだ。陣痛が3~5分間隔になってくると、子宮の開口に伴って痛みがおなか、腰、おしりへと移動していく。楽な体勢で呼吸法に合わせて痛むところの指圧をしてあげる必要がある。陣痛が2~3分になる頃、例の『ひ~ひ~・ふ~』が始まる。子宮口が全開する前にイキんでしまうと、子宮口に傷がついたりしてしまうので、呼吸法でイキみを逃すのだ。つまり『ひ~ひ~・ふ~』とは、イキむためのものではなく、イキみを逃すためのものだったのだ!そうしているうちに子宮が開口して娩出期をむかえる。第二期である。陣痛に合わせ、イキむ呼吸が始まる。陣痛が1~2分の感覚で来るその時がチャンスである。チャンスを逃すとまた一旦リラックスして次のチャンス(陣痛)を待つ。うまく赤ちゃんの頭が娩出されたら後は力を抜いても自然に娩出される。第三期である。この流れに沿って分娩が経過していくのだが、出産する本人には余裕などない。イキんで良い時と、イキんではいけない時の判断などつかないであろう。だからこそ、そばにいてあげる人が呼吸法を促してあげて調整してあげる必要があるのだ。私も昨年、尿道結石になった時に過呼吸になり救急車で運ばれた。『はい、息を吐いて~。もっと吐ききって~!』という救急隊員の呼びかけにどれだけ救われたことか。要はその役目を私がするということなのだ。さて、今宵もふたりで呼吸法の再確認と練習である。
Nov 27, 2005
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ホームに入ってきた電車のドアが開く。既に電車の中は満員。入り口までギュウギュウである。それでもホームで待っていた人々は、強引に体をねじこみながら入ってくる。その波は奥まで押し寄せ、中には身動きできず人に寄りかかったまま、奇妙に斜めに立っている人もいる。そうなることがわかっているからか、ドア付近の人々はホームに着いてドアが開いた瞬間、『この車輌に来るんじゃねぇぞ!満員だぞべらんめえ』というオーラを放ち始める。実はまだ空間的余裕があるにも関わらず、三人ほどのディフェンダーが出口側を向き、ギリギリまで体を付きだし完璧なディフェンスを見せる。入り口めいっぱいに並んだ三人は、ゴール前でち○こを隠し、フリーキックを防ぐサッカーの壁を彷彿とさせる。乗り込もうとした人々は、その迫力に一瞬たじろぎ、隣の車輌に目をやる。が、そこにも鉄壁のディフェンダー。どうしたものかと一瞬たじろぐが、扉の閉まるベルが鳴り始めるとそうもいっていられない。この一本を乗り過ごすことは、すなわち『遅刻』を意味する。上司の顔を思い浮かべながら、乗車客は覚悟を決め一気に体をねじこみ始める。『おいおいマジかよ』という、乗客の視線を浴びながらも、彼らは必死である。ドアがなんとか閉まり電車が動き出した後も、強行突破をされたディフェンダー陣の怒りは収まらない。斜めに立った人々の冷たい視線を浴びながら、彼らは一心に次の駅に早く着くことを祈るのである。嗚呼、頑張れサラリーマン!!
