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西日本大会が27日(日)、廿日市市スポーツセンターで開催されました。ズーッと昔からの伝統ある大会。廿日市市柔道連盟が主催と言うことで、関係者は準備から運営、後片付けまで毎年ご苦労なことだと思います。大変お世話になりました。皆さんのお陰で、気持ちよく試合を終える事ができました。(結果は別として・・)さてさて、今年も残すところあと約1ヶ月となりまして、主要な大会も、今回の西日本大会、今週末に行なわれる、北九州市長杯争奪西日本少年柔道大会(北九州大会)今週日曜日にある黒瀬大会となりました。今年の可部道場は飛躍の年・・・そう感じています。今年の可部道場の成績は、これまでの日記で何度も出てますが、参加する試合でだいたい好成績を収めてきました。伝統ある可部道場の歴史に、新たな軌跡を刻むことが出来たと思っています。で、西日本大会。今回は結果から報告します・・・小学生3・4年生の部 ベスト8小学生5・6年生の部 ベスト8中学生の部 予選リーグ敗退正直、納得の行かない結果となってしまいましたが、子供達は精一杯頑張ってくれました。私は主に中学生と、小学生5・6年生についたので、小学生3・4年生の試合にはあまりついてあげれませんでしたが、大原先生がしっかりコーチングしてくれました。個人戦もありましたが、小学生の団体戦の決勝戦に注目している間に中学生の個人戦が始まっていて、見てあげることが出来ず、申し訳なく思っています。中学生達・・・ごめんね・・。小学生の個人戦は、3年生が香川大吾君・・3回戦敗退4年生が佐藤允哉君・・初戦(2回戦)敗退(一回戦シード)5年生が香川健吾君・・第3位入賞6年生が井垣俊輔君・・第3位入賞でした。団体戦、中学生は3チームの予選を行なうはずが、そのうちの1チームが棄権・・・1試合のみの試合となりました。相手は和歌山県の箕島中学。。箕島高校は高校野球で有名だけど、中学校は・・・しかし、強かった・・0-5の完敗・・しかも全員一本負け。相手を見たとき、彼らの表情が一変したのを、私は見逃さなかった。。相手の体格、表情で、気持ちがマイナスになってしまったと思う。全員ではないと思うけど、そのムードがチームに流れてたのは間違いない。私は横にいてそう感じた。必死で食い下がったが、力の差は歴然。まだまだ経験不足の選手もいるし、体も小さく、力もない選手もいる。まだまだこれからのチームだから、しっかり経験を積んで、力をつけさせたい。みんな良いもの持ってますし、練習にいたっては本当に意欲的です。これからに期待したいです。3・4年生は、最初の2試合くらいしか見てあげられませんでした。3年生の安藤君。頑張ってました。背も高く、手足が長いから、自分の柔道スタイルがしっかり確立できたら良い選手になります。まだまだ力がないけど、今はこれでいいと思います。しっかり経験して、練習して、頑張ってもらいたいですね。他の子も頑張ってました。ポイントゲッターの4年生コンビ二人も、以前に比べ、安定してきたかな。もう一人の向井君も、最近はしっかり居残りまでやって、気持ちがのってきました。今回大将だった香川大吾は3年生にしてはしっかりとした柔道で頑張ってたね。結果はベスト8だったとのこと。今の彼らのチーム力ではこんなもんかな・・・。しかし、鍛え方によっては益々良くなります。将来が楽しみな選手達です。みんな良い試合をしました。5・6年生の部。打倒・大石道場を目標に掲げ、頑張ってきましたが、その前に夢破れてしまいました。大石道場も決勝戦まで進めなかったので、仮に決勝戦まで行ってても戦えなかったわけですが・・・今回の敗因・・・意識の低さ、おごり・・・これにつきます。一回戦はシードで、初戦(二回戦)は小倉北。試合まで随分間があいていたので、気持ちのダレが心配だった。案の定、アップもしないで友達とおしゃべりしたりジャレ合って遊んでる。ベスト8で対戦が予想された福岡の善柔館の選手達は、アップのときから気迫があった。試合中もじーっと他チームの試合を食い入るように見てる。私たちの試合も固まってみてましたが、殺気を感じるくらい、今回の試合にかけて来た思いが伝わってきました。{やばいかも・・}一瞬頭をよぎり、うちの連中を探すも姿なし・・・ヘラヘラしながら帰ってくる彼らに一喝!!直ちにアップさせた。そんな状態での初戦、やはり動きがかたい。結果は先鋒古川・引き分け。次鋒香川・一本勝ち。中堅桑原・引き分け。副将山口・一本勝ち。大将井垣・一本勝ち。3-0。結果だけ見れば圧倒したようだが、内容的には全国準優勝のチームの試合ではなかった。試合後、再度『喝』を入れる。以後は私が付きっきりで、対戦相手となる相手の試合を見せた。3回戦、福岡の強豪・太刀洗豪武館を代表戦の末破った伊丹との戦い。豪武館は、ポイントゲッターで、5月の全小個人6年生準優勝者の石内君を怪我で欠いたメンバー。やはり、戦力ダウンは否めなかった。伊丹は中堅以降に大型選手をそろえ、侮れないチームだった。先鋒・次鋒が共に一本勝ち。動きが良くなってきた。中堅桑原が、一瞬の気の緩みで有効を奪われる。必死で攻めたが取りきれず、優勢負け。副将山口は、私の息子・・試合時間終了間際、背負投げから小打ち刈り気味に相手を倒し、有効ポイント奪取。優勢勝ち。大将井垣も一本勝ち。4-1で勝利。4回戦。五条五大館(奈良県)との戦い。何度か対戦したことがあるチームで、なかなかの強豪です。次鋒香川が抑え込みで一本勝ち。しかし、中堅の桑原が優勢負け。先鋒・副将・大将ガ引き分けで1-1の内容勝ち。かろうじて準々決勝へ準々決勝は、善柔館(福岡)マルちゃん杯の九州大会を制した強豪。しかし、本大会では予選敗退だったかな・・いつも通りやれば問題なく勝てるチーム・・・。しかし、そこに落とし穴が待っていました。先ほども触れましたが、並々ならぬ決意で、この大会に参加したんだろうな的オーラバリバリの善柔館。気迫でこちらが劣ってました。先鋒は難なく抑え込みで一本勝ちしかし、次鋒、中堅が立て続けに開始早々の一本負け。一気に逆転を許し流れも向こうに・・・{やっやばい・・}副将は引き分け、大将の井垣に望みを託す。しかし、相手もしっかり稽古してきたのが伺える。完全に受けに回って、勝負する気なし。反則負けになってもおかしくないくらいの試合展開だったが、あの井垣から有効ポイントしか与えなかった。結果警告反則で勝ったが、内容差で負けてしまった・・・。勝利に対する執念・・・これが欠けてたかな・・・私を含め、選手自体、試合前の意識付けが出来ていなかったこと。まあ、大丈夫だろうと言う、おごりがあったこと・・・今回の敗因はここにあります。大石道場と対戦できなくなった・・・悔しい思いでしたが、その大石道場も今大会は精彩を欠き、準決勝敗退で、三位決定戦も敗退・・・全国制覇したことで糸が切れたのかな・・・。元気なかったです。打倒・大石道場は来年以降に伸ばされました。王者・大石道場を目標に、すべての面で、戦えるだけの道場に成長させ、また、戦いたいです。今回は、我が息子を誉めてやりたい。副将と言うポジションは、彼にとって決して楽なポジションではない。しかし、体重が重い以上、仕方ない。どうなるかと思っていたが、以外や以外、2勝2分けと好成績を収めてくれた。初戦は相手の内股を小外に切り替えして技有りを奪い、試合終了ブザーと同時に相手が出てきたところを内股で切り替えし技有り。合わせ技で一本勝ち。二試合目も自分よりおきな相手にひるむことなく攻めていき、これまた試合終了間際、背負投げから小内気味に押し倒して有効奪取。優勢勝ち。三試合め、四試合目は貴重な引き分け。勝ってくれればもっと良かったけど、そこまで求めるのは酷かな。でも、本当に良く頑張りました。今後に期待したいです。と言うわけで、西日本大会の報告でした。
