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今日は、いよいよチェロンチャンチ。市の文化芸術会館で午後6時から、、、、これまで子どもたちが制作した 作品展示会も同時に開催。ハルモニと伯父さん、伯母さん、従兄弟たち、うんひょも含めて8人で見に行った。“うちは出させません!”などと言っておきながら、見物客が一番多い。先生もあきれてるだろう。絵や陶芸、穀物のモザイク画の合作、などなど、、子供にしてはとてもよくできた作品がたくさんあって、感心した。発表会は、チョロクパン(緑組、満5歳以上)、パランパン(青組、満4歳)、ノランパン(黄組、満3歳以下)の子どもたちが出演。うんじはパランパン、うんぎょんはノランパンである。雇われ司会の男性が、面白おかしくプログラムを進行していく。23ものプログラムがあり、次々と衣装を替えて出て来るので子どもたちは忙しい。チョロクパンは、さすがにうまい!英語やちょっとした劇など、セリフもよく覚えたと感心する。1人ずつ 聖書の句も暗証して発表。さすがキリスト教の保育所だ。うんじは、舞台の上でも時々隣りの子に話しかけたり、私たちの方に手を振ったり、、、、落ち着きがない。踊りは、、、というと一応やってはいるが、あまりうまい方ではない。ただきれいな衣装を着れて、とても嬉しいみたいだ。うんぎょんは、配列が常に後ろ。それでも、日頃先生から“うんぎょんは、お遊戯の素質がないみたいねえ”と言われていたわりには よくできたほうかな?プログラムの場つなぎに、司会者が客席の父母たちを舞台に上げるのだが、舞台の前でカメラを撮っていた私たちも抜てきされた。1人ずつインタビューを受ける。以下、司会者と私の会話。私:"日本から来ました”司:"おー、日本から!オットッケ(どうして)?”私:"ピヘンギ タゴ(飛行機に乗って)”司:"ご主人とはどうやって知り合ったの?”私:"キルコリ エソ(道端で)”こんなアホなやり取りで、会場の笑いを取ってしまった。あー、はずかし、、、うんじ、うんぎょんが出るたびに私は、カメラを持って前で走り回って撮影したので、すっごく疲れた。最後に先生たちが舞台に上がって、花束贈呈。子どもたちも1人1人 バラの花をもらった。最後にみんなで合唱。この歌がまた とてもよかった。あなたは 愛を受けるために 生れた人、今も その愛を 受けているでしょう、 太祖から 始まった 神さまの愛は私たちが 出合って 実を結ぶ、あなたが この世に 存在するから 私たちにとって どんなに大きな 喜びでしょう、あなたは 愛を受けるために 生れた人、今も その愛を 受けているでしょう あなたが 生きる中で その愛を 受けているでしょう子どもたちが小さな体で一生懸命がんばったことも感動的だったが、これで保育所ともお別れだと思うと、なんかジーンときた。午後9時をすぎて終了。帰りに村の食堂でご飯を食べて帰ると、もう11時になっていた。子どもたちはぐったり疲れて、すぐに寝てしまった。グーグーいびきをかきながら、、、、、、、ほんと お疲れさま。
2002年12月27日
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いつから降り出したのか、今朝は真っ白の雪景色、、、まだまだドンドン降りますよ~、って言わんばかりに絶え間なく空から落ちてくる。朝ご飯の途中、電話が鳴った。“あの~、ポシンウオンですけど、、、、この雪で 持っていくのがちょっと遅くなりそうです”そうだった、、、、昨日の朝早く、トンケはポシンウオンに連れていかれ、ケソジュの釜に入ったのだった。以前チンドッケにやられた首の傷もすっかり癒え すこぶる元気だったのだが、ついにクリスマスイブをもって 帰らぬ犬になってしまった。昨日、トンケについて行ったシオモニの話では、銀杏やら鹿の角やら何種類もの材料を一緒に入れて 仕込んだという。しめて12万ウオンのところを、10万ウオンにまけてくれたらしい。また昨日、最近交流を始めたL.Mさんから“HPを閉じます”というメッセージが送られて来た。これからもっと仲良くしたいな、と思っていた矢先だったのでとっても残念、、、お体に気をつけて、がんばって下さいね。犬にしても人にしても、周りからいなくなるというのは寂しいものである。-----------話を戻そう。さて、、、めったに降らない雪が、積もってる!っていうことで、子どもたちは大喜びだ。“ヌンサラム マンドウロ ジョー”とうるさい。アッパが手のひらサイズの赤ちゃん雪だるまと、パガジサイズのオンマ雪だるまを作った。忘れず、記念撮影もした。昨日の残りのケーキもたいらげた。もう夕方5時になろうとしているのに、まだトンケソジュは やって来ない。生誕節、、、そういやMさんちも今日、ワンコギ(犬肉の洒落、ハングルじゃありませんよ~)食べたって日記にあったなー。ケソジュは漢方薬だから、食べるわけじゃないけど、、、あ~~~なんでもいいから オイシイ“ニク”食べたい!
