南カリフォルニアの青い空

南カリフォルニアの青い空

2007.12.11
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カテゴリ: 私の電子本



 ブライアンは健康優良児であった。アンディーが、ちょくちょく風邪

をひいたり、お腹を壊したりしてもブライアンはピンピンしていた。そ

の上、めったな事では泣かない子でもあった。アンディーが本を読んだ

り、絵を描いたり、工作をしたり静かにしてるほうを好むのに対して、

ブライアンはボール投げやら、三輪車にのったり、走ったり体を動かす

遊びのほうを好んだ。そしてお兄ちゃんを慕って、どこにでも付いて行

きたがり、両親の言う事よりアンディーの言う事をよく聞いた。


 アンディーが四歳になると、日本語の絵本でも英語の絵本でもすらす

らよめるようになっていたので、ブライアンはよくアンディーの横にち

ょこんと座って絵本を読んでもらっていたが、菊がクッキーを焼くたび

に二人は朋子の家にそれを持って行き、物語を読んでもらうのを楽しみ

にしていた。アンディーは「桃太郎」の話しが特に好きで、会話を丸暗

記するまで何度もせがんだ。朋子が、腰に袋をぶら下げて、その中にク

ッキーを入れ、アンディーが犬になり、ブライアンが猿になって、

「お腰につけた、きびだんご、一つ下さい」と言うと、朋子が一つ摘ん

で渡す、そのゲームが楽しくて仕方がなかったからだった。


 アンディーが朋子の桃太郎に、お行儀よく次の会話を待ってるのに対

して、ブライアンは椅子の後ろから桃太郎に飛びかかるほうが楽しいら

しかった。そして、富雄が迎えにくるとブライアンは富雄にも飛び掛っ

て行ったが、富雄にくすぐられてキャッキャと喜びの悲鳴をあげた。

「なんだ~、本当に猿みたいなやつだなあ」

「ま~、何とやんちゃなこと」と、朋子は笑い、

「お前は、力持ちになって、いつか皆を守ってくれるようになるんだよ

な~。そうだろう?ブライアン?」と、富雄が軽々と抱き上げた。





 大正七年(1918年)、菊と朋子は同時にみごもっていた。出産予定

日もたいして違わなかったのでミセス小川が、

「こりゃ~、あたしゃ~正式に産婆の看板を掲げた方がいいかなあ」

と、冗談を言った程であった。しかし、運悪く、朋子は三ヶ月目に流産

してしまった。

「慣れない畑仕事なんかさせた俺が悪かった」と山野が謝ったが、朋子

はそれほど悲しまなかった。

「皆さん畑仕事やっていて、何ともないのですから色んな理由があるん

でしょうから、一夫さんの責任じゃありませんよ」と慰めた。


 世の中は、Anti-Saloon Leagueアンチ・サルーン・リーグ(注:アル

コール類を扱う事業に反対する団体)と、Woman’s Christian

Temperance Unionウーマンス・クリスチャン・テンペランス・ユニオン

(注:クリスチャンの女性団体)が合併して、「アルコール依存症は民

を苦しめる元である。酒は人民を貧乏のどん底におとしいれる悪の種で

ある。アルコールを追放しよう」と言うスローガンを掲げたデモを全国

的に広め出していた。そのような運動にもかかわらず、ヴィンヤードは

栄えて行ったのだが、禁酒運動の噂のために、酒造会社が反対に今の内

に大量生産と保存をしようと急いだ可能性は充分にある。ともあれ、世

の中が騒々しい最中でも、富雄のヴィンヤードは今までにない忙しさと

なった。

「この分では、あと十年でヴィンヤード業から引退できるかもしれな

い」と富雄が言った時、菊には信じられなかった。何故なら、富雄は三

十六歳の若さだったからである。十年後だとしても、富雄は四十六歳で

あり、引退という言葉に当てはまる年ではなかった。


 この頃になると、菊の英語は可なり流暢になり、ヴィンヤード・ビジ

ネスの事も知り尽くしていた。富雄は、まるで何かを予知するかのごと

く、菊を一人前にしようと外回りに連れ出し、得意先の酒造会社の経営

者にも合わせていたので皆顔馴染みになっていた。菊は、自転車の時も

そうであったように、日本人初の女性として自動車の運転免許までとっ

たのである。その出来事は日本人社会でも、驚かれ、すぐ噂になった。

当時白人社会でも女性運転手は珍しかったから、日本女性なら、まして

おやである。

「あの人は男勝りの事をやるような人には見えないから不思議なんだよ

ね」と、人々は語り合った。

 日本では正式な学問も受けてなかった菊に、アメリカの文化を教えよ

うと、富雄は、暇さえあれば美術館や劇場に連れ出したりもしたので、

菊は恐るべき速さで独立心旺盛な女性になって行ったが、小川、青木、

小林達は、相変わらず何時までも日本語ばかりであった。


 富雄は大人の寛大な目で、菊の成長を眺めていた。山野と二人で出張

する時でもヴィンヤードを任すことが出来るほどになってくれた菊に、

文句を言うどころか大満足であった。菊にとっても、子供たちの面倒を

見てくれる朋子がいたからそういう事が出来たので、いつも朋子には感

謝をしていた。

「ねえ、キク。不思議だとは思わないかい?」と、富雄がある夕食の

テーブルで言った。

「何が?」

「ミセス林達は、キクよりずっと前からアメリカに来てるのに、英語も

進歩しないし、アメリカの文化に交わろうともしないだろ?」

「ううん、それはチャンスを与えられなかったからだと思う。つまり、

私は富雄さんが色々な所に連れ出してくれるし、英語を教えてくれるで

しょう?あの人達だって、同じ立場だったら進歩してるのじゃないし

ら。旦那さんたちも英語を話せないもん」と菊は微笑んだ。

「なるほどね、そう言う見方もあるか。でも、本人の努力は?好奇心

は?」と、富雄に問われても、菊は答えが見付からなかった。

「そうなると、持って生まれたものなのかしら。育っていく段階での刺

激とかも必要じゃない?」

「つまり、キクは彼らも回りの刺激があったら、やる気になるって思う

んだね」

「ええ。でも移民たちの次の世代はどうなって行くのだろう?親があま

り好奇心が無い場合は、子供達もそうなるかしら?」

「そこなんだよ。やはり後天性のせいばかりでもないだろ?」

「そう、確かに私でも同じ言葉や習慣を理解する人達に囲まれてるほう

が安心だけど、先天的な好奇心は人一倍あるみたい」

「ただ、その安心感にどっぷりと浸かって一生を暮らすか、そこから飛

び出て大きく羽ばたくかで人生は変わると思うよ。だからといって、け

して僕は母国の文化を捨てろというのではないよ」

「分かってます」

 このような会話が出来るようになった菊を、富雄は喜んでいた。

『五年間で随分大人になったもんだ。母親になると、こうも変わるもの

なのか。これなら、アメリカの社会で一人になっても大丈夫だろう』

と、菊の事を頼もしく思った。





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最終更新日  2007.12.11 23:32:51
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