2005.11.27
明日は西日本大会。来週の土日は北九州大会。大きな試合が2週続きます。来週の日曜日は、こちらでは黒瀬大会・・・。(試合ばっかじゃん・・・)今年に入って全国制覇を目標に、可部道場が一丸となって頑張ってきた。お陰で、3回ある全国大会のうち、2回ほど、準優勝できた。といっても、一つは県選抜でしたが・・・9月の全日本選抜少年柔道大会。予選で5月の全国少年柔道大会の覇者北海道の『高畑道場』を接戦の末破り、その勢いで決勝戦までコマを進めた。大黒柱のアクシデントがあっても、チームのまとまりはピカイチで、ツートップのもう一人が持てる力以上のものを発揮し、準決勝の激闘を制した。明日の西日本大会は、その全国大会でも常連のチームが参戦する大きな大会。昔からの伝統ある試合です。私が子供のときからありましたが、私の所属してた道場は参加しなかったので、私は出場経験はありません。今回、全国大会並みの熾烈な戦いになる。9月に決勝戦で大敗を喫してしまった大石道場・・・。ここが出場してくる。同じ日、可部道場も過去2回参加したことのある醍醐杯というこれまた大きな大会が長野県松本市で行われる。これに大石道場は出場するものだと勝手に思っていたら・・・県外の道場の掲示板には、「大石道場は西日本大会に・・・」の書き込みが。『まっ!マジでぇ~!!』あの大石道場が来る!!再度、今のチームで戦えるんだという喜びがわいてきました。大石道場は愛知県にあります。昔からの名門で、これまで数多くの強い選手を輩出し、全国大会は常連なのはもちろん、常に上位に入賞、あるいは全国優勝をしている。私たちからすれば雲の上の存在。私個人的にも、指導者の立場から、どうやったらあんなに強さを持続できるのだろう・・・どういう指導をしてるのか・・・大変気になるところでもある。今まで何度か対戦したことがあるようだが、私がいない時に対戦してるようで、どんな試合展開だったかは分からないが、結果だけ見ればいつも大敗である・・・その大石道場と、今年の9月の全国大会の決勝戦と言う大舞台で対戦することが出来た。しかし、決勝トーナメント一回戦でのアクシデント、準決勝の壮絶な戦いの後、可部道場には決勝戦の大石道場戦に集中する力、体力は残っていなかった・・・。結果は0-4の大差で敗れてしまった。夢を追いつづけ、やっとその夢が叶おうとした決勝戦を迎えるには、それまでのプロセスは、可部道場の子供たちには酷だったように思う。本来の力で戦いたかった・・・その無念な思いは、指導してる私だけではなく、可部道場関係者はみんなが思ったことだろう・・・。機会があれば、再度対戦したい・・このチームでリベンジしたい!!今まで雲の上の存在だと思っていた大石道場が、手の届きそうな位置にいることは対戦して肌で感じた。西日本大会で対戦できるかも!そう思いながら、西日本大会まで全国大会前のムードを維持していこうと必死だったが、醍醐杯と同じ日に西日本大会があることが分かり、その時は、全身の力が抜ける想いだった。他にも強豪がいるのは重々承知なのだが、どうしてもあの決勝戦だけは納得がいかない。勝負に納得がいかないのではなく、本来の可部道場のチーム力で戦えなかったと言う部分で、納得がいっていない。現実はそこまでの体力がない可部道場はそれまでの実力だって言われればそうかもしれないが、万全の体制で彼らに試合させてやりたいと、指導してきた私の立場で思った。そんな矢先、他道場の掲示板に大石道場が西日本大会に出場する・・その文字を見たとき、体の中から沸々と、なんとも言い表せない感情がわいてきた。やった!チャンスが来た!!もう一度、対戦できるチャンスを、神様が与えてくれたんだ!!先日可部道場の掲示板に、「山口先生が勝負にこだわりすぎてるんじゃないか・・ 言ってることが食い違いすぎ・・・」そういうコメントを書き込みされた。文字で表現する以上、伝えたい思いすべてが伝わらないのは仕方ないです。勝ち負けを決するスポーツ(競技)をしてる以上、勝ちにこだわるのは当たり前。しかし、柔道人、格闘家、武道家たるもの、強いだけではダメで、常日頃の生活態度も模範人たれ!そういう思いは私自身が持ってることで、それを指導しているが、書き込みだけ見られて、勝ちにこだわりすぎと指摘を受けたのは、反省せねばと思ってます・・・確かによその掲示板にまでいらん事書くなっちゅうねん・・て話ですね。反省反省・・・さてさて、ちょっと話が横道にそれちゃいましたが、ようは、それだけ目標としてる憧れの大石道場と、明日の西日本大会で対戦できる可能性があると言うこと。しかし、大石道場と対戦できるところまで上がらなきゃいけないのは当然のはなし。大石道場のことばっか考えてると、足元すくわれちゃいます・・・(苦笑)他にも強豪はたくさん出てきます。でも、どこの道場と当たっても勝たなければ優勝はありません。今まででやってきたことを最大限に発揮して、大石道場と対戦できるところまで必ず上がれるように、頑張ってコーチングしてきたいと思います。ここまで、小学生5・6年生の部について熱く語りました。他の学年にも注目して置いてください。中学生も最近とても意欲的な練習が出来、実力も着実にアップしています。しかし、優勝となると現実的な問題がありますので、なかなか難しいと思いますが、上位に食い込みたい!!そう思っています。ポイントゲッターの仕上がりも上々!明日はいい試合をしてくれると思います。3・4年生も最近意欲的に居残り練習してます。(してない子もいますが・・・苦笑)しかし、自分の立場、実力を実感し、精力的に練習してる子が増えました。先日の調整練習を見てて、この子達も将来有望だ!!と、確信しました。良い目をしています。ともあれ、明日、どの学年も大一番を迎えます。悔いの残らないよう、頑張ってもらいたいです。そうそう、個人戦もあります。各学年一人しか出られませんが、今年の注目は・・・全員です(笑)全員上位入賞、あるいは優勝できる力を十分持っています。こちらも期待して置いてください。他道場から出稽古にきてる子も明日試合ですね。こちらも、頑張って自分から試練を課してます。その努力がなかなか実ってませんが、あきらめず今の努力を重ねることで、いつか必ず大きな花を咲かせます。その子達も明日頑張ってもらいたいですね。では、月曜日、またまたながーーーーいブログになってしまうかもしれませんが、期待しててくださいね。
2005.11.26