2002年12月25日
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今日はケーキを食べる日、じゃなくて“クリスマスイブ”!昨日からアッパは チョナンに行っている。故障続きの携帯電話が ついに再起不能となり、“やっぱり安物じゃーだめだ”とサムソンのHPに買い替えたという。24万ウオンも払ったという、サムソンのHP。果たして、いつまでもつだろうか?帰りに、ケーキを買って来てくれるように頼んだ。チョナンのEマートには、31があるらしい。、、、が、、、ウオンビンのポスターはとっくの昔に品切れで、変わりにアッパが選んだのは13000ウオンの“朝鮮ホテル”の生クリームケーキだった。子どもたちにはこないだピアニカを買ったので、“クリスマスソンムルは、もうないよ”と言ってあったのだが、全く何にもないとガッカリするだろうと思いアッパに“何でもいいから、安いもの見繕って来てよ”と頼んだ。アッパはこのソンムルで悩んで、1時間以上かかったらしい。安くて、3人で喧嘩せず仲良く遊べて、喜ぶもの、、、そんなウマイ物は なかなかない。結局、“キテイ-ちゃんの料理時間”という台所セットを買って来た。夕食後、ケーキをかこんで お誕生会を開いた。ろうそくに火をつけて、部屋の電気を消した。“センイルチュッカ ハムニダ~ センイルチュッカ ハムニダ~ サランハ~ヌン イエス~ニ~ム センイルチュッカ ハムニダ~”と歌っていたのだが、、、、子どもたちは“イエス~ニ~ム”のところを“ハラボジハルモ~ニ~”と、勝手に変えて歌っている。いつのまにか ハラボジハルモニの誕生会になってしまった。まっ、いっか、、、、ケーキを食べた後、アッパサンタがソンムルを持ってくる、と言うので 部屋の電気を消して待っていた。ジャジャーン! 電気をつける。“うわあー!!!!キテイ-ちゃんだあー!”と、大喜びのうんじ。たちまち3人が キテイ-ちゃんに群がった。1時間かけて選んだ甲斐があったようだ。“待て待て!”と制するアッパ。“アッパガ マンドウロ ジュッケー”と、説明書を見ながら組み立てた。もう夜中の12時を過ぎた。子どもたちは、まだキテイ-ちゃんに夢中である。まあ 明日は“ソンタンジョル(生誕節)”で休みだから 大目に見るか、、、 !!!ヨロブン メリークリスマス!!!、
2002年12月24日
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今日、やっと決断を下した。保育所に見切りをつけることに、、、月々24万ウオンの保育料と2万ウオンの英語授業料、加えて各種イベント費、、、家計に負担が大きすぎるので、アッパと相談し来月から家でみようということになった。実は去年入園する時も、高額保育料のためどうするかさんざん迷ったのだが、3番目のお兄さん夫婦が“これで保育所に行かせなさい”と300万ウオンくれたので、それでこれまで通っていた。私たちはいつも親兄姉にすがって、生き延びているようなものだ。今やそのお金も尽き、またお兄さんにねだる、、、というわけにもいかないので私たちだけで決めて、今朝さっそくアッパが園長先生に申し出た。“2、3ヶ月、日本に行く予定もあるし、私も町に出て仕事しようと思うので、今月で辞めます”ちょっとあんた、もうちょっとウマイ嘘はないのか?2、3ヶ月どっか隠れてなきゃなんないじゃないのよ。先生は、“うんじ、うんぎょん、日本に行けていいねー”と 退園を認めてくれた。ほっ、、、結局、行かないことにしていたチェロンチャンチは、“練習に組み込まれているので、絶対出て下さい”と言われ、6万ウオン送るハメになった。この金曜日、チェロンチャンチが終わると、保育所は12日間の冬休みに入る。うんじ、うんぎょんにとっては、永遠の長~~~~い冬休みになる。まだ子どもたちには保育所を辞めることを、ハッキリ伝えていない。どう言おうか、、、、また悩む。“行きたい”って泣かれたら困るな~。仲のよい友達に会えなくなるのは可哀相だが、再来年になったらまた考えよう
2002年12月23日
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昨日今日と、久々に誰も来ない週末。なので、午後から子どもたちを連れて散歩に出た。軽四に3人を載せて、まずは近所のシカを見に行った。次に、川のほうへ、、、川辺で黒ヤギが日向ぼっこをしていた。今日は、一匹しかいない。“ウエ ハナバッケ オプソ?”と、うんじ。“やぎさんも、寒いから きっとお家にいるんだよ” 土手にあるちょっとした遊び場で、ままごとをした。次に、ちょっと離れたところにあるスンマジャン(乗馬場)へ行って見ることにした。馬場があるというのは聞いていたが、場所が定かでない。道すがら農作業をしている人に尋ねながら、やっとのことでこぎつけた。うんひょは、車に揺られているうちに眠ってしまった。乗馬場といっても、それほど大きくない。馬小屋には、馬が10頭いた。至近距離で見るナマの馬はハクリョクがあった。“ウマって、思ったよりデカイのねえー”それぞれ名前と年齢、出生地が書かれてあった。ロシア産にオーストラリア産。ほとんどが5歳、6歳だ。あんたたち、私よりも遠いとこから来たんだねー。“ここの馬たちは競馬場で走っていた馬なんだ”と、馬場の主人がおしえてくれた。引退後、馬好きの現在の主人に買われ、ここの主人が管理を任されているように見えた。町から来た乗馬服に身を包んだ馬主らしい女性が、“ウリ ヒョンジュニ オデイ イッソヨ?”と探している。ヒョンジュニとは、馬の名前らしい。主人が“さわってもいいよ”というので馬の長~い鼻に触ってみた。生暖かい感触、、、馬の息吹きを感じる。“ヌ二 チャム イエップジョ”と主人。ほんと、真っ黒なガラス玉のようなクリクリしたかわいい目である。うんじは馬の鼻に触るのが気に入ったらしく、次から次へとなでてまわった。馬も、なでられて嬉しそうである。“うんじやー、もう帰ろうよ~”と言っても“もう一回!”うんぎょんは、ちょっと怖いらしい。やっとうんじが帰る気になってくれたので、“また今度見にこようね”と、車に乗り込んだ。うんひょは、まだ寝ていた。
