高野悦子『二十歳の原点』

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19才の思い出@ Re[4]:高野悦子さんの命日(06/22) 団塊世代さんへ 早速のコメントありがと…
団塊世代@ Re[2]:高野悦子さんの命日(06/22) 19才の思い出さんへ メッセージ読みまし…
19才の思い出@ Re[1]:高野悦子さんの命日(06/22) 団塊世代ベンチ組さんへ はじめまして、…
団塊世代ベンチ組@ Re:高野悦子さんの命日(06/22) 「合掌」 53回目の命日も過ぎました。 …
http://buycialisky.com/@ Re:生きるとは?しあわせとは?(03/23) cialis neurological effectscialis 2 5 m…

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2005/07/13
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カテゴリ: カテゴリ未分類
人間は結局死ぬんじゃないか。
5月24日
私はあなたの信念が、他人の誰からもゆるがせられぬものであることを知っている。そして、あなたは現在の仕事に生きがいをもってやっている。しかし、あなたは、その固い信念でもってよく考えてほしい。その仕事がいかに人間としてのあなたにとって矛盾に満ちたものであるかを。そして、その矛盾を止揚して闘ってほしい。会社側と国家権力、その壁にむかうとき人間は始めて真の人間となる。機械でない己れの手と足で創造活動を行う人間となる。人間が己れの手と足で立とうと決意したとき、今まで己れの存在を形づくってきたものが、いかに弱い基盤の上に立っていたかを知る。彼はおのれの足を作りながら歩かねばならないのだ。それは、まさに血みどろの闘いである。しかし、そのとき始めて彼は己れの足を、手を、己れ自身をもつことができるのだ。
5月26日
きのうは一日中ぶらぶら。「ろくよう」「ダウンビート」その他で過ごした。きのうのいかにも深刻ぶった顔を考えると吹きだしたくなる。自己完成のために―といったって、人間は結局死ぬんじゃないか。土になって終いにくち果てるのである。とかなんとかいいながら、めい想にふけったりしちゃって、漫画そのものでした。・・・
中村がきて、歩いて下宿まで帰る。中村はいった。「戦争になったらどうするか」と。それに対する私の答えは今考えるときわめてあいまいな答えだったようだ。戦争反対、絶対反対ということは明白だったのに。それから、中村は「かっこ(悦子さん)は自分を見失っているのではないか」といった。それはひどい言葉であると思う。全く中村風の、人は人、己れは己れ、のつき放した言葉だ。
三、四月の頃は、本当に自分自身がわからなかった。しかし、四月下旬から学園闘争を政治闘争を始める中で、前よりは次第にわかるようになってきたと思う。今,私は強大な国家権力の前で、いかにしたらそれをぶっつぶすことができるのかと、もがいている状態だ。己れの闘争をどの位置に見出すべきかと(セクトのことをいっているのではない)そういう点、まだ己れ自身を発見していない。
      高野悦子著『二十歳の原点』(新潮社)より引用
想いと考えの違いがあったようだ。





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Last updated  2005/07/13 10:18:49 AM
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