私は元警察官・・・屈強な機動隊員でした。日々、警備訓練や、柔道の練習・・・体を鍛えることに、必死になっていた・・(?)いや・・必死にならされていた時代だった・・・機動隊と言うことで、数々の出動を経験した。県外派遣も・・・阪神淡路大震災は、悲惨だったなぁ・・・そんな私も30歳のとき、警察官を辞めました。・・・だれ? いま、懲戒免職?って思った人・・(怒!!)辞めさせられたんじゃないっすよ!!自らの意思で、夢を追い求めての辞職です・・ ハイ!で、最後と出動となったときのお話を一つ・・・私は辞めようと決意し、上司に相談に行こうと思ってた矢先に隊内移動で、隊長補佐の伝令という、一般の人にゃ分かりにくいと思いますが、まあまあ責任のある仕事に就けてもらいました。隊長補佐は、文字通り隊長の補佐・・階級も警部さんで幹部さんです。その伝令には警部補、巡査部長、巡査長・・・ここら辺がつくようで、当時の私は昇任試験にもなかなか受からない、出来損ないの警察官でしたので、巡査長のままでした。私のお役目は運転手。隊長補佐が出られる時に、車の運転をするお仕事。私が警察を辞めたのは数年前の1月末・・・仕事をやめることで、残務処理と言うか、いろいろ後片付け的なことをしていたとき、事案発生・・交番所に不審物が置いてあるとのこと。直ちに出動準備に取り掛かり、爆発物処理班と共に、現場に急行した・・・『最後の出動じゃのう・・・』隊長補佐からいやみとも思われるようなお言葉を頂き、緊張しながら現場に向かった。サイレンを鳴らしながらの緊急走行・・・もうそんな運転することはない・・・いよいよ現場に到着。交番のカウンターの奥に、新聞紙に包まれた箱が置いてある。交番勤務のおまわりさんが、ちょっと見回りに出た間に置いてあったそうな・・。爆発物処理班がその不審物を爆発物処理車に乗せ、その中身を調べるため警察学校のグランドまで持ち帰った。もし爆発してもいいようなくらい、広い場所でなければならないからである。爆発物処理班には、エックス線の免許を持ってる者がいて、不審物にエックス線を照射して中身をだいたいの検討をつけるため、設置した・・。いよいよ、エックス線照射。爆弾だったら、コイル線や銅線などが写る・・無線でのやり取りを聞いていると、そういったものが全く写ってないらしい・・・{ん? いったい何じゃい? この不審物はぁ・・?}爆弾である可能性はなくなった・・・しかし、毒物や、サリンなどの危険なものの可能性が残ってる。処理班の一人が犠牲(?)(苦笑)となり・・・そのものを直に開けてみることに・・・付近に緊張が走る・・・みな、固唾を飲んで見守っている。何かあったらすぐ行動しなければならない。中には逃げてやろうと思ってる人もいたかも...(苦笑){私は逃げてやろうと思ってた・・・恥}(冗談)緊張の一瞬、いよいよ箱が開けられたよう・・・開けた警察官がこちらを向いた・・・大きな声がした。『カキでーーす!』 《・・・・・??》 《なにぃ・・?》『牡蠣、カキ! 牡蠣が入ってましたぁ・・』 《・・・・》全員がコケた瞬間でした・・・(爆)あとから聞いた話ですが、地域の方が、お世話になってるお巡りさんに、差し入れのつもりで持ってきたものだったそうです。当時、地下鉄サリン事件や、悪臭、異臭騒ぎがたくさんあった。慎重になって行動した結果ですが、最後の出動・・大事件じゃなくて良かったぁ・・・
2005.11.25
今日、11月24日は、父の命日です。先日、一周忌法要のことを日記にも書きました。昨年の今日、朝の8時、永遠の眠りについた父・・・今朝は家族みんなで朝の8時に手を合わせ、在りし日の父の事を思いました。本当にあれから1年経ったんだなと・・昨年の今頃はこうしてたな・・ とか、いろいろ考えてしまった。今日は、午前中に予約が入ってたので、お墓参りにはいけませんでした。夕方、仕事が終わってから、子供達を連れて実家の仏壇にお線香をあげに行こうと思います。
2005.11.24
私はエネルギーを使って、人の体や心などにアプローチをし、不快な症状や、怪我、病気などをケアする仕事をしています。エネルギー・・・目に見えない力・・・いろいろありますね・・・。気功などは特に有名です。私の使ってるエネルギーも 『気』 ですか?ってよく聞かれます。PH会(パーフェクトハーモニー研鑚会)では、『気功の気』とは別質なもの・・ と定義しています。私がこういうものを扱ってることで、不思議系や、スピリチュアル系にも大変興味がありますし、そういうものは必ず存在すると信じています。実際エネルギーを使って、不治の病から立ち直った方もいますし、原因不明の病状が少しずつでも改善してきてる人もいますから・・・。気功でガンが治った何て事もよく聞きますよね。私は本当だと思います。全てが全て、そういうもので治るとか・・・。そういうことではありません。科学的に証明されてる西洋医学だって、薬など、効く人と効かない人っていますよね。だったらそれらは全て否定されるのかって言えば、そんなことはない・・。人間の体自体、まだまだ科学的に証明出来ていない部分のほうが多いし、この世の中、地球や宇宙の事だって、まだまだ謎だらけです。そういう世界を頭っから否定する人もいますが、非常に残念なことだなァ・・なんて想います。さてさて、今日のお話はそんなことにちょっと関係しますが、今朝ほど、大変居心地の良いお店に行ってきました。もともとは、嫁ハンが見つけてきたんですが・・・。お店の名前は 『風水生活』風水鑑定や、開運をプロデュースするお店だそうです。店内は、パワーストーンや、中国茶、茶器など・・風水関連の置物などがおいてあり、そこで中国茶も頂けるのかな?(私は頂かなかったけど・・・)若いお兄さんが、「二日酔いのお茶入れといてぇ~」なんて言いながら入ってこられてましたから。もちろん有料だと思いますが。私は、パワーストーンとか、大好きで、龍もこのイー・イメージには縁があります。で、中では店長さんと言うきれいな女性の方がいらっしゃいました。タレントの向井亜紀似のスレンダーな背の高い女性でした。実は家内がこの店に何度か足を運んでて、昨日、ここで茶器と中国茶を購入して帰ってきました。私も絶対気に入る店だから行ってみな!と言われ、そう言われたら行かにゃいかんだろう・・・ということで行ってみました。最初入ったときは、でかい男が入ってきたなぁ・・って感じで見られてましたが、しばらくすると、「何かお探しですか」と笑顔で声をかけてきてくれた。家内の話をすると、覚えててくれて、そこからいろいろ話に花が咲き、前世鑑定の話や、龍のお話、エネルギーの話から、石の話・・・いろいろお話ししました。途中、風水鑑定をされると言う男性も入ってこられ、経営コンサルティング関係の仕事を、イー・イメージの近くでされてると言うことも分かり、何か縁を感じました。で、いろいろお話ししてるとき、とにかく、このお店の空間が気持ちいいんですよ!!エネルギー的に良い場なんでしょうね。特にお店に入って奥の右手に、水晶の原石みたいなのがたくさんおいてある棚があって、その上には針水晶の球体やブレスレットもあり、その前がなんとも気持ちいいんです。いろいろ見ようと店内を歩くんですが、ここが一番居心地がいい。店長さんとズーッとそこで話をしていました(笑)気がつくと1時間ちょっと話をしてたようで、あまりの居心地のよさに時間がたつのも忘れるくらいでした。あと、龍の切り絵や、手書きの龍の絵などもあり、興味が湧くものがたくさんありました。値段的にもとてもリーズナブルで、気に入った物がいくつかあったので、今度買いに行こうと思います。(今日はお金を持っていなかった・・・悲)場所は、並木通り・・本通りから言えばパルコの横の並木通りを左側を歩きながら南下していくと、ほとんど平和大通りに面するかなと言うくらいのところに『風水生活』という看板が見えます。そこです。良いエネルギーがたくさん詰まった空間でしたんで、是非是非行ってみて下さい。