2002年12月22日
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今日は大統領選挙の日。会社も学校も、もちろん保育所も休みである。 3番目のお兄さんの家に行って、子どもたちを風呂に入れ、ついでにEマートで買い物をして来よう、ということになった。わたしと子どもたちは、一足先にお兄さんの車で出発。アッパと両親は、後から投票を済ませて来ることになった。お兄さんの家は、アパートの10階だ。日当たりがよく、とってもあったかい。バスタブつきトイレ以外にも、もう一つトイレがある。入浴中に“はやく出ろー!”とドアを叩かれなくても済む。あー、うらやましー。バスタブに湯を張って、子どもたちを風呂に入れた。田舎の家の冷たいトイレでは、いくらこすっても出なかった垢が、あったかい湯につかってふやけたのか、出るわ出るわ、、、デカイ垢のかたまりがボロボロ落ちた。3人も垢すりをしてやると、汗びっしょり。ついでに私もシャワーをして、あ~すっきり!Eマートへ行くと、人人人の洪水!みんなちゃんと選挙行って来たんだろうか?あまりにも混んでカートがぶつかってしかたないので、今日は買い物はあきらめて、退散することにした。お兄さんの家で出前を取って、夕食を済ませ、帰宅。すでに夜9時半をすぎていた。すぐにPCをつけてみたが、Mさんちの3万キリ番はとっくに終わっていた。残念、、私が一生懸命アカこすってた時に、やられちゃったんだろうね~。大統領選は、ノ・ムヒョン勝利!ノのドキュメンタリーをテレビで放映していた。5人兄姉の末っ子、、、“おっ、アッパと同じね!”無職のため結婚反対される、、、、" おっ、無職!アッパと同じね!”“クローム!ナド ナジュンエ テトンリョン テルッコヤ”“、、、、”はいはい、期待しないで待ってます。
2002年12月19日
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うちのシアボジ(お義父さん)、名前を“ウオンボン”という。まわりの人たちからは、田舎のサトリ(訛り)で“ウオンビン”と、呼ばれている。今日もまた PCの前に座っていると、アッパがやって来た。大学院の宿題がなかなか進まず、ちょっと一休みだという。わたしのHPにだけ画像がないのを見て、“デジタルカメラ、欲しいかあー?”と聞いて来た。わたし、、、“そんな高いもん、どうやって買うのよ”アッパ、、、“インターネットに広告載せろ!「ウオンビンよりハンサムなうんじアッパの顔を見たい人は、デジタルカメラを送ってください。送ってくれた人には、ウオンビンのサインを差し上げます。」ってな!”どうも“ウオンビンのサイン”というのは、うちのシアボジのサインらしい。ってことは、“ウオンビンよりハンサム”ってのもシアボジより、ってことか?それなら納得できるが、、、、“ホッソリ ハジマルゴ スクチェナ ヘ!(たわごと言ってないで、宿題でもやったら!)”ちなみに、うちのお義姉さんの名前は、アンジョンファンによく似た安貞順(アンジョンスン)である。お義姉さんのサインも、つけた方がいいかナアー?
2002年12月16日
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昨日、夕方からまた兄弟が集まっている。夕べは庭でたき火をしながら、海の幸を焼いて食べた。今日は、朝から雨である。農協スーパーに買い物に行く途中、シカを飼っている家の前に人が集まっていた。サスムプル(シカの角)を食しに 来たようだ。シカの角は、乾かしたもので漢方薬を作ったり、切りたての角から出る血を飲んだりするらしい。しかし とても高価なものなので、私はまだ飲んだことはない。帰り、またその家の前を通ると、数人が何やら囲んで集まっていた。車の窓越しに覗くと、まるまる太った“黒焦げのブタ”だった。どっかで、宴会でもあるのだろうか?----------現在のコミン(悩み)今わたしは、子どもたちが保育所から持って帰ってきた週間計画案を見て、悩んでいる。このところずっと、保育園でチェロンチャンチ(おちゃめ祭)の練習をしているようなのだが、その連絡であった。1年の成果を見せる 発表会のようなものらしい。27日金曜日夜6時から、市の文化会館にて、、は良いのだが、“1人当たり3万ウオン持ってこい”と書いてある。、、ってことは、2人で6万ウオンじゃないのー?たっかーい!うちの保育園は、1人月12万ウオンも払っているのに 何かある度ごとに 金を持ってこいと言う。運動会にも、1人1万2千ウオンづつ払った。見学、遠足、etc,,,数えたら きりがない。それも月に2、3回はあるので、出費が ばかにならない。アッパは いいかげん切れて“そんなもん送るな!チェロンチャンチなんか休ませろ。6万ウオンもあったら、相当いい物を買ってやれるんだから”と言う。実際、月々の保育費だけでも苦しくて もう辞めさせようか、と思っているところなのに、、、、6万ウオンはひどすぎる。というわけで、なんとかその日休ませる口実を考えなければならない。アッパは“金がないから休みます”と言え、というが、先生からぜったい 何か言われると思うので、頭が痛い。一生懸命練習している子供たちには可哀相だが、、、
