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人はすべからく事上に在って磨くべし「人須磨在事上」『伝習録』『伝習録』は、「知行合一」を説いた陽明学の始祖・王陽明の言行を記録した本である。そのなかに、このことばを見出すことができる。生活や仕事など毎日の実践を通して自分を磨けというのだ。自分を磨く方法は、まず第一に、すぐれた先達の教えに耳を傾けることである。そのためのてっとり早い方法は古典を読むことだ。古典というのは、言わば先達の英知の結晶であり、長い歴史のなかを生き残ったものであるだけに、時代を超えたすばらしい教訓に満ちている。だが、本を読み、人の話を聞くだけでは、なかなか生きた知恵が身につかない。学んだものをしっかりと身につけるためには、それと並行して「事上」で自分を鍛え、体でおぼえることが必要なのだという。実践を伴わない知識は、しょせん付け焼刃にすぎない。実践のなかで磨かれてこそ、知識も人間もほんものになるのであろう。中国古典一日一言 守屋洋先生著より中国古典一日一言【電子書籍】[ 守屋洋 ]価格:620円 (2022/2/20時点)楽天で購入
February 20, 2022
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楽しみは極むべからず「楽不可極」『礼記』人生には楽しみが必要である。長寿に恵まれた堅物のお年寄りが、「わたしのような生き方は、人様にはおすすめできませんな」と述懐していた。人生は短い。その短い人生にこれといった楽しみがなく、あくせく働くことだけで終わてしまうなら、なんのための人生ぞや、だ。せっかくの人生、せいぜい楽しむことを心がけたい。問題は、その楽しみ方だ。たとえばゴルフに行ったとする。誰でも、「ああ、いいなあ」と思い、できたらゴルフ三昧の生活を一週間も続けてみたいと願う。だが、暇を見つけてたまに行くから楽しいのであって、毎日そんなことをしていれば、楽しみどころか、かえって味気ない思いがつのるだけかもしれない。楽しみごとは、のめり込めばかえって苦しみを増す。「楽しみは極むべからず」で、ほどほどがよろしいようだ。中国古典一日一言 守屋洋先生著より中国古典一日一言【電子書籍】[ 守屋洋 ]価格:620円 (2022/2/19時点)楽天で購入
February 19, 2022
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小利をみれば、則ち大事成らず「見小利則大事不成」『論語』孔子の弟子に子夏という人物がいた。その子夏が莒父という町の長官に任命されたとき、政治の取り組み方について孔子のアドバイスを求めたという。孔子はこう答えている。「速やかなるを欲するなかれ。小利を見るなかれ。速やかならんと欲すれば、則ち達せず。小利を見れば、則ち大事成らず」念のため訳せば、つぎのようになる。「あせらぬこと、そして小利にまどわされぬことだ。あせると仕損じるし、小利にまどわされると大きな仕事をやり遂げることができない」この心構えは、政治だけでなく、どんな仕事についてもあてはまる。長期の目標を立て、その目標に向かって一歩一歩着実な前進をはかる。そうすれば、あせることもないし、小利にまどわされることもないだろう。孔子のアドバイスは、一見平凡なようでいて、いつも所をビシリととらえている。中国古典一日一言 守屋洋先生著より中国古典一日一言【電子書籍】[ 守屋洋 ]価格:620円 (2022/2/19時点)楽天で購入
February 19, 2022
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久安を恃むなかれ、初難を憚ることなかれ「母恃久安、母憚る初難」『菜根譚』「久安」は、長く続いた幸せな状態、「初難」は、最初にぶつかった困難。したがって、「今の幸せがいつまでも続くと思うな。最初の困難にくじけて逃げ腰になるな」といった意味になろう。これもまたバランスのとれた処世観と言ってよい。幸せな状態が長く続くと、ついそれになれて、幸せがいつまでも続くものだと思うようになる。その結果、不幸に見舞われると、とたんに取り乱してしまう。そうならないためには、ふだんから抵抗力を養い、物心両面の備えを怠つてはならない。また、何をするにしても困難はつきものであるが、最初の困難にぶつかって腰くだけになったのでは話にならない。突破する道はあるはずだと自分に言いきかせながら、ねばることである。むかしの歌の文句に「くじけちゃならない人生は」とあったが、そのために『菜根譚』のこのことばが少しは役に立つかもしれない。中国古典一日一言 守屋洋先生著より中国古典一日一言【電子書籍】[ 守屋洋 ]価格:620円 (2022/2/17時点)楽天で購入
February 17, 2022