Nov 26, 2005
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通勤電車では毎日、『イス取り合戦』という名の熱い闘いが繰り広げられている。ホームに入る電車がすでに満員の場合、座って快適に通勤するのは絶望的だ。ある日、吊革に掴まる私の前に座っていた人が駅を降り、幸運にも座れたことがあった。通勤電車にはほぼ同じ車両に同じ人が乗り合わせる。よーく観察すると、座っている顔ぶれも同じであることに気付く。席が決まっている人までいる。そして、降りる駅も同じ。降りる人の前の吊革に立っていれば!!私は調査を開始した。乗客にアルファベットを振り観察を続けること3日間。ついに発見した!識別ナンバー『8E』の男。そのサラリーマンは始発駅から乗っているのだろう、いつも同じ席に座り、私が乗車する次の駅で毎日降りるのである。『8E』前にポジショニングすることで、私は確実に座れるようになった。ところがある日。油断している隙に、ひょいっと席を奪われてしまったのだ。次の日も、また次の日も。奪ったのは『1J』の男。彼もまた『8E』のパターンに気づいたのだ。『1J』との壮絶な闘いの日々が始まった。マンガ『スラムダンク』赤木キャプテンのセリフが脳裏に蘇る。『ゴール下は戦場と思え!ポジショニングに命をかけろ!』電車の揺れを利用しショルダーチャージで敵を追いやる。敵は体勢を崩す・・・が、見事なボディコントロールで踏み止まる!今度は敵が日経新聞を広げるフリをして私の前に体を入れようとする!半身になってターン、ひらりとかわす私。息つく暇のないワンオンワン。…その戦歴五勝三敗。かくして今日も、熱い闘いは繰り広げられる。
Nov 24, 2005
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奈良公園に行ってきた。いたるところに鹿がウロウロしている。いちいち興奮する私。一方、奈良育ちである嫁は、野良犬を見るかのように冷静である。春日大社にまつわる神鹿信仰のもとでは、シカは神さまの仮の姿あるいは神さまの使いなどにみたてられ、信仰の対象となってきた。現在では天然記念物に指定されている。車で轢こうものなら大変なことである。朝起きて家の前に鹿が死んでいるなんてこともある。こういう時も困ったものだ。なんせ神様の使途である。そういう時は、そぅ~っと隣の家の前に持っていく。隣人より早く起きなければならない。だから、奈良県民は早起きなのだ、という説がある。しかし・・・私の嫁は、決して早起きではない。。。
Nov 20, 2005
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~大阪の姉妹殺し、犯人は殺害後1時間半以上室内に~ 大阪市浪速区のマンションで上原明日香さん(27)、千妃路(ちひろ)さん(19)姉妹が刺殺され、室内が放火された事件で、犯人は殺害後、約1時間半にわたって部屋にとどまっていた可能性が高いことが18日、大阪府警浪速署の捜査本部の調べでわかった。 廊下で見つかったタオル2枚には多量の血が付いており、府警は、金目のものを物色したり、返り血をふき取るなどしていたとみている。 (読売新聞) - 11月19日13時49分更新昨日、このニュースが流れた瞬間、私の嫁がTVに釘付けになった。『上原・・・明日香って・・・えっ!私の中学の同級生やでぇ!!』その後、インタビューに応じる学生時代の担任やら友人やらも全体は映らないものの、明らかに知っている人物であったという。そして、本日。記者らしき人たちが、嫁の実家に現れた。家が近い同級生ということで、情報収集に訪れたのだ。しかしながら、同級生とはいってもそんなに仲が良かった訳でもない。訳を話し丁重にお帰り頂いた。奇しくも、姉妹が殺害された日は、昨年同じ平群町で奈良市の小1女児(当時7歳)が誘拐・殺害され放置された事件発生と同じ日であった。一日も早い、事件解決、犯人逮捕を願うばかりである。合掌。。。
Nov 19, 2005
