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平成17年も残すところ後わずかになりました。今年一年、当エネルギー療法治療院『e-image(イー・イメージ)』をご愛顧いただきまして、誠にありがとうございました。今年の10月に開業1周年を迎えました。まだまだ駆け出しの治療院ですが、今年一年、たくさんの出会い、ご縁を頂きました。いろんな経験もさせていただき、こういう仕事をさせていただいてることに感謝する日々でございます。来年は、今年以上にもっともっと良い出会い、良いご縁に恵まれますように、日々の努力、研鑚を怠ることのないよう精進していく所存でございます。より一層のご愛顧のほど、宜しくお願い申し上げます。堅苦しい文面になってしまいましたが、今年一年いろいろお世話になりました。来年もしっかりエネルギー研鑚をして、世のため人のために頑張っていこうと思っています。エネルギーを必要としてくれてる方々に惜しみなくエネルギーを送っていこうと思います。今後ともよろしくお願いしたいと思います。年内は、休まず営業の予定です。新年は、4日までお休みを頂きまして、5日より、通常診療を行います。電話予約は年末年始、24時間休まずお受けしております。宜しくお願い致します。では、皆様、良いお年を!!!!! エネルギー療法 e-image(イー・イメージ)
2005.12.28
今日はイヴですね・・・イブとイヴ・・どっちゃでもええねん・・・我が家では5年生のクソ坊主と、3歳のおてんば娘が、サンタさんからのプレゼントを待っています。上の坊主がまだ小さかったころ・・・「ねぇねぇ・・クリスマスはねぇ・・ サンタさんとおばあちゃんと、おじちゃんがプレゼントくれるのに、 おとうさんとおかあさんはくれんのん・・・」そう言われた事がある。 ドキッ!!・・・すっ鋭い突っ込み!!当時なんも言い訳が出来なかった情けない私たちは、「じゃぁ、サンタさんたちからいっぱいもらうんじゃけぇ・・・」と、小さなものを一つ、私たちからということで渡していた・・・。贅沢なことです・・でも、さんたさんの夢を壊したくなかったので、そうしました。しばらくすると、私達からの物を要求しなくなったので、助かってます。いま、下のおてんばじゃじゃ馬娘は、そういうこと言わないので、あえて何も買ってません。サンタさんからのプレゼントが、クリスマス最高の贈り物なってますから・・・。先日の新聞広告の中に、トイザラスの冊子が入っていた。兄弟でマーカーで印をつけまくり、あーでもない・・こーでもない・・・いや、あれがいい・・ あっやっぱこっちかな・・でも、あれとこれにしよう・・・じゃぁちゃーちゃん(さなちゃん)はこれとぉ、これとぉ、これとぉ、これとぉ・・・(おいおい・・なんぼたのむんじゃい・・)そんなこんなで冊子はボロボロになってしまいました・・・(笑)先日長男とお風呂に入ってたときのこと・・・。「お前まだサンタさん、おると思うとるんか?」 「えぇ~・・ おるよぉ・・そりゃぁ・・」「でも、なんかおかしいと思うとるじゃろうがぁ・・」 「・・・・ いや! おる! ぜったいにおる!!」「ふぅ~ん。。 今年は何頼んだん?」 「ゲームキューブ!!」(即答)「・・・ サンタさんにも事情があるけぇのぉ・・」 「なに?事情って・・。何の事情があるん・・」「えぇ・・ いやっ・・ そのぉ・・ お前だけじゃのうて 世界中のみんなのプレゼントをそろえよう思うてみぃやぁ・・。 大変なんじゃけぇ・・ サンタさんもぉ・・・。」 「でも、今まで欲しいってお願いしたもん 全部きたもん・・。 今年も来るよ!ぜったい!!ゲームキューブ!!」目をランランとさせて、こう、ほざいてました。その数日後、またまた、サンタさんからのプレゼントの話になったとき・・・。どう見てももうサンタさんはいないと思ってるはずなのに、サンタさんからのプレゼントを期待しているところがあって、けなげな奴じゃと思ってましたが、とうとう発言にボロが出ました・・・ 「おれねぇ・・ サンタさんにゲームキューブ買ってもらう!!」「ん?・・・ 買うてもらう??」 「・・・・・・・・(気まずそうな顔)」「買うてもらうってどういうことやぁ・・?」この時点でサンタさんはお父さんたちだということをしっかり教えてくれました・・・。でも、ゲームキューブは・・今年はちょっと無理だね・・。
2005.12.24
名古屋まで行って来ました。出張調整で・・・。この大雪の中、新幹線は動くんじゃろうかい・・そう心配しながら、行って来ました。いろいろ思うところもありますが、求められるときは、呼ばれっると言うことかなと・・・。いろんな情況の中、私を選んでくれて、お願いされるわけだから、快く引き受けて、足を運ぼうと・・・。今回の出張調整の患者さんはガンの人・・。がん患者の調整は、いろいろあって難しいところがあります。その人個人の問題だけでなく、周りを取り巻く環境の問題、・・・私は昨年11月の父親をガンで亡くしました。このときもいろいろありました。私の中で・・・。ここではあえて書きませんが、いろいろありました。これまでもがん患者さんをたくさん診て来ました。劇的に回復された方もいらっしゃいますが、残念な結果になられた方もいます。私は神様じゃないので、全ての人を助けられるわけではありません。ましてや、自分の親さえも助けてやることが出来なかったわけですから・・・。親父のとき、状態が悪化すると、エネルギーで一時的に状態が回復。血圧が信じられないくらい低くなり、医者からも、もうだめでしょうみたいなこと言われても、エネルギーを使うと血圧が正常に戻る・・・。医者も何でかなぁ・・という不思議な顔してました。一時危篤になったときも、尿が出ないから、毒素が体内に回って心不全になる・・・。今晩がヤマでしょう・・・。そういわれたけど頑張ってエネルギー流したら、尿の管からチョロチョロっと尿が出始め、その窮地を脱出した・・・。しかし、それから親父が完治することはなかった・・・。母親がいいました。 もうやめてぇやぁ・・。 苦しむだけじゃけぇ・・・。私は言葉がなかったけど、苦しみから解放するためにエネルギーは流すよということで、母親も納得してくれた。なくなる前日も、もうこれ以上は・・・。という感じだったけど、何とか回復。しかし、それは最後の別れをしようとした親父が、私たちを呼んだのかなと・・。翌朝、私たちがいないところで亡くなりましたんで。今回は、黄疸が著しく、病室に入ったとき、その黄色かげんに正直ビックリしました。ここ2~3日で、ちょっと状態が悪くなったとか・・・。いろいろ調整をしていく上で、最後には顔は淡いピンクのきれいな顔色になりました。その変化を息子さんもしっかり見てくれたので、調整してよかったです。いろいろありますが、その人その人て価値観も考え方も違います。私は求められる以上は頑張ってやろうと思います。それにしても、名古屋まで1時間遅れで着きました。米原辺りの雪は尋常じゃなかった・・・。家が半分埋まってたり、一面広い原っぱの上に雪が積もってるのかと思ったら、道路さえ見分けがつかないくらい雪が積もってたり・・・。今年の寒波はすごいです。でも、子供と家内は雪見ておおはしゃぎ・・・。♪私はコタツで丸くなる♪です(苦笑) 米原辺りで写真撮ってみました したの方の斜めに黒い影になってるところが 道路です・・・ ↓↓ ↓↓
2005.12.23
可部道場の練習は21日(水)が今年最後です。私はその日は所用で稽古に参加できません。19日(月)が今年最後の柔道着着用になりました。今年一年を振り返ってみて、いろんな出来事がありました。可部道場にお世話になって5年目は、私の柔道人生第二章の中でも、最も想い出深い年になりました。なんといっても全国大会準優勝。自分自身が現役のとき、なし得なかった成績を、指導者の立場で、子供達が頑張ってくれました。今年のメンバーは、井垣・筒井の二枚看板がいて、全国でも十分同等に戦えるだろうなと思っていたのは去年のこと。今年に入って、彼らの練習する姿を見てて、せっかくチャンスがあるのに・・・こんな練習させてちゃ絶対に勝てん・・・。そう感じました。県下で勝つことは、大丈夫だと思ってましたが、全国で上位を狙う、あるいは、優勝を狙う。そうなると話は別。彼らにそこまでの意識は、その当時はまだない。寒稽古のとき、私は勝手な判断ですが、私の思うような練習メニューに切り替えました。今田道場長の、「思うようにやりんさい・・」の言葉で、私も気持ちを切り替えました。まずは意識改革。彼らに全国優勝したいという意志はあるのか・・・・・あると答えた。では、これから厳しい練習になるが、頑張ってついて来れるかと確認した・・。・・・頑張ってついてくると・・・。私は4月の後援会総会で皆さんの前で私の思いを伝えました。「今年のチームは、全国制覇が狙える。 こういうチーム作りは、毎年同じようにはいかない。 このチャンスを是非活かして、 彼らを全国優勝させてやりたい。 そのために私流に厳しく指導します。」と。異論はなかった。3月の県予選を突破して、まずは5月の全国少年柔道大会。全国優勝を狙ってるとは言ったものの、あまりにも他道場の情報に乏しかった・・・。どこが強いのか・・・誰が強いのか・・・暗中模索の中、結果はベスト8・・本当に僅差の敗北。しかし、ここで私はだいたい今年の全国レベルがどんなものかをしっかり把握できた。《これは、秋の全国大会ではいけるどぉ!!》かくして、更に厳しい練習を課してきた。このチームで、県下ではもう敵はなかった。6月のマルちゃん杯中四国大会。5月のカリを返すべく、厳しい練習を課してきた。絶対リベンジする。しかし、決勝でまたも惜敗・・。くやしくて、会場の隅で泣いてしまいました。全国大会出場おめでとう!!と声かけてもらっても、自分の笑顔が引きつってるのが分かる。良い試合だったねぇ・・惜しかったねぇ・・そう言われればそう言われるほど、くやしさがこみ上げてきた。良い試合するために追い込ましてきたんじゃない。優勝して全国大会に行きたかった。この思いは、直接指導してるものにしか分からない思いかもしれない・・・。彼らの汗と涙をしっかり見てるものにしか・・。そして迎えた9月の全日本選抜少年柔道大会・・何故か中四国大会の決勝を戦った和田道場と同じブロックという奇妙な組み合わせ。