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善く将たる者は愛と威とのみ「善将者愛与威而己」『尉繚子』立派なリーダーになるためには、「愛」と「威」の二つの条件さえあれば、それで十分なのだという。「愛」とは、愛情、恩情、思いやりである。「威」とは、重圧感を与えるような強さ、きびしさをいう。いずれも、部下に対する統率力に関係したことばである。リーダーが自分の地位や権限をふりかざせば、部下を命令に従わせることはできるかもしれない。だが、それだけでは心服はされないであろう。部下のやる気を引き出し、「この人のためならば」と思わせるためには、ふだんから「愛」をもって臨む必要がある。しかし、「愛」だけでは組織管理に甘さが残る。へたをすると、上も下も、まあまあ主義のなれ合いが横行して、組織としてのまとまりがなくなってしまう。そうならないために必要なのが「威」である。これでしっかりと押さえをきかせるのだ。リーダーはこの二つのバランスをとるよう心がけなければならない。中国古典一日一言 守屋洋先生著より中国古典一日一言【電子書籍】[ 守屋洋 ]価格:620円 (2022/2/16時点)楽天で購入
February 16, 2022
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人を知る者は智なり、自ら知る者は明なり「知人者智、自知者明」『老子』「人を知る者はせいぜい智者のレベルにすぎない。自分を知る者こそ明知の人である」訳せば、こんな意味になるかもしれない。人を知るだけでも並大抵のことではない。しかし、それよりもはるかにむずかしいのが自分を知ることである。人のことはわかっても、自分のことはわからないのが一般であろう。それでは事に臨んで的確な判断を下すことができない。「智」は、深い読みのできる能力である。洞察力と言つてもよい。「明」も洞察力にはちがいないが、「智」よりもさらに深いところまで洞察できる能力をいう。したがって、的確な判断力を養うには、「智」はもちろん、さらに高いレベルの「明」を身につける必要がある。『孫子』は、「彼を知り己を知れば百戦してうからず」と語っている。『老子』に言わせれば、「明」があってはじめてそれが可能になるのだという。中国古典一日一言 守屋洋先生著より中国古典一日一言【電子書籍】[ 守屋洋 ]価格:620円 (2022/2/15時点)楽天で購入
February 15, 2022
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徳は事業の基なり「徳者事業之基」『菜根譚』事業を発展させる基礎になるのは、経営者その人のもっている徳だという。こう『菜根譚』は語ったあとで、「基礎がぐらぐらしているのに、建物が堅固であったためしはない」と、つけ加えている。中国三千年の興亡の跡をたどってみると、勝ち残りに成功した者は、それぞれにずばぬけた能力に恵まれていた。では、能力さえあればそれで十分かと言うと、けっしてそうではない。それにプラス、リーダーとしての徳を身につけていなかったら、万全とは言いがたいように思う。この二つの条件は車の両輪のような関係にあるが、なかでも重要なのが徳である。徳に欠けた人物は、かりに一時は隆盛をきわめても長続きしない。人の上に立つ人物は、リーダーとしての徳を磨く必要がある。そうでないと、事業を発展させることができない。それを語っているのが、このことばである。中国古典一日一言 守屋洋先生著より中国古典一日一言【電子書籍】[ 守屋洋 ]価格:620円 (2022/2/15時点)楽天で購入
February 15, 2022
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人生は白駒の隙を過ぐるが如し「人生如白駒過隙」『十八史略』人生は、戸の隙間から白馬が走りすぎるのを見るように、ほんの一瞬のことにすぎないという意味。人生の短いことを語ったことばである。宋王朝を創った初代皇帝の太祖が皇帝の位についてから、功臣たちを集め、このことばを引いて、「そちたちもあとはせいぜい人生を楽しむがよい」と語った話が出典。短い人生をどう過ごすか、これは大問題であるが、参考のため『菜根譚』のアドバイスを紹介しておこう。「天地は永遠であるが、人生は二度ともどらない。人の寿命はせいぜい百年、あっというまに過ぎ去ってしまう。幸いこの世に生まれたからには、楽しく生きたいと願うばかりでなく、ムダに過ごすことへの恐れをもたなければならない」楽しく、そして有意義に、ということだ。楽しみのない人生や意味のない人生では、なんのために生まれてきたのかわからない。自分なりにそれを発見したいものである。中国古典一日一言 守屋洋先生著より中国古典一日一言【電子書籍】[ 守屋洋 ]価格:620円 (2022/2/15時点)楽天で購入
February 15, 2022
