まずネットでめぐり合っていたナオジさんが
「もしかしたら、あなたと私は親戚かもしれませんよ」といいだし、
写真や思い出話の交換を始めたらひぃじいさん同士が兄弟でした。
次ぎに彼のいとこのトモノリさんを紹介されたら、やはりひぃじいさんの兄弟で
彼は長男の子孫、次男の子孫が私で、四男の子孫がナオジさんという事が
わかりました。
でもその時点では、別にルーツをたどるのは紙の上だけで満足だったので、
旅などしようとは考えてもいなかったのです。
それからというもの、夢に母や祖母が出てきたり、寝椅子で仮眠したときなどに、
母や祖母との会話が浮かんできて、
「お父様の先祖は大昔に大宰府を納めていたのよ。そこには天満宮という
大きな神社があるの」とか
「菅原道真が京都を去るときに、大好きだった梅ノ木との別れを惜しんで、
こちふかば~においおこせよ~うめのはな~~と詠んだら、一晩にして
その梅ノ木が道真の九州の屋敷まで飛んできたという伝説があるのよ」とか
言ったのを思い出したりしてました。
そういう話はしましたが、祖母自身は明治時代の東京生まれですから
飛行機も新幹線もない不便な時代で実際に九州などに行ったこともなかったのです。
恐らく祖母は両親の出身地に一度でも良いから行ってみたかったのでは
ないかと思います。

その内にトモノリさんから、我々のひぃひぃじいさんである小四郎の話が
送ったら、たいそう喜ばれ、その連載小説に載りました。
そうこうしているうちに、今度はナオジさんが、私のひいじいさんのお墓を探し出して
写真を送ってきました。そこから母には、生前知らなかった、いとこ達が四人も
いた事を発見。私にとっては、また従兄弟が見つかったのです。
これも「いるらしい」という程度の事だったので、母の死後20年近くにもなって
見つかった事が不思議でなりません。まるで、母があちらの世界から
「ねぇ、ねぇ、やっぱり私には従兄弟がいたんだわ。連絡してあげてね」とでも
言ってるように思われて、早速電話で話したのです。あちらも、びっくりしてました。
トモノリさんやナオジさん達とのやりとりが続く内に、祖母の生まれ育った家の
あった場所の手描きの地図やら、曾祖父の書いたものがでてきたり、詳細を
書いた死亡記事まで見つかったのです。さらに小四郎の連載を書いている
作家の井上宏生さんが、私にもインタビューをしたいと言う事になりましたが、
それでも日本に行く決心がつかないでいました。
すると、まるで母が「行きなさい」とでも言うように、ある古い本からパラリと
二枚の葉書が落ちたのです。母からの大型の絵葉書で、一枚に書ききれず、
続きが二枚目に書いてありました。別府の消印に16VI69と書いてあるので
、我が娘が生まれて一月半たったころので、『九州は先祖の地であり、
一度来てみたかった、貸本全連総会に無理してでも出席してよかった』と
いうような事が書いてありました。でも、先祖のルーツをたどったわけではなく
団体で九州観光をしたらしく、私にも是非行くことを勧める葉書だったのです。
しかし、私はそれから17年間日本に帰りませんでした。
そして、その葉書を44年後に読み返して、九州にでかける決心をしたのです。
(44年ぶりにパラリと出てきた母からのハガキ)
九州ではトモノリさんが、東京ではナオジさんが、綿密な計画をたててくださり
、時間の無駄もなく先祖の歩いた道を歩き、私としても最後になっても悔いのない
お墓参りをすませて先祖の供養をしたつもりです。
それにしても、佐賀、埼玉、カリフォルニアとばらばらに住んでいる
小四郎のひぃひぃ孫三人が、同時に先祖に興味を抱き行動に移したという事自体も、
そのタイミングの良さも、この世離れをしていると思いました。
このように、今回の日本行きは、どう考えても母や祖母や、いや、もしかしたら
小四郎や曾祖父までがあちら側の世界から
「子々孫々に伝えるべく、元気なうちにルーツをたどり、記録を残せよ」とでも
言いたくてスピリチュアルの世界から操っていたのではないか、
と思わざるを得ない経過だったのです。(完)
★そして、おまけ(笑)
その一。
親族の一人が城雲院というお寺に嫁いだのですが、そこで
ウェルカム・パーティーのおもてなしをいただいた後、
住職の公道さんにご案内いただいたご本堂に祀られていたのが
五百年以上も経った立派な観音様でした!
その二。
私のヒロコは弘子と書いて、父が「弘法大師から一字いただいたんだよ」と
言っていたのですが、散歩がてら、たまたま弘法大師が祀られている京都の
東寺に行きました。京都は観光のためでなく、ナオコとユキヨに会う為だけ
だったので、行き当たりばったりだったのです。
大雨注意報が関西方面に発令されており曇りがちだったので傘持参だった
くらいですが、雨に至らず東寺について弘法大師の銅像のところで、
「あなたから一字いただいたそうです。弘子です、お互いに魚座なのよね、よろしく!」
とか言いながら写した一枚の写真、帰宅して拡大したら、その時に
偶然太陽の光がスゥ!っと左手に入ったのでしょうが、
まるで「よし、わかった!」とでもいってるようにみえて、面白いなあと思いました。
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