2005.11.22
脊髄・小脳変性症・・・いま、ドラマで『1リットルの涙』というのをやってます。主人公の女の子が、この病気に犯されていくドラマです。私はよく知らなかったのですが、娘さんと以前お話したときに、そういうドラマが始まると聞かされました・・・。何度か見ましたが、続けては見れてません・・・。このブログも久しぶりの登場なんですが、以前、病院を転院してからあまり連絡が取れなくなり、治療もままならなかった状況にありました。うちの家内が、何かを感じたのか、その人の話をし始め、このままじゃよくないでしょ・・と言うことで、こちらから再度連絡してみた・・・病院を転院したことで、娘さんもなかなか見舞いに行けてないらしく、状況報告もなかなか出来なくなったので、疎遠になっていたみたい・・・再度、遠隔をはじめることに。久しぶりにメールが来たとき、あまり状態はよくないみたいだった。『鬱の薬のせいか、動かないせいか、 いろんな面で落ちてきてます・・・。』『この一ヶ月、発熱が何度もあったのと、 気管の管が外れたのなどで、言葉の出ない管に 変わってました。酸素も足りない状態だそうで、 酸素吸入もしてるそうです。』とのことだった。再度、よく話をし、遠隔を再開した。再開後2週間くらいたったかな・・・21日にメールが入った。『今日、母のところに行ってきました。 気管の管は変わらず、声は出ません。 酸素吸入はもうしてないそうです。 オムツを変えるとき、お尻が少し上がるようになっていました。 ベッドから車椅子に移るとき、前回より楽に持ち上げることができました。 少し踏ん張ることができるようになったようです。 目を開けているのがしんどいようです。 横を向くのが、わりとスムーズにできました。 前の病院にいたときのようにまではいかないけど、 動きが良くなっていました。』とのことです。やっぱ続けないかんて事ですね・・・。ドラマのワンシーンで、お母さん役の薬師丸ひろ子が、「娘を何とか助けて下さい」と、医者に詰め寄るシーンで、「この病気には特効薬も治療法もないんです・・・。」と答えるシーンがあった。今の現代医学では何も出来ないということ。でもそれ以外の方法なら、何か手段があるかもしれない。あきらめたらそれで終わり。前の病院であれだけ早くに改善してきたんだから・・・あの時も肺炎をおこし、厳しい状況だと、医者に言われたこともあった・・でも、エネルギーで肺炎は短期間で良くなったじゃないか!!今回も遠隔を再開したら、少し改善を見せ始めた。あきらめず、頑張って遠隔していこう・・・
2005.11.21
平成16年11月24日 午前8時...私の父は永遠の眠りにつきました。20日(日)、一周忌の法要をいとなみました。あれから一年…知人が亡くなったり、親戚が亡くなったり…人の死って何度も経験してますが、実の親がなくなることが、こんなに自分の 『心』 に影響するとは思っていませんでした。厳格な父でした。でも、私にはとてもやさしかったように思います。兄には特に厳しかったと聞いています。子供の頃から、「お兄ちゃんなら怒られとるよ!」と、何か悪い事しては、母にそう言われてた気がします。私の性格と、父の性格は似ているようでした。母はいつも、父が機嫌悪くなると、「何で怒っとるんかようわからん…」と言ってましたが、よくよく話を聞くと、父が何で怒ってるのかが私にはよくわかりました。母に説明しても、「何でそんなことで怒られんにゃいけんのん!!」と…。兄とはやはりウマが合わなかったようです。兄にしてみれば、子供の頃厳しくされたことが、トラウマになってるのか…確かに父は変わりモンでしたから…(天国から怒鳴り声が聞こえそう…)仕事は兄が継ぎました。合わないみたいだったから、大変だったでしょうに…。父は、一代で小さな町工場から従業員を抱えるような工場にまで、会社を大きくしました。父は、子供の頃に両親、私から言えばおじいちゃんとおばあちゃんを亡くし、親戚に預けられ、大変苦労して育ったみたいです。だから、寂しがり屋でした。私たちが成長して、休みの日に友達と出かけると、機嫌が悪くなってたようです。家族で一緒にどっかに行きたかったみたいです…。家族旅行もたくさん連れて行ってくれました。子供の頃の写真は、どこかに行ってる写真が多いです。子供の頃、父が言った言葉を何気なくウル覚えしています。「ワシが子供の頃苦労してきたけぇ、 こいつらには何不自由なく育ててやりたい…」…親戚に行ったとき、親戚のおじちゃん達と話してるのを、私がまだ小さかった頃、あぐらをかいた父の脚の中に座って、聞いた覚えがあります。私は次男坊で、兄よりは甘やかされて、自由奔放に育ててもらいました。ある日、カレーライスを食べてて、子供の頃から大食漢だった私は、5杯位食べ、更におかわりをしたいと母に言ったとき、母が、「何杯食べようるんねぇ!」と、怒ったことがあります。しかし父は、即座にこう言いました。「食べたい言いようるんじゃけぇ食わせぇやァ!!」と。今思えば、自分が子供の頃、あまり満足に食事ができなかったことで、食べ物に関しては、いろんな想いがあったのかな…。父の工場は順調に業績を伸ばし、私たちは何不自由なく育ててもらいました。後の私の人生を大きく動かしたのは、高校に進学するときだったと思います。柔道をやってた私は、地元の高校より、寮生活をしながらでも、県下の名門、近大福山高校への進学を希望しました。母は反対したような気がします。何も出ていかんでも…と。兄も言いました。「お前みたいなアマちゃんが、近大なんかで続くわけなかろうがぁ・・」と。私は柔道の世界がそんな厳しいものだとは思ってなかったので、ただ、強い高校に行きたいと…。父は言ってくれました。 「お前が行きたいなら行け!」この一言が、今の私を作ったと言っても過言ではないと思います。柔道の試合は全部見にきました。私が高校進学後、父は私に言ってくれました。『敦史がレギュラーになるまで、 わしゃぁ大好きなタバコをやめる… お前が高校で柔道を頑張ってるんだから、 おとうちゃんも我慢する』そう言って、一日何箱も吸ってた父が、本当にタバコを止めました。でも、一番最初に試合に出るまででしたが…(苦笑)うれしかったし、頑張れました。時おり実家に電話して、母に聞いても全く吸わなかったそうです。高校のときは、父が手紙をくれたこともあります。あまりそういうことしそうになかった父が…。私のデビュー戦では、ビデオカメラを買いました。当時流行りかけてたベータです。デッキを肩からかついで、カメラをまわすやつ…。依頼、何度も試合のたんびにビデオを持ってきて、撮ってくれました。今でもちゃんと保存してあります。インターハイが秋田で行なわれたときも、秋田まで来てくれました。