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人生意気に感ず、功名誰かまた論ぜん「人生感意気、功名誰復論」『唐詩選』『唐詩選』の巻頭を飾る「述懐」と題する詩の一節。作者は魏徴。唐の二代目皇帝太宗に仕えた名臣である。太宗がまだ即位するまえ、兄の建成と骨肉の争いを展開したとき、魏徴は建成側の謀臣として活躍した。この争いで建成は殺され、太宗の即位となるのであるが、魏徴は才能を認められて太宗の幕下に迎えられ、やがて命を受けて東方の宣撫に出向いていく。この詩はそのとき詠んだものだとされる。人生は男同士の意気に感ずるもの、功名などは問題とするにあたらないという意味。男のロマンをうたいあげた一句と言ってよいかもしれない。人間はそれぞれの利益によって動くものだとしても、お互い打算ばかりで動いていたら、あまりにも味気ない。魏徴のように、「人生意気に感ず」という側面がもっとあってもいいのではないか。中国古典一日一言 守屋洋先生著より中国古典一日一言【電子書籍】[ 守屋洋 ]価格:620円 (2022/2/15時点)楽天で購入
February 15, 2022
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天地の道は極まれば則ち反り、盈つれば則ち損ず「天地之道、極則反、盈則損」『淮南子』「暑い、暑い」と暑さにうだっていても、やがて涼しい秋になり、そして寒い冬がめぐってくる。「寒い、寒い」と寒さを嘆いていても、やがて暖かい春となり、そしてまた酷暑の夏がめぐってくる。これが天地の法則である。月はしだいに満ちて満月となるが、そのとたんに、またしだいに欠けていき、いつまでも満月であり続けることはできない。これもまた動かしがたい天地の法則である。人間社会を支配している摂理も、これと同じである。しだいに昇りつめて頂点を極めると、もはやそれ以上の頂上はなく、待っているのは下降である。かりにどん底に沈んでも、そこから先に見えているのは、上り道であると心得たい。だから、頂上を極めても驕ることなく、いっそう慎重な処世が望まれる。逆にどん底に落ち込んでもけっして落胆する必要はない。あせらず騒がず、力をたくわえながら時を待つことだ。中国古典一日一言 守屋洋先生著より中国古典一日一言【電子書籍】[ 守屋洋 ]価格:620円 (2022/2/15時点)楽天で購入
February 15, 2022
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可を見て進み、難きを知りて退く「見可而進、知難而退」『呉子』『呉子』は「孫呉の兵法」と言われるように、『孫子』と並ぶ兵法書の古典である。このことばの意味は、あらためて説明するまでもなく、「有利と見たら進み、不利と見たら退く」ということだ。なんだ、そんなことかとおっしゃる向きがあるかもしれない。たしかに、平凡と言えば平凡な考え方である。だが、こういう合理的かつ柔軟な思考を苦手としている人が少なくない。勝算もないのにやみくもに突き進むことをもって勇気があるとみなしたり、撤退することをもって臆病とののしったりする人々は、みなこの類である。「可を見て進み、難きを知りて退く」ことを知っている人こそ、じつはほんとうに勇気のある人物なのだ。そしてそのためには、冷静な判断力を必要とすることも忘れてはならない。中国古典一日一言 守屋洋先生著より中国古典一日一言【電子書籍】[ 守屋洋 ]価格:620円 (2022/2/15時点)楽天で購入
February 15, 2022
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遇と不遇とは時なり「遇不遇者時也」『苟子』孔子が弟子をひきつれて諸国遊説の旅をつづけていたとき、ある国で政争に巻き込まれ、空っ腹をかかえて何日も立ち往生したことがある。子路という弟子が、「君子でも、こんなみじめな思いをすることがあるのですか」と食ってかかったところ、孔子はこのことばを引いて子路の不満をなだめたという。「遇」とは、何をやってもトントン拍子に進むこと、「不遇」とは、その反対に何をやってもうまくいかないこと。それは、「時」を得るかどうかにかかっているというのだ。誰の人生にも、遇と不遇がついてまわる。問題は不遇なときの過ごし方だ。そんなとき、へんに卑屈になったり、じたばた悪あがきをしていたのでは、将来の展望が開けない。孔子は、こう付け加えている。「身を修め行ないを端くして以ってその時を俟て」そんなときこそ、じっくりと自分を鍛えながら、ツキが回ってくるのを待て、というのである。中国古典一日一言 守屋洋先生著より中国古典一日一言【電子書籍】[ 守屋洋 ]価格:620円 (2022/2/15時点)楽天で購入
February 15, 2022