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ノーネクタイの出勤がこれほどまで楽とは。本日は週末のオフィス移転の準備でカジュアルデーであった。要は『引越し作業をするから動き易いかっこでね』ということだ。ホワイトカラーとブルーカラーという呼び方があるが、所詮はスーツなんてのも作業着である。だからといって、引越し作業にはさすがに向かない。さて、棚に入っているものすべてをダンボールに移す作業はなかなかハードであった。開始から数時間も経つと、徐々にしんどくなってくる。すると、個人の引越しとなんら変わらない現象が起こり始める。懐かしい数々の品が出てきて、作業そっちのけで思い出に浸るというやつである。社内の駅伝チームやサッカーチームでプレーする若かりし頃の上司の写真。年賀状なんてのも出てくる。先輩Mr○渕さんが結婚した年に送ったラブラブな年賀状。『うわぁ!見て見てこれぇ。「これからもふたり力を合わせて幸せな家庭を築いていきます」やってぇ~(爆笑)』離婚した○渕さんは顔をひきつらせて苦笑いである。あっというまに一日は終わり、ダンボールの積まれたガランとしたオフィスでの最後の飲み会である。ピザやパスタ、つまみにビールにワイン・・etcもう二度とこのオフィスに足を踏み入れることがないと考えると、実に感慨深いものがある。入社して半年の私が感じるのだから、他のみんなはもっとそうなのであろう。さてと、来週からは梅田に出勤である。
Nov 18, 2005
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来週からオフィスが本町から梅田に移転することになる。本町でのオフィス業務もあと4日。この一週間、ランチは行きつけの定食屋を食べ収めに順々に回っている。さて、オフィス近くに石焼イモが売っている。これが実に安くて美味いのだが、夕方、小腹が空く頃になると、よく先輩の山○さんが何個か買ってきて皆に振舞ってくれた。イモを持ってオフィスに戻る山○さんを人は「イモ山さん」と呼ぶ。『このイモも食べ収めやで』今日もイモ山さんが、嬉しそうに焼き芋を抱えオフィスに戻ってきた。皆で分けて食べたのだが、美味いとはいえ、その量がハンパではなく、家に帰って夕食が食べれないほどであった。ところで、あのお馴染みの『い~しぃや~きぃ~いもぉ~』という曲(?)南は大分から北は岐阜まで、全国を点々とした私の知る限り、全国的に同じ曲だと思うのだが、実際はどうなのだろうか。「焼き芋組合」みたいな元締めがあって、テープを配給してくれるのだろうか。「石焼イモ屋」は夏には「わらび餅屋」になるのだから、「全国屋台組合」みたいなものかもしれない。考えれば考えるほど気になる。オリジナルだとしたら、音痴な『い~しぃや~きぃ~いもぉ~♪』があっても不思議ではない。アカペラでハモリの効いた『い~しぃや~きぃ~いもぉ~♪』や、激しいロック調の『い~しぃや~きぃ~いもぉ~♪』も聴いてみたいではないか。街でパンチの効いた『い~しぃや~きぃ~いもぉ~♪』が流れてきたら、思わず立ち止まってしまう筈である。アントン君どう?
Nov 15, 2005
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週末の飲み会であった。賢明な読者の皆様なら既にご存知であろうが、私は下戸である。下戸にとって『飲み会』の楽しみと言えば食すことである。大食いな私にとっては、皆が泥酔している隙にあちらこちらの料理をつまむことこそが、会費を消化する唯一の手段であるといっても良い。会場に入ると各テーブルにコンロと鍋が置いてあった。本日は鍋である。ひとりウーロン茶を手に乾杯が終わったころ、食材が運ばれてきた。そこに載っていたのは、牛肉!鶏肉!ホタテ!餅!エノキ!椎茸!そして、蟹と海老!・・・エ、エビ(悲)・・・カ、カニ(泣)賢明な読者はお気づきであろうが、私はエビとカニのアレルギーを持っているのだ。鍋に関していえば、その身を食べなくともダシにエキスが滲みているだけでアウトである。最後の雑炊まで鍋奉行に徹した私は、結局一口も食すことはなく家路に着いたのであった。
Nov 12, 2005
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水炊きをポン酢で、柚子胡椒を添えて!!我が家の今シーズンのマイブームである。正確には柚子胡椒(ゆずこしょう)がマイブームである。柚子胡椒とは云わずと知れた、唐辛子とユズの果皮のペーストに塩をブレンドして熟成させた、大分県特産の調味料の一種だ。大分県には2年ほど前に住んでいたが、北部がその発祥の地のようである。名称に「胡椒」とあるが、原材料は胡椒ではなく唐辛子を使う。九州には、唐辛子のことを「コショウ」と呼ぶ地域が少なからずある。永らく九州から出ることの無いローカルな調味料であったが、現在では近所のスーパーですら手に入るほどお馴染みになり、すっかり全国区である。我が家では、焼肉の薬味に使ったりしている。先日、おでんに付けたところ、意外にも美味であった。手持ちの柚子胡椒に貼ってあるラベルを見ると〈うどん・味噌汁・豆腐・水たき・そーめん・さしみ・焼き魚等に〉と書いてある。まさにオールラウンダー!素材の味を引き立て、ピリリと光る!薬味界の大杉蓮である。