大学を出て、就職をするとき広島に帰ってくることにしたと伝えたら、喜んでくれました。しかし、私も大人になって、父のいろんなところが見えてきてたくさんケンカをしました。ケンカと言うより「父に文句を言った」と言ったほうが正しいかな…。私は母にも愛情たっぷりで、過保護に育ててもらいました。その母が苦しめられてるところを見ることが多く、腹が立ってたことがあります。結婚後もよくけんかになり、特にアルコールが入ると必ずといって良いほど口論をしてました。兄によく言われました。「お前はうちに来て、親父を怒らせて帰るけど、 後どうなっとんかしっとんかぁ…?」私とケンカした後は、大暴れしてたそうです…(苦笑)でも、私が一番父といろいろ話をしたと思うし、いろいろと出かけました。私たち親子は共通の趣味がありました。錦鯉鑑賞です。父と、兄と、私…。池で鯉を見てるときは、兄も父といろいろ話をしてました。品評会に出すほどのめりこんで…。だから、父とはよく鯉屋さんめぐりもしました。いろんな思い出があります…昨年8月に、転倒して脳挫傷。 入院…。当初の説明では、2~3週間で退院できるでしょうと…。しかし、父の運命はそうなっていなかったようです。持病の肝臓ガンが進行し、入院後3ヶ月・・・永眠しました。入院当初は、私も接骨院から今のイー・イメージに変わることで忙しく、あまり見舞いにも行ってやれませんでした。イー・イメージオープンの日、父は一度危篤状態になりました。医者からはもうだめでしょうと…父の兄弟、親戚の人もみな最期のお別れのつもりで病院にきました。私は必死でエネルギーを送りました。私の家内も、兄も、兄嫁も…奇跡が起こり、持ち直しました。それから一ヶ月間の中で、意識がハッキリしてきて、本当に退院できるかも…と思えましたが、やはり病魔、寿命にはかないませんでした。11月23日、再び病状が急変。数日前、冗談で「ビールくれ」とか、「タバコくれ」とかまで言ってたのに…言ってたと言っても、一度呼吸停止になってからノドに呼吸器を直接つながれてたので声は出ませんでした。クチパクでいろいろと、言ってました。無意識でその呼吸器の管を抜いたり尿管を抜いてはいけないということで、両手をベッドの端にくくられてました…ある意味自由奔放に生きてきた父が、ベッドの上で縛られたまま、約3ヶ月…。よく頑張ったと思います。この3ヶ月間で、私たち残された家族の父への想いが大きく変わったのは間違いないと思います。あの兄も献身的に病院に通うようになり、ベッドサイドに孫の写真を飾り、私も行ける時はなるべく行って、手を握っていました。父の手を握ることなんて何年ぶりだろう…そう思いながら。亡くなる前日に様態が急変しました。あぁ・・ もうこれが最後かな。。でも、私たちが駆けつけると、意識のない父の血圧や、脈拍が戻っていくんです。寂しかったのかな…夜、また落ち着いたからと、医者が私たちに帰宅を促しました。私たちはもう少しいさせてくださいと、夜中までベッドのそばで父を見つめていました。亡くなった後ですが、そのときのことを、寂しがりやの父が、最後に家族全員を呼んだんじゃねと、話ました。母、兄、私、兄嫁、私の家内...そして孫達…。孫達は途中で遅くなったので帰らせましたが…。最後にみんなで一つ部屋に入って過ごすことができました。父を囲んで…。あれが最後のお別れになったんですね。本当に様態が落ち着いたので、私たちは一旦帰る事にしました。帰宅後、数時間寝たでしょうか・・。電話がなりました…。直感的に分かりました。…… あぁ・・逝っちゃったかぁ・・「あつしかぁ・・ ・・・・ だめじゃったぁ・・・」兄でした。 泣いていました。「・・・ ほうかぁ・・」(涙)私も泣いてしまい、他に言葉を出せませんでした。実家に連れて帰ってもらって、布団に横たわってる父を見て、・・・これ、父じゃない・・・そんな気がしました。さっきまで苦しそうにしてた父が、安らかな顔して眠ってるんですから…。でも、「ようがんばったね」と、声をかけ、「ありがとうね・・今まで・・」と、お礼も言えました・・。あれから一年経ちました。(命日は24日ですが)父の一周忌に、なんか想いを書いちゃいました。。昨日、親戚のおじちゃん、おばちゃん達が来てて、ここに父がいないことに、改めて本当にいなくなっちゃったんだなぁと、実感しました。でも、姿は見えないけど、いつもそばにいてくれるような・・・ そんな気がしてます。なんか、暗い日記になってしまいました・・
2005.11.20
右半身、特に右腕と右足が、原因不明で筋萎縮?筋拘縮?してしまってる子。 最近ほとんど書き込んでませんが、 今日来てくれました。 ここ数週間は、毎週土曜日に来れてるね。 「どんな? 最近は・・・」 「あぁ・・ なんか言おうと思ってたんですよぉ・・」 「・・・ 薬は? 飲みようるん。。?」 「あっ! そうそう・・ 今週は一回しか飲まんかった・・」 「ほう・・ 前より楽になってきた?」 「それとぉ・・ 料理が出来ましたぁ・・」 「料理ィ・・・? 包丁持ったりフライパン持ったり・・・?」 「はいぃ。。 右手でちゃんと持てたし、 包丁も使えましたぁ・・」 「それってすげぇじゃん・・・!! 震えんかった?」 「ちょっと震えましたけど、大丈夫でしたぁ・・」 よかったですぅ・・ 一時期なかなか来なくなったとき、 ちょっと心配してました。 最近続けて来れるようになって、また好転し始めたんですね。 先週はお母さんも一緒に来てくれましたが、 今週は来てもらえませんでした。 親子の連動性のこと。。。 このお母さんって覚えてくれてるのかなぁ・・・ 体の異常って、体からだけの問題じゃないんですよね。 複雑にいろんな原因が絡み合ってる。 お母さん・・気付いてくれないかなぁ・・・。 一人で来るときと、お母さんと来るときで、 顔の表情も全然違う・・・ 来週一緒に来てくれればいいんですがね・・・
2005.11.19
昨日は道場の練習日。最近治療をしなければならない子が多くて、いつも乗せて帰ってもらってるご父兄さんに悪いので、一旦帰って自分の車で行ってます。昨日もそうして、道場で子供達の練習を見てると…そのご父兄さんが携帯持って走ってきた・・{ん・・? 何事・・? 不吉な予感…} 《先生、おくさんから・・・》「あっ・・ はい・・ すみません・・」「もしぃ・・ どしたん・・?」 「ごめんごめん・・ いそがしいところ・・ お兄さんから電話があってねぇ・・ お母さんが足を痛めて歩けんようになったらしいんよぉ」「はぁあ・・? どぉしたん・・」 「膝痛めたみたいで、足がつけんくらい痛いみたい・・ じゃけぇ 歩くこともできんらしいんよぉ・・ 一応しらせとこう思うて・・」「おう・・わかったぁ・・ 時期見て帰るわァ・・」 練習の合間ではありましたが、おかんのことが気になって・・・道場の子供達には悪いなぁと思いましたが、練習終わってからでは遅くなるので一足先に帰らせて頂いて、おかんのところに行ってみました。自分の車で行ってたことがこんなことで幸いしました。私は治療家ですので、治しに行かねばと思いましてね・・。行ってみました・・ダイニングのテーブルのところで椅子に座ったおかんがそこにいました。親父は昨年のこの時期に亡くなりました。ちょうど1年前でした…。