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吉人の辞は寡く、躁人の辞は多し「吉人之辞寡、躁人之辞多」『易経』「吉人」とは、徳のある立派な人物、「躁人」とはその反対である。したがって、このことばの意味は、「徳のある人物は口数が少ない。徳のない者にかぎって、ことばを並べたてる」となる。そもそも、ことばというのは、その人の心の動きを正直に映し出す。『易経』は、またこうも語っている。「人を裏切ろうとする者は、ことばに後ろめたさが表われる。心に疑いをもっている者は、ことばに迷いが表われる。善を悪だと言いくるめようとする者は、論旨に一貫性がなくなる。信念を持たぬ者は、ことばづかいも卑屈になる」いずれも真理だと言ってよい。だから、ことばはくれぐれも吟味してかかり、発言はいやがうえにも慎重を期さなければならない。べらべらしゃべるのは、百害あって一利なしだ。中国古典一日一言 守屋洋先生著より中国古典一日一言【電子書籍】[ 守屋洋 ]価格:620円 (2022/2/14時点)楽天で購入
February 14, 2022
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前事忘れざるは後事の師「前事之不忘、後事之師」『戦国策』「前事」とは、むかしのことである。これには、1.自分の体験、2.歴史上の経験、の二通りの意味が含まれている。それを肝に銘じておけば、現代を生き、将来を生きるうえで参考になるのだという。とくに重要なのは、失敗の経験に学ぶことである。それをしないと、何度も同じ失敗を繰り返す恐れがある。これは賢明な生き方とは言えない。一九七三年、田中元首相が国交回復の交渉で北京を訪れたとき、今は亡き周恩来総理からこのことばを贈られている。言うまでもなく、それは、「日本人よ、あの不幸な事態を銘記し、同じ失敗を二度と繰り返してくれるな」という意志表示であったにちがいない。思い出したくない苦い経験であればあるほど、しっかりと肝に銘じておかなければならない。そうすることによって進歩も期待できるのである。中国古典一日一言 守屋洋先生著より中国古典一日一言【電子書籍】[ 守屋洋 ]価格:620円 (2022/2/14時点)楽天で購入
February 14, 2022
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面従して退いて後言あることなかれ「無面従退有後言」『書経』面と向かっては、はい、はいと相手の意見に従っておきながら、かげに回って不平不満を並べたり、非難したりする(面従後言)。そんなことはするなというのである。聖天子の舜が後継者の禹をいましめたことばだという。これなども、人間関係のなかで、私どもがおかしがちな過ちの一つである。ふだんから、よほど気をつけておかないと、ついこうなってしまう。これのマイナスは二つある。一つは、こちらの人格の低劣さを疑われてもやむをえないということだ。もう一つは、「後言」は、必ず相手の耳に入る。「これは内緒だよ」と念を押せば押すほど、相手につつ抜けになる。当然、相手としても、いい感情をもつはずがない。その結果、人間関係を決定的に悪化させてしまう。言いたいことがあったら直接相手に言う。言ってはならないことについては、あくまでも沈黙を守ることが望まれるのだ。中国古典一日一言 守屋洋先生著より中国古典一日一言【電子書籍】[ 守屋洋 ]価格:620円 (2022/2/13時点)楽天で購入
February 13, 2022
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天を怨みず、人を尤めず「不怨天、不尤人」『論語』孔子の晩年のことであるらしい。あるとき、「ああ、私を理解してくれる人はいない」と嘆いた。それを耳にしたという弟子が、「どうしてそんなことをおっしゃるのですか」とたずねたところ、孔子はこう答えている。「天を怨みず、人を尤めず、下学して上達す。われを知る者はそれ天か」訳せば、つぎのようになるかもしれない。「なにも天を怨むのでも、人をとがめるのでもない。私は、日常的なものから高遠なものまで、ありとあらゆるものの探求を志してきた。この私を理解してくれるのは、天だけであろうかと考えたまでだ」苦しいときや辛いときには、ややもすると自分の責任はタナに上げて、天を怨み、人をとがめたくなるのが人情の常である。だがそれをやっていたのでは、いつまでたっても進歩がないし、心の平安も得られない。そういうときこそ、孔子のこのことばを思い出してほしいものだ。中国古典一日一言 守屋洋先生著より中国古典一日一言【電子書籍】[ 守屋洋 ]価格:620円 (2022/2/13時点)楽天で購入
February 13, 2022