Nov 9, 2005
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先日購入したmp3プレーヤーを英語の勉強に活用しようと考えた。洋画から音源だけを取り出し、電車の移動中に聞こうという算段だ。パソコンの中をガサゴソ探っていると『MATRIX』を発見した。音源をプレーヤーに落とし準備万全で家を出た。会社の道中、外回りの電車の中で再生する。前半は妖しいBGMと激しい効果音が永遠と流れているだけである。2回ほど観たことがある映画であるため、映像が鮮明に頭に浮かぶ。あ、トリニティが跳んだ。しばらくして、や-っとスクリーンプレイが始まった。音が脳に与える影響は凄いものがあると言われる。耳元では、モーフィアスがネオにマトリックスの説明を始めた。・・・と。駅構内ですれ違う人々が、なんと無機質に感じることか!そう!目の前の風景すべては仮想現実なのだ。いつ、何時、エージェント・スミスが現れるかもしれない世界。・・・・。どーもテンションが上がらない。明日からは、別の映画を聴くことにしよう。キアヌ・リーヴスの西海岸サーファーのような訛りが耳にさわる。
Nov 8, 2005
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嫁のお腹の子も9ヶ月に突入した。ずーっと名前を考えている。名前を決めるのはなかなか難しい。気に入った名前があったとしても、知人などに同じ名前の人がいると躊躇してしまう。いろいろな候補が上がってくる中で、実は現在2つに絞られている。さて、昨日会社に行くと先輩の○西さんに第二子が誕生していた。予定日が週末ということで、金曜日から有休をとっていたのだが、その金曜日の朝に無事出産を迎えたという。○西さんが出社してくるなり、皆が取り囲みやんややんやの大騒ぎになった。『名前はもう決めたの?』『うん、平仮名で“すみれ”にした』!!!なんと!私が候補に上げていたひとつと同じではないか!!平仮名という点もまったく同じ。実は、この“すみれ”という名前には思い入れがある。一昨年、嫁の妊娠が発覚した。喜んだ私たちは“すみれ”という名を付けた。「女の子が産まれたら・・・」とずーっと温めていた名前である。残念なことに5週間という短い命で流れてしまった。現在は水子供養をして祀ってある。その“すみれ”という名が候補に上がっているのだ。『同じ名前を付けたら、可哀そう』という感は確かにある。しかし一方で、『あの子が巡り巡って私たち夫婦の間に産まれてきてくれたんだ』と思いたい私もいる。と、まあ色々な思いが溢れる中、私達夫婦の中では、どうやらもう一方の候補に決まりそうである。それは・・・年末には報告できる予定である。
Nov 7, 2005
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会社上司の身内に不幸があり、急遽お通夜に足を運ぶことになった。先週から冠婚葬祭続きである。先週末は挙式に列席。涙ぐむ花嫁と両親に感動した感慨深い披露宴であった。しかし、感慨深いという意味では葬儀に勝るものはない。いくら涙なみだの挙式であっても、戸籍上の問題であって、下手をすると翌日からも同じ屋根の下に住む場合だってある。しかし葬儀の場合・・・その人は、もう、いないのである。葬儀には何回か参列したことがあるが、いつも頭によぎる思いは同じ、・・・果たして故人は満足のいく人生だったのだろうか。・・・果たして参列者は後悔なく見送りできているのであろうか。お焼香をしながら、写真の故人、さらに涙目の上司○野さんを見る。そして、自身に置き換える。満足のいく毎日を送ろう。そして、親孝行をしよう。いつも感じるのだが、私の場合、親孝行なんてものは自分自身のためにしているのかもしれない。いつか来てしまうであろう悲しい別れ。その日が訪れてしまった時、『もっとこうしてあげておけばよかった』等という後悔をしたくないという思いがどこかにあるのかもしれない。お通夜や告別式に参列すると、いやが上でも人生を振り返り、襟を正してしまう。
Nov 5, 2005