ましてや、予選で今年五月の全国大会を制した北海道の高畑道場がいる。他にも今まで負けてきたチームと予選を組まれた。私は不思議と組み合わせに恵まれた!と、直感的に思った。しかし周りの反応は、苦虫つぶしたような顔・・・子供達も高畑の名前を聞いてちょっとビビッた感じ。しかし、しっかり意識改革が出来たこのチームの気持ちを切り替えさせるのは簡単だった。それを裏付けるだけの稽古量も積んできた。彼らの表情は自信に満ち溢れてた。二枚看板だったこのチームも、4枚看板に。5年の香川健吾も夏の個人全国大会で準優勝し、しっかり自信をつけてきた。もう一人の6年生古川大樹も寝技に切れが出てきて、立ち技も粘りが出始め、十分ポイントを取って来る柔道を確立し始めていた。もう一人の選手・・我が息子は、気持ちの面でもまだまだ意識が低く、ここが穴だなと・・・しかし、引き分けくらいはしてくるだろうと思ってた。まあ、ここがダメでも後の4人は全国でも十分すぎるほど通用する力を持ってる。わたしもある意味自信を持っていた。大会当日。やはり、緊張のためかいろんな事が頭をよぎり、なかなか集中できなかったが、試合が近づくに連れ、その緊張もほぐれてきた。予選第一・第二試合を無難に勝ち上がり、いよいよ今年の春の覇者との対決。子供達は落ち着いていた。力ではもう圧倒していたと思う。結果は2-1と僅差だったが、内容的には文句ない勝利だったように思う。これで波に乗った。準決勝も4-1と圧勝。しかしここで思わぬアクシデント・・大黒柱の一人恵弥が負傷棄権となってしまった。準決勝はあの和田道場・・5人で勝てなかった相手に4人で戦わなければならなくなったうえに、大会ルールにのっとり、大将の恵弥が抜けたことで、重いほうにつめることになって、先鋒が次鋒に・・ 副将が大将に・・・ここでも私は、なぜか《勝った!》と思った。周りはまたもしかめっ面・・試合は私の思惑とおり。健吾と大樹が素晴らしい試合を展開し、0-1から2-1に引っくり返した。紘平は仕方ないにしても、2-2に追いつかれた。大将は俊。俊は落ち着いていた。今までの練習を考えて、投げられることはないと思った。代表戦に持ち込めば、スタミナで絶対稽古量に勝る俊に分があると。私の思うような試合展開。大将戦は無難に引き分けに持ち込んだが、相手の小学生チャンピオン長野君は、既にバテバテの形相・・。《よし!もらった!!》私はそう思った。俊は息一つ上がっていない。俊にはそれだけの追い込ませた練習をさせてきましたから・・・。代表戦が始まるとそのスタミナの差は歴然だった。長野君の技は、もう俊を投げるだけの力は残ってなかった。それだけでなく、長野君の体力は、俊の技も受けきることが出来ないほど消耗していた。何度か倒し、確実にポイントをかさね、旗判定。見事、3-0の完封で、俊が小学生チャンピオンを破った。と同時に、今まで苦汁をなめさせられてきた和田道場に、全国大会の準決勝という大舞台でリベンジできたのである。いよいよ決勝戦。しかし、準決勝の激闘を戦い抜いた子供達には、そのまま決勝戦を戦わせることが酷なくらいだった。それなりに厳しくしてきたつもりでも、やはり子供は子供・・。体力的には限界を通り過ぎていた。今年、最初に全国制覇の夢を目標に掲げ、その夢を、夢に終わらせないために必死で頑張ってきた子供達。全国優勝させてやると約束した私は、その約束を果たしてやることが出来なかった。しかし、可部道場の戦いはこれで終わったわけではない。もう既に来年の全国大会に向けての戦いは始まっているのである。来年の新チーム候補の子供達をみんな集めて意識確認をした。全国優勝したいか? と。もちろん彼らは大きく首を縦に振ってハイ!と返事をしてくれた。今年以上に厳しい練習になるぞ!!との言葉にも、しっかり私の目を見据えた彼らの顔は、良い表情をしていた。彼らは既にやる気になっている。今年果せなかった夢・・・是非来年には果したい。それができるチームだと思うから。頑張ってもらいたいです・・・中学生も、今年に入って随分意識が変わってくれて、女子の吉岡千晴が全国第3位に入賞。林田咲乃も激戦の県予選を見事な集中力で制し、全国大会出場を決めた。男子も橋本大豊は全国出場はならなかったものの、彼自身の柔道レベルの向上は目を見張るものがあったと思う。それを見てる後輩たちも順調に力をつけてきてる。来年はまずは打倒崇徳中!!勝てないチームではないと思う。小学生に負けないくらい、厳しく行こうと思う。みんなの意識がここまで高まってくれたことに心から嬉しく思う。頑張って来てよかったなぁって・・・。頑張らせてきてよかったなぁって・・・最後に嬉しい事がありました。水曜日の練習は行けないと、子供達にも話しました。女子のちいと咲が、合宿があるから私たちも練習と、大掃除には出れませんと・・・帰り際・・二人が着替えて更衣室から出てきた。なにやら私の前でモジモジと二人がやってる・・・。咲が「お前言えぇやぁ・・」と。するとちいも「お前が言えぇやぁ・・」と。何を言うのかと思ってたら・・・。結局二人で一緒にこう言ってくれました。「良いお年を・・!!」と。嬉しかったです。本当に嬉しかったぁ・・。この子らと一緒に柔道やって来れて、本当に良かったと思えた瞬間でした。今年は私にとって、私の柔道人生にとっても、最も想い出深い一年になりそうです。可部道場のみんな。ありがとう。そして、来年もよろしくね!!!!!
2005.12.20
土曜の夜から広島は記録的な大雪になりました。土曜の夜から明け方まで、忘年会で飲んでた私は、雪なんかそっちのけで楽しんでいましたが、帰りの車の中で、ここ最近では一番の大雪にちょっとビビッて、酔いもさめてしまいそうでした。朝、私の左隣で寝てるクソ坊主が、なにやらごそごそと私をつついてきます。今日は大雪だし、私は一日布団の中にいるつもりでしたので、しばらくは知らん振りして寝た振りしてました。しかし、こいつ、こういう時はしつこいんですよね。柔道に対してこれだけしつこかったらいいのに・・・ちょっと寝返り打ったりしながら更に知らん顔してましたが・・・まだやめんし・・いいかげんにいらいらしてきた私は、「うっとぉしぃのぉ~!!! チッ(舌打ち)!!」と・・。さえん顔してましたが、それ以上手を出すと本気で怒られると思ったのか一人で起きて行きました。ちょっと可哀想な気もしましたが、私も寝たい・・安眠妨害だけは許せんのです。後で思ったのですが、雪遊びがしたかったようです。しかし・・・私は雪遊びなんて 大っ嫌い!!寒いのは大の苦手。私は中区江波の出身なんで、子供の頃からあまり雪に親しんでない。家内は地元なんで昔から雪に親しんでる。子供も当然こちらの生まれですから、行き見ただけで、犬がエサ見たときのようにピョンピョン跳ねて大喜びです。昼ころ起きていきましたが、まだ家内が部屋の掃除や洗濯など、家事が終わってなかったので、子供達もおあずけ状態。昼過ぎ、ようやく家内の「よっしい!じゃあ出ようかぁ!!」の声に子供達二人と、コン太まで大喜び!!私は一人ストーブの前で膝を抱えて・・・「いってらっしゃぁ~い」と・・(苦笑)「何いいようるん!! とうさんもいくよ!!」と、家内が言うと、子供達も・・「とうさんいくよ!! おとうしゃん・・いこうやぁ・・」と・・しかし、私は行きたくない・・申し訳ないけど、部屋で待機を申し出て、みんなに許可をもらって、再びストーブの番をしました。庭からはキャッキャ!キャッキャ!と楽しそうな声が聞こえて来ました。コン太もここまで深い雪は初めてで、短い足が影響して余計に歩きそうでした。しかしそこは犬様!!♪犬はよろこび 庭かけまわり・・・♪の歌のとおり、寒さも冷たさも何のその。庭でみんなとじゃれてました。私はみんなが雪遊びが終わって、コン太の散歩に出かけました。近くの近隣公園に行ってみましたが、膝下くらいまで雪が積もってて、放してやると、コンタは体半分埋もれながら、必死で走り回ってました。そのあと・・・雪遊びの形跡を見つけました。子供達と家内が雪だるまを作ったようです。かわいいのを・・・左から私:家内:コンタ:金魚のプクちゃん:紘平:紗奈ちゃんだそうです。でもこんなところに置いたら・・・ ↓↓↓↓↓
2005.12.18
大雪の中、皆さんよく集まっていただきました。ドタキャンもやむなし・・・ そんな感じの大雪でしたから・・。でも、皆さん元気な姿で来てくれました。可部道場の有志で13名が集まって一次会がスタート。やはり雪の影響や、仕事の関係で、ちょっと遅れて来られる方もいらっしゃったので、スタートは8名からでした。女性4人男性4人で始まり、さながら合コンのようでした(笑)ついつい昔を思い出してしまい、自己紹介でもはじめようかって思ったくらいです。程なく遅れてた方も参加され、遅れてこられた方が来るたびに乾杯!!何度も乾杯できました(笑)話題は柔道の話に限らず、いろいろでした。普段、話をあまりしたことのない方とも、しっかりお話できました。一次会の2時間があっという間に過ぎ、飲み放題のラストオーダー・・まだまだ始まったばかりのような雰囲気で、そのまま二次会に!!一次会で2名帰られ、二次会に3名参加。14人で二次会が盛り上がりました。6時から始まった忘年会。気付けば12時。隣から井垣さんが、「せんせい・・」と時計を・・もう6時間も飲んでたんですね。外は大雪。どうやって帰ろうかと思いながら店を出たところで、和田先生が・・「先生!どうする?」と・・。へ?この雪でまだ行くん?とは思ったが、私も嫌いではないし、勢いもあったんで、「行こう!!行こう!!」と・・・そこからは9名が雪に埋もれながら3次会へ・・仲の良い者で集まったこともあり、話題は途切れることもなくたのしい会話に花が咲き、更に時間は過ぎていく・・そろそろ帰ろうかと思った時刻は、私が時計を見たときで2時半。そのとき既にタクシーは1時間以上待ちだとか・・。ほいじゃあもうちょっと・・ということで、そのまま飲みつづけ、結局終わったのは3時半ころだったかな・・帰りは同じ団地の方に送って頂き、ドブに落ちることもなく無事に帰れました。今回は酒での失敗談はなく、柔道星人も自動販売機前で寝ることもなく、無事に終わりました。やっぱ、みんなで飲むのは楽しいですね。今度は新年会!!やりましょうね!!