2002年12月15日
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今日、13時からアッパの知り合いの結婚式に出席した。村には結婚式場がないので、市の一番大きな式場で行われた。子ども3人も、イッチョウラを着せて連れていった。式場に着くと、今日結婚するカップルの名前がガラスに張られていた。10組ぐらいあったか、、、受付に ご祝儀を出して、食券をもらった。新郎41歳、新婦38歳。少し遅い春を迎えた2人だが、花嫁さんはとっても奇麗だった。(韓国式化粧のせい?、、だけではない)韓国の農村には、結婚できない男性がたくさんいる。女性たちはほとんど 学校を卒業すると、村を出て 都会で就職する。男性もそうなのだが、農業を継いだり、父母の面倒をみなければならない立場(長男)にあると、家に残らなければならない。女性に会う機会もなく、農作業に明け暮れている間に結婚の時期を逃してしまうのだ。女性にしてみれば、田舎、農業、舅姑つき!という家に嫁に行きたがるだろうか?朝暗いうちからどっぷり日が暮れるまで、真っ黒になって働くよりサラリーマンの妻になる方がよっぽど楽である。かくして、、、40歳を過ぎても お婿に行けない農村“チョンガ”が 各村々にたくさん存在するのである。アッパの一番の友達も34歳になるが、まだお嫁さんが来ない。今まで 何十回とお見合いをしたらしいが、長男、姑つき、仕事は土方、加えて、、チャルセンギョッタ(ハンサム)とは言い難い、ので なかなか難しい。人柄はとってもよいんだけどナアー。今日の新郎は、五男でマンネ(末っ子)なのだが、家で両親の面倒をみている。両親は2人とも、もう80歳を超えている。80を過ぎて やっと親の責任を終え、どれほど肩の荷がおりただろう?結婚式は30分ぐらいで終了。親戚と一緒の写真、友人と一緒の写真を撮り、解散。韓国の結婚式は、いたって簡単、シンプルである。その後は、もらった食券を持って地下の食堂へ、、、プッペ(バイキング)である。10組の結婚式の祝賀客は、みんなこのプッペを食べるので ひっきりなしに皿に料理が追加されていく。アッパが、“はやく食え!いいかげん食ったら 帰るぞ”というので、ゆっくり腰を据えて 食べることもできない。それでもネバって“そりゃあんたは、外食ばっかりしてて 珍しくもないだろーけどあたしゃ久々なんだから、ちょっと待っててよ”と言って、何度かリピートした。そろそろ帰ろうか、、、、と思った頃 インジョルミ(韓国の餅)が 追加された。これ、うちのシオモニが好きなんだよネー。小皿に山盛り よそって、テーブルへ、、、アッパが、“またそんなにいっぱい取ってきて、どーすんだ!”と言う。わたし、“家に持ってかえる”と テーブルの下に隠しながら、ビニール袋に入れた。アッパは、呆れていた。家に帰って、両親にインジョルミを出した。シオモニは、“プッペだと持って帰れないのに、コマプタ(ありがとう)、マシッタ(おいしい)”と言ってくれた。アッパには ブツブツ言われたけど、持ってかえって来てよかったー。
2002年12月14日
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今日も寒かった。一日、PCの前に座って いろいろ見ていると、“アンジョンファンの軍隊行き”のニュースに遭遇した。しかし、こないだ友達から聞いた情報と“違っていた”。“すでに入所した ’のではなく“入所予定”の記事だった。友達も日本人なので、錯覚したのだろう。みなさん、お騒がせしました。正確な記事(12月6日付sports today)によると、-----------“防御の帝王”アンジョンファンが、早ければ1月に論山軍事訓練所に入所する。アンジョンファンのマネージ社であるeプレイアの一関係者は‘現在、1月ヨーロッパ移籍市場の規模がとても小さく、ヨーロッパ進出を壮語することができない’として、‘ヨーロッパ移籍が来年8月に延期されれば、1月に基礎軍事訓練を受けるため、訓練所に入所するだろう’と明らかにした。1月1日の天皇杯決勝戦を最後に、すべてのシーズンを終えるJリーグは、1月の1ヶ月間休暇期間に入るため、軍事基礎訓練を受けるのに一番よい時間である。アンジョンファンは去るワールドカップにおいて16強に進出し、兵役特例を受けた状態。4週間の基礎軍事訓練を終えれば、軍服務がすべて終わる。兵役特例者は、特例申告をした日から1年以内に基礎軍事訓練を受けなければならず、その期間兵役特例に該当する種目(アンジョンファンはサッカー)に従事しなければならない。その間、清水エスパルスで走っていたアンジョンファンは、去る11月11日、兵務庁臨時召集に代理人が参席。特例申請書を提出したため、来年11月11日までに、基礎軍事訓練を受ければよい。しかし、この1月移籍市場(Transfer window)においてヨーロッパ行きが決定すれば、1月入所は難しい。eプレイアは“ヨーロッパ進出が確定すれば、1月はヨーロッパリーグのシーズン期間であるため、私用で動くのは難しい”として、“ヨーロッパ進出が確定すれば、シーズンの終わる8月頃訓練所へ入所しなければならないだろう”と伝えた。