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営業という仕事柄、取引先に出向くとお茶やらコーヒーやらを出してくれることが多い。本日、取引先の小さな診療所に立ち寄った帰り際、ドクターが一言。『あ、ちょっと待っとき。エエもんあるわ』帰りに缶コーヒーでもくれるのかと思いきや、『インフルエンザワクチン打っていくか?』『・・・・。』タダで良いというので、遠慮なく打ってもらった。予防接種に行くと五、六千円は取られる。スイスのトイレは『ブルートイレ』と呼ばれ、その名の通り青く光っているものがある。個室での薬物使用を防止するためのものだ。青いライトの下では静脈が見えないのだ。静脈に刺さる細い注射針を見ていて、そんなことを思い出していた。ということで、今夜はお風呂には入れないので、とっとと寝ることにする。グッバイ、インフルエンザ。
Nov 2, 2005
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嫁の姉の結婚披露宴に参列。三姉妹の真ん中のお姉ちゃんである。一番上の姉と、末っ子の私の嫁は既に結婚して家を出ているため、最後のひとりをお嫁に出す両親は、実に寂しそうであった。今回私は、幼少から出会いまでをスライドショーにしたフィルムと、映画のエンドロールをイメージしたロールを作成。パソコンを持ち込んで裏方に徹していたため、『ビールもらえますか?』会場で3度ほどスタッフに間違えられた(笑)真っ白なウエディングドレスから、鮮やかなオーガンジーに着替えた花嫁は実に綺麗であった。披露宴を追え、参列者のお見送りに並んだ新郎新婦とその両親。新郎の両親に、『これからも宜しくお願いします』と言われた私の嫁、アッコさんは厳かに頭を下げながら、なぜかこう答えていた。『今年こそ。』おそらく『こちらこそ』と言いたかったのだろう。
Oct 31, 2005
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澄んだ空気、降り注ぐ星空、そして・・・異常にテンションの高い中学生達。2泊3日で三田にあるキャンプ場に行ってきた。中学校のキャンプである。「イングリッシュキャンプ」と呼ばれるこのキャンプでは、各コテージにネイティブの講師がおり、グループに分かれた生徒が山の小道を移動しながら様々なアクティビティを通じて英語に触れるという、この学校人気行事のひとつである。カトリックであるこの学校のシスターも引率者として来ていたのだが、黒いマントを羽織り山の小道をウロウロするその後姿は、夕暮れになるとかなり不気味であった。2日目の夜にはハロウィーンパーティーがあり、先生達が仮装をして生徒を楽しませるイベントがある。シスターも参加されるんですか?とたずねたところ、『いやいや、私は仮装なんて、できないですよぉ』と照れるシスター。毎日が仮装みたいなもんでしょ!とその場に居合わせた全員が心の中でツッコんだのは言うまでもない。澄んだ空気と、降り注ぐ星空と、まじりけのない天然の笑顔に囲まれた実に楽しいキャンプであった。
Oct 28, 2005
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ずーっとずーっと欲しかった、携帯用mp3プレーヤーを、なんと嫁がプレゼントしれくれた。大量な曲をUSBから直接取り込める上に、録音もでき、FMも聴けて、百円ライターの半分ほどというコンパクトさである。『遅くなったけど、誕生日プレゼントにね。ほら、ずーっと欲しがってたやんか、これ』確かに私の誕生日の頃は、ドタバタ忙しかった。サプライズプレゼントであった。これで通勤や営業活動の電車移動も楽しくなりそうである。ん・・・?確か・・・今月末は嫁の誕生日である。なにか、こう、プレッシャーを感じるではないか。前フリだろうか・・・?
Oct 24, 2005
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嫁の姉が今月末に挙げる結婚披露宴で流すためのスライドショーを作成している。2年前、私自身の披露宴では当時流行っていた『プロジェクトX』をパロディにしたスライドを上映し、なかなかの好評を得た。この時は時間もスキルもなかったため、業者に頼んで作ってもらったのだが。その後、アントン君と作成したオリジナルアルバムの曲をPV風にアレンジしたりしているうちに手探りではあるが作り方がわかってきた。とは言っても、専門的なソフトを使っている訳ではなく、もともとPCを買った時に付いていた動画編集ソフトである。現在2本を作成中。新郎新婦の生い立ちは、BGMを流し写真のスライドにコメントを添えたシンプルなものである。式の最後に流すエンドロールには動画も入れようと、手持ちのデジタルビデオカメラをいじってみたのだが、パソコンと繋ぐ端子がなく、デジカメの動画録画を使うことにした。新郎新婦が退場した後に流すエンドロールである。映画のエンドロールのように画面右半分に列席者の名前が次から次にスクロールしていく。