2005.12.17
今日は、我が家のアイドル・・“プリンセス紗奈”ちゃんの通う、どれみふぁ保育園と、可部保育園の合同おゆうぎ会でした。朝早く出発し、会場の可部幼稚園に向かいました。今日はこの冬一番の寒気が流れ込んでくるとのことで、出発時には、大粒のボタン雪が、怒涛のごとく降ってきてました。まさに吹雪!!!でも、プリンセス紗奈ちゃんは負けずに元気に出発しました。おゆうぎ会は午前と午後の部に分かれてまして、まだ年齢の小さい紗奈ちゃんたちまでは午前の部でした。プログラムは10個以上ありましたが、そのうち二つを出演するようでした。可愛いドレスを身にまとい、上手の踊って見せてくれました。最後にお歌の披露も会って、一番大きな声で唄ってました。やっぱ、柔道じゃなくて、芸能界デビューじゃのう。。そう思いました(笑)ちいちゃなお子さん達が一生懸命おゆうぎをする姿は、とても可愛く思えました。思わずニンマリしてみてました。最近このような小さい命が奪われる痛ましい事件が多いですが、そういう輩の神経が分かりませんね。どのこも個性があって、とても可愛かったです。お兄ちゃんは昨日の柔道で遅く帰ってきて、朝出かけるときは爆睡でした。昨晩、行くのか行かないのかと聞いたところ、ちょっとモジモジ君に・・・。行きたくない理由を聞くと、「明日は土曜日じゃけぇ、1時から吉本新喜劇がある・・・」なんてほざきやがった!!ふざけやがってぃ!!携帯で撮ったんで、だいぶ写り悪いですが、おゆうぎ会の模様です↓真中が紗奈ちゃんです。やっぱり中心じゃなきゃね・・(おーほほほおおほお・・)↓
2005.12.17
今まさに忘年会シーズン!!皆さんも、飲み会の機会が多くなってませんか?アルコール・・飲むのは結構ですが、呑まれないように気をつけなければなりませんね。私の苦い経験をちょっと披露しようかなと・・・(苦笑)わたくし・・ お酒太夫(おさけだゆう)と もー―しますぅ・・・わたくしの アルコール失敗談・・ とくと・・ お聞きくだされぇ~・・・ ♪チャンチャカチャンチャン チャチャンチャ チャンチャン♪ はじめぇてぇ ビールを飲んだときぃ・・ たった一杯でぇ つぶぅれちゃいましたぁ~ チッ・・クショー--ーー!! ♪チャンチャカチャンチャン チャチャンチャ チャンチャン♪ 調子にのってぇ がぁ~ば がぁ~ば 飲んでたらぁ~ ビールもお酒もどれ飲んでぇ~もぉ 味がおんなじになっちゃいましたぁ~ チッ・・・ クショー―--!!! ♪チャンチャカチャンチャン チャチャンチャ チャンチャン♪ お酒を飲んでぇ~ 気ぃ~分が大きくなったと思ったらぁ~ 包丁を 持ぉ~ってまぁしぃたぁ~・・ チィッ・・クッ・・ショォーーーーー!!! ♪チャンチャカチャンチャン チャチャンチャ チャンチャン♪ 学生時代にぃ 仲間と飲んでたらぁ~ いつのまにかぁ みぃんなぁ いなくなってましたぁ~ チィッ・・・・ クッ・・・ ショォォーーーー!!!!! ♪チャンチャカチャンチャン チャチャンチャ チャンチャン♪ 飲み屋ぁでぇ かわいい子だなと 思っていぃたぁらぁ~ そこぉはぁ ゲイバー でぇしぃたぁ~ チッ・・チッ・ク・ショォーーーーーー!! ♪チャンチャカチャンチャン チャチャンチャ チャンチャン♪ 飲み屋ぁでぇ えらいモテルなぁとぉ~ 思っていぃたぁらぁ~ そこぉもぉ ゲイバー でぇしぃたぁ~・・・・(悲) チックショォオオオーーー!!! ♪チャンチャカチャンチャン チャチャンチャ チャンチャン♪ 飲んだ帰りに 深夜バスにぃ 乗ったと思ったらぁ 別ぅの 団地に 着いてましたぁ~ チッ・・ キ・ショオオオオオーーー!! ♪チャンチャカチャンチャン チャチャンチャ チャンチャン♪ しこたぁまぁ 飲んだぁとぉ 思っていたぁらぁ~ 自動販売機の前で つぶれてまぁしぃたぁ~ あっ これ、 おれじゃねぇ・・!!(笑) 柔道星人だったぁ・・!!! ♪チャンチャカチャンチャン チャチャンチャ チャンチャン♪ 飲んで帰ってぇ 機嫌良ぉくぅ 娘にムギュムギュしぃたぁらぁ おもいっきり 嫌われちゃいましたぁ~ チッ キショォォオオーー!!! ♪チャンチャカチャンチャン チャチャンチャ チャンチャン♪ 飲んだ帰りに 携帯電話を いじっていぃたぁらぁ~ ドブに 落ちちゃいまぁしぃたぁ~ ちっ・・くっ・・ しょぉおおぉぉおぉおーー!!! ♪ チャン チャカ チャンチャン チャチャンチャ チャン・・・ チャン・・・♪ お酒は飲んでも・・ 呑まれるなぁぁあああーーーー!! しつれいしましたぁ・・ ※小梅太夫を知らない人には、 なんのこっちゃい? ってかんじでしょう・・・ 小梅太夫をお知りになりたい方は、 毎週土曜日 午後10時から 広島テレビ(12ch)で放映中の 『エンタの神様』 をご覧下さい・・・ チャンチャカチャンチャン の意味がわかりますんで・・
2005.12.15
久しぶりでした・・・ 焼肉・・子供の頃は、結構食べに連れてってもらってました。でも、私が親になってからは、あまり子供達を連れて行ってやれてない。下の子が小さいので、鉄板でやけどしても困るし、言うこと聞かないから周りに迷惑かけそうだし。。その前にあまり経済的に余裕なくて・・・(悲)大学の後輩から電話がありました。後輩:「先輩!飲み 行きましょう!!」私:「おぉ・・ ええよ。」後輩:「福田先輩が来てるんですよ。入校で。」私:「ほんまぁ!! よっしゃ! やろう!やろう!」ということで、飲みをすることに。この福田先輩というのは、大学の先輩でして、卒業後、鳥取県警に就職。長い間、柔道特錬として頑張っておられた先輩。軽量級ながら、鳥取県警では中心的な存在だった。この先輩が、警部補に昇任するという事で、広島にある、中国管区警察学校に入校されたと。で、広島県警にいる大学の後輩たちが、一席設けようということで、私にも声がかかったんです。会場は私の高校の先輩がやてる焼肉屋さんに決まりました。、即決でした。ここの肉がすんごいうまいんです。普通の焼肉屋は、肉をタレに絡めて出てくるじゃないですか。ここは一切タレに絡んでないんです。そのまま焼いて、塩コショウで食べると、肉のうまさが十分ひき出て、タレなんていらないくらい、うまいんです。バラでもそこら辺の焼肉屋のロース以上にうまい!いろいろ変わった肉も以前は出てましたが、狂牛病の関係であまりそういうものは出せなくなったとか・・・。結構繁盛してて、いつも予約して行くんですが、狂牛病騒ぎのとき・・・あの時期はさすがに、閑古鳥が鳴いてました。先輩の焼肉屋も・・昨日は、満席でした。忘年会シーズンだということもありまして・・・ここは、肉のお寿司もあります。ここの肉は全部好きなんですが、特に好きなのは、胸腺・・裏メニューで、メニュー表には載ってないんです。白いレバーみたいな感じで、食感は、レバーに歯ごたえをちょっと加えた感じ。甘くて、最高なんです。白子の、もうちょっと硬い感じ・・んーー・・ あまり言葉で表現できない・・・狂牛病騒ぎ以降、出せなくなってしまってたんですが、昨日はありました。うれしくて、バクバク食っちゃいました!!白肉(ミノ)もうまいし、刺身系もうまい!!生センマイは、絶品です!!で、ビールと肉をしこたま食った後に、私は最後の閉めに肉刺し丼!!!お腹一杯のはずなのに、女性のケーキは別腹!みたいに、わたしは、肉刺し丼は別腹!!! って感じです(笑)(おいおい、食いすぎじゃろ!!)最愛の家族を残して、私だけしっかり美味しいお肉を頂くことに、心の奥に罪悪感を感じながらも、出てきたものは全部食べないといけないという教えを高校柔道部時代に叩き込まれた私は、遠慮することもなく、ガツガツ頂きました。どこからともなく、ダイエットするんじゃなかったん・・・?という声も聞こえてきそうな・・でも、ダイエット? なにそれ・・?どういう意味の言葉???明日死ぬかもしれないのに、美味しいもの食わんで、死ぬ間際に後悔したくありませんからぁ!!ざんねーーーーん!!って、最近見ませんねぇ ギター侍・・どうでもいいですよ・・(byだいたひかる)そうそう、この焼肉屋さん、どこにあるかっていうと、南観音になるのかな・・福島町あたりです。平和大通りを市内中心部から己斐方面に向かって進みますと、右手に平和公園がありますね。そこを通り過ぎると広電江波線を横切ります。橋を渡って観音の領域に入ったところで広電己斐線が見えてきますが、そこまで行かない手前の右側に、赤い看板で『肉料理・カオリちゃん』というのがあります。平和大通りの側道沿いです。絶対美味しいんで、行ってみてください。私に紹介されました!!って言ってみてください!何もでないし、安くもなりませんから・・・(苦笑)胸腺は、中毒になるくらい、急に食べたくなるんですよね・・・また行こ!!