現在アンジョンファンは、スペインプリメラリガ(1部リーグ)バレンシアエスパニョールなどから肯定的な反応を得ている。まだ具体的な交渉に入ってはいないが、11月20日ブラジルとの親善戦を観戦した国際サッカー連盟(FIFA)エージェントたちが、eプレイアの委任を受け、アンジョンファンのヨーロッパ行きの為に東奔西走している。いつもゆらゆらしたパーマ頭とさっぱりしたユニフォーム、長い指、サングラスなどがトレードマークだったアンジョンファン。短く切った軍人頭に軍服を着た姿は、すぐに想像がつかない。---------- この記事には、軍服姿のアンジョンファンの写真が載っているが、これって本物?、、、、じゃないとしたら合成写真か?アンジョンファン パーマ頭ちょきん 軍隊へ行く 今日は、日記を書くのに すごく時間がかかってしまった。
2002年12月13日
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朝、外を見ると うっすら雪化粧。今日は12日、村のチャンナル(市の立つ日)。うちの村は、5日市なので 2と7のつく日がチャンである。余談だが、“チャンナル”と“チャンナラ”って 似てないかい?Sさんの日記のタイトルが“ヂャンナラ”、、とあったので、“おっ、今日は、市場の話題かー?”と思ったら、歌手の“チャンナラ”だった。こんな間違いをするのは、私だけか?さて、、、久しぶりに シオモニと シジャン(市場)に出かけた。田舎道は 車どおりが少ないので、カキンコキンに凍っている。手がかじかむー!手袋してくるんだったなー。この寒さの為か、見物人はもちろん チャンサクン(商売人)もあまり出てきてない。見物していると、何やら 宣伝カーがやってきた。“サランウン アームナ ハーナー、、、、”と 軽快な音楽を鳴らしながら。何だろう? と思って見てみると 選挙カーだった。“記号1 イフェチュン”の顔がデカデカと車に張られていた。最近は、選挙活動も 歌謡曲で するのねえー。選挙動員された人たちが、タスキをかけてシジャンを まわっていた。“よろしくお願いしますね”と言われ、“私、選挙権 ないんです”というのも めんどくさいので、“イエー”とニッコリ笑って うなづいた。オジンオ(イカ)、ニンニクの芽、ミナリ(芹)、干し海老、ソフトさきいか、餅、etc,いっぱい買い物をして 帰った。夕飯。イカとミナリのチョコチュジャン和え、ソフトさきいかの炒め物、オジンオチゲ、干し海老とニンニクの芽の炒め物。今日は“オジンオ三昧”だ。子どもたちは、ソフトさきいかの炒め物が大好きで、そればっかり食べた。食後、子どもたちは ママゴトをしていた。うんぎょんが いろんなオモチャとビデオテープを持って行こうとするので、“ビデオテープは必要ないでしょ!。置いて行きなさい”と言うと、“アニヤー、イゴ クリョ モゴヤデー”(あんたたち、ビデオテープを煮て食うのか?)
2002年12月12日
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朝起きると、外は真っ白の銀世界だった。そんなに たくさん積もったわけではないが、めちゃくちゃ寒いので外に出る気もしない。なので、今日は一日中 家の中に閉じこもっていた。Mさんの日記を読んで、アッパに言った。"31でアイスケーキ買ったら、ウオンビンのポスターくれるんだって。日本じゃすごいウオンビン人気で、ポスターだけ持ってっても、1000円ぐらいで売れるらしいよ。" アッパ いわく、"そうか、じゃ ポスター10枚ぐらい 調達して来てやろーか?ブロマイドも文房具屋行ったら 山ほど売ってるはずだ。ウオンビンチャンサ(商売)でも するか?"私、、、、"テッソ!"いつも、こういうショーもない会話をしている わが家である。
2002年12月11日
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うちの3女、うんひょ 21ヶ月。誰に似たのか、くっきりふたえで まつげはバサバサ、お目めはクリクリである。早朝、金曜日から出かけていたアッパが ひさびさに帰宅した。久しぶりに うんひょの顔を見て、、、“うちのうんひょは まつげが長くて、お人形さんみたいに かわいいじゃないかー?”、、私“そうねー、鼻は“ブタ”だけど、、、”鼻は、ハラボジ+アッパ似で みごとに押しつぶされている。お姉ちゃん2人もそうだが、鼻を見ただけで うちの家系だ!と わかる。“嫁に出す時は、鼻から下を 隠して行かせろ!”とアッパ。どっちにしても今から 鼻の整形費を貯めておかなければ、、、3人分はキツイナー。夜、子供たちと私の会話を聞いたアッパが、、“オンマとは日本語で話しなさい!”と言った。日ごろ、日本語で話しかけてはいるが、本人たちの口からはほとんど出ない。アッパに言われてしかたなく、“おかあしゃん”、、しかし その後が続かない。うんぎょんは、ストレスを感じてか“ナー、イルボノ モッテー!(私、日本語できないー)”と怒り出した。なにごとも、強制は いけませんな。
2002年12月10日