左画面には、今回の挙式の打ち合わせや、新婦の衣裳合わせの様子が映し出されていく。そして、ふたりの新居にお宅訪問する様子が動画で流れる。先週末、この撮影のために明石にある新居にお邪魔してきた。新居前にある公園からカメラを回し、パーンして新居外観を映し、そのままアプローチを進む。と、マンションの入り口が開き新郎新婦が笑顔で出迎える・・・エントランスに入ったところで一旦カメラを切り、次のカットは三階の廊下を歩くふたりを追う。頭の中には絵コンテのようなものがあり、編集では、昔の8ミリカメラのカタカタとした、粗くやや倍速のシーンが描かれている。プロではないのでしっかりとした完成品のイメージがないと無駄なカットがあったり、足りないカットが出てきてしまう。ノープランでなんとかなるほどの技術も機材もない。友人の挙式などで、写真を撮る時も同じである。加工してプレゼントするために、完成品を頭に描いてピースを埋める作業となる。だから、自然と禿げたおっちゃんの頭にピントを当ててしまうのだ。チャペルで列席するときに、禿げた親戚のおっちゃんを見つけると、おのずと真後ろに座るようになった。さて、無事撮影を終え、今はPCの前で編集作業に入っている。頭の中にある完成品のピースを埋めていく作業は非常に楽しいものである。もうすぐ完成。上映が楽しみである。
Oct 21, 2005
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おなかの子は8ヶ月を超えた。すでに耳が聴こえているという。最近は嫁が絵本の読み聞かせをするようになった。可愛らしい挿絵の入った絵本や、おとぎ話は懐かしくもあり、たまに手に取ると、じーっと目で追ってしまう。しかし、グリムやアンデルセンの童話には、なんと頻繁に意地悪な継母(ままはは)が登場することか。物語の書かれた当時の社会的背景を考えると、争いなどによって父親が亡くなる割合のほうが圧倒的に多い筈である。しかし物語に『パパチチ』は登場しない。なぜか?これは遺伝子の陰謀だ!という説がある。普段、一般的に絵本を読み聞かせるのは、誰か―――母親である。つまり、全くの無意識の遺伝子レベルではこう考えているのだ。『継母(ままはは)は恐いんだよ~。もし私達夫婦が離婚して、もしあなたが私をないがしろにして、父親について行ってごらん。そうすると、ほら、恐~い継母が来るんだよぉ。私を大事にして頂戴ね』母親の陰謀説である。毎晩毎晩、ある種洗脳とも言える手段で、物語を語る母親。こうして母親から娘へ、自分達に都合の良いように言い伝えられてきた、というのだ。もちろん、無意識の遺伝子レベルでの話である。この陰謀説が真実とすると、毎晩読み聞かせるのが父親の役目であったら、物語は父親の都合の良いように変わっていたということか。。。
Oct 18, 2005
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久しく疎遠になっていた後輩、ヒロ君から電話があった。大分で一緒に仕事をしていた彼は、その後私より一足早く転職し、現在は東京で仕事をしている。転職して以来の電話連絡であった。彼のほうは、この日記を毎日読んでくれているらしい。転職しての感想をたずねると『ビジネスマンとして、いかに己が幼かったかを痛感した』と言っていた。日々、苦労してキャリアアップをしている彼の姿が、私自身の姿ととオーバーラップする。私とはまた違う業界で働く彼の話は実に興味深かった。しかし、東京で働くヒロ君の話を聞いていて、改めて大阪が一大地方都市であることを痛感した。先日も、今私の働いている部署の営業部長から『東京で仕事をする気はないか?』と誘われたばかりである。当分引越しをしたくないからこそ転職をした経緯もあり、丁重にお断りをしたが、やはりその部長も『君のキャリアのために、一度は東京で仕事をしたほうがいい』と言っていた。その東京で働いているヒロ君が、ある種羨ましくもあった。しかし私の人生観として、第一子を授かる今、東京へ転勤する気は更々ない。さて、私のキャリアアップの基準として、身近にいる尊敬すべき先輩がいる。私が社会人1年目で出会った時、彼は27歳であっただろうか。現在30歳となった私が、30歳当時の彼に追いついているかどうか?彼は私のビジネスマンとしての指標である。彼は現在既に次のステージに進んでいる。ヒロ君は現在26歳。私も彼にとって、良い刺激になれる先輩でありたいものだ。またとんこつラーメンでも喰いながら、あの日のように語り合いね。
Oct 16, 2005
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