2005.12.13
13年前の今日・・・12月12日は私たちが夫婦となった日です。結婚記念日・・・結婚してしばらくは、結婚式場から頂いたキャンドルサービスの最後に点灯する大きなローソクに毎年火をともしていた・・・何年経ったころからか・・・そんなことはもうしなくなった。子供が出来てからかな・・・この13年間は、波乱万丈の中、過ぎ去っていったように思う。嫁さんには、ほんと、苦労かけっぱなしです・・・結婚当初は二人とも警察官。いわゆる職場結婚ってヤツです。私の1年後輩に当たる彼女とは、警察学校で知り合いました。何の因果か、配属された警察署が一緒で、同じ交番で働いたことも・・・。周りには伏せていたのでやりにくい部分もあったなぁ・・・。知り合って2年目で結婚しました。私は柔道特錬だったので、シーズンオフしか結婚式を挙げることは許されませんでした。だから結婚式もシーズンオフの12月・・・新婚旅行はオーストラリア。ゴールドコーストと、シドニーに行きました。結婚式を挙げた当時の日本は12月で真冬ですが、南半球のオーストラリアは真夏・・・でも、クリスマスは12月25日と言うのは世界共通なので、オーストラリアのクリスマスツリーには雪はなく、サンタがサーフィンボードに乗ってる人形があったりして、なんか変だった・・・。結婚二年目には今の家を新築し、引っ越した。家内の実家の近くの大きな団地。実家のそばの方が何かと便利だろうと思っていたが、まさにそのとおり。今でもしっかりお世話になりっぱなしです。結婚三年目に長男・紘平が誕生。玉のような男の子ってこのことだなって言うくらい、真ん丸くて可愛かった。私は、以前から思ってたことがあって、自分の子供が生まれてくるときは、スーツにネクタイで、子供を迎えると決めていました。はじめて我が子と対面するのに、ラフな格好と言うのは、私の性格上許せないことで、それは、下の娘のときも同じでした。私が30歳のとき、夢を追い求め・・と言えば聞こえがいいが、柔道の現役が難しくなってきた・・・警察の仕事もいまいち私には合わない・・・そう感じた私は警察官を辞め、あこがれてた接骨院という職業の世界に足を踏み入れることになりました。以外にも家内は全く反対もせず、むしろ、後押ししてくれてました。本心は、複雑な想いもあったんじゃないかと思いますが、 「いやな仕事をこれからズーッと続けていって、 不機嫌な顔を子供達に見せたくない。 やりたい事があるなら、そっちを頑張って、 活き活きしてて欲しい・・・」そう言ってくれたのを、今でもしっかり覚えています。3年間の接骨院の専門学校時代は、私が単身で名古屋に行き、家内が2歳になったばかりの長男を、5歳になるまで、頑張って育ててくれました。もちろんおじいちゃん、おばあちゃんの助けを借りながらでしたけど・・・。3年間、猛勉強して、見事国家試験も優秀な成績で合格!!緑井にある整形外科に就職させてもらうことも出来、家族で一緒に生活できる喜びをひしひしと感じました。一年で整形外科勤務を終え、いよいよ自分の城、『山口接骨院』を自宅のある団地内に開業。3年半の間、そこで接骨院としてやって来ました。その間、彼女は警察を辞め、私と一緒に仕事をすることに・・・。3年前には長女・紗奈も生まれ、家族は4人に・・・。幸せな日々を送っています。24時間一緒にいることが多くなりましたが、不思議と違和感なく、今までいっしょにやってこれてます。3年半で接骨院を閉め、更なる大きな夢を追い求め、現治療院『イー・イメージ』を昨年オープンし、現在に至ります。彼女もエネルギーの使い手。自身の施術を確立するため、東京に勉強に行ったりしながら、エネルギーと、美容部門を担当し、頑張っています。ある、前世鑑定をされる方のお話では、私たち夫婦は、何代も前からパートナー的なかかわりで来ていると・・。パートナー・・ うん。。まさに、夫婦と言うより、パートナーと言うほうが、私たちには合ってると、心底思った。今日、13年目の結婚記念日。今後も良きパートナーとして、末永く、一緒に過ごしていきたい・・・。かあさん、いろいろ苦労かけますが、これからもよろしくね・・・。
2005.12.12
12月9日、うちの次男坊『コン太』君の満1歳の誕生日です。今年の2月に、飛行機に乗って和歌山から来ました。来たときはまだ生後2ヶ月あまり・・・両手に乗るくらいの大きさでした・・・。小さなバスケットの中に入れられて、関西空港から、羽田空港を経由して、広島空港に来ました。迎えに行って、バスケットをあけたとき、恐る恐る顔を覗かせたコン太を、今でも鮮明に覚えています。うちに来て、まだ寒い冬のさなか、自宅の中が寒いのではないかとヒーターを買ったり、タオルでゲージの中を埋め尽くしたり・・・。お散歩が出来るようになってはじめて外に出したとき、ブルブル震えて歩けなかったこと・・・。散歩に慣れても、しばらくおしっこを外でしなかったこと・・・。初めて川に行って、水に恐る恐る入ったこと。海水浴で塩水に困った顔をしたこと。同じく海水浴で、鼻の頭だけ日焼けして真っ赤になったこと・・・。私の実家にいるフラットコーッテットレトリバーのあいのこ、バルト君と仲良しになったこと...トイレシーツをいつもグチャグチャに引きちぎって私に大雷を落とされてること・・・私以外の家族みんなを、自分より順位が下だと思ってなめてること・・・。私には逆らえないので、お母さんを盾にしたら、元気よく私に吠えてくること・・・捕まったら、耳を思いっきり後に倒してビビッてること・・・。いろんな事が、コン太が来てありました。間違いなく、私たちの生活の一部となり、私たちの家族の一員として、生活しています。ドッグセラピーと言うのもありますが、犬はしっかり癒してくれます。そんなコン太をいつも叱る私は、家内にも娘にも、長男にも・・・冷ややかな目で見られています。でも、言うこと聞かなくなったら、「おとうさーーーん!!」と呼ぶくせに・・・。悪役はいつも私・・・でも、いいんです。いつもお散歩行って、コン太と二人っきりの時間を過ごせてますから、スキンシップはしっかり取れてます。一番信頼してるのは、わたしのはず・・・でも、ゲージから出したら一目散にお母さんのところに行くのはなぜだろう・・・↓1歳のコン太です↓
2005.12.09
数年前から、大晦日に格闘技番組が集中し始めた。紅白歌合戦に負けないくらいの視聴率だとか・・・格闘技・・・屈強な男どもが、ケンカスタイルでなぐりあう・・・子供にこんなもん見せていいのだろうか・・・。そう思うときもある。総合格闘技といえば、聞こえが言いが、見るものからすれば、ただのケンカにしか見えない部分もある。ちゃんとしたスポーツなら、なんで普通の新聞はスポーツ欄に取り上げないのだろう・・・。スポーツ新聞にはしっかり載りますね。プロレスもスポーツ新聞には載ります。プロレスは、ショーですから・・・。本気で戦ってるようには見えません。しかし、最近のプライドや、HERO’Sは、まじですから・・・。だから顔もボコボコニはれるし、鼻血出すし・・・。私は柔道をやってますが、最近柔道のスペシャリストが総合格闘技に転向する例が多いですね。代表的な選手は、小川直也、吉田秀彦、中村和裕・・・私の後輩で有名なのは、中村和裕。高校と大学が後輩です。大学の後輩では、大山シュンゴ、松井大二郎、小見川・・探せば他にもいるのかもしれません。昔、総合格闘技で有名になった柔道家は、柔道の世界では無名選手。しかし、最近柔道のスペシャリストが参入してきて、彼らのテリトリーを侵してるようにも思える。だって、柔道の世界で通用しなくなったから現役引退して、総合格闘技に行くって事は、現役バリバリの時に行ってたらどうなってるんでしょうか・・・。まあ、寝技では負けることはないでしょう。打撃は、経験不足の部分があるので、Kー1では通用しないでしょうけど・・・。で、今回の大晦日格闘技合戦。なんと言っても注目カードは 小川 VS 吉田でしょう・・・。小川は私の一つ下で、八王子高校から柔道を始めた。明治大学に進み、大学一年生で学生チャンピオンになった。以後、ドンドン頭角をあらわし、世界チャンピオンにまでなった男。一方吉田は私の3つ下。愛知の名門道場から東京の講堂学舎に進み、世田谷高校⇒明治大学⇒新日本製鉄へと進んだ、いわゆる柔道エリート。バルセロナオリンピックでも金メダル。この二人の対決が、実現する。しかし、私はあまり賛成ではない・・・でも、見るんでしょうが・・・(苦笑)大学の先輩後輩で、いろいろ遺恨があるだとか、マスコミが騒いでます。昨日も深夜のスポーツニュース番組で高田がでてきて、「学生時代に相当遺恨の残る出来事があった・・・」などとほざいてましたが、スポーツの世界で先輩後輩の間柄にあれば、いろいろあるのは当たり前。今のマスコミ報道を見てると、この二人をケンカさせるような流れになってきてる。ルールのあるケンカ・・・柔道もそういうこと。やらなきゃやられる。でも、総合格闘技はそれでなくてもケンカみたいなのに、それをあおるかのような報道をして、見る側に一生懸命アピールしてる。そりゃ、事情知らない人が聞けば、見たくなりますよぉ・・明治大学柔道部って、柔道界では名門中の名門。明治大学柔道部関係者はどう見てるんでしょうかね。今の報道みてて、この二人に総合格闘技をやらせようとしてるのか、ケンカをさせようとしてるのか、はなはだ疑問です・・・しかし、立場的にどっちが有利なんだろう・・・やはり、吉田かな・・小川は先輩と言う立場で、今までいろんな意味で圧力かけれてきたものが、今は社会人となり、そういう圧力はかけられない。吉田は、学生時代の恨みつらみがあるのだろうから、この際、コッパにしてやろうとたくらんでるだろう・・・遠慮なく先輩を殴れるわけだから・・んーー・・どうなることやら。。他の格闘技番組が、かすんでしまいそう・・・私がもしそういう場面で先輩と戦えるなら、コッパにしたい先輩がたくさんいる!!でも、私をコッパにしたい後輩もたくさんいるかもしれない・・・いや、 いるだろう・・ ん・・ 必ずいる・・だから、わたしは格闘技には転向しません。出来るわけないけど・・・(笑)まあ、二人には頑張ってもらいたいですね。中村も近藤と戦うみたいだし。面白いカードがたくさん見れそうです。ミルコ VS ハント の再戦も楽しみ別の意味で曙 VS ボビー もおもしろそう。・・曙、負けちゃいますよ・・たぶん・・あぁ~あ・・みんながんばれぇ~・・
