

見えない人と馬にしか見えない人がいることを発見して、
大学の心理学のクラスを思い出しました。
そのクラスの教科書にも、いくつかの錯覚絵があり
その一つに、有名な「All is Vanity」
(虚栄とか、全ては虚しい)という意味の絵がありました。
これは、1892年に、チャールズ・アラン・ギルバートと
いう18歳の青年が描いたもので、ライフ・マガジンに
載ったことで、一躍有名になった絵です(余談ですが
Vanityというのは、化粧棚という意味でもあり、
言葉遊びもしてるのですね。18歳にしては、なかなか
ませた人でしたね。私には、まだまだ深くかんずることが
あって、彼はかなりIQの高い人だったと思います)

違うというものでした。
筆頭に戻りますが、私はこの蛙と馬のトリック絵を見たとき
他人を観察する時も同じではないかと思ったのです。良い人
だと思っていたのに、又は、悪い人だと思ったのに
実は反対だった・・・ということの教えにも使えそうだなあ
と思ったのです。
嫌なやつだなあ、と思っても、角度を変えてみると良い所
が見えてくればしめたもの。一目ぼれされた最初の頃
私がグレッグを観察していた話をしてみましょう。
「地球は自分を中心に回っているのだ」などと言って、
わがままばかり。大声で人の話をさえぎり、私が話しても
どこかに消えてしまう。道のそこ、ここに、つばを吐くし
躁鬱の気があって、はしゃいだと思ったら、口もきかずに
ソファーに寝そべって、天井ばかりながめて溜息をつくし。
「食いたくない」といって、せっかくしたくした食事も
せず、コーラばかりのんでいて、「出てくる」と、
消えることしばしば。しかも、ゲストを何人か招いた夜
でもです。
「何故こんなに、嫌な奴に好かれてしまったのだろう?」
「なぜ、一部屋をアトリエとして使っていい」などと言って
しまったのだろう?と最初の数年は彼を追い出すことばかり
考えていたのですよ。(私の家ですから)
でも、角度を変えて、あちこちから良いことを見て褒めてる
内に彼はタバコを止め、コールタールのようなブラック・
コーヒもやめ、私の出す、バランスの取れた健康食を食べる
ようになり、どんどん変わっていきました。今では、ゲスト
が来るのを楽しむようになりました。今の私には、最初の頃
彼が何故ネガティブだったのかもわかります。
つまり、「いや~ね、つばなんか吐いて、きたならしい」
とか「タバコやめたら?とか「コーヒーを少なくしたら」
と彼を変えようとしないで、彼の良いところを
ほめてるうちに、彼が自分ですこしずつ、変わって
いったのです。タバコをやめたら、もうつばも
吐かなくなりましたし、カフェインをカットし、果物や
健康食をたべてるうちに、躁鬱もほとんどなくなり、
気づいたら朗らかで踊ったり、歌ったりする男になって
ました。
蛙が馬になったのです。まだ、時々蛙も飛びだしますけど
無視してると、すぐ馬になります。別に蛙がきらいなわけ
ではなく、ものの例えですから念のため)
この考え方は男女間だけでなく、子育てにも友達作りにも
仕事仲間との問題・・など、いろんな場合に当てはまる
かもしれませんね。
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