今度の日曜日が一周忌法要ということで、この日曜に必死こいて家の大掃除をしたらしい…。疲れてたこともあったんでしょうが、昨夜、両膝をついて本棚を整理し、立ち上がろうと思った瞬間、左膝に激痛が走ったそうです。そのまま立つことも出来ず…膝も伸ばせず…どうしたもんかと途方にくれてたようです。幸い義理の姉が家にいましたので、兄貴に連絡して、兄貴がうちに連絡をよこしたと・・そういうことみたい。確かに伸ばせない状態で、立つと痛みがあって歩くことも出来ない状態でした。んーー・・ 半月板かなぁ・・半月板のずれを整復する手技を使ってみましたが、全く痛みが変わらない・・膝のお皿(膝蓋骨)を動かした時に痛がったので、まさか・・ とは思いましたが、膝を曲げることは痛くないようでした。膝蓋骨(お皿)が折れてたら、曲げることは絶対に出来ませんので、骨折は無いなと・・。心配だったので、翌日(今日)病院に行くよう話をしましたが、とりあえず調整をしました。患部に手を当て、エネルギーを送ってると、ズキンズキン痛いと言い出しました。「エネルギーが流れようるけぇよぉ・・」そう言いました。うつぶせも仰向けも痛くてイヤだというので、仕方なく椅子に座らせたまま、イメージだけで調整しました。すると、エネルギーを流してるとやっぱり患部がズキンズキンすると…一通りの調整が終わったとき、立たせてみたところ、先程よりも膝が伸びるではありませんかぁ・・!!つけなかった足も、体重をかけなかったらつけるように!!引き続き調整をし、再度立たせたところ、またまた先程よりは膝が伸びてる!!何度か繰り返すうちに痛みも随分和らいだと言い出しました。調整を終え、帰ろうとしたとき、寝る前にトイレに行っておくというので、トイレまで連れて行きましたが、つたえ歩きでトイレに行けました。ほほう・・すげえじゃん・・と、自分でも感心しました。エネルギーってすごいですね。家路の車の中でメールがなりました。義理の姉でした。 『帰って少ししたら、ゆっくりですが、 何も持たずに歩けるようになりました。 敦史様サマ!と言っております。』というメールでした。行ったときは全く膝が伸びず、足をつくことさえ出来なかったのに、ものの30分くらいの調整時間で、歩けるように…エネルギーって素晴らしいですねぇ・・エネルギーに感謝です。数年前の長野県松本市で行なわれた柔道の試合を思い出しました。当時一年生の男の子が、脚が痛いと泣き喚いていたのを、エネルギーで治したことがあります。その場で…その時がきっかけで、いつか、私はエネルギーで独立しようと心に決めました。同じような出来事がうちの母親に起こりました。今朝、一応実家まで行く約束してましたので、行く道中、家内が確認の電話をしましたところ、全く痛みもなくなって、昨日のことがウソみたい…不思議な感じ…と言ってたそうです。しかし、一応私は行ってみました。するとどうでしょう・・・!!本当に何ともないように普通に歩いてる母がそこにいました。「もうほんまに痛とうないん・・・?」 「うん・・ あれからあんたが帰ってから 何も持たずに歩けてねぇ…。 今朝もこの通りよねぇ・・(笑) ありがとうね・・」母からのありがとうは格別に嬉しいもんですね。私は本当にこのエネルギーに出会えたことに感謝しています。いろんな方がこのエネルギーで助かってますし、必要としてくれています。一人でも多くの方に、私の母親のような体験をしてもらいたいと思っています。これからもしっかり研鑚して、もっともっと上達し、能力アップして行きたいと思います。親父には、寂しい想いばかりさせてしまって、昨年以来、一生会えなくなってしまいました。もっともっといろんな話がしたかった…まだまだ精神的な支えでいて欲しかった…でも、それは亡くなって気付かされたんですよね・・おかんにはそんな思いはさせたくないなぁ…私のエネルギー・・ちょっとは親孝行になってるかなぁ…
2005.11.15
13日(日)、RCC文化センターで行ないました。東京本部では、東京講習会が開催され、今回は、世界的にも有名なオペラ歌手の川副さんという方のミニコンサートがあったようです。参加者もすごかったらしい…広島説明会は…(悲)でも、少人数のほうが、集中できるし、和気あいあいとした雰囲気でもできるし…昨日も新規の方が一名来て下さり、人数の割には中身の濃い会になりました。説明会は、いつものように・会の説明・エネルギーの出し方、感じ方・トリートメントの実習そのあと、今月のテーマ・降神の術(おりがみのすべ)という流れでした。今回の新規の方はとても感性があって、エネルギーの感覚がよく分かる方でした。今月のテーマ、『降神の術』では、軽神の術をやりました。物を軽くするエネルギー(神さん)を呼ぶ遊びです。顕著に重さが変わるので、楽しい実習の一つです。イメージの会では、エネルギーで遊ぼうをテーマに『小周点を加速する』の実習をしました。小周点は、気功の気の流れのことだそうで、A回転と、B回転があり、その人によって違うとか…その流れが逆になったり、滞ったりすると、体に不具合が出ると・・。それをエネルギーを使って正常な流れに変え、更に加速することでより体調を良くしていこうと言うものらしい。この実習を屋って生体反応テストをすると、顕著に違いが分かる。他には丹田活性法や、仙腸関節の調整などなど。急遽新規の参加者が肩が痛いということだったので、クイック調整をしました。楽になられたようでした。最後に軟酥の法でしめました。残念なことに、PH説明会(広島)は、今月を持って終了します。会の体制の見直しということで、本部スタッフの方からそういわれました。体制が変わり、いろんな見直しが終わった段階で、再開もありうるとの事です。イメージの会は続けていく予定ですが、年内は終了です。12月はいろいろ予定の都合で出来ません。新年になって、また調整して再開したいと思います。2月には広島講習会があるようです。近隣の方、是非参加してもらいたいです。
2005.11.13
この顔・・・何に見えますか・・・?どろぼう・・・カールおじさん。。。?でも、その辺にいそうな顔ですが・・・・さあ、皆さん、お答えをどうぞ!!おもろいお答えまってまーーす!!(笑)
2005.11.10