2005.12.08
脊髄・小脳変性症の患者さんの続報・・4日の日曜日、夜。娘さんからメールがきました。内容は以下のとおり ≪今、病院から帰ってます。母の様子を報告します。 ベッドの上で横向きになるとき、自分で左右ともできました。 意外とスムーズに出来ました。 ベッドから車椅子への移乗、立ち上がりがスムーズで、 あまり力がいりませんでした。 トイレにて。立ち上がって支えておいて ズボンを下げるのですが、今日は少し長くたっていてくれたので、 楽に下げれました。 この“楽”はすごいです。 以上、報告終わります。 ありがとうございました。≫こういうメールでした。病院を転院するまでは、毎週1回ペースで直接調整できてましたが、転院後、遠くなり、なかなか行くことが出来ないので、遠隔のみになりました。その遠隔もいろいろあって一時中断した状態でした。再開して、また良いペースで改善してる様子。この病気は、ご存知でしょうか?今、話題のドラマ、『1リットルの涙』の主人公の女の子が侵されていく病気です。この患者さんは発症後5年くらいになるのかな・・・。少しずつ進行してますが、一時期すごく良くなりました。このブログにも書いてますが、このまま歩けるようになるんじゃないかって言うくらい・・・。また、調子が上がってきたようです。あきらめずに、遠隔を続けようと思います。
2005.12.07
えぇ~っと・・コメントに、この事書いて欲しいってありましたんで、ちょっと書いてみよっかなぁ・・。せっかくのご要望なんで・・・。平成7年1月17日・・・早朝・・・神戸・淡路島に大きな地震がありました。当日私たちは、県内のある事案対策で早朝から出動しておりました。管轄警察署の講堂に入って、しばし休憩をしてたときのこと、「おい、なんか大きな地震があったげなでぇ・・」と、ある隊員が言ってきた。最初の情報では地元広島で大きな地震があったと・・・すぐ携帯電話で自宅に電話。当時、身重の家内が一人、自宅にいましたので、ちょっと心配でした。電話の向こうでは元気な家内の声が・・・。安心したのもつかの間・・。家内が、「神戸の方がひどいみたいよ。。」と。しばらくして、管轄署員方が講堂にテレビを運んできてスイッチを入れた。その画面に映し出された映像は・・・ まさに地獄・・・。それを目にした隊員たちは、言葉を失いました。おいおい・・ここはどこやぁ・・街じゅうが火事だらけ・・あちらこちらから黒い煙を上げ、高速道路が横倒しに・・・。ビルは傾き、民家の屋根が地面にへばりついてる・・・。間髪いれず、機動隊から連絡があり、緊急出動の要請があったとの事。その所轄での事案はその所轄で対応することとなり、私たちは緊急走行で機動隊に向かった。ラジオや無線からも悲惨な状況が伝わってくる。緊急出動で県外派遣になることなんて、今までなかったことらしい・・・。地震の影響か、道路がやたら込んでて、なかなか機動隊にたどり着けなかった・・・・。機動隊に帰ると、すでに県外派遣の要員が決まっていた。私は、家内が出産間近と言うことで居残り隊員になっていた。居残り隊員は、派遣に出動せず、こちらに残ってこちらの事案に対応する。第一陣が出発。現地に着くまで丸一日くらいかかったと聞いた。道路は寸断され、放置車輌の山。緊急車輌も動けない状況・・。現地に着いた隊員からの連絡で、まるで戦場のようだと・・・・。当時の状況は、テレビでも放映されてましたので、みなさんご存知だと思います。私は、第3陣として、2月下旬から約3週間くらいの期間で出動しました。地震から1ヶ月あまりが経過したといっても、まだまだ悲惨な状況が続いていました。三田というところの研修センターみたいな所の体育館が我々の宿泊場所でした。被災地まで普通に車で30分くらいのところらしいのだが、当時は片道3時間以上かかった。だから、現地で二交代制で勤務したが、8時半に任務交代するので、4時ころ出発していた。渋滞するたびにサイレン鳴らして渋滞の車の脇を通行し、現地に向かった。私が任務についた場所は、一番被害が大きかった長田区。我々の任務は、行方不明者の捜索と、夜間警ら。火事場泥棒や、暴力事件、暴行事件など、何でこんな被災地でこんなことが起きるのかと、耳を疑うような事案が発生していたので、その警備に当たった。現地はぺしゃんこになった家や、崩れたビルのガレキ、傾いたビルやマンション。普通に道路を歩いてるつもりなのが、周りが傾いてるので、自分の平衡感覚が麻痺してしまったかのような錯覚さえ覚えるような状況だった。夜間警らの際、あるマンションの前を通ったとき、崩れた木材等で焚き火をしてるご老人に会った。そこには数名の男性がいっしょに暖をとっていた。しかしそのご老人が小声で、変なことを言い出した。老人:「おまわりさん・・ ここにおる連中は泥棒やぁ・・ ここのマンションに夜な夜な荷物もってきよる・・ どっかでとってきたもんちゃうかなぁ・・」私:「へっ?ご一緒の方じゃないんですか?」老人:「ちゃうちゃう・・全然知らへん連中やぁ・・」私はすぐ上司に報告。所轄の警察官に来てもらった。そのまま事案を引き継いだので、後がどうなったかは知らないが、そんなことする連中の神経がわからん…。ある日、私たちの食料を警察車輌の警備車からおろしてたとき、現地の被災者の方々が、その車の後ろに列を作り始めた。どうやら食糧の配給と間違えたらしい。警備車は自衛隊の車にも見えるので、自衛隊かと思ったのかもしれない。私:「すみません。これ配給じゃないんですよぉ。。」被災者:「食べもん、ないねん・・。」確かにひどい状況であった。新聞では、コンビニでソーセージ1本5,000円!と言う記事も載ってた。悪徳な商売だ。被災者の気持ちもよーーく分かるのですが、私たちも食うもの食わなきゃ仕事できません。私たちに与えられた食料ですから、厳しいんですが、私たちが食べさせてもらわないと・・・。ここで配ったら、他にももっと人が列を作る。そこまでの数もないし、そうなったら、『あの人もらえて、なんでこっちはもらえないのか!』とトラブルの原因にもなる。厳しいようだが仕方なかった。「何じゃいこのクソポリがぁ!!」と、捨てゼリフまではかれ、情けない思いもした。出動最後の日、その日の警備が終わったらその足で広島に帰るということで、荷物も全て積み込んで現地に向かい、その日は長田警察署前で警備本部を構えた。私は運転要員だったので、深夜の警備は免除され、翌日交通事故をおこさないようにしっかり休めと、長田警察署内で寝ることになった。署内に入り、担当者に案内されたところは、最上階にある講堂。担当者:「スミマセンが、ここで寝てください。」渡されたのは毛布一枚。寝る所は床にそのまま毛布を掛けて寝るようだ・・。他にも他県からの方々が寝ていたが、みんなそうしていた。まあ、あの状況だから、屋根のあるところで寝かせてもらえるだけでもありがたいと思う。寝ようとしたとき、何か寝づらい・・・なぜか・・傾いてるからなんです。この長田警察署の庁舎自体が、地震にやられ、傾いていました。そんなにひどくはないのですが、・・・ 傾いてました。今、また同じくらいの地震が発生したら、間違いなく倒れるだろうなと言う不安を覚えながら、目をつむっても、いっこうに寝れない・・・寝れるわけないじゃんねぇ・・ほんと、怖かったです。かくして、私の県外派遣も終わり、無事、広島に帰る事ができました。まさに戦場。爆弾でも落とされなきゃこんなにグチャグチャにはならんだろうと言うほど、ひどかった。テレビで見た映像を生で見た。倒れた高速道路・・・。二階部分がつぶれてしまった病院。大きく陥没した道路・・・。ほんまに悲惨だった。先日、出張治療で神戸に行った。見事に復興されてる街並みを見て、すごいなと、ただただ感心した。先日、家族でUSJに行った帰り、都市高速を乗り間違えて神戸の街を通った。偶然長田警察署の前に来た。懐かしかったが、見事な復興に、涙が出そうになった。家族にそのときの話をしながら通り過ぎた。あのときのご老人は、どうしてるだろうか・・・。そう思いながら・・。自然災害はどうにもできません。こわいですね・・・。コメントいただいた方、こんな感じです。。。
2005.12.06
今日、初雪が積もった。昨晩から降り始めた雪が、今朝にはあたり一面、真っ白な雪化粧になっていた。私は雪はあんまり好きじゃない。なんでか、 寒いから・・・。市内でも南の方、江波出身の私としては、寒いのは・・・ きらい・・。こっちに越してきて、最初の冬はビックラこいた!!うちの団地は結構雪が降る。うちの団地で雪が降ってて、坂を下って下に降りたら雨だったって事も良くある。昨晩も用事があって車で出かけようとしたら一面雪化粧。道路も真っ白。でも、下に降りたら雪は降ってるものの、積もってはない・・・。ひどいところだ・・・。でも私は一丁目だけど、上に上がったら二丁目がある。一丁目と、二丁目でも違うときがある。どんなとこかい?って思うでしょ・・・。こんなとこです。