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朝から、さむーい北風がビュービュー。今日は うんひょが大学病院へ行く日である。アッパがいないので 私が車を運転して行くことになった。道は凍りついているので、思わず肩に力が入る。お義母さんも、心配なのか“着いたらすぐ 電話しろ”と言う。“正しい信号”のある道を運転するのは、ドキドキものである。だってうちの村には 点滅信号しか ないんだもん、、、うまい具合に うんひょが後ろの座席で熟睡してくれたので、運転に集中でき、無事に大学病院 到着!10時半、小児科に行くと、“X線写真撮って来てください”と言われ、放射線科へ。うんひょは 慣れない雰囲気に 顔が凍りついている。そこでは、、入院患者が次々とレントゲンを撮りに来るので、1時間もかかってしまった。再び小児科へ行って、“写真を撮った ”と伝えると“なんだ、来ないから 帰ったかと思いましたよ”と看護婦さん。(そりゃ、帰りたいのは やまやまだったけど、、、)また小児科でしばらく待って、診察室へ。心配された肺炎は 左の肺に少しあったが、薬を飲めば大丈夫と言われた。よかった、入院じゃなくて、、、ほっと一安心。お義母さんにもアッパにも 電話で伝えた。近くのお兄さんの家に寄って、お昼にうどんをご馳走になった。帰りもうんひょは 熟睡、、、親思いの子だ。 -------------話は変わるが、友達からの情報によると“アンジョンファンが軍隊に入った”らしい。それがまた うちの近くの軍隊なのだ。ワールドカップで貢献したおかげで、本来2年のところ“1ヶ月”に免除になったらしいが、、、アッパは、“面会にでも 行くか?”などと言っている。絶対に 会わせてくれないだろうが、、、
2002年12月09日
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今日は朝から雨、、、いつまでたっても 薄暗いので、子供たちもなかなか起きない。9時近くになって、そろそろ朝ご飯の準備でも、、、と思っていたところ、門の前に車が止まるのが見えた。なんと、3番目のお兄さんの車!“えー、今日来れないって言ってたのに、なんで?”不意打ちを食らってとまどったが、とりあえず ボサボサ頭のまま 急いで門をあけた。義父母もびっくりしていたが、うれしそーに“週末 おまえたちが来ないと 変な感じだよ”と言っていた。昨日今日と同窓会の予定だったが、昨日だけで終わったのだという。“2番目のお兄さんたちもいる”と思って来たらしいが、昨日帰ったとわかって 電話してみると、“今から 行くから”との応え。静かな日曜、、、のはずが、、、いつもどーりの“うるさい”日曜に一変した。まー、お兄さんたち来なくっても、うちの子らだけでも ジュ-ブンうるさいのだが、姪が加わると さらに輪がかかる。今日もやりたい放題、ちらかした。みんな帰った後 ひととーり掃除をして、子供たちを沐浴させようと思ったら、うんぎょんとうんひょは 眠ってしまっていた。しかたないので、うんじだけシャワーをした。うちには浴槽がないので、この時期はヒジョーに不便である。韓国の田舎で 浴槽のある家は めったにない。家では簡単にシャワーをするぐらいで、週に一度ほど銭湯に行って、じっくり湯につかり、思いっきり あかすりをする。最近の都市のアパート(日本でいえばマンション)にはほとんどユニットバスがついているが、、、うちの村にも銭湯があったのだが、不況でつぶれたらしい。銭湯に行こうと思えば、車で30分ほど走らなければならない。夏、子供たちは頭から汗びっしょりになるので、トイレでたらいに水を溜めて 毎日沐浴させていたが、冬になるとそうもいかない。トイレはとっても冷えるので、すぐに風邪をひいてしまう。だから 最近は日曜日だけシャワーをさせる。“えーっ、週に1回だけー?”と白い目で見られそうなので、ナイショなのだが、、、(ここに書いちゃったら、ナイショになんないねー)こんど“大統領選挙の日”にでも まとめて銭湯連れてくっかー。保育所、休みだし、、、今日の日記のタイトル、○○の中に入る文字は“沐浴”です。
2002年12月08日
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今日は土曜日。保育所も昼まで、、、朝9時に家を出たと思ったら、もう12時に帰ってきた。“保育所で 何した?”って聞いたら、“ククス モゴッソ(そうめん食べた)” 土曜日は、保育所で麺類を食べることになっている。園児がみんな揃うのが10時過ぎで、11時半にはおしまい、となると ククスを食べにだけ行っているようなものである。夕方、2番目のお兄さん夫婦と甥っ子(次男)がやってきた。今日は“ヤクパプ”を作って食べることになっている。栗は シオモニが前もって皮をむいて 冷蔵庫に入れてあった。もち米も 昼から水につけておいた。いつも料理は お義姉さんまかせである。私はずっと横でみているだけだったが、これなら私にもできるかな?というぐらい 簡単そうにみえた。---作り方---1.水に浸けておいた もち米を ふかす。2.だいたい火が通ったら、たらいにあけて 黒砂糖、醤油、むき栗、テチュ(なつめ)を入れて よーく混ぜる。3.再び 蒸し器にもどし、加熱。4.蒸しあがったら ごま油、干しぶどう、松の実を入れて混ぜる。-- これで、できあがり!--分量は、、、、、テキトー。ちなみに今日うちでは ふやかしたもち米-たらいいっぱい、黒砂糖-1Kg1袋、醤油-ドボドボ、その他はお好みで、、って感じだった。これがまた “ウマイ!”の一言だった。お義姉さんは 料理が上手である。こうやって横で見てて、たまに私も同じようにやってみるのだが、どーも うまくいかない。なんでかなー?やっぱりプロの“テキトー”と、素人の“テキトー”の違いだろうか?日本では味わえない味!もち米と黒砂糖のハーモニーが絶妙である。いつもは泊まっていくお兄さん達だが、今日は長男が試験中だということで 帰って行った。あしたは、誰も来れないらしい。静かな休日になりそうだ、、、、、