11/5・6(土・日)、福山市にある私の母校、近大福山高校の体育館で開催されました。新人戦への思いについては前回の日記に書きました。6日(日)に実際に現地に行って応援してきました。前日の土曜日に予選が終わっていて、注目の母校・近大福山と、崇徳高校の試合は、準決勝で 近大福山A VS 崇徳B 近大福山B VS 崇徳Aの対戦となっていました。今年の崇徳は、非常に強力メンバーがそろっており、私の中では崇徳の圧勝になってしまうかも・・・という予想があった。ヘタすると、近大福山Aが崇徳Bに負けてしまうこともありえると・・・それだけ今年の崇徳は強い!!いざ、準決勝・・。まずは 近大福山A VS 崇徳B の試合。興奮してて、あまり覚えていないので、間違いがあるかもしれませんが、そこら辺はご容赦を・・・(苦笑)先鋒戦は 崇徳Bの技有り勝ち・・ 崇徳Bの先鋒は可部道場出身の香川君 よく頑張ってました。小学校高学年の頃から、彼の柔道を見てましたが、非常にセンスがよく、特に内股は一級品です。技の切れもよく、タイミングの取り方も抜群。少し、精神的に弱いところがあるのかな・・。大事な試合でポカしちゃったこともある。しかし、将来が非常に楽しみな選手です。次鋒戦 近大福山Aの効果勝ち私たちが選手だった頃は、技の判定は有効以上だったので、ちょっとの差で勝敗が決まってしまうようになったんだなぁと、思いました。中堅戦 近大福山Aの効果勝ち近大福山Aは、ポイントゲッターの二人がいまいち動きが悪く、本来ならここで二人が一本勝ちして欲しかったところ。一方の崇徳Bはよく粘ったと思う。ここまでで、近大福山Aが、ポイントで2-1とリード。副将戦 最初近大福山Aの川瀬君が体落しで効果を奪う。 しかし、試合後半少しばててきた川瀬君が 崇徳Bの丸山君につかまり、豪快に投げられ 一本負け・・ここでポイントでは2-2と並んだけど、内容で崇徳Bが一歩リード。あぁあ・・まさかほんまに近大福山Aが、崇徳Bに負けてしまうかも・・・不安がよぎる。それもそのはず・・大将は、近大福山Aは1年生の太田君中学校時代、西条中学で結構強かった。しかし、崇徳は可部道場出身の川崎(ヨシ)君。ヨシは中学時代、安佐中学で、全中第3位のときのメンバー。中学時代は当然太田君は、このヨシには歯が立たなかった。予想としてはヨシががっちり組んで、大外か内股で一本取るんだろうなと・・・しかし、太田君が素晴らしい柔道を展開・・!といっても、崇徳は引き分けで勝利が確定。試合開始。ん?・・・明らかにヨシは守りに入っている。{・・・・。何で守るんじゃい! ガッチリ組んだら簡単に勝てるじゃろうが!}母校の勝利も期待しつつ、教え子の不甲斐無い試合に少々腹が立ってきた。しかし、ここでヨシが引き分けたら近大福山Aは負けてしまう。太田君にも頑張ってもらいたい。最初、大田君は、中学時代の苦手意識か、それとも強かった先輩というイメージが頭の中にあったのか、少々ビビッてたような感じ・・・。しかし、そのヨシが守りに入ってることで、中学時代の圧力を感じなかったのだろう・・。太田君は徐々に自信を持ち、ペースを掴み始めた。ヨシが強引に小外に行ったところをうまく内股に切り替えして技有り。近大福山応援サイドは一気に盛り上がった!{あっ・・! アホがぁ・・! チッ!!}近大の太田君の技ありには喜びで一杯なのに、やはり教え子の不甲斐無い戦い振りに・・・・何で逃げたんだろう・・どう見ても実力的にはヨシが数段上だと思う。崇徳側からどう言う指示を出されたのか分からないが、おそらく引き分けて来いとでも言われたのか・・・。ヨシの勝手な判断で引き分けようと思ったのか・・・。技有りを奪われたあと、必死で取り返しに行くも、焦りすぎて全く柔道になっていない・・。ましてや、長身の彼が必死にもろ手刈りに行く姿は、何とも情けなかった・・・。結局そのままタイムアップで近大福山Aが逆転勝ち・・。嬉しさと情けなさが入り混じった試合だった。試合後、体育館の外でうなだれてるヨシを見つけ、声をかけた。「・・・・大丈夫かぁ・・ お前なら自信もってガンガン行ったら 楽に勝てとったろうにぃ・・」 「・・・・・・・。」「でものぉ、ヨシ。 負けて得るものの方が、 勝って得るものより大きいんで! 今回負けたこと、今まで負けたこと、 Aチームには入れんかった事・・・。 いろいろあるじゃろうが、ここでお前も気持ちを切り替えんとの。」 「・・・・・。」(コクとうなずく)「自分のためにこれからは頑張らにゃ・・。 意識を変えんと、お前ほんまに置いてきぼりになるで。 何のために崇徳にはいったんや?」 ヨシは泣いてました・・。 でも、この涙が本物の涙でないと、 ヨシは今後も成長しません。 自分の今の立場をしっかり認識して、 頑張ってもらいたいです。一方、崇徳A VS 近大福山B・・・試合前の選手達を見てて、{5-0じゃのぉ・・・}と、崇徳Aの圧倒的勝利の予感がしました。それくらい強力メンバーが揃ってるんです。しかし、キャプテンの大原(タクジ)君を控えにしても・・・5人並んだ崇徳メンバー・・威圧感さえ感じました。しかし、試合は思わぬ展開に・・。先鋒 引き分け 崇徳の先鋒は中学校から可部道場に変わってきた井上君。 中学3年生のとき県総体でライバルに勝ちたいと直訴してきて、 集中して左対策をし、 見事県総体ではそのライバルに一本勝ちをしたのが つい先日のように思い出された。 しかし、格下と思われる相手だったけど取りきれず引き分けられた。次鋒 効果で近大福山Bの優勢勝ち 崇徳の次鋒は可部道場出身の高地(シュン)君 んー・・。動きが悪いどころか、柔道になってない。 小さい相手にかき回され挙句の果てに効果を奪われた・・。 ちょっと伸び悩みかな・・。 真面目で中学校のときは一番私に練習をお願いしに来てた子。 今後に期待したいですね。中堅 有効と効果だったかな・・?崇徳Aの優勢勝ちここで1-1と崇徳が内容で一歩リード・・。{ん?近大福山Aもいまいちのような感じだったけど、 崇徳Aもなんか動き悪いじゃん・・。}しかし、副将・大将はやはり圧倒されました。崇徳Aが力の差を見せ付けて、両方とも一本勝ち。結局 3-1 で崇徳Aの勝ち。近大福山Bが健闘したのか、崇徳Aが調子悪いのか・・・。決勝戦で明らかになったような気がする・・・。決勝戦は近大福山A VS 崇徳A の因縁の対決となった。ずらりと並んだ両チーム。やっぱり崇徳Aの威圧感たるや・・・。体もデカイしね。ここで崇徳は温存していたキャプテン大原君を大将で起用。準決勝より更に強力メンバーが揃った。いよいよ試合開始。先鋒戦 近大は小兵の川瀬君 対する崇徳は長身の中村君。 中村君が奥襟を掴んでグイグイ圧力をかける。 しかし川瀬君がタイミングよく体落し、背負いと技を出す。 技の効果は川瀬君のほうがある。 奥襟をとるがなかなか攻めきれない中村君。 結局引き分け。次鋒戦 近大は1年生でもポイントゲッター森田君。 一方崇徳もポイントゲッター。 今年のインターハイ個人100キロ級 広島県代表の徳富君。 好試合が展開され、近大森田君が意地を見せ 指導を奪い優勢勝ち。 (技の効果もあったっけ。。。?)中堅戦 近大は笠原君。全中3位の実力者。 崇徳は上川君。インターハイ予選の決勝で、 金具入りサポーターを装着してたことで 反則負けをした選手。 大きくて豪快な柔道。上川君が有利かと思ったら、 開始早々、軽く上川君が内股に入ったところを 笠原君がうまく内股透かし! きれいに決まって一本勝ち!!一気に近大福山に流れが来た!!ここまでで2-0と近大福山Aがリード。正直予想外の展開・・・。しかし崇徳の副将・大将は可部道場出身の二人。シュンとタクジ。まずは副将のシュンが登場。小柄な相手にうまく技をかわされてたが、相手の不用意な背負いをうまくつぶして抑え込み!1本勝ち!!やっとシュンらしさが出たカナ・・。そしていよいよ大将戦。引き分けで近大福山勝利!技のポイント有効以上をタクジが取ったら崇徳の逆転勝ち。面白い展開になった。近大福山は準決勝でヨシ(川崎)を内股技ありで下し、勢いがある1年生ホープ太田君。試合開始。 太田君はここでも中学生時代のタクジをイメージしてしまったのか、ちょっと逃げ腰ぎみ・・。なんと言ってもタクジは全中チャンピオン!明らかにタクジが有利。