2005.12.05
今日、12/5は私の奥様、紘平のかあさん、紗奈のおかあちゃんの お誕生日です。何回目のお誕生日なのかは、言って良いのか悪いのか・・・隠すことでもないと思うが、言った後、怒られてもイヤなんで、ふせときます・・・。私の時に39歳になったことで、サンキューの年にと、お話してくれたんで、何かないかといろいろ考えました。「・・・・・・・・・・・。」すみません。思い浮かびませんでした。12/12で結婚生活もマル13年になります。早いもんです。私の変化に富んだ人生に付き合ってもらって、苦労掛けっぱなしです。今日が本当の誕生日なんですが、今日は柔道の日。帰りが遅くなるので、昨日の日曜日にみんなでケーキを食べました。黒瀬の大会が終わるのが遅かったので、ケーキ屋さんにケーキがあるかが心配でしたが、子供も大好きなイチゴのバースデイケーキがありました。ハッピーバースデイ トゥ ユゥも、紗奈も上手に歌えるようになってました。かあさん、これからも苦労かけますが、よろしくね・・・とうさん・紘平・紗奈そして・・・コン太より
2005.12.05
4日(日)、北九州組み以外の選手で黒瀬の試合に行きました。個人戦は幼年から中学生、一般女子まで。団体戦は3・4年生の部、5・6年生の部 中学生の部、一般女子の部(中学生以上)で、トーナメント戦で優勝を争います。会場は黒瀬中学校体育館。この規模の大会を行なうにはちょっと狭いんじゃないかな・・・。体育館に畳一杯ひいて、試合会場を作るので、親御さん達の観戦するスペースがない。くわえて、選手も試合者以外は畳を降りるわけで、そうなるともっと狭い!!で、いろいろあそこに行くな、こっちに座るな、そこはだめなど・・・ じゃあ、どこで見ろって言うの?と言いたくなる。毎回こうなるのだから、会場を考えたらいいのにと思う。ま、愚痴はこの辺で。この試合、先にも触れたように、会場が狭いため、団体戦は完全に指導者を振り分けて担当してもらった。私が中学生と一般女子(中学生)。大原先生に、5・6年生の部和田先生と、岡本由香先生に3・4年生の部個人戦は臨機応変に・・・で、全体的な感想は、元気がない・・・。特に5・6年生の部に出た6年生は、元気がない。今回主力が北九州に行ってることで、本当なら自覚してもっと気合いのはいった試合を期待したが、大ブレーキ!!相手を見てビビッてる子もいて・・なんともお粗末。5・6年生は恵弥の変わりに5年生の橋本大喜を起用した。来年の全国大会の予選に向けて、しっかり経験して欲しかったので。で、いい試合しました。全勝だったね。きれいな内股が炸裂してました。最近意欲的な練習をしてるから、結果にも現れ始めました。後は、大きい人とドンドンやって、体の力をつけることと、飛ばない受ける力をつけること。古川大樹は前日の疲れか、いまいちいつもの動きじゃなかったね。でも、そんなことではダメ!!気持ちを切り替えて行かんとね。原田も全敗。明らかに経験不足もあると思う。でも、果敢に向かっていくところは良かったと思う。まさひろも、いい試合してた。受けの強さはピカイチで、攻撃力が備わったら、もっといい選手になると思うよ。幸汰は相手を見て試合してるからダメ!!気持ちが今のままなら使い物にならんぞ!西日本で負けはしたけどいい試合したのに、昨日はお粗末!!今日から厳しく行くぞ!結果は3・4年生が準優勝。 5・6年生がベスト8 中学生は2回戦敗退(ベスト8?) 一般女子も2回戦敗退(ベスト8?)個人戦は、ごった返していて、詳しい結果は分かりませんが、鈴木伊織が優勝してたね。岡本のヨッタンが第3位だったかな。唯人は決勝戦で不可解な判定で一本負けにされた。まるで、シドニーオリンピックの篠原選手のよう。あとから審判の先生方3人にお話を伺ったが、『何で文句言って来るんだ?』ってな顔してました。主審のしてた人が、大内刈りを取りましたと言いました。では、大内返しと言う技を知らないんでしょうね。あまりもめさん返してもと思ったので、抗議はほどほどにしておきましたが、柔道経験のほとんどないものが審判するからこんなことになる。そう思いました。審判の先生の数の問題もあるでしょうから、そう言う人たちにも協力して頂いてることは感謝しますが、せめて、決勝戦くらいは、まともな審判に審判してもらいたいですね。買ったほうも後味の悪い勝ち方だったんじゃないかと思います。中学生の団体戦を見てて、よく頑張ってましたね。崇徳中のBチームになるのかな・・・。結果は2-3で負けてしまいましたが、しっかり踏ん張ってました。古川弘樹は最後まで粘りとおしました。終了ブザー後の技で投げられたのに、技有りの判定を喰らってしまった。主審がノーカウントのジェスチャーをしたんだから、三者合議してくれてもいいのにと思った。大地も一本なかったけどね。でも、よく踏ん張れるようになったと思う。これからは力つけんとね。大豊は一本とって欲しかったね。力の差は歴然。有効とってちょっと安心したのか、それ以降、攻撃力がなくなったような気がする。自分の立場を考えたら、あそこは一本取りに行かんとね。でも、強くなったね。大豊も。高校入ってもしっかり努力して、レギュラーになれるように頑張ってもらいたいです。大豊は、個人戦で崇徳の笹川君に勝った。今までは勝てなかった相手だと思うけど、努力が実を結び始めた証拠。抑え込みを逃がしたのは良くないけどね。あと、組手がまだ甘すぎる。中学生ならもう意識しなきゃならないところは何度も言ってるはず。それを克服しないと、高校入って苦労するぞ。翔太も一本勝ちの欲しいところできっちり一本とって来た。いい試合だったと思う。でも、背が低い分柔道のスタイルを今までとは一変しないと、これからは力でねじ伏せられるよ。担ぎ技を中心にした柔道スタイルに変えないとね。組手左に変えて、だいぶ落ち着いてきたようだけど、まだ、いまいちしっくりきてないのかな。左右が使えるように努力してみるといいかもね。シンゴは気持ちの問題かな。大きな体をしてるんだから、もっと自信を持つことと、もっと柔道を好きにならんとね。好きにならんと意欲的な練習はできんよ。意欲的な練習をするためには、好きになること。最近は以前と比べて、いい表情になってきたと思うよ。これから益々頑張ろう!!女子の団体戦は高校生や一般もいたので、レベル的に勝ち上がるのは難しかったね。清水ヶ丘高校のBチームにやられちゃいましたが、高校生ともなると力が違うね。咲も惜しかったけど、最後は力でねじ伏せられたって感じ。チーは良く粘って引き分け。足首痛いのに良く頑張ったと思う。綾は練習不足もあるし、相手も強い選手だったから仕方ないね。個人戦は、チーが優勝したのかな?遠くだったからはっきり分からなかったけど・・・。まあ、寒い中、ごった返す中、みなさんほんと、お疲れ様でした。
2005.12.04
3日(土)早朝4時20分 起床・・5時に近所の佐藤さんちのお父さんに乗っけてってもらって、集合場所に・・。5時20分過ぎ、ほぼ定刻、出発予定時刻に北九州に向け出発しました。まだ暗く、寒い中での出発でした。今年で第3回を迎えたこの大会、廿日市で行なわれる大会と、西日本大会と言う意味では同じだが、九州で開催されるだけあって、九州からの参加チームがべらぼうに多い。これまで団体戦では、過去二回ともベスト8で敗退。今年は全国大会でも準優勝してるので、その勢いで優勝を狙っていた。私は団体戦のある日曜日は、黒瀬の大会に行くことになったので、日曜の団体戦は見れない。土曜日の個人戦のみ日帰りでコーチングをすることになった。個人戦での過去の成績は、昨年筒井恵弥が5年生で優勝。鈴木伊織が1年生女子で第3位。一昨年の幼年の部で佐藤友哉が準優勝。ベスト8には第一回で田坂翔太、佐藤允哉かな・・?他にもいたらすみません。今思い出せるところでこんな感じ。今年は何人か優勝できる子がいるかも・・・と、期待していました。先日の日記に登場した古川大樹。昨年優勝の筒井恵弥の代役としてチャンスが回ってきた。彼自身、個人戦でこんなに大きな大会に参加したことはなく、しかし、今の彼の実力と、これまでの努力を考えたら、十分上位を狙えると思ってた。結果は初戦シードで3回戦敗退。どうにも納得のいかない審判にやられてしまった。相手は大樹の倍以上はあろうかと言う巨漢君。開始から攻撃するのは大樹。相手は大樹にうまくかき回され技が出せない。相手に教育的指導が行った。よっし!と思った。しかし、何度か体重にかまけてつぶされるシーンがあったものの、技で崩されたわけじゃない。体重が重いから相手が倒れれば軽量の大樹も倒れてしまうのは仕方ないこと。技の効果としては全くない。しかし、判定で大樹は負けてしまった。おかしいですよ。 相手に反則が行ってるんですから・・・。あれだけの体重差があって、まともに組んで試合できるわけない。軽量級は軽量級の試合運びがあるはず。逃げてるのか逃げてないのかの判断くらいつくだろうにと、腹が立ったが、抗議しても判定が覆るわけではない。悔いの残る大会だった。大樹にとっては・・・。もう一人の6年生、井垣俊輔。彼は先日の西日本でも個人第3位今回は優勝を狙っていた。しかし・・・西日本の準決勝と同じ対戦になり、同じような展開でまた苦汁をなめさせられてしまった。