


数日前、昔近所にすんでいて、何十年も私の歯医者でもあったアランから、
「今月をもってリタイアーすることになりました」というメールを受け取った。
いつかこの日が来るとは思っていたが、
私より年下ではあったし、もう、20年くらい前から週四日しか
働いていなくて、まだ続くだろうとたかをくくっていたから
その知らせには、ぎょっとした。
彼が独身のころから知っていて、お互いに家に招きあう仲だったし
結婚式にも招かれ、年に一度の歯の検査のときにもわざと、昼前後
に予約をとって(あちらが)治療後はレストランにつれてってくれたり、
東日本大震災のチャリティー・コンサートのビデオまで最初から最後
まで撮ってくれたような友達でもあった。
奥さんが社交嫌いで結婚後は人を招かなくなって寂しいと言い、
リタイアーしたら、妻の要求で700キロ先のXXXXに牧場を買って
奥さんの馬と一緒に引っ越すことになると言っていたので寂しくなる。
仕方がない、今後は新しい歯医者を探さなければならないが、
人生とは、思いもかけないことが突然やってくるものだ。
突然といえば、これまた突然に、知人のキャシーが亡くなった。
グレッグが15年前に参加しだしたラグナ・ビーチのアート・フェスティバル
を、14年後の去年リタイアーしたのでこの一年、会わなかった
のだが、グレッグと同じ年にそのフェスティバルのセキュリティーの
主任として勤務しだした彼女が66の若さで亡くなってしまった。
昨日は、その追悼式に行って来たのだが、神父のEulogy (弔辞
のようなもの)の中に大事な言葉があったので、書くことにした。
「最近、家族で北の方に車で旅をしました。回りの山々も、道の
両側も色とりどりの紅葉で、息をのむような、目も覚めるような
光景でしたが、バックミラーで後ろに座ってるわが子達をみると、
皆下を向いて、夢中で、iPhone, iPadのようなものを見つめてます。
何ともったいない事でしょう。私は、暫くオフにしてこの光景を
見てごらん、と言いました。
入院中、病院にキャシーを何度も訪ねていろいろ話しました。
彼女自身、退院できない事を知っていたかどうかは分かりません。
亡くなった後キャシーが持っていたバイブルの中に、彼女が書いた
のでしょう、こんな紙がはいってました」と、神父が読み始めた。
「私がしんでも、なげかないでくだい。神様のもとにいくのです。
行きたい所にいって、やりたい事をやってきました。人生はひとつ、
いつ終わるかもわからないもの。いさかいがあったらあやまりなさい。
愛する人には、愛してるといいなさい。家族や友達をたくさんハグ
しなさい。そして、何よりも大事なのは人を許すこと」
というものだった。もしかしたら、キャシーの子供達にあてたもの
かもしれない。
この最後の言葉は、私もちょくちょく書いてきてるが、一度できるように
なると簡単である。そこにたどり着くまでが心の修行なのであろうが、
私自身が、人を許せるようになってからは、「怒り」というものが、とても
短くなった。
「あんたは、人が良すぎてバカよ。あんたが旦那の両親の介護してる
間に愛人を作った上に、別れるなら殺すぞと言ったような人を許して、
二度目の奥さんと一緒に食事にまでよぶなんて、バカよ。私には絶対
出来ないし、やらないわね」と、何人かの人に言われたが、誰に何と
言われようと、私自身がそれで幸せなのであるからかまわない。
年に数回は一緒に食事をする事で、子供達も平和であるし、街中で
であってもお互いにとっても平和である。
これができる様になってからは、人が攻撃してきても、たいていの事では、
怒らないし、憤慨しても可なり短時間で終わってしまう。というより、原因を
つきとめ速く終わらせてしまう。
怒りを長引かせると、「執着」となり、健康のためにも良くないと思う。
死ぬときにはあちらには何ももっていけないから怨念というエネルギーを
なくし心を軽くした方が魂自身がハッピーな状態であちら側に行けるのでは
ないかと考えるのである。
*写真はキャシーの追悼式後のレセプションです。ラグナ・アート・フェスティバルの
仲間達との再会はとっても楽しかったです。キャシーは、ポジティブで楽しい
人でしたから、弔辞も沢山笑いのあるものでした。
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