南カリフォルニアの青い空

南カリフォルニアの青い空

2008.06.02
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★昨日、アトラ テレジア嬢さんのブログで、日本で、一年間、押入れで見知らぬ女性が生活していたのを発見し、逮捕したという記事を載せていたのを読んで思い出した話があるので書いてみましょう。

これは、終戦後十年位に本当にあった事です。

父の育った家は、横浜港や、富士山を一望できる高台にありました。

戦争で焼け落ち、ありとあらゆる材料で作った小屋でしたから、あちこ

ちに穴は開いてましたけど、一体、何様が住んでいるのだろう?と思わ

れるほどの、ものすごく大きな門だけ焼け残っていました。門を一歩中

にはいると、外の世界から完全に遮断されており、もう、タイムトンネ

ルで500年くらい前に戻った錯覚に陥るような、荒れ野原でした。


千坪の土地には、梅や栗や柿の木が、生え放題の雑草のジャン

グルのようで、あちこちの根元には、青大将や、黄色い蛇がとぐろを巻

いていましたから、実のなる季節以外、誰も足を踏み入れませんでし
た。

縁側の前には、自活出来るだけの野菜畑もあったのです。オレンジ色の

ほうずきの実がたわわになっていて、中の種を取って、口の中で何度も

練習した思い出があります。家族は大きな土地の一部だけ使用してい

て、後は自然に任せてうっそうと茂っていたので、昼間でも暗く、私に

は、お化け屋敷みたいな感じでした。


昔は、何しろ、男の子五人、女の子四人もの、大家族で、大きな平屋だ

ったそうですが、戦後は、小さな掘立小屋で。雨漏りはするし、丘の上

でしたから、風の強い日は、隙間風がもろに入って来ました。台所も水

道などなく、深い井戸から、つるべで水を汲んで、それをバケツでいち

いち台所まで運んでいるという具合でした。そんな掘っ立て小屋なの

に、トイレだけは、二つもあるのが不思議でした。おそらく、その部分

だけが焼け残ったのでしょう。

時代錯誤を感じた、もう一つの理由として言葉がありました。どういう

わけか、父の家族はまだ、侍言葉を使っていたのです。例えば、父が年

上に向かって話すときは、

「おあねえさま(大姉様)、父上に申し上げる前に、一応母上にもご相

談あそばされたら、いかがでございましょうヤ」

すると、女性も男性に敬語だったので、

「さすが、xxさん、良い事をおっしゃる、では、そういたしましょ

う」なんて具合でした。


そして、孫達もきちんとした言葉使いを強いられたのですが、どういう

わけか、祖母は、私に対しても「ヒロコさま」と、敬語を使っていて、

私だけは、乱暴で下品な言葉使いをしても、叱られませんでした。後に

分かったことですが、それは、母方の家族のほうがが位が上だったから

なんだそうです。つまり、父方は、そう言うところも武士道を守り通す

家族だったのです。私は、士農工商などなくなった時代に生まれ、しか

も戦争で焼け出されて疎開先の田舎で貧乏に育ったから、言葉使いがと

っても悪かったのです。


 やがて叔父が建築家になり、結婚して小さな家をその土地に建てたある

日、遊びに行った時、祖母が、

「今日は、ヒロコさまに、本当にあったお話しをして差し上げましょ

う」と、真っ白な髪をつげの櫛で、かきあげながらいいました。

「前の家の頃の話しですが、お洗濯物を、干しますとね、時々下着と

か、靴下がなくなったんですの」

「風でとんじゃったの?」

「ワタクシもズーット、そう思っていたのですよ。。。でもそんなに、

ヒンパンではありませんでしたからネ。。。忘れた頃に、ちょっと、なく

なったので。。。なが~い事、気が付きませんでしたの。。。」と、と

ても、ゆるやかな声で、間をおいて、ゆっくりと話しました。

 梅干やら、干し柿も、外に出しておくと、わからない程度に無くなった

のだそうです。でも、祖母は、息子が食べているのだろうと、思ってい

たそうです。

 或る真っ暗な夏の夜、縁側で涼んでいた叔父が、その雑木林の奥深くに

灯りを見たのだそうです。でも、「蛍でしょう?」と祖母にいわれて、

そうかもしれないと思ったのだそうです。その後も、気をつけて見てみ

ると、同じ場所にその灯りが見えるので、翌日その原因をたどってみた

そうです。

 すると、十年前に忘れ去った、防空壕の中に十二歳と、十四歳の兄弟が

住んでいたのです。しかも、その上の子は、駅前で、良く叔父の靴を磨

いてた子だったそうです。

「十年間、その防空壕に住んでいたのですよ」と、祖母は、感心してい

いました。

「わ~。じゃ、初めは、四歳のお兄さんが二歳の弟の面倒を見たんだ!

何、食べてたんだろ~?」

「この土地には、果物も野菜も沢山はえていましたからね」

「よく、病気なんかに、ならなかったね~」

「ね、考えられませんネ。。。なかなか出来ない事ですネ。。。かしこい

兄弟でしたね~。。。よく、十年間も見つからずに隠れ通しました

ネ。。。でも本当にあった話なのですよ」と、言いました。

 なんでも、その兄弟は、叔父がとても優しい人だったので、ある日後ろ

をつけて来て、茂みのなかにあった防空壕をみつけたらしいのです。

それまでは、あちこちの軒下とか、駅の構内に寝たりしてたのだそうで

す。

「防空壕は、大家族が入れるように、可なり大きかったし、地面の下で

したから、冬もあたたかだったのでしょうネ。。。ちゃーんとゆったり寝

る所もありましたから、よかったですネ。オホホホホ」と、おちょぼ口で、笑

ってました。

「僕の靴を磨いてくれた時に、ちょくちょく、何か見た事のあるような

服をきてるな~?と、思った事もあるんヨ、 わははは」と、私の一番す

きな叔父もニコニコ顔で言いました。


 心やさしい祖母と叔父はその後、その兄弟に洋服や、お金などを与え

て、孤児院に紹介してあげたとか。まだ、その頃は人情深い良い時代で

したね。戦争は、いやですね。





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最終更新日  2008.06.03 02:19:24
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