相手はあの作戦なら俊に投げられることはないと自信を持ってるような試合運びだった。途中何度かチャンスはあったが、あせりがあってか仕留めることはできなかった。しかし、柔道スタイルは今のままでいいと思う。まだまだ小学生。完璧を求めることはできないわけで、これから中学生、高校生になっていくと、力もつき、体も出来てくるので、今の柔道スタイルで十分トップを狙えるともう。負けた事を、あまり気にしない方が良いと思う。まだまだこれからよ! のっ! 俊!!5年生の香川健吾は今年になって急成長!著しい“進化”をしていると思う。負けた相手には次に戦いでは必ず勝つ。しかし、今回の吉良君はそうは行かなかったが、来年のこの時期はわからないと思う。体重差がありすぎるので今はまだ力で持っていかれてしまうが、学年が上がっていけばそういう形で持っていかれることはあまりなくなる。今回は、組み負けした状態で不用意に大外刈りに行ったところをビターーンっと返されてしまった。ああいうミスがなくなってくると、負けなくなりと思う。今のまま進化していったら、健吾はどうなるんだろう!!?楽しみな選手であるし、来年のの中心選手。期待しています。5年生は女子で田坂瞳が出場。しかし、初戦敗退となってしまった。あとから聞いた話だけど、最初からあきらめてたような・・・。気持ちが負けてたら試合には絶対勝てません。去年は二回戦敗退。今年はもう一つ上に上がりたいと、強く思えるようでないと、それ以上はいけない・・・。がんばらにゃね・・・。4年生は佐藤允哉と鈴木唯人佐藤允哉・・・んーー・・いまいちよう分からんねぇ・・。強いんだか弱いんだか・・・。西日本ではまさかの初戦敗退。この大会でも昨年はあまり振るわなかったような・・・?同じ学年で廿日市に末木君と言う子がいて、この子はこの大会3連覇。2年生のときから毎回優勝。で、今年も優勝してしまった。準決勝を戦って、有効を取られて敗退。しかし、直接対決は今まで何度もあったが、允哉の方が分がいいはず。技が軽いのが欠点で、どの技も中途半端に入るクセがある。しっかり掛けきることができるようになれたら、もう一段レベルアップできると思う。来年のポイントゲッターになってもらわないといけないので、ビシビシ行きますよ。 覚悟しとけ! 允哉!!もう一人の唯人は、県内では3本の指に入る。末木、允哉、唯人・・・彼ら3人がちょっと抜いてるかな・・・。同学年では。しかし、県外の大会ではまだいい結果は出せていない。この子は特徴のある個性的な柔道センスを持ってます。これをしっかり伸ばしたいと思っています。型にはめた柔道を指導する人もいますが、この子に関しては私は反対。受けは強いし、返し技のタイミングの取り方がうまい。力も強く、寝技もしぶとい。まだ、4年生なんであまり詰め込みすぎるとパンクしますから、徐々に入れていこうと思ってます。来年は允哉と同じくポイントゲッターになってもおかしくない存在。しかし、気持ちのコントロールがしっかりできるようになればの話。最近それが、できてきてるので、大丈夫だと思います。ここまでが私が直接指導担当してる子なんで、試合もじっくり見れましたが、他の子は気になったところだけ書きますね。3年生、香川大吾。負けた試合は、自分のミス。しかし、まだ小学生ですからね。大人でもたくさんミスしますから・・・。でも、その相手が決勝まで上がって準優勝してましたから、勝ってれば・・・ ですね。もう一人は安藤ユキヤ。まだまだ細くて力がないんで、これからしっかり体ができてくれば大丈夫だと思います。体系的には背が高く手足が長いので、有利です。気持ちも最近随分前向きになってきましたので、先が楽しみな選手です。女子で宮口花ちゃん。遠くからしか試合が見れませんでしたが、3回勝ったのかな?北九州でそこまで勝てれば言う事ないでしょう。見てた印象では、腰が重く、安定してましたね。もっともっと技を掛けることと、その技も正確に掛けれるようになったら、もっと強くなりますよ!この子は・・・。津戸愛望ちゃん・・・申し訳ないんですが、試合がたくさんあって会場も広かったので、試合見れてません。ごめんなさい。練習も低学年なんで、見れてません。重ねて申し訳ない・・・。でも、こういうところで試合できたことはものすごく価値のあることで、今後、柔道に限らず役に立つと思います。本当に、良い経験ができたんじゃないかと思います。これからも頑張ってもらいたいです。鈴木伊織ちゃん今回も大3位に入賞できてました。昨年と同じ準決勝の相手だったようで、また負けてしまった。一年間でまた同じだったと言うことは、相手もそれなりに頑張ってきてるってことです。来年は勝ちましょうね!!2年生男子 佐藤友哉幼年で準優勝。小さい頃から器用で、柔道も上手。しかし、体が大きくない分だんだん勝てなくなってきたね。しかし、それは友哉が弱くなってきたんじゃなくて、周りが強くなってきたの。それは仕方のないこと。いつまでも幼年や一年の頃のようには行かない。周りも成長するし、力も強くなる。しかし、将来的にオリンピックや世界チャンピオンになれればいいなら、今はあまり押し込めない方が良いと思う。勝てなくなってきたことに気付いて一番悩んでるのは友哉本人ですから。しっかり、ゆったり育てたいですね。金の卵ですからね。もう一人、上田友孝彼の柔道をじっくり見たことはないが、たまに見てた印象が元気よく、攻撃的な柔道をするなぁという印象。今回は、ちょっと空回りして、相手にうまくさばかれ負けてしまった。負けるまでの試合は、良い試合だった。3回目で負けたんだったかな・・・相手はちょっとレベルが高かったね。仕方ない。また頑張ろう。で、1年生の徳丸龍道君。初戦で負けちゃいました。。。ほろ苦い県外デビュー戦になってしまいましたが、まだまだ一年生。まだ遊んでいたい年代なのに週に3回も道場に来るだけで、十分だと思わなきゃいけんと思います。私が言うんだから間違いない!!経験者ですから・・ 失敗の...(悲)とにかく柔道のことは指導員に任せる。精神的なフォローを親はするだけ。お願いしたいですね。今回欠場した筒井恵弥。残念だったけど、今、他の子には経験したくてもできないくらい貴重な経験をしています。この経験は辛いもんですが、必ず乗り越えられます。試練を与えてもらったことに感謝して、しっかり成長してもらいたいです。しかし、試合場でお話ばかりベチャベチャしてたんじゃ、よくないね。。。団体戦は聞いたところによりますと、第3位入賞だったそう・・・準決勝で社柔道少年団に2-2の内容差で敗退し、その社が優勝したそうな・・・。事実上の決勝だったかもね。でも、去年より一つ上に進めました。来年も上に上がれるよう頑張ってもらいたいですね。・・・えっ? うちの息子・・?んーー・・ ダメッすわぁ・・。なんというか必死さがないというか、自分の立場を理解していないのか、理解する頭を持っていないのか・・・。ここで語るのもどうかというような内容です。ま、おりを見て息子のことは書き込みます。ではでは、北九州に行った皆さん、本当にお疲れ様でした。
2005.12.03
今年最後の大一番・・・北九州で行なわれる西日本大会に明日の土曜日早朝出発し、土曜日に個人戦、日曜日に団体戦を戦ってきます。先週日曜日に廿日市市柔道連盟主催の西日本大会が終わったばかり・・・大人でこんなに大事な試合が続くと、身も心もボロボロになってしまいます・・・。子供ってタフだなとつくづく思います。西日本大会を怪我なく終わり、ベストメンバーで大会に望めます。この大会は、ちょっと変わってまして、団体戦のメンバー構成が、先鋒 1年生 徳丸君次鋒 2年生 佐藤(友)君 3年生 香川(大)君 4年生 佐藤(允)君副将 5年生 香川(健)君大将 6年生 井垣君となってまして、6人で団体戦を戦います。今年が3回目だったかな・・・。毎年惜しいとこまで行くのですが、優勝は出来ていません・・・。今年はメンバー的になかなか強力だと思うので、上位入賞、いや、目標は高く、優勝を狙っていってもらいたいですね。個人戦も各学年二人ずつ出場でき、こちらも上位をねらえる子、優勝も夢ではない子・・何回勝てるかな・・・って子まで、様々です。今回、うちのエースの二枚看板の一人、6年生の筒井君が、9月の全国大会の怪我が完治していないため、欠場します。団体戦は、井垣君が出場することになってましたが、個人戦は変わりに古川大樹君が出場することになりました。この子は、何度か私のブログに登場してますが、大樹は今回のチャンスをしっかり活かしてもらいたいと思います。今年の夏、全国体重別の個人戦の県予選、健闘虚しく決勝戦で敗退し、全国大会行きの切符に手が届かなかった悔しさ、今まで、筒井・井垣が可部道場の中心選手で、周りからも注目度が低かった・・・。しかし、私はこの子の才能を4年生の時に垣間見た・・。なんと言っても練習中は気が強い。真面目に柔道に取り組む。子供にして、自分から自分を追い込むことができる。素直に習ったことを実践し、ドンドン吸収している。などなど・・・。4年生のとき、5月に行なわれる全国大会の県予選が3月にあり、その年の1月あたりから選手選考を考えた目で彼らを見てきた。4年生の枠は二つ。しかし、井垣・筒井のうちの筒井を5年生枠で使うことになり、井垣が必然的に決まる。残りの枠はただひとつ。ここで、候補になっていたのが横田君と、この大樹。二人に、「どっちかしか試合に出れんぞ! 出たかったら頑張れ!」そう告げると、その日から二人うの熾烈な争いが始まった。二人ともそれまではのんべんだらりとした練習で、汗をかくこともなかった。