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敗軍の将は以って勇を言うべからず「敗軍之将、不可以言勇」『史記』ふつう「敗軍の将は兵を語らず」とか「兵を談ぜず」と言いならわされているが、その元になっているのが『史記』のこのことばである。言うまでもなく、失敗した者には、そのことについて意見を述べる資格がない、といった意味である。たしかに、敗戦を招いた将軍が、ああでもない、こうでもないと弁解したところで、まるでさまにならない。責めを一身に負って沈黙を守るというのは、そのかぎりにおいては筋の通った生き方であるかもしれない。だが、翻って思うに、そういう場合、責任のとり方には二通りあるように思う。まず、ひたすらわが身を責める。これもまた立派な責任のとり方であろう。失敗してもあっけらかんとしているようなリーダーは、リーダー失格である。しかし、それと同時に、なぜ敗れたのか、敗因をはっきりさせておくのも、敗れた者の責任の取り方ではないか。それをやっておいてもらわないと、後の人間が同じ失敗を繰り返す恐れがあるからだ。中国古典一日一言 守屋洋先生著より中国古典一日一言【電子書籍】[ 守屋洋 ]価格:620円 (2022/2/13時点)楽天で購入
February 13, 2022
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彼を知り己を知れば、百戦して殆うからず「知彼知己、百戦不殆」『孫子』あまりにも有名なことばなので、あらためて説明する必要はないかもしれない。要するに主観的、一面的な判断をいましめたことばである。あらためて『孫子』に言われるまでもなく、事前調査の必要なことは、誰でも知っている。だが、頭で理解していても、いざ実行となると、意外にむずかしい。あとで「しまった」とホゾ嚙むことのなんと多いことか。つまり、往々にして見込みちがいが生ずるのである。その理由は、三つ考えられる。一、調査不足一、希望的観測一、思いこみこんな理由で判断を誤ることが少なくない。戦争だけではなく、何か新しい仕事を始めるときにも、やはり可能なかぎり調査し、それを客観的に判断する冷静さを失ってはならない。中国古典一日一言 守屋洋先生著より中国古典一日一言【電子書籍】[ 守屋洋 ]価格:620円 (2022/2/13時点)楽天で購入
February 13, 2022
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小人の学は耳より入りて口より出ず「小人之学也入乎耳、出乎口」『苟子』耳で聞きかじったことをそのまま他人に受け売りするのだから、少しも自分の身につかない。そんな学問のことを「口耳の学」と呼んでいる。自分を向上させるには、学ぶことを忘れてはならない。だが、同じ学ぶにしても、「口耳の学」のような学び方では、かえって有害無益なのだという。『苟子』は、続けてこう語っている。「むかしの人は、自分のために学問に励んだが、今の人は他人のために学問している。君子は学問によって自分を向上させるが、小人は学問によって自分を売り物にしている。問われもしないのにしゃべる、これをオシャベリという。一を問われて二まで答える。これをオセッカイという。どちらもよくない。君子とは、打たねば響かぬが、打てば響くものなのだ」せっかく学ぼうとするなら、「君子の学」をめざしたいものだ。中国古典一日一言 守屋洋先生著より中国古典一日一言【電子書籍】[ 守屋洋 ]価格:620円 (2022/2/4時点)楽天で購入
February 4, 2022
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人みな有用の用を知りて、無用の用を知るなきなり「人皆知有用之用而莫知無用之用也」『荘子』「無用の用」とは、無用だと思われているものこそ実は有用なのだという主張である。『荘子』は、有用性だけを追い求める一面的な価値観から、「無用」なものまで視野に入れる多面的な価値観への転換を説いているのだが、世間の人々はなかなかそれを理解してくれないと嘆いている。たとえば、ふだんなにげなく交わしている挨拶である。そんなものはなくても、いっこうに差し支えないようにも思えるが、しかし、よく考えてみると、それだけのことが人間関係を円滑にするのに、ずいぶんと役立っていることに気づく。これなども「無用の用」と言ってよいかもしれない。有用性だけをガツガツ追求している人間は、どこかゆとりに欠けている。スケールも小さく、将来の大成も望めないように思う。『荘子』の言う「無用の用」を発見することができれば、人生に新しい展望が開けてくるかもしれない。中国古典一日一言 守屋洋先生著より中国古典一日一言【電子書籍】[ 守屋洋 ]価格:620円 (2022/2/1時点)楽天で購入
February 1, 2022
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