2002年12月07日
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昨までは暖かかったが、今日からまた寒さ到来。朝、外に出て見ると 霜で まっしろだった。子供たちを保育所におくって、テレビをつけた。この一週間、EBS教育放送で“スジチム”の特集をやっている。手のひらのツボにお灸をしたり、鍼をしたり、針でついて血を出したり、テープを貼ったり、、、足の裏健康法ならぬ 手のひら健康法である。日替わりで、子供、女性、男性、老人、、と それぞれによくある病気に効くツボ療法を紹介。今日は、“老人編”である。痴呆症や、高血圧など、、、“ふーん、なるほどー”アッパはさっそくお灸を持ってきて、アボジには痴呆に効くツボ、オモニには頭痛に効くツボに置いて、火をつけた。何でもすぐに感化されてしまう私たちは、インターネットでスジチムを調べて、本と道具を注文してしまった。韓国人は、健康にはヒジョーに関心が高い。うちにも ありとあらゆる健康器具が揃っている。マッサージ椅子、振動マッサージ機、遠赤外線治療器具、プハン(吸引治療器)、オク(玉)マット、電熱腰ベルト、などなど、、。すべてお父さんお母さんのために、兄弟たちが買ってあげたものである。健康に良いと言われる食品。これまたテレビや くちコミで聞いてきては、さっそく買ったり、作ったりして 両親に、、、父母のためには、金に糸目をつけず投資するのは日本よりも うわまわっているように思う。日本では、大人より子供を重んじる傾向があるが、韓国は断然!大人(特に老人)が尊重される。たとえば、食べ物、、、、親は食べなくとも、子供に食べさせるのが日本。子供は将来いくらでも食べられるので、子は食べずとも親が食べるのが韓国。そう考えれば、この先食べる機会の少ない老人が一番良いものを食べるべき、というのも納得できる。うちでも、何か食べる時はかならずハラボジからである。子供のチョコレートもアイスクリームも、ハラボジに持って行くようになっている。私も韓国に来た最初は“こんな子供の食べ物を?”と思ったのだが、今はそれがフツーになっている。何事においても、常に尊重されるお年寄り。私たちが年老いても、そうであって欲しいと願うものだ。
2002年12月06日
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今朝になっても、うんひょの風邪が思わしくない。夜中にまた熱が出たし、咳も吐きそうになるぐらい、、、ずーっと村医者に通っても、いっこうによくならない。今日は思い切って、テジョン市にある大学病院に行くことにした。うんぎょんも咳がひどいので、一緒に連れて行った。本来は、当日予約というのはできないが、知り合いに頼んで受け付けをしておいてもらった。おかげでスムーズに診てもらえたが、、、、、うんひょは“肺炎になりかけ”、うんぎょんは“中耳炎”。うんひょはとりあえず薬を飲んでみて、月曜日もう一度来て、胸の写真を撮るように言われた。ついでに アッパも咳がひどいので診てもらった。こっちは受付してなかったので、ソートー 時間を食った。診察料、薬代、5人で5万ウオンほどかかった。“殺人的な金額だ!”とアッパは憤慨していた。村医者と違い、大学病院はバカ高い!、、、が、、、高いだけあって それだけ薬もいいのをくれるし、診察も信用がおける。きのう、今日と出費が続き、我が家は火の車である。これでまた月曜日、うんひょが写真撮ってみて、“入院!”なんてことになったら どうしようー!毎日、ご先祖様にお祈りしなくっちゃ。
2002年12月05日
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“ふーするピアノ、買って来てくれた?”このところ毎日、保育所から帰ると同時に飛び出す うんじのせりふである。ふーするピアノ、、、、とはピア二カのことである。こないだテレビに出て来て、アッパが買ってくれると約束したのに、今日も買って来てない!と不服そうである。しかたなしに シンドアンという軍人アパートの立ち並ぶ町まで買いに出ることにした。ショッピングタウンの文房具屋で、全くおんなじピアニカを“3つ”買った。(3人で取り合いのケンカになるのは目に見えているので、、、)しめて6万ウオン、、、痛い出費である。“これで、クリスマスプレゼントは終わりだよ”と言うと、うなずいていたが、、、、地下の食料品売り場へ行くと、ナ、ナント!、、“かつおうどん”が置いてあるではないの!ハングル表記は“カスオうどん”であったが、、、2人前、2740ウオン、、、日本の味は高いなー!でも ここで出会ってしまったからには、素通りできない。2袋、買ってしまった。夜、さっそく“カスオウドン”を おしょうばんした。ダシがちょっと甘かったが、日本の味としては まあ合格かな?シオモニは、、、お気に召さなかったよう。シアボジは、無言でズルズルッとすすり、最後の汁一滴まで飲み干した。気に入ってもらえたかな?アッパは、また友達のお誘いで外食、、なのでノーコメント。ピアニカは、とっても気に入ったよう、、、、。さっそく うんじがカバンにクレヨンで名前を書いた。ウンジは合ってるけど、ウンギョンがウンジンになってるー。うんぎょんも プープー鳴らして喜んでいる。私が片づけようとすると、“オンマー、ネッコ マンジジマー(私のさわらないでよー)!”と怒られた。しばらく ピアニカの騒音に悩まされそうである。