しかし、1月の寒い時期、二人は大汗をかくくらい頑張って練習していた。練習中も私たち指導員の目をチラッチラッと見ながら、しっかり投げたときは、私たちのほうを見てアピールしてた。しかし、結果は横田に軍配が・・・横田の安定感をかって、横田が選手に選ばれた。相当悔しそうだった大樹・・・。今年の3月の同じ県予選まで、一年間、必死で頑張って練習についてきた。そして今年の県予選のオーダーに入り、全国大会でも大活躍。9月の全国大会でも準優勝と原動力となった。先日から彼と寝技をしているが、この体のどっからこんな力が出るの?というくらい、力が強い!!寝技のセンスはピカイチ!今の可部道場の中学生を入れても、いや、高校に進学してる子を入れても、寝技のセンス、、体の反応は、一番だと、私は思う。井垣、筒井は立ち技は確かにスゴイ!小学生離れしてるし、そこら変の高校生よりは、打ち込みもうまいし、柔道になってると思う。が・・・寝技はと言うと、なかなか・・・立ち技にこだわりすぎて、寝技がおろそかになってるのかな...寝技だけ言えば、大樹のほうが上だと思う。立ち技も最近は井垣にもそう簡単には投げられなくなって、粘りが出てきた。この子が今回北九州に出られるチャンスに恵まれた。筒井の怪我での代役ではあるが、運が向いてきたともいえる。運も実力のうち。しっかりこういうチャンスをモノにしてもらいたい。来年から中学生になり、無差別の個人戦なんてもうない。いったら、最後のチャンスに恵まれた。彼はきっとやってくれると思う。今まで苦労してきたぶん、しっかり花を咲かせてくれることだろう。私も北九州まで行きますので、しっかりコーチングしてきます。あとは、井垣君。このたびの西日本では準決勝で悔しい判定負け。内容的には負けてないだけに、余計に悔しい!!しっかりポイントを取れる柔道を確立し、今回は是非蓮池君と勝負してもらいたい!他にも注目選手はたくさんいますが、あともう一人・・・4年生の佐藤允哉君。西日本個人戦でまさかの初戦敗退・・・今回は、是非ポカのないように頑張ってもらいたい。みんなを書けないので、申し訳ないけど、試合が終わって良い試合をした子はまたここに書き込みたいです。いずれにしても今年最後の大きな大会です。今年の可部道場の躍進は目を見張るものがあります。この勢いで頑張ってもらいたいですね。日曜日はこちらに残ってる選手と、北九州で個人戦だけ出る選手は黒瀬大会があります。こちらも県下の大きな大会です。ベストメンバーで戦えないぶん、厳しい戦いになると思いますが、頑張ってもらいたいと思います。ではでは、良い週末になるように・・・
2005.12.02
あれは、私がまだ警察官だった頃・・・柔道特練だったので、いろいろ試合に行ってたんですが、その中でも一番メインの大会。全国警察柔道大会。各県の柔道特錬が、一部・二部にわかれて試合をします。何年前だったか忘れましたが、まだ、私も若かった頃、全国大会に出場し、その年は東京の青山に宿泊しました。青山っていったらおしゃれな街です。宿舎での食事をすませ、部屋でくつろいでたところ、先輩がやってきました。 「おい、なにしようるんやぁ・・」「はい・・・。いや、べつにぃ・・」 「ちょっと、飲みに行こうやぁ・・」「あ・・ はいぃ・・? 明日試合ですけどぉ・・」 「関係あるかいやぁ! 今から試合なんじゃないんじゃけぇ・・」「はぁ・・」かくして私とその先輩は、トレンディーな街『青山』に繰り出すことになりました。その先輩は高校が同じで、でも年がだいぶ離れてたんで、結構気を使ってました。 「何食いたい?」「いやぁ・・さっき腹いっぱい食ったんでぇ・・」 「焼き鳥食うかぁ・・」「・・・。焼き鳥ですか? 先輩、ここ青山ですよ? 焼き鳥屋ってあるんですかねぇ・・。」 「アホかぁ・・ 青山でもここは日本じゃぁ! 焼き鳥やくらいあろうがぁ・・」そんな会話をしたと思いますが、そういう会話をしながら私は、すれ違う人の視線が気になって仕方ありませんでした。なんと、私たちはあの青山を、『短パン・Tシャツ・サンダル』姿 で、闊歩してたんです。オープンカフェみたいなところで若いカップルが、指差して笑ってるのも見逃しませんでした。そんなこんなしながら歩いてると、看板を見つけました!!『やきとり』確かにそう書いてありました。私達はニンマリして、やっぱ青山でも焼き鳥屋があるんじゃのうと、いそいそと入って行きました。そこは地下にあり、つき当たりに一軒、その両隣に一軒ずつ、三軒が並んでました。真中に立ってどの店に使用かと迷ってたところ、左の店から大きな声で「いらっしゃぁ~い!」と、声がかかりました。声かけてきたんでじゃあその店に入ろうと中に入りました。ちょっと薄暗い感じの店内。入り口入って左に大きなテーブルがあり、右側にはカウンターが。右の大きなテーブルの奥に、何組かのテーブルが。私たち二人は、大きなテーブルの角に案内されました。なんか視線を感じるんです。店の一番奥から・・・。そこには、坊主頭のおじいさん、いや、ちょっと老けたおじさんが、頬杖ついてこちらを見ていました。{ん・・? ひょっとして・・・}私はある心配が頭をよぎりました。先輩は何食わぬ顔で、案内された椅子に・・・。程なく店員が来て、《いらっしゃぁ~い。なんにしますぅ~・・》・・・。この人も坊主頭で片耳だけピアスしてる。なんかしゃべり方がなよなよと・・・?私たちはビールと焼き鳥、大皿の料理をちょっと注文して、待ってました。どうも奥の視線が気になる・・・。チラッとみると、まだ、頬杖ついてジーッと見てる。{やっぱやばいよ・・ここ・}先輩に、「先輩、ここってなんか変じゃないですか?」と聞くと、 「なにがやぁ・・」と、全く気付いてない様子。先ほどの店員が料理とビールを持ってきた。私たちは乾杯してグビグビッとビールを流し込みました。と、気付けばまだそこに店員が立ってます。{・・・? なに?}その店員が口を開きました。《あんたたち、ここ誰に紹介されてきたの?》 先輩:「いや、歩きよって看板見つけてきたんよ。」《じゃあ、誰かの紹介って言うわけじゃないんだぁ・・》 先輩・「ほうよ。焼き鳥食いたかったけぇねぇ」広島弁バリバリでしゃべってました。先輩は・・・。よく見ると、店内は私たちだけ。奥の変なおじさんをのぞけば・・・。そのとき、そのおじさんも口を開いた。【どっから来たのぉ・・?】{話し方からして、やっぱりおかしい・・}私はそう感じました。しかし、先輩は全く気づいてない。しばらくお話をして、ビールも何本か空け、ほろ酔い気分になった頃、気付けば奥にいた老けた坊主頭のおじさんが隣に座ってる!!{おいおい!いつのまにここにおるん?}すると、そのおじさんが言いました。【あんた達、ここがどういう店か知らないの?】 先輩:「へぇ・・?焼き鳥やじゃろ?」 私:「・・・・・・。(怖くて言えない・・・)」そうこうしてると衝撃の出来事が・・・!!男二人組が、「こんちわーー!!」と、勢いよく入ってきた。すると間髪いれず、さっきの坊主頭の店員が寄っていき、《あぁ~らぁ・・いらっしゃぁ~いぃ!!》といったかと同時に、片方の男とギューーーッと抱き合って、そのまま・・・ ぶっチュゥーーーーーーッ!!と、ディープキスをしたんです!!!私:{あぁ・・ やっぱりぃ・・}先輩:「なんやぁなんやぁ!!なにしようるんやぁ!!」と、興奮気味。先輩:「おいおい、見てみぃやぁ!!はははははは!!」大爆笑!!そうなんです。もうお分かりですよね。ここは、オカマのお店だったんです。いや、正確にはゲイのお店。だそうです・・・。彼らに言わせたら、ゲイ・オカマ・ニューハーフ・・・全く違うんだそうです。ゲイは、男として男が好き!だから、格好も男。心も男。オカマは、男の格好でも気持ちは女。でも、姿かたちまで女にはしたくない・・・?ニューハーフは、体は男なんだけど、気持ちは女で、だから、格好も女でなければゆるせない・・と言うような定義があるとか・・・彼らには彼らのこだわりがあるようで・・・(笑)そのうち、みんなが打ち解けて、ごっちゃ混ぜの飲み会のように・・・私と先輩はそっち系はないのですが、周りはみんなそっち系の人・・・気がつけば腿の上や腕に手を置かれてたり、急に抱きついてきたり・・・酔いもだんだんさめてきました。向こうはさらにアルコールが入って大胆に!!なかには、「ねぇねぇ・・ この二人、どっちが良い?」「私こっち(私)」「だったら、わたしはこっちぃ(先輩)」と、意味のわからん会話をはじめたり・・・。しまいには、「じゃあ、今日は私がこっち(私)、あんたがあっち(先輩)ね」なんて会話もでたりして・・・まじでやばい感じ・・(冷汗)「先輩、はよう帰りましょうよ!」 「なんでやぁ。。おもろいじゃんかぁ。。」「・・・・・。」先輩、実はその気(け)があったりしてぇ・・そんな風にも思えました。しまいには両方から腕ぐみされて、逃げられん状況に!!しかし、ここで先輩がきっぱりと、「よし!じゃあ帰ろう!!」と言ってくれた。しかし、なかなか帰そうとはしてくれない・・・翌日試合があることを伝え、仲間も試合後必ず連れてくると約束したら、「必ずよぉん(パチ・ウインク)」と、帰してくれた。翌日、私は行かなかった・・・先輩はどうしたかは分からない・・・それにしても、心構えがなく、あんな状況になったとき、結構動揺するもんだなと気付かされました。変な店・・・ でした。
2005.12.01
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