太田君にとっては、先ほどのヨシとの試合よりも厳しい戦い。しかし、太田君は以外にも粘る。タクジが攻めようとするも、太田君はまともに組まない。焦るタクジ・・。しかし、組み手をうまくかわされながら、時折放つ内股に体が中を浮くことも・・・。太田君善戦!結局太田君はうまく交わし・・、タクジは思うような柔道ができず・・・結局引き分け。なんと、近大福山が、あの崇徳の強力メンバーを破っちゃいましたぁ!!今回は、崇徳にちょっとおごりがあったのかな。。勝てるという意識が強すぎて、個人個人で見ると、自分の仕事が出来てない。プロ野球の巨人軍のよう・・ に感じました。一方近大福山は準決勝であわや崇徳のBチームに負けそうになたことで、目が覚めたのか、動きが良くなってました。自分の仕事がキッチリ出来た近大福山・・・。対照的でした。試合中も、近大福山の三好監督は、大きな声で選手に声をかけるが、崇徳の加美監督は静かに選手を見守ってる感じ。どちらが良いとか言う問題じゃないけど、全く対照的な監督です。わたしは試合中はウルサイですよ!!(笑)三好監督は、高校の後輩にあたる。私が大学4年生の時に高校3年生だった。熱血監督かな・・。時折言葉や態度の悪いところも見受けられるが・・・。(苦笑)それにしても、1年生の太田君。強くなってましたぁ・・。近大に入って正解だったと思いますね。今後に期待したいですね。今年の近大福山と、崇徳との戦いは、今までのような感情では見れませんでした。教え子が相手チームにいることで、ほんと、複雑な気持ちです。母校にも頑張ってもらいたいけど、教え子達も頑張ってもらいたい。んーーーー・・ 胃が痛い・・(笑)近大福山と崇徳・・これからも、好試合を期待したいですね。
2005.11.06
今日・明日の二日間、母校・近畿大学付属福山高等学校体育館において、高校柔道の新人戦が開催される。2年生以下の来年の新チーム最初の試合である。私も高校時代に経験した思いで深い大会です。私は高校入学後最初の試合、いわゆるデビュー戦でした。1年生だったこともあり、Bチームで出させていただいた。中学校は広島市内の中学校で、広島の高校の先輩方とも何度か練習や試合をしていたので、恥ずかしい試合は出来ないぞというプレッシャーを感じながら新人戦を迎えたことを覚えている。何度か試合をしたが、中学生時代にどうにもならなかった先輩と試合をしたとき、自分の実力が相当上がっていることを実感できた。結局その年の新人戦は、近大福山のAチームとBチームの決勝戦となり、Aチームが優勝した。あれから約20年・・・いまだに近大福山と、崇徳高校が広島県ではしのぎを削っている。いいライバルで広島県高校柔道界を引っ張っている。今年の3年生は、近大福山の垣田君がインターハイも、全日本ジュニアも優勝し、一方崇徳高校も、西岡君が、インターハイ優勝、全日本ジュニア準優勝と、素晴らしい成績を上げてくれた。彼らが抜けた新チームでの対戦・・・非常に興味深い。しかし、今年はいつもとちょっと違う・・・私の母校は近大福山高校。今、私は広島市安佐北区可部で、可部道場の指導員をしている。ここの出身者が崇徳高校に何人かいる。そうなんです。ライバル校に私の教え子達が進学しているのです。おそらく私の予想では3人はAチームの選手に入るだろうと・・・。昨年まではAチームには一人、全中チャンピオンの大原君がいたので、彼の試合は彼を応援していた。しかし、学校同士の戦いはというとやはりOBとして、母校愛もありますから近大福山を応援していた。今年は予想通り3人の選手が入っていたら、3人応援しないといけなくなる・・・。で、3人とも勝ったら・・・近大福山は負けてしまう・・・。これもまずい・・・(冷汗)どうしたもんか・・・。でも、可愛い教え子の頑張りに大いに期待しつつ、母校・近大福山の優勝も願いつつ、明日の決勝トーナメントは応援にかけつける予定だ。好試合を展開してくれることを願いたい。
2005.11.05
えーーっと・・イメチェンしてみました訪れた人は、デザインが変わってて驚かれたことと思います。季節もいよいよ秋も深まり、紅葉の季節を迎えました。紅葉にちなんだデザインを選ぼうと思ったのですが、この楽天日記にはないんですよね・・・。で、いろいろ見てて、爽やかなイメージで良いカナと・・・。わたしのよう・・・(笑)(ん?誰じゃい!! 大笑いしてるヤツはぁ!!)最近いろいろありまして、悶々とした日々を送っていますが、いつまでもそんなんじゃ良くないと、心を入れ替えました。心機一転!!!!これからもこのデザインのように爽やかに頑張っていこうと思います。今年8月に誕生日を迎え、39歳になりました。嫁さんからも、今年一年を、『サンキュー(39)の年』と、命名頂き、人にサンキュー、人からもサンキューを、言って、言われるようになろうと、決めたはずなのに・・・。 いろいろな事情で ついつい忘れてました。私自身、もう一度、襟を正して周りをしっかり見ながら、生活していこうと思っています。何の事やら分からない日記になってますが、テーマは『ひとり言(つぶやき)・・・』ですから・・新しいデザインになったこのブログを、これからも宜しくお願い致します。ではでは・・・
2005.11.05
11/3(木)文化の日・・長男・紘平は参観日でした。通常の参観日は、平日のことが多く、私や家内は仕事の都合で行けてない・・・。しかし、昨日は祝日にあった参観日・・。久しぶりに子供の授業姿が見れるということで、楽しみにしていました。1時間目が参観日ということで、朝もバタバタいつもの出勤のように忙しくしながら、ちょっと遅刻しましたが駆けつけました・・。一番前の列に座ってた我が子を見つけ、『おっ!いたいた・・』と思いながら彼を見てると、彼もこちらに気付き、はにかんだ様子でこっちを見てました。やっぱりちょっと恥ずかしいのかな・・。授業は理科の実験。いろんな質問を出されてましたが、その都度こっちを見てヘラヘラしてました・・(笑)授業参観・・。私も子供の頃は両親が共働きだったから、平日の参観日にきてくれた記憶がない。日曜日の父親参観でも、おやじ来たかなぁ・・おやじが教室の後ろに立ってた記憶が・・ 正直ない・・。お休みということもあってご父兄の方々も多数来られてました。たまには行って見るのもいいなあと思いました。今の担任の先生は男の先生。1年生から4年生まで女の先生だったから、5・6年生は男の先生が良いなと思ってたら、この小学校でもなかなかの評判の先生に担任になってもらえることになったようで、彼がどう変化していくかを非常に楽しみにしている。まだ今のところは・・・・(苦笑)この子にはいろいろ苦労もあるし、私からのプレッシャーもさることながら、柔道でもなかなか思うように行かず・・。でも、頑張ってるんですよ。彼は彼なりに・・・。いろいろある彼のことが大好きで、これからも良い親子関係でいたいなぁ・・。もうそろそろ友達付き合いのようなおやじと息子みたいな関係になれたらなと思うけど、それはまだちょっと無理かな・・。でも、これからも愛情たっぷりで、厳しくもありながら見守ってやりたいと思います。
2005.11.03
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