2002年12月04日
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今日は、友達と出かける約束だった。、、、が、、、うんひょが 朝からひどく咳こみ、おまけに鼻血まで、、、朝一で医者へ。8時に行ったのに、すでに患者がいっぱいだった。またまた、お尻に注射をして 薬をもらって 帰宅。今日はアッパが家にいる日なので、うんひょを頼んで 出かけようと思ったが、“おれは 山登りに行く”という。“山登りって、3日前行ったばっかりじゃん。1ヶ月に1度くらい、預かってくれてもいいんじゃない?アンタはいっつもフラフラ出歩いてるんだからさ、、ふん”それでも“1時間以上は見ないぞ”というので、しぶしぶ諦めた。アッパは山登りに行くかわりに、トンカツを食べさせてくれると約束した。薄暗くなってアッパが帰って来た。“アッパー、トンカツは?”“イ サラマ (こいつ)、、、おれは風邪でしんどい”やっぱり、、、今日の約束も口だけだったか、、、しかし、、、、トンカツがどーしても頭から離れないので、パン粉をつけて冷凍してあったトンカツを揚げることにした。韓国では、風邪をひいている時は、揚げ物や、炒めもの、とにかく油の匂いを嗅ぐと 風邪が悪化すると言われる。日本でもそーなのかなあ。聞いたことないけど、、、なので 外の軒先にカセットコンロを置いて、トンカツを揚げた。夜になって、雨が降り出していた。とりあえず、念願のトンカツは食べられたが、、、、今度アッパと約束する時は、誓約書を取っておかなくっちゃ。
2002年12月03日
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12月になったので、また保育所のバスの送迎時間が変更になった。1ヶ月ごとに早行きと遅行きが変わるし、夏時間、冬時間でも変わるので ひじょーにややこしい。朝、そのことをすっかり忘れてて いつもどーり のんびりしていたが、トイレの中で はっと気がつき 大急ぎで子供たちを起こした。帰ってくるのも また早かった。3時半をちょっとすぎると、もうバスがプップーとやってきた。家での遊びは、ぬり絵や切り絵である。ぬり絵はいいのだが、切り絵はどーしたものか、、、絵本やノートをかたっぱしから切ってしまうので、まともな絵本は1つもなく、すべて“虎刈り”になって本棚に立てられている。うんじは、絵本の中の絵をきれいに切り取って、得意げに私に見せに来る。“絵本は見るもんなんだから、切っちゃー駄目だよ”といくら言っても、ちっとも耳に入らないようだ。 教育のためには 絵本を買い与えるべきなんだろーけど、どうせまた切られると思うと、もったいなくて買えない。新聞や広告なんかが あればいいんだけど、うちの村には新聞屋がないので 当然配達もない。お姉ちゃんたちが はさみでキリキリしているので、うんひょも“カーウイ、カーウイ(はさみ、はさみ、)”とうるさい。しかたないので与えたが、自分の髪を切ってしまい、うんひょの頭も“虎刈り”状態である。遊んだ後は、山のような切りくずを掃除するのが一苦労、、、でも最近は、うんじもうんぎょんも率先して片づけてくれる。“片づけないと、今度からハサミあげないよ”という 私の一言が効いているようだ。こんなに好きなハサミを取り上げるのもかわいそうで、、、、なんか いい方法ありませんかねえ?
2002年12月02日
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今日から12月。ついでに日曜日、、、なので またきのうから兄弟たちが家族連れで遊びに来ている。ついでに親戚の人たちも来て、総勢16人。“今日の昼ご飯は、パッククスにしよう!”とお義姉さん。“えーー!!パッククスウーーッ!!!”と内心で叫ぶ私。韓国ではパッチュクという“おしるこ”があるが、パッククスは、白玉のかわりに ククス、“うどん”が入る。あまーいおしるこの中に ちょっと塩味のうどん、、、、なんともいえない 中途半端な 奇妙な味である。日本人感覚では、ゼッタイ食べたくない!とゆーよーなシロモノ。辛い物好きの韓国人の口にも合いそうにないのだが、義母やお義姉さん、お兄さん、親戚の人もみんなおいしい と言っていっぱい食べた。辛いものに対する味覚の違い、は納得できるのだが、パッククスに関してはどう解釈すべきか、まだ私の頭の中では整理がつかずグルグルまわっている。、、、しかし、、、、アッパだけは“ 食った気がせん”と言って、ご飯にキムチを混ぜて真っ赤ッ赤にしたビビンパプを たいらげた。“イゴシ パビジー!(これが メシだぜえ!)”と 満足そうであった。やっぱ韓国人でも 口に合わない人はいるのだ。うんぎょんもカルグクスは大好きなのに、今日は一口 くちに入れただけで吐き出してしまった。うんじも食べず、うんひょは汁だけすすった。別居になったら、パッククスは作らなくてもよさそうである。うどんはヤッパリ“正統派うどん ”でなくっちゃネ。パッククス、、デジカメがなくてお見せできないのが残念です。機会があれば 一度ご賞味下さいませ。
2002年12月01日
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